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レジェンド監督の仲間入りを果たしたフランスのデシャン監督がリアリズムに徹した理由

中山淳サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人
(写真:ロイター/アフロ)

若き個性派集団が示したコレクティブなサッカー

 W杯ロシア大会を締めくくるフランス対クロアチアの決勝戦に、フランス人以外の多くの人が望むようなサプライズは何も起こらなかった。ただひたすら勝つことだけに集中し、リアリズムを貫き通したディディエ・デシャン監督と彼が率いた若いチームに、最終的に勝利の女神が微笑むことになった。

 

 この試合で話題となったのは、両チームが見せたサッカー云々の話ではなく、フランスの先制点につながった主審のミスジャッジと、2点目のVAR判定程度しかなかった。もちろんその2つのトピックスについてはおおいに議論する価値はあるが、しかしそれらがなければクロアチアが勝っていたと言えるような材料でもなかった。

 そもそも、この試合でクロアチアが勝者に値するサッカーを見せたかと言えば、後半の戦いぶりを見る限り、そうとは言えない。逆に、フランスが明らかにクロアチアを上回る強さを示したかと言えば、それについても疑問は残る。

 それも含めて、ロシア大会の決勝戦は大方の予想通りの内容であり、順当な結果に終わったと言えるのではないだろうか。第三者の立場からすると残念ではあるが、ほとんどの人が予想していたストーリーで終わったため、W杯決勝戦としては「フランス 4-2 クロアチア」という記録だけが残る試合になってしまった可能性は高い。

 この決勝戦をあらためて振り返った時、まず忘れてはならないのは、決勝トーナメント1回戦以降のクロアチアが、3試合連続で延長戦を戦い抜き(うち2回はPK戦による勝利)、劇的な勝利を重ねて勝ち上がっていたということがひとつ。また、フランスよりも決勝までの休養日が1日少なかったという背景も見落とせない。

 つまり、もともと格上のフランスが圧倒的に有利な状況で、アウトサイダーとして大会に挑んだクロアチアを迎えるというのが、今回の決勝戦だった。

 ところが、蓋を開けてみればキックオフ直後から試合をコントロールしていたのは、準決勝と同じメンバーが同じフォーメーション(4-3-3)で臨んだクロアチアの方だった。逆に、休養十分なはずのフランスはクロアチアの勢いに圧倒され、球際やセカンドボールの反応で後手に回っていた。

 特に動きが鈍かったのが、準決勝のベルギー戦で完璧な守備を見せていたエンゴロ・カンテとブレイズ・マテュイディのMF2人で、右SBベンジャマン・パバールも凡ミスが多く、右ウイングのキリアン・エムバペも無鉄砲な仕掛けとボールロストが目立っていた。

 それでもフランスが素晴らしかったのは、劣勢における守備対応だった。中盤の要2人が不調だと察知すると、試合の序盤にもかかわらず、前線のアントワーヌ・グリーズマンとオリヴィエ・ジルーが下がって中盤の守備をサポート。両サイドバックも守備に徹し、チームとしてその穴をカバーした。

 その応急措置が奏功し、全体をコンパクトにキープすることができていたため、ボールを支配するクロアチアに決定機を与えずに済んだ。その結果、クロアチアはシュート1本さえも打てないまま、ボールを保持するだけの時間を過ごすことになったのである。

 立ち上がりの約15分は、たしかにクロアチアの一方的な展開のようにも見えた。しかしフランス側からすれば、しっかり守備対応ができていたため、特に慌てるような状況でもなかった。その間、デシャン監督がコーチングエリアに飛び出して選手に指示を与えるようなこともなかった。

 試合のディティールを振り返った時、ここを無傷で乗り切った時点でフランスの優勝は決まったと言えるだろう。序盤で試合を動かしたかったクロアチアの目論見は潰えたことになる。

 そんな中で迎えた前半18分、フランスが初めてのチャンスをものにする。ただし、そのチャンスは冒頭で触れた主審のミスジャッジによって得た直接フリーキックであり、その先制点はクロアチアのマリオ・マンジュキッチによるオウンゴールだった。

 両チームとも1本もシュートを記録しないまま均衡が破れた試合は、もちろんW杯決勝の舞台では初めてという珍事だった。

 そこから試合は動き始め、今度はクロアチアが28分にフリーキックのチャンスからイヴァン・ペリシッチがネットを揺らし、試合は振り出しに戻る。そして38分、今大会から導入されて多くの議論を呼んだVAR判定によってフランスにPKが与えられ、グリーズマンがそれを決めてフランスが再び1点をリードすることとなった。

 主審が見逃したペリシッチのハンドは、VARがなければ間違いなく見逃されていたことだろう。しかし、ビデオの監視がそれを許さなかった。ただ、今大会で目立っていたのはVARの運用基準であり、そこに曖昧さが残った点については、FIFAおよびVAR担当の13人はしっかりと説明責任を果たす義務があるだろう。

 いずれにしても、フランスは今大会では運も味方につけていたことは間違いなかった。それもまた、W杯優勝のためには絶対的に必要な要素である。

 2-1で迎えた後半は、フランスが描いた通りの展開となった。その流れを作ったのは、選手と監督でW杯優勝を遂げた3人目の人物となったデシャン監督の采配だ。

 55分に、イエローカードを1枚もらっていた不調のカンテを下げて、エンゾンジを投入。万が一のケースを考えたのか、珍しく相手より先に動いたことで、試合の主導権を握ることに成功する。

 59分にポール・ポグバがネットを揺らし、その6分後にエムバペがテクニカルなミドルシュートを決めて4-1。その時、クロアチアのディフェンスは崩壊寸前だった。結局、GKウーゴ・ロリスのミスで1点を献上するも、結局フランスが危なげなく勝利を手にすることに成功した。

 決して派手さはないが、個性豊かな若きタレントたちが一糸乱れぬコレクティブなサッカーを実践したフランスは、堅い守備とハイレベルなカウンターで世界の頂点に立った。また、対戦相手の戦い方によっては、ボールを保持しながら崩し切るフィニッシュのパターンも持ち合わせていたことも忘れてはいけない。

 そもそもデシャン監督率いるフランスは、ユーロ2016や今回のW杯予選では守備よりも攻撃が際立っていた試合の方が多かった。しかしその攻撃的スタイルを封印し、リアリズムのサッカーに徹した理由は、おそらく「2年前のユーロ決勝で負けた時は本当に失望したが、それはこの瞬間のために重要な過程だったと思う」と試合後に語ったデシャン監督の言葉に集約されている。

 だからこそ、実力を十分に発揮できずに世界王者となった平均年齢25.57歳のチームの未来には、無限の可能性が広がっている。そして、今大会では消去法的に優勝したと言われないためにも、通算2度目のW杯優勝に相応しいチームであることを、これからの戦いで証明していく必要があるだろう。

(集英社 週プレNEWS 7月18日掲載)

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サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

1970年生まれ、山梨県甲府市出身。明治学院大学国際学部卒業後、「ワールドサッカーグラフィック」誌編集部に入り、編集長を経て2005年に独立。紙・WEB媒体に寄稿する他、CS放送のサッカー番組に出演する。雑誌、書籍、WEBなどを制作する有限会社アルマンド代表。同社が発行する「フットボールライフ・ゼロ」の編集発行人でもある。

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