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軽減税率を「税の専門家」たちはどう見ていたのか

中田大悟独立行政法人経済産業研究所 上席研究員
(写真:アフロ)

先日アップした四回シリーズのコラムにおいて、筆者は、なぜ軽減税率が有害無益な制度なのか、という理由を説明しました。そして、その4回目において、政府税制調査会について、若干ですが、ふれました。内閣府の審議会である政府税制調査会は、内閣総理大臣の諮問に応じて租税制度に関する基本的事項を調査審議し、その諮問に関連する事項に関し、内閣総理大臣に意見を述べることを目的として設置された組織であり(内閣府本府組織令第三十三条)、税制の専門家、有識者で構成されています。

さて、軽減税率導入を議論する際、この政府税制調査会の委員は、どのような見解を示していたのでしょうか。平成26年6月11日に開催された第9回税制調査会の議事録に、各委員の発言が残されています。政府税制調査会において、軽減税率が主たる議題として取り上げられたのは、筆者の知る限り、これが最後であると思われます(個々の論題として議論になったことはあるかと思いますが)。

そこで、本稿では、この会議における各委員・特別委員の軽減税率に関する発言を、抜粋して掲載してみることにしましょう。ただし、各委員・特別委員の発言全てを引用しますと、長文となりますので、あくまで私の判断で、各委員・特別委員の発言の部分抜粋を行って、掲載しております。その点は、どうぞご容赦ください(議事要旨全文を確認されたい方は、内閣府のウェブサイトで直接ご確認ください)。

議事録には、軽減税率について、18人の委員・特別委員の発言が残されており、また別に、一人に特別委員の提出された意見書が資料として示されています。

それぞれの委員・特別委員のご発言について、私から特に、解説をつけるようなことはしなくても良いと思います。読んでいただければ、なにか伝わるものがあるでしょう。それでは、どうぞ、御覧ください。

各委員・特別委員の発言(抜粋)

加藤淳子特別委員(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

私は軽減税率に反対します。... 非常に不愉快な言い方をして恐縮ですが、私としては、日本が租税政策もきちんと行えないというシグナルを出しているようで、非常に恥ずかしく思います。

武田美保委員(スポーツ・教育コメンテーター、三重大学特任教授)

軽減税率を知って、一般的な感覚とし て、私は全くメリットがないと感じています。

高田創委員(みずほ総合研究所(株)専務執行役員調査本部長チーフエコノミスト)

マイナンバー等を活用しながら、様々な把握をした上での給付付き税額控除という議論を同時に考えていくのが本来の筋道ではないでしょうか。その上で、軽減税率の議論も含めてどうするかを考えていくべきであって、最初からこの議論だけをするのは、そもそもの議論としてはどうなのか

佐藤主光委員(一橋大学大学院経済学研究科、国際・公共政策大学院教授)

私も自分で散々計算しましたが、やはり逆進性対策として軽減税率は全く役に立たないのは間違いありませんし、効率という観点から見ても、恐らく軽減税率は望ましくありません。

佐々木則夫特別委員(日本経済団体連合会副会長)

基本的に軽減税率には反対で、事業を行う側から見ても、産業競争力を強化しようとしている一方で、手間をかけることばかりにお金を使わせるような税制であってはならない

翁百合委員((株)日本総合研究所理事長)

やはり軽減税率は逆進性等を解決する手段にはならず、むしろ高額所得者もメリットを受けてしまうという点がありますし、また税収減にもつながります。しかも、今、お示しいただいた、様々な案を見ても、線引きの理由はなかなか難しく、恣意的にもなりかねません。また、追加的な事務負担の問題などを考えると、非常にデメリットが大きいと思います

大竹文雄特別委員(大阪大学大学院経済学研究科教授)

私も軽減税率は逆進性対策として有効ではないと思います。今までの方も言われたとおり、高額所得者の方がより多くの減税の恩恵を受けるということです。...逆進性対策をやるのであれば、代替的な手段として、私は一律の定額給付の方が良いと思います。その方が軽減税率による価格のゆがみ、あるいは事務負担の増加による経済生産性の低下というデメリットをはるかに上回ると思います。

大田弘子委員(政策研究大学院大学教授)

私も軽減税率の導入には反対です。理由は、メリットがなくてデメリットが大きいからで、メリットとデメリットは皆さん言われたとおりです。

山田淳一郎特別委員(山田コンサルティンググループ (株)代表取締役会長)

納税コストも考えると、軽減税率には反対です。

宮崎緑委員(千葉商科大学教授・国際教養学部長)

私も軽減税率は無い方が良いと思っていますし、低所得者対策については、給付の方で手当てをするべきだと思っています。

増田寛也委員(東京大学公共政策大学院客員教授)

いわゆる逆進性の解消にはならない上に、社会保障財源に大変大きな穴を開けます。したがって、低所得世帯に対しては給付付き税額控除で対応すべきであると、この政府税調の立場をきちんと外に明確にしておく必要があると思います。

