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なぜ警察官は黒人を差別し、迫害し、殺すのか―アメリカの「黒人差別」の根底にあるもの

中岡望ジャーナリスト
重武装して抗議活動を弾圧する警察官-デモ隊抑制よりももはや戦場の様子を呈する(写真:ロイター/アフロ)

■ 黒人差別の根底にあるもの

 毎日のように警察官に黒人が殺されたというニュースが伝えられる。黒人差別問題が、これほど社会的に注目されている時期にも拘わらず、なぜ警察官は黒人を殺害し続けるのだろうか。その不条理に人々は怒り、抗議活動の「Black Lives Matter運動(以下BLM運動)」に共感を寄せ、支持する。いつの日か黒人差別がなくなることを心から願いながら。だが、現実には黒人差別は容易にはなくならない。

 BLM運動が始まったのは2013年である。2012年2月に17歳の女子高校生トライヴォン・マーチンが自警団の男性に射殺された。犯人の男性はすぐに釈放され、これに抗議する集会が全国で始まった。その時、活動家アリシア・ガーザが「黒人の命は大事よ」と呟いた。それがBLM運動の始まりである。運動は注目されたものの、やがて下火になる。2020年にジョージ・フロイドが警察官に首を圧迫され、殺害される残酷な場面がSNSで拡散され、再び運動に火がついた。

 今回のBLM運動も同じ運命を辿るのではないか。2020年7月28日に発表されたギャラップ調査「Two in Three Americans Support Racial Justice Protest」は興味深い結果を示している。BLM運動を支持するという回答は65%であった。人種別でみると、黒人が92%、アジア系が92%、ヒスパニック系が70%とそれぞれ高い比率を示している。だが白人は59%に過ぎなかった。保守的な共和党支持者に至ってはわずか22%に留まった。差別する側に立つ白人は、激しい抗議活動にもかかわらず、冷ややかな反応を示していた。

 暴徒化したBLM運動は次第に国民の支持を失いつつある。BLM運動に対する支持率は6月をピークに急速に低下している。比較的黒人差別意識の薄い無党派の白人の支持率は6月初に24%であったが、8月末には3%にまで低下している(”Rioting is beginning to turn people off to BLM and protesters while Biden has no solution”、『USA Today』2020年8月31日)。信じられないほどの急落である。こうした状況は、黒人差別問題を解決するのがいかに難しいかを示している。

 黒人差別問題の本質を理解するためには、情緒的な対応ではなく、歴史的な過程を含めて、黒人差別の底にある問題を明らかにする必要がある。黒人差別問題は、日本人が考える以上に根が深いのである。

■ 悪化する黒人と白人の関係-過去最悪のレベルに

 白人と黒人の関係が悪化しているという調査がある(ギャラップ調査「U.S. Perception of White-Black Relations Sink to New Low」2020年9月2日)。調査によると、2013年に70%のアメリカ人は白人と黒人の関係が「良い」と答え、「悪い」と答えた比率は30%に過ぎなかった。だが2015年から逆転し、2020年には「悪い」の56%に対して「良い」は44%となっている。警察官による黒人の射殺、それに抗議するデモが、アメリカ国民のお互いに対する意識にマイナスの影響を与えていると想像される。黒人差別問題は、時間が経てばいつか解決するという“予定調和的”なものではない。逆行することもありえるのである。

 オバマ大統領は就任演説で“人種的和解”を訴えた。だがオバマ大統領誕生に対する黒人と白人の受け止め方は大きく違った。ピュー・リサーチ・センター調査では、黒人の51%が人種関係は改善すると答えたのに対して、白人はわずか28%に過ぎなかった。驚くべきことに、白人の32%がオバマ大統領の誕生によって黒人と白人の関係は悪化したと答えている。黒人の回答の5%とは対照的である(”On Views of Race and Inequality, Blacks and Whites are Worlds Apart”, 2016年6月27日)。皮肉なことに、黒人大統領の誕生は保守的な白人にとって“脅威”と受け止められたのである。

