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トランプの戦争(3):トランプ大統領が北朝鮮に対する核先制攻撃のボタンを押す時

中岡望ジャーナリスト
北朝鮮に圧力を加える米韓軍事演習に参加した米空母(写真:ロイター/アフロ)

目次

1. 現在、アメリカで最も懸念されていること

2. 北朝鮮は本当にアメリカを攻撃する意図があるのか

3. 相次ぐアメリカ政府高官の北朝鮮脅威発言

4. トランプ大統領と北朝鮮の対立の悪循環

5. 米朝ともに陥る“過信の罠”

6. 国防総省と韓国外務部の見解―北朝鮮は差し迫った脅威ではない

7. トランプ大統領の武器使用権限を巡る公聴会

8. もうひとつの公聴会―大統領の核兵器使用権限

9. 問われる大統領の核兵器使用命令の「妥当性」と「必要性」

10. 将軍は大統領の核攻撃命令には従わない

11. 国内問題から北朝鮮を攻撃する可能性も

12. トランプ大統領の核先制攻撃を阻止する唯一の方法

1. 現在、アメリカで最も懸念されていること

 「トランプの戦争(2)」で、アメリカ大統領が戦争を行う「法的な権限」に関して分析を行った。戦争権限に関してアメリカの憲法の規定は矛盾している。憲法では「戦争宣言」を行う権限は議会にあると明記されているが、同時に大統領には軍の最高司令官の権限を付与している。ただ、憲法には最高司令官の職務に関する明確な規定は書かれていない。アメリカは三権分立を基本とし、立法、行政、司法がそれぞれ相互チェックを行う体制を作り上げてきた。だが、アメリカの歴史は、大統領が権限の強化を進める一方、議会が大統領権限の拡大を阻止する戦いの歴史でもある。現在、建国の父たちが想定した以上に大統領権限が拡大している。

 北朝鮮の脅威が喧伝されているが、現実にアメリカで最も懸念されているのはトランプ大統領が核兵器を使って北朝鮮に先制攻撃を仕掛けるのではないかということである。『ニューズ・ウィーク』(9月27日)は「トランプが北朝鮮に核攻撃を仕掛けることを誰も阻止できない。将軍でさえ阻止できない」と題する記事を掲載している。その中で“悪夢のシナリオ”が語られている。「トランプは、北朝鮮の金正恩の挑発に対する怒りから、真夜中、ベッドから起き出した。彼は部屋の外で膝の上に黒い小さなスーツケースを持って待機する軍のスタッフを見つけた。そのスーツケースは“核のフットボール”と呼ばれているものだ。トランプ大統領は『このくそったれを永遠に叩きのめしてやる。核コードを渡せ』と言った。スタッフはカバンを開け、大統領にアルマゲドン(悪魔との最終戦争)の選択肢が書かれているルーズリーフのバインダーを渡した。その選択肢にはロシアと中国の殲滅計画から、北朝鮮に対する様々な攻撃の選択肢が含まれている。『これを選択する』と大統領は言った。スタッフは一組のコードが書かれている封筒を手渡した。そのコードにはトランプがマティス国防長官に電話するとき自分が本物の大統領であることを証明するコードが含まれている。同じコードが戦域司令官とB-1爆撃機、ワイオミングのミサイル基地、北朝鮮の沖に潜伏する潜水艦にも伝えられた」。

 同誌のシナリオはここで終わるが、この命令で北朝鮮に核爆弾が投下されることになる。深夜、妄想に駆られた軍の最高司令官が核ミサイル発射命令を出しても、現在のアメリカの制度では誰もそれを阻止できないのである。

 アメリカの有力雑誌『ザ・アトランティック』のジェフリー・ゴールドバーグ編集長は「トランプは大統領の資質に欠ける人物である」と指摘する(11月7日、「Donald Trump and the Threat of Nuclear War」)。トランプ大統領は人種差別主義者で、外国嫌い、アメリカの歴史に対して無知で、憲法をないがしろにし、アメリカの政治的行動の尊敬すべき規範を軽蔑している人物だと厳しいコメントを加えている。トランプ大統領の支持者でもある共和党のマルコ・ルビオ上院議員でさえ2月に「有権者は核コードを気まぐれな大統領に渡すべきではない」と語っている。

