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「中国で新型コロナ発生」記述削除――中国の検閲を受け入れるEUに「弱腰」批判

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
在中国EU代表部のホームページ(筆者キャプチャー)

 新型コロナウイルス感染拡大に関連して、米国やオーストラリアが中国に対する強硬姿勢を示すのに対し、欧州連合(EU)の立場がはっきりしない。「中国責任論」につながる発信を、中国側の指摘を受けて表現を弱める例が相次ぎ、その「弱腰」ぶりがEU域内でも問題視されている。

◇中国外務省の検閲

 米CNNテレビ(5月9日)などによると、EUは中国との外交関係樹立45周年を記念して、中国共産党機関紙・人民日報と英字紙チャイナ・デーリーへの寄稿を計画。フランスの有名な漢学者とされるニコラス・シャピュイEU駐中国大使が加盟27カ国の中国大使と連名で論文を執筆した。

 だが、原稿を送ったところ、チャイナ・デーリー側から「中国外務省から『新型コロナウイルスの起源と拡散に関する部分を削除する条件でのみ掲載を許可する』との通知があった」と伝えられた。原稿の中で中国当局の検閲によって問題視されたのは「中国で新型コロナウイルスの集団感染が発生し、その後3カ月で世界的に拡大したことによって既存の外交計画が難航している」と指摘する箇所だった。

 ところが在中国EU代表部は論文を撤回するのではなく「この文言がなくても、多くの優先分野に関する重要なメッセージが含まれ、読者には伝わる」と判断して検閲済みの文章の掲載に同意し、5月6日のチャイナ・デーリー(ウェブサイト)に掲載された。人民日報には論文そのものが扱われなかった。

 EU代表部は翌7日になって「強く遺憾に思う」と抗議する声明を出し、中国外務省に異議を申し入れたと発表した。ただ、中国の検閲を受け入れるという行為は「弱腰」とみなされ、EU欧州委員会の同日の記者会見では報道陣から「EUの基本的価値観より、対中関係を重視するのか」などの批判が相次いだ。

◇「中国の偽情報作戦」も削除

 EUでは4月にも、中国側に配慮して新型コロナウイルス感染拡大に関連した報告発表を差し止めた疑惑も浮上している。

 ロイター通信(4月25日)などによると、欧州対外活動庁(EU外務省)は4月21日公表予定だった報告で「中国はパンデミック(世界的大流行)を招いたとの非難をそらし、国際的イメージを改善するため、グローバルな偽情報作戦を続けている」と指摘していた。

 同庁の公表に先駆けて欧州メディアが4月21日朝にこの内容を報道したところ、中国政府が在中国EU代表部に「報告書がそのまま公表されれば、中国とEUの協力関係に悪影響が及ぶ」と抗議した。結局、報告は3日遅れの24日に発表され、その中で「世界的な偽情報作戦」の箇所は削除されていたという。

 EU内でこの「遅延」と「修正」に対する不満の声がわき上がり、情報分析官のひとりが「EUが中国共産党をなだめるために自己検閲をしている」と抗議した。「修正」はEU外相に当たるボレル外交安全保障上級代表(前スペイン外相)の補佐官が指示したと報道されている。

 この件に関し、中国外務省の耿爽副報道局長は4月27日の定例記者会見で「中国は一貫して偽情報に反対している」「中国は偽情報の犠牲者であり、発信者ではない」と全面的に否定している。

 新型コロナウイルス感染拡大をめぐり、オーストラリアなどが中国に向かって国際調査を要求するよう声を上げ、中国から事実上の「経済制裁」を受けている。一方、EU側には中国から大量のマスクや医療器具などの支援を受けている加盟国もあり、足並みが揃っていない。

 中国に対する弱腰との批判が高まるなか、ボレル氏は最近になって、仏紙ルモンドなど欧州のメディアに寄稿して「中国はEU加盟国の立場の違いにつけ込むことをためらわない」「結束を維持することが重要だ」などと主張している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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