 黒人差別は「制度の問題」であると同時に、「心の問題」でもある。むしろ「心の問題」のほうが重要かもしれない。「構造的人種差別(structural racism)」という考え方がある。黒人差別は単なる個人の意識の問題ではなく、社会構造の中に組み込まれているのである。

 筆者は、幾つかの大学でアメリカの政治思想を教えてきた。そして学生の奴隷制度と黒人差別に対する理解が極めて浅薄であることに驚かされた。日本の中学や高校では南北戦争は奴隷解放戦争であり、リンカーン大統領が奴隷制度を廃止したと教えられている。“ハッピー・エンディング”の物語で、それ以上のことは教えない。

■ 南北戦争は中途半端に終わった“未完の戦争”である

 南北戦争の結果、奴隷制度は廃止されたが、奴隷制度廃止は南北戦争の直接の目的ではなかった。リンカーン大統領は奴隷制度に反対していたが、強引に奴隷州に奴隷解放を迫る気はなかった。敬虔なプロテスタントで宗教問題の研究家のロバート・P・ジョーンズは「奴隷問題は南北戦争を引き起こした重要な原因ではなく、単に南北対立のひとつにすぎなかった」と書いている(『White Too Long:The Legacy of White Supremacy in American Christianity』)。その上、黒人奴隷は解放されたが、連邦政府の不十分な南部政策の結果、南北戦争終了後10年にして南部連合の旧支配者は復活し、州民の黒人に対する人種差別意識は温存された。そして黒人は奴隷制度以上の過酷な人種差別の状況に置かれたのである。

 その結果、南部では黒人は、長い間、隔離され、差別され続けることになる。最高裁は1895年に「プレッシー対ファーグソン裁判」で黒人隔離政策が合憲であると判決を下し、黒人隔離に法的な根拠を与えた。選挙権も制限された。黒人が市民権を手に入れたのは南北戦争後90年経った1964年に「公民権法」、1965年に「投票権法」が成立した時である。だが、それでも多くの白人の心の底に根付く黒人差別意識はいまだに拭い去ることはできない。

■ 黒人差別の問題は「宗教の問題」である

 言うまでもなく、アメリカ人すべてが人種差別主義者ではない。過半数以上のアメリカ人は黒人差別に反対している。だが同時に多くの白人至上主義者と黒人差別論者は厳然と存在する。極めて少数だが、白人至上主義者の中には「奴隷制度廃止は間違いだった」と公然と主張する者もいる。アメリカ社会の底には、黒人差別を許容する意識が変わることなく流れ続けている。

 差別の問題は「心の問題」である。言い換えると、アメリカの場合、「宗教の問題」でもある。宗教学者マーク・A・ノールは「キリスト教は白人の黒人に対する組織的な差別を是認する上で大きな役割を果たした」と指摘している(岩波書店刊『神と人種』)。さらに「奴隷制、南北戦争、南北戦争後の南部再建を巡っての19世紀の抗争から最近の公民権、経済的機会平等、生存権、家庭内秩序についての論争に至るまで、まさにそうした宗教的色彩で貫かれている」とも書く。日本人には理解しにくいが、アメリカではキリスト教と人種差別問題は密接に関連しているのである。

 プロテスタント教団の中でリベラル派と保守派の間で奴隷制度を巡る神学論争が行われてきた。南部の保守的なプロテスタント教会(主に南部バプティスト連盟に属す)は「奴隷制度は神に与えられた制度である」と主張。奴隷制度廃止後も、当時の一流の科学者を動員して黒人は人種的に劣っているという学術論文を発表させ、黒人は劣等民族であるという神話を作り上げてきた。それが現在も白人至上主義という形で一部の人々の心の中に生き続けている。

 ただ本稿では宗教の問題には立ち入らない。より具体的に「警察官と黒人の関係」に焦点を当て、なぜ警察官が黒人に対して極めて過酷な対応を取り続けるのか説明する。そのためにはアメリカの警察組織がどのように作られ、警察官にどのような役割が期待されていたかを知る必要がある。