 『ニューヨーク・タイムズ』の10月11日の社説も「トランプ大統領は地球上でもっとも破壊的な核兵器について基本的な理解も持っていないのではないか。核兵器を責任もって管理できるのだろうか」と疑問を投げかけている。そして「トランプ大統領の大雑把な発言には基本的な戦略はない。議会は、議会による戦争宣言なしに大統領が先制攻撃を仕掛けることを禁止する法案の成立を考慮するようにずっと求められてきた」、「法案を成立させるのは健全な考え方だが、大統領の攻撃決定には国防長官と国務長官の同意が必要とすることでさらに法案を強化することができる」と主張している。

2. 北朝鮮は本当にアメリカを攻撃する意図があるのか

 北朝鮮が11月29日にICBMの発射実験を行ったことでワシントンではトランプ大統領が北朝鮮に核先制攻撃を加えるのではないかという懸念が高まった。日本政府は盛んに北朝鮮が攻撃を仕掛けてくるという観測を流しているが、人口2500万人の世界の最貧国で、エネルギーや食糧すら十分に確保できない北朝鮮がアメリカという巨象に向かって無謀な核先制攻撃を仕掛けると本気で考えるのはやや異常であろう。

 多くのメディアは、トランプ大統領のアジア歴訪の間に北朝鮮が再び挑発的な核実験を行うのではないかという憶測記事を流していた。その観測記事は間違いであった。北朝鮮は2か月にわたって核実験やミサイル実験を行わなかった。北朝鮮が非核化に応じる兆候ではないかという楽観的な見通しも流れた。北朝鮮が沈黙を破ってミサイル発射実験に踏み切った理由は、トランプ大統領が北朝鮮をテロ支援国に指定したことである。国務省は、テロ支援国指定に対して北朝鮮が何らかの対抗措置を取ると事前に予想していた。案の定、トランプ大統領の挑発に応じる形で北朝鮮はミサイル実験を再開した。その結果、米朝関係の緊張はさらに高まる様相を見せている。北朝鮮のミサイル発射後、韓国もミサイルを発射する対抗措置を取っている。さらに史上最大といわれる米韓合同軍事演習も行われるなど、朝鮮半島の緊張が急速に高まっている。

 北朝鮮の挑発的な言辞はエスカレートしている。だが、言葉の激しさに惑わされるのも賢明ではない。北朝鮮は本心では圧倒的な軍事力を持つ米韓軍の侵攻を心底恐れている。朝鮮戦争はまだ終わっていない。北朝鮮の再三の抗議にもかかわらず、米韓合同演習は規模を拡大しながら、続けられている。恐怖に脅えた犬が狂ったように吠え、噛みつこうとするのと同じように、北朝鮮は脅え、吠え、威嚇することで自分を守ろうと必死なのかもしれない。ましてや目の前で北朝鮮の軍事行動の“抑止”を目的に行われる史上最大の合同軍事演習は、北朝鮮から見れば侵略のための演習と映っても不思議ではない。

 アメリカのウエブ・マガジン『Big Think』(12月8日)の論説(Why the World May be Safer with More Nuclear Weapons, not Fewer)は、北朝鮮の状況を次のように分析している。「北朝鮮は小型の核兵器開発によってアメリカが国境を越えて侵入してくるのを躊躇させることができると思っている。ピョンヤンが核兵器を持たなかったイラクやリビア、シリアから学んだ教訓は、これらの国が最終的にアメリカに侵入されたということだ。アメリカに敵対する国が核兵器開発に血道をあげるのは理由がある。核兵器を持っていたら、アメリカは敵対国を攻撃できないだろう。アメリカの敵対国は(核兵器を開発することで)抑止力の恩恵を享受できるのである」。核兵器問題の専門家のハーバード大学のグラハム・アリソン教授は「混乱が最高潮に達した瞬間、北朝鮮が核弾頭を搭載したミサイルをアメリカに向けて発射する可能性はある。しかし、このシナリオはもっともらしいが(plausible)、起こりそうにはない(probable)」と、北朝鮮の核の先制攻撃の可能性を否定している。

