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世界基準は何処へ? オールジャパンの名の下に進行する日本サッカーの悪しきサイクル

中山淳サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人
(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

反省と検証なしに進行した次期日本代表監督選び

 日本がロシアW杯でベルギーに敗れた後、もっとも気になっていたのは、サッカーを取り巻く日本国内のムードだった。ロシアで取材を続けている時はインターネットが主な情報源になるわけだが、日本代表が帰国した後は歓迎ムード一色に染まっていたようで、どこかのスポーツ新聞には「西野ジャパン、凱旋帰国」という見出しが躍っていたと記憶する。

 いつから「凱旋」という言葉が負けて帰った時に使われるようになったのかはわからないが、とにかく佳境にさしかかる大会を現地で取材し続けていた身からすると、インターネット経由で伝わるその歓迎ムードは、まるで別世界の出来事のように見えた。

 また、その後しばらくは日本代表の中心選手たちが引っ張りだこの状態でさまざまなメディアに登場し、大会前の沈滞ムードを一気に吹き飛ばすような勢いで日本代表人気が急上昇しているという話も伝わってきた。

 もちろん、日本サッカー界が盛り上がることは喜ばしいことに違いはないが、しかしその類の情報を見聞きする度に、正直、「またか…」という憂鬱な気持ちにもなった。8年前の南アフリカ大会や16年前の日韓大会の後と、そっくりなムードだからだ。

 こうしてこの国のサッカーは、8年ごとに同じサイクルを繰り返す。前に進み続けていると勘違いしているだけで、実際は8年周期で同じところを回っているに過ぎないのではないだろうか。そしてまたそのサイクルが、これから始まろうとしている。

 それを想像しただけで、暗澹たる気分に襲われてしまう。

 本番2ヶ月前に就任した西野朗監督が率いた今回の日本代表は、グループリーグでは2位の成績を残して決勝トーナメントに進出し、ラウンド16でベルギーに敗れた。敗戦が決まったのは、後半アディショナルタイム90+4分のことだった。

 結局、帰国した日本代表が称賛の嵐の中で迎えられたのは、大会前にはほとんど期待されていなかったチームがベスト16に生き残り、しかも最後に日本代表史上でもベストといえるスペクタクルマッチを戦ったからだろう。たとえ敗れたとしても、あの試合を見たファンが興奮し、感動するのは当然だ。

 ただし、喜ぶのはファンの自由だが、選手、監督、サッカー関係者、そしてメディアに携わる人間は、その歓迎ムードに流されるだけではいけない。厳しい目で大会を振り返り、同時にこれまでの強化とのつながりについても議論を重ね、検証する必要がある。それこそが、8年サイクルから脱出するきっかけになるからだ。

「結局、僕たちが勝てたのは10人のコロンビアだけだった」

 今大会をそのように振り返ったのは、ベルギー戦後のミックスゾーンに現れた乾貴士だった。その言葉を聞いた時、選手たちが自分たちの残した足跡について冷静かつ客観的に振り返ることができていることがわかって、妙に安心したことを思い出す。

 そこにもうひとつ付け加えさせてもらえば、今回グループリーグ突破を果たせた最大のポイントは、コロンビア戦の開始2分の場面にあったということだ。

 相手のハンドによってPKのチャンスを得て、ハンドを犯した相手のキーマンが退場し、香川真司がPKを決めた。1点リードというアドバンテージを得た日本は、ほぼ1試合を10人になったコロンビアと戦うことができた。

 それがなければ初戦で勝ち点3は得られなかったかもしれないし、日本が決勝トーナメントに進出できなかった可能性は十分にある。”たられば”の話ではあるが、大会を振り返る時は、敢えてコロンビア戦をそのような視点で見つめ直す必要があるのではないだろうか。

 もちろん、日本がグループリーグ3試合で勝ち点4を獲得できた背景には、ピッチ上の選手が持てる力を発揮できていたという要因もあった。緊急就任した監督が、付け焼刃の戦術を短期間で植えつけるのではなく、選手の意見を汲み取りながらいい雰囲気の中でチームを作ったことが、結果的には奏功したといえるだろう。