■ 黒人差別を生み出した歴史的過程

 ノーウィッチ大学のコニー・ハセット・ウォーカー助教授は「警察と黒人コミュニティの間の緊張は今に始まったことではない」、「数百年前に植え付けられたアメリカの警察官の取締活動に見られる人種差別の根はまだ完全に取り除かれていない」と指摘する(「The racist roots of American policing」『The Conversation』2019年6月4日)。

 歴史的にいうと、アメリカの警察の原型は、植民地時代に各州で作られた「Slave Patrol(奴隷法)」に基づいて、民兵(militia)を中心に作られた組織である。その活動の目的は、逃亡奴隷を探し出し、奴隷所有者に引き渡すのことであった。さらに奴隷の反乱の防止や公共の秩序維持も重要な任務であった。南北戦争で奴隷制度が廃止されたのに伴い「Slave Patrol」はなくなった。しかし、南北戦争後、南部諸州は「Slave Patrol」をベースにした「Black Code(黒人法)」を導入し、引き続き解放黒人を取り締まりや権利を制限し、白人の政治的支配を維持した。

 1868年に解放黒人を含む全市民の市民権と平等権を規定した「憲法修正第14条」が成立したため、「Black Code」は廃止に追い込まれた。だが南部諸州はすぐに黒人の人権を規制する「Jim Crow Laws(ジム・クロウ法)」と呼ばれる一連の法律を成立させた。その目的は、黒人の財産所有、事業活動、土地購入、公共の場での自由移動を禁止することにあった。「ジム・クロウ法」に含まれる最も重要な法律は「Vagrancy Laws(浮浪者法)」である。その主要な目的は、浮浪者や失業者、仕事をしないで路上ni

たむろっている黒人を取り締まることであった。1896年に最高裁は「ジム・クロウ法」を合憲とする判決を下している。20世紀にはいると地方自治体はそれぞれ独自の警察署を設立したが、「ジム・クロウ法」を引き続き執行した。

 ハーバード大学のジル・ルポール教授は「アメリカで警察組織が急激に肥大化していった理由は奴隷制度にある」と指摘している(”The Invention of the Police”, 『New Yorker』2020年7月13日)。最初は奴隷、次に黒人を取り締まることで、警察組織は巨額の予算を獲得し、警察官を増やしてきた。現在、アメリカには約70万人の警察官が存在している。

■ 警察文化は奴隷制度時代から何も変わらない

 黒人の組織であるNAACP(全米黒人地位向上協会)が出している書類「Criminal Justice Fact Sheet」は、「地方自治体は警察に頼って『ジム・クロウ法』に違反するアフリカ系アメリカ人に対して過剰なまでの過酷な取り締まりをおこなった。『ジム・クロウ法』は1960年代まで廃止されることなく存在し続けた。その後もアフリカ系アメリカ人のコミュニティは警察官の監視の下に置かれ、取り締りの目標にされた」と指摘している。

 またコニー・ハセット・ウォーカー教授は「何十年、何世紀も続いた警察の制度的な人種差別は今でも重要な問題である。なぜなら警察の文化は、この間、変えることができたのに、ほとんど変わらなかったからだ」と述べている(”Why Is Police Brutality Still Happening? “『New York Times』2020年5月28日)。警察官は現在も変わることなく「ジム・クロウ法」の時代の“メンタリティ”を持ち続けていると言っても過言ではない。

■ 警察官に狙い撃ちされる黒人

 黒人を取り締まるという伝統は、現在も続いている。スタンフォード大学の研究では、2011年から2017年の間に警察官に歩行中に呼び止められて職務質問されたり、車を運転中に停車を命じられ職務質問をされた経験のある黒人は延数で1億人に達している。ピュー・リサーチ・センター調査(2020年6月12日)では、歩行中や車を運転中に警察官に不当に職務質問された経験があると答えた黒人は45%に達している。これに対して白人はわずか9%に過ぎない。黒人の比率は異常なほど高い。黒人は常に警察官の影に怯えていると言っても過言ではない。

