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ニューハンプシャー州共和党予備選挙の分析(1):トランプに勝利をもたらした保守票と宗教票と高卒票

中岡望ジャーナリスト
雪の中で投票が始まるのを待つニューハンプシャーの住民たち(写真:ロイター/アフロ)

本記事は2本に分かれている。

2本目は「ニューハンプシャー州共和党予備選挙の分析(2):大きく違うトランプ候補とヘイリー候補の支持層」

【目次】(字数3600字)

■トランプ前大統領は勝利宣言、だがヘイリー候補は戦いを続けると宣言/■選挙の勝因を分けた要因は何か/■CNNの『出口調査』からみる選挙分析:誰がトランプ候補を支持したのか

■トランプ前大統領は勝利宣言、だがヘイリー候補は戦いを続けると宣言

 共和党のアイオワ州の党員集会とニューハンプシャー州の予備選挙が終わった。いずれの選挙でもトラプ前大統領が勝利を収めた。だがニッキー・ヘイリー元国連大使は戦い続けると宣言している。次の舞台は2月27日に行われるヘイリー候補が知事を務めた南カロライナ州での予備選挙である。ヘイリー候補は既に同州で膨大な資金を使って、テレビ広告を行う計画を立てるなど、戦う意欲満々である。同候補の支持者は「50州のうちの2州が終わっただけだ」と、逆転の希望は捨てていない。3月5日に16州で同時に選挙が行われる「スーパー・チューズデイ」まで決着は持ち越される可能性が強い。

 まず今回のニューハンプシャー州の選挙結果をみてみよう。

ニューハンプシャー州の党員登録の数(2023年12月28日段階):

民主党=262,262

共和党=267,905

無党派=343,192

共和党の選挙結果:

          得票数  得票率(%)   獲得代表人

  トランプ    165,629 54.5 12

ヘイリー    131,105 43.2 9

(開票率92.6%)

 投票総数が共和党に登録している人数よりも多いのは、無党派の有権者が共和党予備選挙で投票したためである。同州の制度では、予備選挙は「準公開(semi-open)」で、共和党登録者だけでなく、無党派の有権者も共和党の予備選挙で投票できる。今回、約4000人の民主党登録者が共和党や無党派に登録替えをしている。そうした人はトランプ候補以外の候補者に投票することで、トランプ候補の勝利を阻止しようとした。ただ、最終的に、そうしta

動きは選挙結果に影響を与えることはなかった。

■選挙の結果を決めた要因は何か

 選挙結果の評価を巡って意見が分かれている。①トランプ候補は圧勝し、ヘイリー候補は撤退すべきだという議論と、②ヘイリー候補の勝算は極めて低いが、戦い続けるべきだという意見である。政治サイト『Pollitico』は、今回の選挙を「トランプは勝利したが、相手をノックアウトするほどではなかった」と評価している。

 今回の選挙で明らかになったことは、共和党支持層の“分断”である。40%以上の人が「反トランプ」の立場を鮮明にした。その分断の背後には、明確なイデオロギーの違い、社会観の違いが存在している。

 トランプ候補はヘイリー候補に選挙を断念させるほど大きなダメージを与えることはできなかった。その理由は得票差である。選挙前の6本の世論調査の平均得票率は、トランプ候補が55.8%、ヘイリー候補35.5%で、差は20.3ポイントあった(RealClearPolitics)。だが、投票の結果、ヘイリー候補は43.2%獲得し、予想を10ポイント以上上回る成果を上げた。逆にトランプ候補の得票率は54.5に留まり、両候補の差は11.3ポイントであった。得票率の差が一桁台ならヘイリー候補は実質的に“勝利”したとの見方があった。結果は11ポイントであった。

 もしアイオワ州のように30ポイントも差が付けば、トランプ候補圧勝で、ヘイリー候補には撤退以外に選択肢はなかっただろう。しかし、ヘイリー候補の首の皮が1枚繋がった。だからと言って勝機があるとは思えないが、ヘイリー候補を支持する共和党内の反トランプ派は、このまま引き下がるわけにはいかない。

 ヘイリー候補の選挙戦略は消極的であり、トランプ候補に対する攻撃も手ぬるいものがあった。選挙終盤からトランプ批判を強めて行ったが、もっと早い時点から攻撃的な戦略を取っていれば、トランプ候補を追い込むことも不可能ではなかった。

 選挙結果に大きな影響を与えたのは、選挙直前にデサンティス候補(フロリダ州知事)が突然、選挙から撤退することを発表し、同時にトランプ候補支持を表明したことだ。これはヘイリー候補に取ってプラスとマイナスの両面の効果があった。プラス効果は、トランプ候補と一対一の選挙ができ、対立を鮮明にできることである。マイナス効果は、デサンティス候補の支持票がトランプ候補に流れることであった。デサンティス候補の支持率は6%から10%あった。もし同候補が選挙活動を続けていれば、トランプ候補の得票率は減っていたはずである。ヘイリー候補との得票率格差は1桁台になっていたかもしれない。結果的に、デサンティス候補の票のかなりの部分はトランプ候補に流れた。

