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そろそろ観光産業支援策は出口を探すべき

中田大悟独立行政法人経済産業研究所 上席研究員
(提供:イメージマート)

筆者は2020年夏頃の本ウェブサイトにおける投稿記事で、新型コロナ危機で深刻なダメージを受けた観光業の維持、延命を図るためにGoToトラベル事業は実施せざるを得ないと主張しました(例えばこの記事とこの記事)。当時は有効なワクチンや治療薬もなく、如何にして感染拡大を抑え込むのかが最重要課題とされていた状況下で、ウイルスの拡散を促す可能性があった観光業救済策を実施することに強い批判がありました。しかし、それでも感染抑制策と経済活動の両立を目指すGoToキャンペーンには意義があると考えたのです。

あれから二年半が経ち、経済社会はポストコロナの均衡点を精力的に模索しています。観光産業への支援策もGoToトラベル(現在は中断中)から県民割(現在は終了)、そして全国旅行支援(2022年10月から実施、年末年始は除外で年明けから再開予定)へと移り変わりました。

そこで本稿では、足元の統計指標を踏まえて、次の二点を主張したいと思います。

1. 年明けの2023年1月10から再開される全国旅行支援事業は、未だ復調しきれない観光業界への効果的なアシストとして理解できるが、4月以降(2023年度)については後継事業の在り方も含めて慎重に判断することが必要で、次年度以降は実施しないことも有力な選択肢として検討すべき。

2. ワクチン接種、治療薬の普及、オミクロン株への変異による重症化率、死亡率の変化を踏まえた医療体制の整備で可能な限り行動制限を避け、経済活動を順調に回復させていくことが最も効果的な経済対策であり、これにより観光産業に限らず停滞したままの対個人向けサービス産業全般の回復を図るべき。もしくは現下のインフレ基調、景気後退を考慮した対家計支援を行い、特定産業をターゲットとした補助金政策は行わない。

不安要素がありつつも改善基調の景気

内閣府が公表している「景気動向指数」でマクロ経済の景気の動向を確認します。景気動向指数は、景気の現状把握のために、生産や雇用などの様々な経済指標を合成して作成される指標です。

筆者作成
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あらためて2020年3月以降の谷の深さを思い知らされますが、日本経済は新型コロナ危機に対して、二年以上をかけて緩やかながらも回復軌道を歩んできました。足元で鉱工業生産や投資財出荷などに不安要素があるものの全体としては改善基調です。

第3次産業の動向

観光を含めた第3次産業の動向について、経済産業省が公表している「第3次産業活動指数」の動向を確認します。第3次産業活動指数は、各業種の生産活動に関する統計と産業連関表を合成して作られるものです。

まず、業種別活動指数について、特に新型コロナ危機においてダメージの大きかった電気・運輸業・郵便業、卸売業・小売業、宿泊業・飲食サービス業、生活関連サービス業・娯楽業の動向について見てみましょう。

筆者作成
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ここからわかるのは、新型コロナ危機における宿泊業・飲食サービス業、生活関連サービス業・娯楽業の下落は群を抜いて深刻で、かつそれが長期に亘って続いているものの、2022年には徐々に、非常に緩やかながらも他業種との差が縮小してきているという状況です。

業種とは別の集計方法として、対個人サービス業、対事業者サービス業、観光関連産業という分類でまとめられた再編集系列指数についても確認します(これらの系列は、相互に排反のものではなく、それぞれに重複した業種の数値が含まれていることに注意が必要です)。

筆者作成
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ここからも新型コロナ危機における観光関連産業のダメージの深さがわかりますが、対個人向けサービス全般と比べた場合、観光関連産業だけが突出したダメージを受けているわけではなく、足元ではほぼ同水準となっています。対事業所サービス業や非選択的個人向けサービス業(エネルギーや衣食住の第3次産業)は比較的堅調です。

観光関連産業内での動向

観光関連産業内での各業種の動向を細かく見てみましょう。

まずは旅行業者です。GoToトラベルの実施や国内外の感染状況を反映して、国内旅行業には変動がありますが、足元で回復基調であることがわかります。ただし海外旅行業については、2022年に入ってからの僅かな回復がみられるものの、絶望的な低空飛行状態です。

筆者作成
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航空旅客運送業にもその傾向は強く現れていて、国内旅客運送業については今年に入って順調に回復が見られますが、国際旅客運送業はまだまだ低い水準です。

