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ニューハンプシャー州共和党予備選挙の分析(2):大きく違うトランプ候補とヘイリー候補の支持層

中岡望ジャーナリスト
ニューハンプシャーの予備選挙後、選挙活動を続けると宣言するヘイリー候補(写真:ロイター/アフロ)

本記事は2本に分かれている。

(1)は「ニューハンプシャー州共和党予備選挙の分析(1):トランプに勝利をもたらした保守票と宗教票と高卒票」

【目次】(本文字数3500字)

■共和党支持者の半分以上がバイデン大統領の正当性を否定/■トランプ候補とヘイリー候補の戦いは共和党の“将来”を決める闘い/■トランプ候補の本選挙に向けての課題

■共和党支持者の半分以上がバイデン大統領の「正当性」を否定

 注目されるのは、バイデン大統領の「正当性」を問う質問に対して、「正当性がない」と答えた比率は51%あった。驚くべきことに、共和党支持者の半分以上がバイデン大統領の正当性を受け入れていない。すなわち2020年の大統領選挙で不正が行われたと信じ込んでいる。そのうちの86%がトランプ候補に投票している。「正当性がある」と答えたのは47%で、そのうちの77%がヘイリー候補に投票している。同じ共和党支持者の間でも鮮明な違いが見られる。

 トランプ候補は数多くの訴訟を抱えている。もしトランプ候補に有罪判決が出ても大統領に相応しいかという問いに対して、54%が「相応しい」と答え、そのうちの87%がトランプ候補に投票している。「相応しくない」と答えたのは42%で、そのうちの84%がヘイリー候補に投票している。

 政策面での違いも明確になっている。保守派にとって重要な問題は中絶問題である。「全て/ほとんどの中絶を禁止する」という質問に対して、「賛成」は27%、「反対」は67%と、中絶を禁止することに反対する意見のほうが圧倒的に多かった。禁止に賛成すると答えた投票者の72%がトランプ候補に投票し、反対と答えた投票者の54%がヘイリー候補に投票している。

 移民政策でもはっきりした違いが表れている。不法移民に滞在するための法的な地位を得るチャンスを与えるべきだと答えたのは41%で、そのうちの72%がヘイリー候補に投票している。「強制送還すべき」と答えたのは55%で、そのうち75%がトランプ候補に投票している。共和党の大統領予備選挙というよりも、共和党候補同士の戦いというよりは、共和党候補と民主党候補の戦いという様相を示している。ヘイリー候補は民主党の候補かと錯覚を起こすほど、穏健派とリベラル派の支持を得ている。

 政策の優先度に関する質問では、「経済」が37%、「移民問題」が32%、「外交政策」が14%、「中絶問題」が12%であった。最も関心が高い「経済」と答えた人は54%がトランプ候補に投票している。経済運営では、トランプ候補が信頼できるということである。ヘイリー候補は45%であった。大統領選挙が行われる秋の経済情勢が、大統領選挙の結果に大きな影響を与えることになるだろう。「外交」と「中絶」と答えた人はヘイリー候補に投票した人が多かった。

■トランプ候補とヘイリー候補の戦いは共和党の“将来”を決める闘い

 単に選挙で勝ったか、負けたかを議論しても始まらない。一体、候補者の間で何が争われたのかを分析する必要がある。

 予備選挙は当初「battle for character(性格を巡る争い)」であったが、次第に「battle for idea」へと変わっていった。どんな共和党の未来を描くのかが焦点となる。現在の共和党は「トランプの党」と言われるほどトランプ候補の力が強い。トランプ候補は伝統的な共和党の基盤とは異なる「白人労働者」と「エバンジェリカル」を主な支持層とする「トランプ連合」を形成してきた。この連合は「MAGA運動」と呼ばれる。「MAGA」とは、トランプ候補のスローガンである「Make America Great Again」の頭文字を取ったものである。

 同時に共和党内には反トランプ勢力も存在する。デサンティス候補とヘイリー候補は、それぞれ違った方向から「トランプ連合」の切り崩しを狙った。世論調査では、投票者の35%が「MAGA運動」の参加者であると答え、そのうちの93%がトランプ候補に投票している。MAGAの参加者でないと答えたのは61%で、そのうちの65%がヘイリー候補、33%がトランプ候補に投票している。「MAGA」グループは、トランプ候補の岩盤支持層ともいわれ、トランプ候補に対する熱狂的な支持層で、トランプ候補に対する忠誠度は極めて高い。