 世論調査の動向を見ると、ヘイリー候補のニューハンプシャー州での支持率は2023年10月以降、着実に上昇している。特に1月に入って急激な伸びを示している。トランプ候補は選挙直前に落ち込む局面が見られたが、デサンティス候補撤退後、急激に盛り返している。結果的にデサンティス候補の撤退はトランプ候補を助けたことになる。

 トランプ候補は勝利宣言をしているが、選挙結果に苛立ちを示したという報道もある。ヘイリー候補を撤退に追い込み、早い時点で完全勝利を収めることを狙っていたトランプ候補にとって、この勝利は思い通りの結果ではなかったと想像される。共和党の大統領候補を決めれば、幾つも抱える法廷闘争に専心できる。これから判決が出てくれば、予備選挙への影響も避けられない。

■CNNの『出口調査』からみる選挙分析:誰がトランプ候補を支持したのか

 誰がトランプ候補を支持したのか。アイオワ州と同様にニューハンプシャー州も白人の州である。投票者の92%が白人であった。黒人は1%、ラテン系は4%、アジア系は1%に過ぎない。白人の54%がトランプ候補に投票している。

 アイオワ州でトランプ候補の勝利の原動力となったエバンジェリカルはどうであったか。投票者の20%がエバンジェリカルであった。アイオワ州と比べると、その比率は極めて低い。エバンジェリカルのうち70%がトランプ候補に投票している。ただ80%を占める非エバンジェリカルの52%もトランプ候補に投票している。「毎週教会に礼拝に行く」と答えた人の比率は27%であり、そのうちの62%はトランプ候補に投票している。「時々礼拝に行く」と答えた人は39%と一番多く、そのうちの55%がトランプ候補に投票している。「宗教票」が、トランプ候補勝利の背景に存在している。

 逆に「教会に礼拝にはいかない」と答えた人は32%で、そのうちの53%がヘイリー候補に投票している。共和党支持者は、宗教によって分断されている。

 地域別の状況はどうか。アメリカでは地域による分断が存在する。トランプ候補は農村や中小都市を基盤としてきた。他方、ヘイリー候補は共和党の穏健派や富裕層が多い都市郊外の有権者を支持層に組み込む戦略を取ってきた。出口調査では、ヘイリー候補の戦略は成功を収めたとは言い難い。地域別の投票者の内訳は、都市部が10%、都市郊外が69%、農村部が22%であった。都市郊外には中産階級の富裕層が住み、投票者の約80%を占めている。ヘイリー候補が食い込みを狙った地域である。

 だがトランプ候補は、“弱点”と見られていた都市と都市郊外でそれぞれ51%と55%の票を獲得し、ヘイリー候補を上回った。農村でも54%と半分以上の票を得ている。都市郊外に住む高学歴の富裕層と穏健派は「反トランプ」と見られていた。2020年の大統領選挙では、バイデン候補を支持した地域である。だが今回の予備選挙の結果を見ると、トランプ候補は、都市郊外へ地盤を拡大している。出口調査では、その理由は明らかではないが、経済的な低迷が要因として考えられる。

 また所得による分断もある。低所得層はトランプ候補の支持層である。所得が5万ドル以下の層の66%はトランプ候補に投票している。5万ドルから9万9999ドルの層では55%、10万ドル以上の高所得層では51%がヘイリー候補に投票している。所得が高くなるほど、トランプ候補への支持率が低下している。

 アメリカには学歴による分断もある。学歴が投票行動に大きな影響を与えている。トランプ候補の支持層は高卒が多いのが特徴である。逆に言えば、ヘイリー候補にとって高学歴層の支持を得ることは極めて重要であった。結果はどうか。投票者の構成比をみると、大卒は48%、高卒は52%であった。大卒の56%がヘイリー候補に投票している。他方、高卒の66%がトランプ候補に投票している。学歴による投票行動の違いは明白である。絶対数から言えば高卒人口の方が多く、この層の支持を得たことがトランプ候補の勝利の要因になったといえる。

 初めて共和党の予備選挙で投票したと答えた比率は16%であった。このうちの66%がヘイリー候補に投票している。その限りでは、ヘイリー候補は新しい票の掘り起こしに成功したといえるが、勝利を導くほどの効果はなかった。

 投票者のイデオロギーの内訳をみると、「非常に保守的」は全体の25%、「やや保守的」は41%である。保守層は合計で65%を占めている。他方、「穏健派」は28%、「リベラル派」は6%で、合計して34%である。また「極めて保守的」の88%、「やや保守的」の60%が、トランプ候補に投票している。言い換えれば、トランプ候補は共和党の保守派を完全に掌握しているともいえる。「穏健派」の78%、「リベラル派」の85%がヘイリー候補に投票している。穏健派/リベラル派に食い込むというヘイリー候補の戦略は成功したといえるが、元々共和党内での比率が低く、そうした層の支持を得ても選挙情勢を変える力にはならなかった。

こうした結果を見ていると、分断したアメリカ社会の縮図を見ている気がする。

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ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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