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2024年、次期年金制度改正の議論スタート

中田大悟独立行政法人経済産業研究所 上席研究員
(写真:PantherMedia/イメージマート)

田村厚労大臣、方向性を示す

2021年9月10日の記者会見で、田村厚生労働大臣が次期(2024年)年金制度改正の基本的な方向性を明らかにしました。焦点となるのは、年金給付の将来水準です。特に、今後、長期に渡る実質的減額を余儀なくされると考えられている基礎年金部分の将来給付水準を、如何にして下げ止めるかというのが中心的な論点です。これに対し、田村大臣は、相対的に余力のある厚生年金制度の財源を基礎年金に振り分けることで、基礎年金の給付水準維持を図りたいという方向性を示しました。

田村大臣はこの対策の意義(低所得対策)を強調されたようですが、厚生年金の財源を活用するという手法は大きな論争を呼ぶことになると思われます。

ここでは、問題の背景について解説したいと思います。

基礎年金の減額率は28.1%(以上)

そもそもこの問題は、2004年の年金制度改正(いわゆる「100年安心プラン」)の構築に端を発します。テクニカルな話は端折って概念的に説明すると、次のようになります。

公的年金の財源は現役世代からの保険料収入、税による国庫負担、積立金(およびその運用収益)ですが、仮に現在の年金給付の水準を維持しようとすると全く財源が足りません。特に、積立金については年間給付額(約56兆円)の4倍相当を保有していますが、これを急速に取り崩すことになります。

そこで、少しずつ給付を抑制して、この年金の積立金が100年後も枯渇せずに、給付総額の1年分程度を残すように調整しよう、とするのが「マクロ経済スライド」という制度です。ここで、一気に給付額を調整しようというのではなく、物価調整分を年金額に反映させないようにして、額面上の給付額は変えずに実質額として減らしていこうというのがこの制度のポイントでした(今の所、ほとんど機能していないのが大問題なのですが)。

基礎年金は国民年金、厚生年金、共済年金など全ての公的年金制度からお金を出し合って(これを基礎年金拠出金といいます)賄っていますが、前述のマクロ経済スライドが適用されて、将来の積立残高をにらみながら給付調整することになります。問題は、国民年金と厚生年金の財政上の体力差です。厚生年金が約200兆円の積立金を保有しているのに対して、国民年金は約11兆円しかありません。さらに、現行のルールでは、国民年金の保険料収入が100年後に1年分の積立金を残すには十分なものではないのも問題です。

いずれにせよ、相対的に体力の無い国民年金に100年後の積立金を残すために、マクロ経済スライドという給付抑制策を、基礎年金により長期間かけなければならなくなります。ここで大事なのは、厚生年金や共済年金などの報酬比例部分(二階部分)よりも、基礎年金(国民年金)にかかるマクロ経済スライドの適用期間が非常に長くなるということです。

厚生年金と国民年金の間で、どれくらいのマクロ経済スライド適用期間の差が生じるかは、厚生労働省の『2019(令和元)年財政検証』の結果が参考になります。この財政検証では、人口や経済前提にいろんなパターンの組み合わせを仮定し、将来見通しを立てています。ここでは、将来人口推計は中位で、経済前提としては比較的楽観的と思われるケースIIIの数値を確認します(このケースIIIは政府が給付水準の基準とみなしている所得代替率50%がかろうじて維持できるケースです)。

このケースによれば、厚生年金の報酬比例部分にかかるマクロ経済スライドは2025年度までで済むのに対して、基礎年金に対しては2047年度までかけ続ける必要があります。その結果として、賃金比でみた年金給付の実質額は、報酬比例部分の減額率が2.4%で済むのに対して、基礎年金は28.1%もの減額となります。ちなみに、これよりも状況が悪くなるケースIV以下の場合は、さらに基礎年金の減額率が大きくなります。