 共和党は「トランプ主義(Trumpism)」の下で大きな変貌を遂げている。トランプ候補は「ナショナル・ポピュリズム」という立場から、従来の共和党とは違ったイデオロギー路線を取ってきた。対立軸を「グローバリスト」と「ナショナリスト」に分け、リバタリアンの自由競争主義や自由貿易を批判し、国際化で仕事を失った白人労働者のために雇用を海外から取り戻すと主張してきた。また白人労働者を「忘れられた人々」と呼び、共感を示し、不法移民は雇用を奪い、社会を不安定化すると反対した。伝統的な保守主義者と異なり、大規模な公共事業の実施も主張した。大きな政府も否定しなかった。共和党のパトロンであった大口献金者とは距離を置いた。さらにキリスト教右派であるエバンジェリカルと保守的なカトリック教徒を支持層に組み入れた。なによりも「Make America Great Again」というスローガンは愛国主義を煽った。保守主義者と違い、一般の人々が関心を抱く社会保障制度や医療保険制度の促進を主張してきた。

 共和党支持者の間では「脱トランプ」を目指す動きがある。そうした動きを受けて、トランプ候補に挑戦したのがデサンティス候補とヘイリー候補である。両候補は違ったアプローチで「脱トランプ」を目指した。単純化して言えば、デサンティス候補は「疑似トランプ主義(Pseudo-Trumpism)」、あるいは「ネオ・トランプ主義」を目指した。これに対してヘイリー候補は「トランプ前の共和党(pre-Trumpism)」の復興を目指した。

 デサンティス候補はトランプ主義をさらに右寄りにすることでトランプの支持基盤を獲得しようとした。彼のフロリダ州の政策は極右的である。リベラル派に対する「文化戦争」の一貫として中絶の実質的な禁止、不法移民に対する厳しい規制、LGBTQに対する差別的政策といった政策を取り、右傾化することでMAGA支持者の支持を得ようとした。同時に、経済政策では福祉予算の削減や年金支給年齢の引き上げ、低所得者や高齢者向けの公的医療保険制度の縮小、小さな政府など伝統的な保守主義者の政策を主張した。

 だがトランプ候補はあくまでポピュリストであり、福祉予算や公的医療保険改革には消極的であった。中絶を連邦法で実質的に禁止するという共和党右派の主張にも距離を置いている。デサンティス候補は外交政策でもウクライナへの軍事支援を打ち切ることを主張していた。彼はトランプ候補との差別化を目指し、トランプ主義を乗り越えようとしたが、有権者の支持を得ることはできなかった。特に社会保険制度や公的医療保険制度に関する政策は、人々の反発を買った。デサンティス候補の「疑似トランプ主義」は失敗した。選挙からの撤退は、当然の結果であった。

 ヘイリー候補は「伝統的保守主義者」と「共和党エスタブリッシュメント」の支持を背景に、党内の穏健派、さらに無党派層の支持を得ようとした。レーガン大統領時代やブッシュ大統領時代の共和党の再建を夢見ていた。ヘイリー候補の頭の中には、伝統的な保守主義の柱である自由競争主義、ネオコン的外交政策、企業主体の国際主義が存在している。外交政策では介入主義を主張している。だが、時代状況は大きく変わっており、大きな支持のうねりを作り出すことはできなかった。

 2人の候補のトランプ候補への挑戦は失敗に終わりそうである。もしトランプ候補が大統領選挙で勝利すれば、共和党はトランプ候補の意のままに動く党になるだろう。多くの政治家がトランプ支持を表明している。勝馬に乗ろうとするのか、将来の報復を恐れてのことは分からないが、共和党内にトランプ前大統領の物を言える人がいなくなりつつある。

トランプ候補の本選挙に向けての課題

 まだ2つの州の結果しか分からないが、両州で40%以上がトランプ候補に投票しなかった。もし本選挙で、これらの人がトランプ候補に投票しなければ、勝利は覚束無いだろう。政策だけでなく、感覚的かつ生理的にトランプ候補を受け付けないという人も多い。様々なスキャンダルを抱え、常に道徳性を問われる人物を大統領にしたくないと思っている人は少なくない。トランプ候補がこうした人を結集するのは容易ではない。ヘイリー候補の支持者は「トランプ候補が3度目の大統領候補になるのはハッピーではない」と公然と語っている。彼らが本選挙でトランプ離れをすれば、トランプ候補の勝利は危うくなるだろう。

 ニューハンプシャー州の予備選挙で勝利したトランプ候補は「大統領の免責特権」を求める発言を行った。憲法修正第14条の規定で、反逆罪を問われた人物は公職に就けない。2021年1月6日の極右勢力の議会乱入は国家に対する反逆罪として裁判で審理されている。これに対してトランプ候補は大統領免責を要求し、最高裁の判断が待たれている。最高裁は2月8日に判断を下す予定である。予備選挙が続けば、“大統領の犯罪”が選挙の問題となるのは避けられないだろう。トランプ候補を取り巻く状況は厳しい。大統領選挙が行われる11月までに様々なことが起こるだろう。多くのメディアが「トランプ大勝」と書いているが、内実を詳細に検討すると、「大勝」とは言えない現実がある。さらに、最近の世論調査では、バイデン大統領との支持率の差が詰まってきている。まだまだ波乱が起こりそうである。

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ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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