 ただ、選手任せの戦術に頼ったチームでは、W杯で通用しないことが判明したことも確かだった。ここでは改めて各試合のディティールは触れないが、特にベルギー戦の後半にその問題が露呈したことで、最後に涙を呑んだことは動かしようのない事実だ。

 つまり、今大会の日本代表を総括する時、優秀な監督がチームを率いていなかったという問題を避けて通ることはできない。2ヶ月前に”選手とのコミュニケーションの問題”という不可解な理由で監督をすげ替えたのだから当然の結果だが、だからこそ、「なぜそのような事態を招いたのか?」という反省点を改めて検証するのは当然のことだと思われる。

 たとえば8年前、日本が守備的サッカーでベスト16入りを果たしたW杯の後、当時の原博実技術委員長は「守るだけではそれ以上の結果は望めない。主体的にチャンスを多く作るサッカーを目指す」という理由で、優勝国スペインで次期監督候補数人と折衝した。残念ながら希望したスペイン人監督は招へいできなかったが、イタリア人の中では攻撃的サッカーを標榜していたアルベルト・ザッケローニと契約した。

 そしてブラジルW杯で結果を残せなかった後、大会を総括した原技術委員長は4年前に交渉していたハビエル・アギーレを新監督として招へい。当時は「欧州でプレーする選手が多いので、日本しか知らない日本人指導者は選択肢になかった。世界のトップレベルを知るクラブの監督か代表監督の中から選んだ」とした(原技術委員長)。

 ところがアギーレが八百長疑惑により解任され、その代役として緊急招へいされたのは、ヴァヒド・ハリルホジッチというアギーレとは異なる志向の指導者だった。おそらくそこが、今大会で露呈した監督問題の出発点といえるだろう。ハリルホジッチがアルジェリア代表を率いたブラジルW杯だけの印象によって、無理やり辻褄合わせをしたしっぺ返しを食らった格好だ。

 さらに、日本サッカー協会会長選挙によって田嶋幸三が新会長の椅子に座った後、ハリルホジッチを招へいした霜田正浩技術委員長(現レノファ山口監督)がその職を追われて、さらに事態を悪化させた。いつの間にか、世界を目指していたはずの日本サッカーの羅針盤は国内に向けられ、W杯本番2ヶ月前、「オールジャパン」(田嶋会長)の名のもとにそれまで技術委員長を務めていた西野朗が新監督の座に座り、ロシア大会を迎えることになった。

 8年前に日本サッカー協会が描いていた青写真は、何の検証もないまま完全に葬り去られることになった。つながっていたわずかな細い線は、その時点で完全に切れてしまった。

 そして現在、メディアでは次期監督候補として日本人の名前が挙がっている。信憑性のほどは定かではないが、少なくとも田嶋会長が日本人監督就任を匂わせるようなコメントをしているのを見るにつけ、意図的に世論形成を図っているようにも見える。

 まだ技術委員会の総括と検証が終わっていないにもかかわらず、このような状況で次期代表監督が決まってしまうのであれば、それこそ本末転倒もはなはだしいと言わざるを得ない。とりわけ最大の問題は、田嶋会長就任以来、技術委員長に就いた2人(西野、関塚隆)から具体的なサッカーの話がまったく出てこないことだ。

 こうしてこの国のサッカーは、また「8年サイクル」から脱出できないまま物事が進んでいくに違いない。日本サッカー界のリーダーたちは、本当に日本代表を強くしたいと考えているのか。4年先、8年先、そして12年先の日本サッカーの青写真を描けているのか。

 そんな現況を見て思うのは、8年前よりも日本サッカーの状況は悪化しているのではないかという疑念である。

(集英社 Web Sportiva 7月20日掲載)

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サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

1970年生まれ、山梨県甲府市出身。明治学院大学国際学部卒業後、「ワールドサッカーグラフィック」誌編集部に入り、編集長を経て2005年に独立。紙・WEB媒体に寄稿する他、CS放送のサッカー番組に出演する。雑誌、書籍、WEBなどを制作する有限会社アルマンド代表。同社が発行する「フットボールライフ・ゼロ」の編集発行人でもある。

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