3. 相次ぐアメリカ政府高官の北朝鮮脅威発言

 アメリカは核兵器が拡散していく事態を何としても食い止めようとしている。だが、その一方でトランプ大統領は平和を促進するために核廃絶に向かうのではなく、逆に核弾頭の増強と核兵器の小型化を政策に掲げている。現在、核兵器保有国9カ国で“核クラブ”を形成し、核兵器の独占を図っている。北朝鮮は“核クラブ”に加わることで、アメリカに対する抑止力を手に入れようとしている。北朝鮮は核不拡散条約には加盟していない。ちなみに核兵器を持つイスラエルも未加入である。アメリカは、核兵器の拡散はアメリカの安全保障にとって「生存に関わる脅威(existential threat)」であると主張している。北朝鮮の核兵器開発は支持できないが、それがアメリカの「生存を脅かす危機」であるというのは過剰反応であろう。アメリカは9/11の連続テロ事件のトラウマの中にいるのである。

 トランプ大統領の北朝鮮に対する“口撃”はエスカレートしている。9月の国連総会の演説で「我が国や同盟国を守らなければならない事態に至れば、我々にとって北朝鮮を完全に破壊する以外に選択肢はない」と厳しい口調で北朝鮮の核兵器開発を批判。マティス国防長官も「北朝鮮は世界の平和と地域の平和、そして間違いなくアメリカに脅威を与える大陸間弾道弾の開発を継続している」と厳しいコメントを発表している。マックマスター安全保障担当補佐官も「トランプ大統領は北朝鮮が核兵器でアメリカに脅威を与えないようにするために必要なことは何でもする」とさらに北朝鮮との軍事衝突も辞さない発言を行っている。

 政府だけでなく、共和党のリンゼイ・グラハム上院議員も「北朝鮮の核開発、ミサイル開発を阻止しなければならないとすれば、我々は間違いなくそうするだろう。戦争が起こるなら、それは北朝鮮が引き起こしたものだ。事態が変わらなければ、我々は北朝鮮と戦争することも辞さない」と、極めて強硬な姿勢を示している。さらにグラハム議員は、12月4日、CBSテレビのニュース番組「Face the Nation」で「アメリカと北朝鮮の衝突は近づいてきている。私は、アメリカ軍の兵士の家族を韓国から避難させ始める時だと信じている」と語っている。

 筆者の知人は、アメリカが本当に戦争を心配しているかどうか判断する材料として軍の家族の動向を見ればわかると語っていた。韓国に限らず日本に多くの軍人家族が住んでおり、彼らの動きを見ていれば、アメリカがどの程度深刻に事態を考えているかが分かるというわけだ。知人は、現在のところ軍人の家族が日本を離れるという状況は見られず、米軍は本気で北朝鮮との戦いが始まるとは思っていないと筆者に語っていた。そうした判断からすれば、グラハム議員の発言は、アメリカが本気で北朝鮮との軍事衝突を考え始めている証拠といえるかもしれない。

 さらに厳しい発言も出ている。12月2日、レーガン・ナショナル・ディフェンス・フォーラムに出席したマックマスター安全保障担当補佐官は「北朝鮮はアメリカにとって差し迫った脅威である。脅威は日々強まっている」と発言して注目された。さらに記者の質問に対して同補佐官は「軍事衝突以外にも問題に取り組む方法はある。しかし、これは(軍事)競争であり、金正恩は次第に我々に迫ってきている。それほど残された時間はない」と、北朝鮮のミサイル開発の進展が予想以上に早く、脅威は高まっていると答えている。ただ、北朝鮮に軍事攻撃を加えるといった直接的な発言はなく、「もっと厳しい新たな制裁を行わない限り、金正恩はミサイル開発を後退させることはないだろう」と、当面は経済制裁の完全実施と中国に北朝鮮に対する原油輸出の完全停止を求める意向を明らかにした。