 筆者もボストンに住んでいるとき、自動車を運転中に理由もなくパトカーに停車を命じられ、自動車登録書の提示を求められた経験がある。今。思い返せば、盗難車と疑われたのだろう。アジア人であるのが理由であったのかもしれない。

 過剰な職務質問は過剰な逮捕に結びつく。白人だったら見逃されるような軽犯罪でも、黒人は間違いなく逮捕される。司法統計局(the Bureau of Justice Statistics)によれば、刑務所に収容中の服役者のうち黒人は33%に達している。人口に占める黒人比率が12%であることを考慮すれば、黒人の刑務所への収監率は異常なほど高い。白人の収監率は30%だが、人口比率は60%である。人口比率を勘案すると、黒人は白人の約5倍多く収監されていることになる。

 18歳から19歳の服役者で比べると黒人と白人の比率は13倍になる。ただ、この数字は正確な状況を示していない。この数字には刑期が短期で、拘置所に勾留されている人数が含まれていないからだ。そうした黒人を含めれば、白人と黒人の差はさらに大きくなるだろう。

■ 罪に問われることがない警察官

 さらに深刻なのは、警察官に射殺された黒人の数である。2013年から2019年の7年間、毎年1000人以上が警察官に銃殺されている。2018年は1143人(黒人258人、白人490人)、2019年は1099人(黒人259人、白人406人)であった。2020年は9月までの段階で749人が射殺されている。

 絶対数を見る限り黒人よりも白人の死亡者の方が多い。だが2015年から2020年9月までの死亡者の合計数を人種別に100万人当たりに換算すると、黒人は32人、白人は13人になる。黒人は白人よりも2.4倍も多く射殺されている。以上の数字は射殺によるものだけで、ジョージ・フロイドのように窒息など他の手段によって殺害されたケースは含まれていない。そうしたケースを含めれば、黒人の死亡数はさらに多くなる。

 さらに問題なのは、射殺した警察官が犯罪者として処罰されないことだ。2005年以降、現在までに黒人を射殺した容疑で逮捕された警察官はわずか98人に過ぎない。有罪の判決を受けた警察官は35人だが、「謀殺(murder)」の重罪判決を受けたのは3人に過ぎない。他の警察官は罪の軽い「故殺(manslaughter)」や「過失致死(negligent homicide)」の判決が下っている。22人は陪審審理(jury trial)で無罪の判決が下され、9人は非陪審審理(bench trial)で裁判官によって無罪の判決が下されている。10人は起訴されることなく釈放されている(以上の数字はNAACPの「Criminal Justice Fact Sheet」)。同僚の警察官は言うまでもなく、検事も裁判官も、黒人を射殺した警察官に極めて寛容な態度を取っている。こうした状況で警察官が自制心を働かすことは到底期待できない。

 ただ警察官が容疑者を射殺したり、暴行を加えても検挙されたり、起訴されることがないのには理由がある。自治体と警察組合の間の労働契約の中に、公務中に違法行為があっても犯罪として起訴しないという条項が含まれているからだ。さらに被害者や家族が警察官個人を訴えたり、賠償金を求めることができない規定もある。発砲後24時間以内に警察官の尋問を禁止する規定もある。その間に同僚の警察官同士で口裏を合わせることが可能になる。虚偽の証言を行っても、検察官がそれを覆す新証拠を示さない限り、起訴されることはない。

 こうした警察官や公務員を免責する規定は「Qualified Immunity(適格免責=仮訳)」と呼ばれ、1967年に最高裁は「ピアソン対レイ裁判」で、その規定を合憲であるという判決を下している。つまり公務中に発生する違法行為で逮捕や起訴されるとなれば、警察官が十分に職務を果たすことができないというのが、合憲の根拠である。

 BLM運動の中で警察の透明性や説明責任を求める要求が出ている。自治体の中にも「Qualified Immunity」の見直しを進める動きがでている。例えば、コロラド州州議会は6月に警察官に対する「Qualified Immunity」の適用を廃止する決定をしている。連邦議会でも民主党が見直しを進めているが、共和党は消極的な態度を取っている。「Qualified Immunity」に関連する訴訟が幾つか起こっているが、最高裁は見直しには消極的である。