筆者作成
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宿泊業について見てみると、ホテルが順調な回復を見せているのに対して旅館はそこまでには至っていません。ビジネス客も含めて受け入れるホテルに対して、飲食を含めた観光サービスを提供する旅館は、感染対策の観点から避けられている可能性があるでしょう。

筆者作成
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筆者作成
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この点、外食についてもよく似た傾向があり、お酒が提供されるようなパブレストラン、居酒屋などは落ち込んだまま回復できていない現状があります。(特に飲酒を伴う)会食における感染に対する忌避感が、現在もなお根強く続いていることがよく現れています。

主要旅行業者の取り扱い額

国土交通省観光庁が毎月取りまとめて公表している主要国内旅行業者の取り扱い額を時系列に並べたのが以下の図です。

筆者作成
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やはりGoToトラベルや県民割などによる支援策、感染状況によるアップダウンはあるものの、緩やかな回復基調にあることがわかります。取り扱い総額の対2019年同月比(新型コロナ危機前の同月比)は、直近の2022年10月の実績では57.4%に過ぎませんが、国内旅行に限って見ればこの比率は85.8%にまで上がります。

観光産業を重点的に支援する必然性は薄れてきた

観光関連産業全般としては、GoToトラベル、県民割、全国旅行支援といった粘り強い補助金政策の効果もあり、この二年間でゆるかやな回復軌道を歩んできたことがわかります。そして今現在も、観光関連産業が新型コロナ危機のダメージから完全には脱しきれていないことは確かでしょう

ただし、観光関連産業だけが突出したダメージを受けているというわけではなく、飲食サービス業や娯楽業などを含めた対個人向けのサービス産業全般で、ダメージが継続しているというのが、統計指標から見えてくる現状認識だと思われます。

年明けから再開される全国旅行支援は、途中で中断されたGoToトラベルの財源を地方に割り当てることで実施されており、その財源が使い切られた段階で事業が終了するとされています。現段階での見込みでは年度内(3月まで)と想定されているようですが、その間に国内の観光関連産業はより堅実な復調経路に戻れる可能性があるでしょう。これは、これまでの支援政策の成果だと考えられます。

となれば、次年度(2023年度)以降については、こういった補助金型の観光関連産業支援政策の継続は、動向を観察しながら慎重に検討されるべきだろうと思われます。今後は、特定産業への支援ではなく、サービス産業全般の回復を見据えた政策の実施に重点をシフトさせていくべきでしょう。

コロナ危機からの脱却が最大の経済対策

ワクチンや治療薬もなく、只々、自粛して閉じこもるしかなかった新型コロナ危機発生当初と現在では状況が異なります。しかしながら、長らく続いた感染対策を織り込んだ生活様式は、多くの国民の消費活動や人的交流を抑制し、多大な機会損失を発生させています。それらの悪影響の一部が、個人向けサービス産業の停滞持続に表れていると言えるでしょう。

この意味において、人々が安心して行動できる環境を整えて、消費活動や交流活動を活性化させていくことには、経済的にも大変大きな意義があります。こういった環境整備のために、政府にできることはいくつもあるはずです。

例えば、オミクロン株への変異による重症化率、死亡率の変化を踏まえた医療体制の整備で人々の安心感を高められるはずです。重症化リスクが低い人が抗原定性検査キットを用いて感染確認ができた場合には、自治体に登録の上で自宅療養し、必要であれば速やかにオンライン診療で投薬可能となるような体制を構築すれば、医療逼迫も緩和できるでしょう。また、大量に確保されているはずの治療薬(パキロビット等)を全国の医療機関で効率的に有効活用できる体制も求められます。

感染対策のために抑制されていた経済活動を順調に回復させていくことが最も効率的、効果的に実行できる経済対策です。もちろん、現在のマクロ経済状況は、高まるインフレ基調などによる人々の経済不安の原因となっています。こういった景気後退を考慮した対家計支援は重要ではありますが、新型コロナ危機で抑制されていた日本経済の潜在的な能力を十分に活用していくことも、重要な視点であると言えるでしょう。

独立行政法人経済産業研究所 上席研究員

1973年愛媛県生れ。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科単位取得退学、博士(経済学)。専門は、公共経済学、財政学、社会保障の経済分析。主な著書・論文に「都道府県別医療費の長期推計」(2013、季刊社会保障研究)、「少子高齢化、ライフサイクルと公的年金財政」(2010、季刊社会保障研究、共著)、「長寿高齢化と年金財政--OLGモデルと年金数理モデルを用いた分析」(2010、『社会保障の計量モデル分析』所収、東京大学出版会、共著)など。

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