国民年金に引きずられる厚生年金という構図

基礎年金の給付額が実質的に大きく減額されることによって、当然ながら、被用者年金に加入歴のない国民年金の受給者の老後の生活にには大きな痛手となります。たとえば、現在は満額で6.5万円の基礎年金が、2047年以降においては、2019年時点の賃金水準に置き換えてみれば、満額で約4.7万円程度になるということです。モデルケースでの報酬比例年金(厚生年金)については2019年時点での9万円が、2025年以降の実質額で8.8万円になるのと比べれば、そのショックの大きさは明らかです。

ですが、この基礎年金の減額の影響を受けるのは、当然ながら厚生年金、共済年金などの被用者年金受給者についても同じであることには注意しなければなりません。報酬比例年金を受給する高齢者も、基礎年金を受給するという意味では同じことですから、基礎年金の減額に引きずられて自分たちが受給する年金の総額もまた、大きく目減りするということには変わりがないわけです。

したがって、他に収入源がなく老後を年金にだけ頼って生活する将来の高齢者にとってみれば、基礎年金の実質的減額に歯止めをかけることは意味のあることだと考えることができます。田村大臣が強調する改革の意義はここにあります。

100年安心プランの誤算

そもそも、なぜ基礎年金だけが、これほどまでに減額されるような事態になったのでしょうか。直接的な理由は、前述の通り国民年金の積立金の少なさと予想される保険料収入の少なさです。ですが、これ以外にも間接的な理由があったと筆者は考えています。

実は厚生労働省は、2004年改正時点では、このような厚生年金・国民年金間の給付差が生じることになるとは考えてませんでした。これは、厚生労働省が公表している『厚生年金・国民年金平成16年財政再計算結果(報告書)』 を見ればわかります。たとえば、『平成16年財政再計算』では、マクロ経済スライドは報酬比例年金と基礎年金ともに2023年までかければ所得代替率50.2%を維持できると推計していますし、もし出生率が改善した場合でも報酬比例年金と基礎年金に適用するマクロ経済スライドは同時に停止すると見込んでいました。

ところが、五年後の『平成21年財政検証結果』において、かなり目立たない形でマクロ経済スライドの同時停止の見込みが崩れたことが示されました。たとえば、基本ケースにおいて報酬比例年金へのマクロ経済スライドは2019年に停止できるものの、基礎年金については2038年までマクロ経済スライドを適用せねばならないことが明らかになったのです。

平成21年財政検証結果』における厚労省のオフィシャルな説明としては、2004年から2009年までに生じたスライド特例、賃金の伸び悩み、少子化の進展が原因とされています(pp.271)。はたして、このような要因だけで、たった五年で生じたこれだけの推計結果の変化を説明できるものかどうかはわかりませんが、2004年改正(100年安心プラン)を策定したときには予想できていなかった事態であったことは間違いありません。

実はこれに関連して、古い個人的な思い出があります。2005年頃、筆者は厚労省とは別の年金推計プログラムを組んで年金財政の将来予測をするという研究に取り組んでいました。その研究成果の一部を発表する研究会が開催され、たまたまそこに厚労省の幹部の方も数名参加されていました。そして席上、筆者が提示した推計結果の中で積立金の推移に批判が寄せられました。筆者の推計では、経済前提や将来人口推計の想定を入れ替えて、マクロ経済スライドを同時に停止すると、国民年金と厚生年金の積立金の残り方(積立度合い)が大きくズレ込むことになっていたのですが、そんなことになるはずがないという批判だったのです。私は、人口想定や経済前提を変えれば積立度合いの推移は国民年金と厚生年金で乖離するはずだ、と主張したのですが、若かった筆者の説得力が及ばず、厚労省の方からは「それは君たちの推計モデルの問題だ」と言われて閉会しました。

いずれにせよ、マクロ経済スライド適用期間の差異の真の原因がなんであれ、ただひとつ確かなのは、基礎年金給付水準の著しい低下という問題は、2004年年金制度改正時には明らかになっていなかったものの、2009年にはその存在が確かなものになり、その後、十年以上にわたって手つかずのままに今日に至るということです。言うなれば、100年安心プランの誤算であったのです。