4. トランプ大統領と北朝鮮の対立の悪循環

 アメリカと北朝鮮はそれぞれ決して妥協できない目的を持っている。アメリカの狙いは、北朝鮮を完全に非核化することである。他方、北朝鮮の目的は、アメリカに“核保有国”として認知させることである。ロシアの国営新聞『ロシア・ツディ』(12月1日)は、ピョンヤン駐在のロシア人外交官ヴィタリ・パシン氏が「北朝鮮には交渉の準備がある。ただ、その前提は核保有国として認められ、アメリカと対等な立場なら交渉に応じるだろう」と語ったことを紹介している。これは、北朝鮮の非核化を求めるアメリカにとって絶対に認めることができない条件である。朝鮮戦争以降、アメリカと北朝鮮の間で様々な外交交渉が行われて来たが、その結果は“相互不信”が深まるだけであった。そうした状況を踏まえれば、両国の間に和解の道がないまま北朝鮮が核武装化を進めていくのは避けられないだろう。

 トランプ大統領は、経済制裁によって北朝鮮を兵糧攻めにし、核兵器開発を断念させる戦略を取っている。では、経済制裁に効果はあるのだろうか。北朝鮮はアメリカがイラクで行ったような“体制転換”を求めてくることを懸念しており、北朝鮮にとって核兵器保有は“金王朝の国体護持”するための絶対条件ともいえる。経済制裁によって簡単に核開発を断念するとは考えられないし、経済制裁で疲弊し、追い詰められて交渉に臨むという事態は、金体制の崩壊を意味することに他ならない。

 中国外務部の伝宝副部長は「北朝鮮は経済制裁に耐え、経済制裁を理由に核開発を断念することはないだろう。実際のところ、北朝鮮は経済制裁が始まった後に核実験を始め、経済制裁が強化される中で5回核実験をしている。北朝鮮が核とミサイルの技術が転換点に達するまで、経済制裁強化と核実験の継続という悪循環が続くだろう。この時点に達した時、北朝鮮の核兵器所有に反対する者は、結果が予想できない極端な行動を取るか、我慢するかの厳しい選択に迫られるだろう」と、経済制裁で北朝鮮に政策変更を迫るのは難しいと指摘している(ブルッキングス研究所、『The Korean Nuclear Issue: Present, and Future』2017年5月)。

5. 米朝ともに陥る“過信の罠”

 両国とも解決策を見いだせない極めて悲観的な状況にある。現状が続き、トランプ大統領と北朝鮮の間での“口撃”がエスカレートし、北朝鮮のミサイル技術が進めば、どこかの時点でトランプ大統領が軍事的な行動を取らないとも限らない。ジャーナリストのニコラス・クリストフ氏は『ニューヨーク・タイムズ』(11月29日)に「歴史の教訓では大統領や顧問が戦争を検討していると口にする時、彼らは本当にそれを考えているということだ」と書いている。すなわちトランプ大統領や顧問が北朝鮮との戦争を語る時、それは単なる言葉では終わらない可能性があるということだ。クリストフ氏はさらに「私が取材した安全保障専門家は戦争が起こる確率は15%から50%以上と推定している」とも書いている。

 クリストフ氏は最近北朝鮮を訪問している。その印象から「アメリカも北朝鮮も過剰に自信を持っている。北朝鮮はアメリカとの核戦争を生き延びることができるだけでなく、最終的には勝利する(prevail)と信じている。他方、ワシントンもミサイル先制攻撃によって1日で戦争を終わらせることができると同じ幻想を抱いている」と指摘している。相手を過大評価あるいは過小評価することが、最悪の事態を招く最大の原因となる。両国の間で外交チャネルがなく、相手の情報を十分に得ることができない状況ではなおさらである。

 戦争の確率が高まっているとはいえ、差し迫った状況にあるわけではない。ティラーソン国務長官は北朝鮮のミサイル発射実験の後に発表した声明のなかで「まだ外交的選択肢は生きており、開かれている」と過剰な軍事的反応を諫めている。だが、そうした柔軟路線を主張する長官に対して逆風が吹き始めている。トランプ大統領とティラーソン長官の確執が語られてきたが、北朝鮮のミサイル発射後、主要メディアは一斉にティラーソン国務長官更迭の観測情報を流した。情報源は“ホワイトハウス高官”である。トランプ大統領もティラーソン長官も表面的には観測情報を否定しているが、こうした観測情報が流された意味は明確である。ティラーソン長官がホワイトハウス内での権力闘争で敗れたということである。時期は別にして、同長官の辞任は間違いない。後任に取り沙汰されているのはトランプ大統領のイエスマンであるマイク・ポンペオCIA長官で、北朝鮮強硬派の一人である。今後、ホワイトハウスから北朝鮮に対するより厳しいコメントが出てくることは想像に難くない。ジャーナリストのウィリアム・ボードマ氏は、北朝鮮脅威論と北朝鮮に対する先制攻撃論が高まるワシントンの状況を“ヒステリア・ブーム”と表現しているが、ヒステリー状況はますます強くなるだろう。