林正義特別委員(東京大学大学院経済学研究科教授)

軽減税率について、理論的には分配特性の議論というのがあって、正当化できないことはありません。ただし、理論上は実務上のコストや政治的なコストを考えていませんので、10パーセント程度なら軽減税率は入れない方が良いと私も思います。

野坂雅一委員((株)読売新聞東京本社調査研究本部研究員)

新聞各紙の世論調査によると、国民の7割から8割が軽減税率を求めています。それだけ国民の間で関心が高く、期待もあるのだと思います。そのようなことを踏まえて、与党で具体的な検討作業が始まったことは大変歓迎できると思っています。

中静敬一郎委員((株)産業経済新聞社取締役論説委員室論説委員長)

今まで、野坂委員以外は反対でしたが、私はやはり軽減税率の導入は必要だと思います。ある種の重税感が国民の意識の中でかなり強くなっているのではないでしょうか。...様々な入り組んだ問題もありますが、日本でも独自の考え方ができないのか。

土居丈朗委員(慶應義塾大学経済学部教授)

私は軽減税率の導入に反対です。既に各委員が言われたように、高所得者にも恩恵が及ぶこと、事務コストがかかること、不正の温床になる恐れがあること、不公平が逆に生じるのではないかなど、もちろんありますが...

田中常雅特別委員(醍醐ビル(株)代表取締役社長)

商工会議所も大反対しています。まず、皆さんのお話のとおり、政策的に低所得者対策に効果が薄い上に、財源を失うことは最大の欠陥だと思います。...それからもう一つ、制度的に欠陥があります。線引きが難しい。...三つ目は、納税、徴税の事務負担が大きいことです。...この三つの理由で反対と考えています。

岡村忠生委員(京都大学教授法学系)

逆進性対策は、これまで言われたとおりだと思いますが、制度的な問題としては、むしろ貧困対策、一番貧しい人たちについてどう考えるかという問題だと思います。...消費税は、今、必要なときに税負担が生じます。...もし給付の方が良いのなら、タイミングをどのように見計らうかという問題が出てくると思います。

伊藤元重委員(東京大学名誉教授・学習院大学国際社会科学部教授)

この軽減税率も心理的な問題を一応、考えておく必要があると思います。私も軽減税率は反対で、合理的に考えればそのとおりだと思います。ただ、他方で、先ほど野坂委員が言われたように、国民の7割から8割は軽減税率が必要だと考えています。...配偶者控除について心理的な問題がもしあるのなら、それに対してしっかり発信していくべきという話と同じで、ここでも、今日、まさに皆さん、そのような議論をされましたが、軽減税率をしないことがいかに大切なことであるかをしっかり出していくこととは、少し違う次元としてあると思いました。

上西左大信特別委員(上西左大信税理士事務所所長)-意見書提出-

わが国の消費税制に軽減税率を導入することに強く反対します。単一税率を堅持すべきです。

追記

この会議後に行われた、政府税制調査会中里会長の記者会見の記録には、このようにあります。これも抜粋しておきます。

○中里会長

…軽減税率については、お二人を除いてかなり強い反対があったと理解しています。高所得者にも恩恵が及ぶのではないか。手間暇がかかり過ぎるのではないか。ヨーロッパ等で失敗の歴史があるのではないか等、随分きつい批判がありました。

・・・

○記者

軽減税率について、今日は意見を聞きましたが、これで一応終わりという理解でよいのでしょうか。今日、一部の委員からは政府税調として反対の姿勢を示した方が良いのではないかという意見もありましたが、今後はどのようにお考えですか。

○中里会長

お聞きになったとおり、一部の方を除くと、相当強い、全面否定に近いような意見が多くの方から出ました。この事実をまず受け止めたいと思います。その上で、与党の税制協議会で、今、粛々と様々な議論がされていますので、その動きを見ながら、必要に応じて、また基礎問題小員会、あるいは総会で折に触れて軽減税率、その他消 費税のトータルな問題について議論したいと考えています。

○記者

政府税調として何かメッセージを発信することは当面無いのですか。

○中里会長

今日の議論が相当強いメッセージだったのではないでしょうか。軽減税率の導入については、総じて強い否定的な意見がかなり多かったと認識しています。それが一つのメッセージだと思います。

独立行政法人経済産業研究所 上席研究員

1973年愛媛県生れ。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科単位取得退学、博士(経済学)。専門は、公共経済学、財政学、社会保障の経済分析。主な著書・論文に「都道府県別医療費の長期推計」(2013、季刊社会保障研究)、「少子高齢化、ライフサイクルと公的年金財政」(2010、季刊社会保障研究、共著)、「長寿高齢化と年金財政--OLGモデルと年金数理モデルを用いた分析」(2010、『社会保障の計量モデル分析』所収、東京大学出版会、共著)など。

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