どうやって財源調整をするのか

報道によれば、田村大臣は、厚生年金から国民年金へ財源を振り分けられるように財政調整を実施することで、国民年金給付の地盤沈下を抑制するという方針のようですが、その全貌まではまだ明らかにされていません。

報道内容から推測するに、厚生年金の給付水準を抑制し、その分の財源を基礎年金へ振り向けるというニュアンスが伝わってきます。ですが、制度上、これはなかなか難しいと言わざるをえません。

公的年金は社会保険ですが、我々が社会保険料たる年金拠出金を支払う時に、政府はルールに基づく給付額を約束していることになります。これを政府が事後的に反故にしたり、恣意的に減額することは困難を極めます。上記の理由で年金給付には財産権が発生するからです。民間の保険会社が保険料を受け取った後で一方的に給付内容を変えてきたケースを想像してみれば、その困難さがわかるでしょうか。社会保険は、税金が投入されたりもしていますが、基本的な原理としては同じことです。過去の年金制度改正でも、政府が給付額を減額する場合は、それまでに拠出された年金保険料に対応する給付は据え置きしながら、その後に拠出される保険料に対応する給付を抑制するなどしてきました。したがって、そういう調整をするならば、制度改正後に拠出される保険料対応分の将来給付を減額できるかどうか、というレベルになります。

さらに困難を極めるのは、仮に厚生年金の給付削減が可能で財源に余剰が発生したとした場合でも、その財源を基礎年金に振り向けるにはルールの改正が必要となることです。1986年に創設された基礎年金制度のもとでは、その年年にかかる国庫負担分を除く基礎年金給付の財源は、国民年金、厚生年金、共済年金などの加入者比率で割り振られることになっています(基礎年金拠出金制度)。もし、厚生年金の余剰財源を基礎年金に追加拠出させるとすれば、新たなルールを制定する他なく、おそらくそのような被用者年金狙い撃ちのルール改定は不可能です。

このように、意図的に厚生年金給付を抑制して基礎年金に振り向けるということは、困難を極めます。

各年金制度の積立金の統合がひとつの方法か

ですが、ひとつの方法として、かなりの荒療治ではありますが、厚生年金の財源を基礎年金給付に向かわせる制度改正がありえます。それは、厚生年金、国民年金、共済年金の積立金の統合です。現在の問題は、国民年金の積立金の脆弱性が原因のひとつですが、厚生年金等の積立金と合算してしまえば、言い方は良くないですが、問題は見えなくなります。厚生年金の給付抑制もマクロ経済スライドのルールの範囲で行えば良いのも、ひとつの利点です。

ただし、これも問題が無いわけではありません。各年金制度の積立金というのは、その年金制度の給付に使われることを前提として拠出された保険料収入から積み上げられるものですから、事後的に使途のルールを変えることには十分な説明が求められるでしょう。また、各制度で行われている独自給付や事業の取り扱いについても制度的な整理が必要となります。

問題設定がひとつの前進

基礎年金の地盤沈下は、現行の年金制度が抱える大きな課題です。高齢化がさらに進展する団塊ジュニア世代の引退時期までに解決の道筋を付けなければなりません。今回の田村大臣の記者会見での制度改正の方向性の表明は、おそらく大きな論争を呼ぶと思われますが、問題を広く国民に共有するという意味においては、意義のあることであったと思われます。今後の議論の進展を待ちたいと思います。

独立行政法人経済産業研究所 上席研究員

1973年愛媛県生れ。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科単位取得退学、博士(経済学)。専門は、公共経済学、財政学、社会保障の経済分析。主な著書・論文に「都道府県別医療費の長期推計」(2013、季刊社会保障研究)、「少子高齢化、ライフサイクルと公的年金財政」(2010、季刊社会保障研究、共著)、「長寿高齢化と年金財政--OLGモデルと年金数理モデルを用いた分析」(2010、『社会保障の計量モデル分析』所収、東京大学出版会、共著)など。

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