 こうした自治体と警察組合の間の労働契約や「Qualified Immunity」の存在が、黒人差別意識に加わり、警察官の安易な発砲や乱暴な行為を助長していることは間違いない。

 公平のために犯罪取り締まり中に射殺された警察官の数も示しておく。2017年が33名、2018年が46名、2019年が33名、2020年1月から9月までが39名である。同期間で、公務中に事故で死んだ警察官は36人である。(資料:FBI Monthly Bulletin、「Law Enforcement Officer Death」)。警察官も危険な捜査に従事し、生命の危機に直面しているが、容疑者射殺の数とは比較にならない。

■ 相次いで取られる警察官の過剰暴力規制措置

 大きな抗議運動が起こるたびに警察改革の必要性が訴えられてきた。だが、実際には効果ある改革は遅々として進んでいない。今回もBLM運動が過激化する中で様々な警察改革の措置が講じられてきた。カリフォルニア州議会は9月30日にジョージ・フロイドの死亡原因となったchokehold (首を絞める手法)を禁止し、発砲に関して州司法省が調査することを認める法案を可決した。サンフランシスコのロンドン・ブリード市長は、無防備の市民に対して催涙ガス、タンク、銃剣の使用を禁止するように市警察に指示している。現在でも、タンクや銃剣の使用という言葉が出てくるのは、驚き以外なにものでもない。ミネソタ州も「警察説明責任法(Police Accountability Act)」を可決し、9月から施行されている。

 ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事は、市民から不法行為を訴えられた警察官の記録を非公開とする法律を廃止する法案に署名している。テキサス州のオースチン市議会は全会一致で警察官の暴力を禁止し、来年の警察予算を1500万ドル削減することを決定している。テキサス州のダラス市警察署長は、同僚の警察官が過剰な暴力を振るうのを見た場合、介入するように指示を出している。アイオワ州議会は6月11日に容疑者を逮捕する際に他の手段がない場合、あるいは警察官が“妥当”と信じた場合に限って、chokeholdを使うことができるという法案を可決している。コロラド州議会は6月13日に締め技(sleeper hold)を禁止する法案を可決している。これ以外にも、多くの自治体は警察改革を行う動きを見せている。

 もうひとつ警察改革の課題に挙がっているのが、警察予算の削減と警察官の削減である。一部の自治体では既に警察予算の削減を決めている。削減した予算は社会福祉などに振り向けることになる。だが、これは必ずしも国民に支持されているわけではない。ラスムーセン世論調査(2020年6月9日)によれば、警察予算の削減を支持している割合は27%に過ぎない。59%の回答者は予算削減に反対している。また警察官が過剰であると思っている割合も17%に過ぎない。黒人の回答者でも、警察官が多すぎると答えた者は27%に過ぎない。犯罪の多いアメリカの都市で警察官を減らすという主張はなかなか支持を得にくいのかもしれない。

 上に示した改革案の例は警察官の不法行為を抑制する一定の効果は期待できるかもしれないが、抜本的な解決策とはいえない。あくまで警察官の過剰な行為を禁止したり、制限するのが目的で、警察官の差別意識を払拭するものではない。こうした問題に対して、サンフランシスコ市警察は署内にメンタル・ヘルス・ユニットを設置して、警察官に60日間のメンタル・ケア・プログラムの受講を義務化している。他の市警でも同様な措置を講じているところがあるが、期間は平均で6日に過ぎない。従来、警察官は十分な教育、訓練を受けていないとの批判があり、これらのプログラムは警察官の質の向上を目指すものである。警察官の質の向上は、黒人差別を減らす重要な手段である。

 警察官が高性能の武器を持っていることも問題である。多くの警察は国防総省から武器を購入している。2015年にオバマ政権は、国防総省が警察への戦車や擲弾発射器(grenade launcher)、武装ヘリコプターの売却を禁止した。だが2017年にトランプ政権は、その処置を覆している。政府の動きとは別に、コネチカット州のネッド・ラモント知事は、連邦政府から軍隊が使用するような高水準の武器購入を禁止する行政命令を出している。アメリカが銃社会だとはいえ、警察官が殺傷能力の強い銃を持たなければならない理由はない。

■ 警察改革に反対する警察労働組合

 だが警察組合はこうした措置に反対している。公務中に行った行為で警察官が罪に問われることを恐れているからである。『ニューヨーク・タイムズ』は、警察改革に対して「警察組合が最も大きな障壁となっている」、「警察組合は、(警察の)説明責任を高める努力を阻止するために自らの政治力や影響力を行使し、極めて効果的に広範な変革を回避してきた」、「警察組合は改革に直接的に反対するだけでなく、成立した改革の実施を困難にしている」(”How Police Unions Became Such Powerful Opponents to Reform Effort”、2020年6月20日)と指摘している。地方都市において警察組合の力は極めて強く、自治体の幹部も地方議会の議員も思い切った警察改革に乗り出せない現実もある。

 組合幹部の大半は白人で、彼らも根強い黒人に対する差別意識を持っている。ボルチモア市の警察組合委員長は「BLM運動の参加者を“リンチの暴徒”だ」と非難し、フィラデルフィア市の警察組合委員長は「狂犬病にかかった動物の集団だ」と、極めて挑発的な発言をしている。警察組合の指導者だけでなく、警察官の大半も白人が占めている。有色人種の警察官の数は極めて少ない。白人の警察官が同僚の白人警察官を捜査するのは難しい。容疑を掛けられた警察官を擁護し、犯罪を隠蔽する可能性のほうが大きい。

 組合幹部が警察官を守ろうとするのは、もうひとつの理由がある。2017年にピュー・リサーチ・センターが警察官の意識調査を行っている(”Behind the Budge”, 2017年1月11日)。同調査は「大多数の警察官は黒人市民と警察官の対立が注目されていることで仕事がますます危険になり、警察官と黒人の間の緊張が高まり、十分に職務を果たせなくなっていると語っている」と警察官の気持ちを伝えている。72%の警察官は「容疑者を呼び止め、職務質問するのを躊躇するようになっている」と答えている。93%の警察官は「今まで以上に自分の安全に懸念を抱いている」と回答。アメリカでは銃保有が認められており、容疑者から銃撃される可能性もある。警察官は絶えず緊張を強いられており、警察組合は警察改革が進めば、警察官の安全が脅かされることになると懸念している。

■ Affirmative Actionは黒人社会に何をもたらしたのか

 警察改革が進み、警官の黒人に対する対応が変わっても、人種差別の問題が解決するわけではない。黒人に対する差別や蔑視を克服する最善の方法は、黒人の生活水準を上げ、荒廃したコミュニティを修復することである。差別の対象になるのは、常に貧しい黒人だからである。

 アメリカ政府は黒人の差別解消、地位向上に取り組んできた。1964年に「公民権法」が成立した後、ジョンソン大統領は「白人と黒人が平等に競争する条件は整った。しかし数百年にわたって教育や雇用の機会を奪われてきた黒人が白人と競争するには大きなハンディキャップがある」として、1965年に大学入試などで黒人を優先する大統領令を打ち出した。その政策は「Affirmative Action」と呼ばれる。この制度は黒人に限定されることなく、マイノリティや女性にも適用されてきた。最高裁のソニア・ソトマイヨール判事はヒスパニック系アメリカ人で、「Affirmative Actionがなければ、私はプリンストン大学に進学し、最高裁判事にはなれなかっただろう」と語っている。

 Affirmative Actionは黒人の若者に希望を与えた。だが皮肉なことに、優秀な黒人は最終的には白人社会に取り込まれていく。こうした現象を「黒人の白人化」と呼ぶこともある。白人化した黒人は、もはや黒人コミュニティに戻ってくることはない。それまで黒人コミュニティには優れた指導者や少年のロール・モデルになる優秀な人物がいた。だがAffirmative Actionの結果、優秀な黒人は白人の中流階級や上流階級へ吸収され、黒人コミュニティを去った。残されたのは低学歴の労働者、高校中退した若者、最貧困に苦しむシングル・マザーたちである。それが黒人コミュニティの荒廃を加速化させた。

 筆者は、セントルイスに住んでいるとき、市内にある黒人コミュニティを訪ねたことがある。そこで黒人コミュニティの荒廃した状況を見て、やるせない気持ちになった。フィラデルフィアに住む筆者の知人は「仕事のない黒人の若者はマリワナに手を出している。彼らはドラッグの売買で儲け、高級車に乗っている人物にあこがれを抱いていて、一攫千金を夢見ている」と語っていた。少年たちの周辺にロール・モデルが存在しないのである。彼らにとって、将来に希望を抱くのは無理な相談なのである。

■ 将来に希望の持てない黒人の若者たち

 Affirmative Actionは優秀な黒人に機会を与えたが、黒人社会全体でみれば貧困からの脱出は夢物語であった。多くの黒人には十分な所得を稼ぐだけの仕事がない。2020年9月の全体の失業率は7.9%であったが、白人の失業率7%に対して黒人の失業率は12.1%と極めて高水準であった。16歳から19歳の黒人の失業率は20.7%と、日本では想像もできないほど高い。コロナウイルスの直撃を受けた5月の10代の黒人の失業率は34.9%であった。黒人の失業率は常に白人を大きく上回り、10代の黒人の失業は慢性的に30~40%の水準で推移している。彼らの多くは高校中退で、まともな雇用機会はほとんどない。ましてや犯罪歴があれば、職に就くのも難しい。

 職のない若者たちは路上にたむろする。白人の16.5%、黒人の17.8%がマリワナを使ったことがあると答えているが、マリワナ所有で逮捕される比率では黒人は白人の3・64倍に達している。警察官は黒人を狙い撃ちにしているわけである。前出のジル・レポール・ハーバード大学教授は「警察の残虐性の最大の犠牲者は10代の黒人である」と指摘している。将来に対する希望がなく、社会に対して鬱屈した気持ちを抱く黒人青年たちが、人種差別に抗議するデモの中で暴徒化していく。

■ 縮まらない白人と黒人の富の格差

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黒人の経済格差は極めて大きい。白人の一人当たりの所得は約4万3000ドルだが、黒人の場合は約2万4000ドルにすぎない。黒人家庭の平均資産は6000ドルに対し、白人家庭は10万ドルを越えている。持家率は白人の74%に対して黒人は44%である。25歳以上で大卒の比率は白人の35%に対して黒人は25%に過ぎない。少し古い統計だが、「Trends in High School Dropout and Completion in the United States: 2014」によれば、黒人の高校中退率は27%である。白人の場合は13%である。アメリカは学歴社会で、大卒でなければホワイトカラーの職に就けない。管理職に就くには修士号が必要である。そんな中、高校中退なら低賃金の肉体労働しかない。こうした経済的貧窮がコミュニティの崩壊を招いている。こうした黒人の貧しさが、黒人差別だけでなく“黒人蔑視”の意識を生んでいる。

■ 黒人差別解消のためには「新南北戦争」が必要

 白人と黒人の経済的な貧困が解消され、健全な黒人コミュニティが復興されない限り、黒人差別は解消することはないだろう。最近、アメリカのメディアで「新南北戦争」という言葉をよく目にする。様々な問題を巡る南北の対立や黒人差別を解消するには、「新たな南北戦争」が必要だという主張である。もちろん実際の戦争を意味するわけではない。南北戦争は多くの未解決の問題を残したままである。それが現在のアメリカに重くのしかかっている。「新たな南北戦争」を行う覚悟がなければ、黒人差別問題は解決しないだろう。それほどアメリカ社会から黒人差別を取り除くのは、難しい仕事なのである

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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