6. 国防総省と韓国外務部の見解―北朝鮮は差し迫った脅威ではない

 ただ、北朝鮮脅威論に対して冷静なコメントも見られる。北朝鮮がミサイル発射実験を行った後に国防省が発表した声明ではマティス長官とは違った見解が示されている。国防総省のロバート・マニング報道官は「北米航空宇宙防衛本部(NORAD)は北朝鮮のミサイル発射は北米にとって、我が国領土にとって、あるいは我が国の同盟国にとって脅威ではないと判断した」と語っている。政治家がヒステリックに北朝鮮の脅威を語るのに対して、職業軍人は極めて冷静な判断をしているのが印象的である。

 また11月5日、CNNは韓国の康京和外務部長官とのインタビューを放送、そのなかで康長官は北朝鮮が予想よりも早いスピードでミサイルを開発していることを認めながら、「北朝鮮がミサイル技術を完成するまでには依然とて遠い道のりが必要だ。北朝鮮が長距離ミサイルに核兵器を搭載するために必要な技術を獲得したという確固たる証拠はない。開発の最終段階にも達していない」と、北朝鮮の差し迫った危機は存在しないとの見解を明らかにしている。さらに「韓国の政策は明確である。北朝鮮に対する敵対的な姿勢はとっていないし、北朝鮮の体制転換も求めていない」と語り、「朝鮮半島で戦争が起これば壊滅的かつ想像を絶する事態が起こるだろう」と語っている。

7. トランプ大統領の武器使用権限を巡る公聴会

 核兵器使用に関する権限は大統領だけが持っている。選挙運動中に核兵器使用を示唆していたトランプ大統領に核兵器使用権限を認めることに不安が高まっている。そんな中、民主党のエド・マーキー上院議員とテッド・リュウ下院議員はトランプ大統領が就任した直後の1月24日に「核兵器による先制攻撃を制限する法案(Restricting First Use of Nuclear Weapons Act)」を議会に提出している。マーキー議員は「核兵器使用に関するトランプ大統領の発言が常軌を逸し、一貫性を欠いており、アメリア議会がいかなる国に対しても核兵器を最初に使用するかどうかを決定する憲法権限を復活させる必要があると考える。私たちは、北朝鮮に対して最初に核兵器を使用することを望んではいない」と、法案の趣旨を語っている。同法では大統領が核攻撃を仕掛ける前に議会の承認を得ることを求めている。

 さらに、11月15日にアダム・スミス下院議員は「核兵器による先制攻撃に関する法律策定法(the Bill to Establish the Policy of the United States Regarding the No-first-use of Nuclear Weapons)」を下院に提出している。この法律の目的は、トランプ大統領が北朝鮮に対して核兵器を使った先制攻撃を規制するものである。ただ、共和党議員の賛成を得るのは難しく、法案が成立する見通しはない。とは言え、こうした異例ともいえる法案が提案されるほどアメリカではトランプ大統領の核兵器使用に対する懸念が強まっているのである。

 10月30日に上院外交関係委員会で「大統領の兵器使用に関する権限」についての公聴会が開催された。公聴会では各委員はティラーソン国務長官とマティス国防長官に「トランプ大統領は北朝鮮に対して先制攻撃を始める権限を持っているのか。先制攻撃を加えた場合、どんな事態が起こるのか」とそれぞれ問いただした。これに対して両長官は答えることはなった。委員たちは「議会は、アメリカ市民に攻撃が加えられた場合の反撃と攻撃が差し迫っている(imminent)場合を除き、大統領に武器使用権限を認めていない」と指摘。アメリカが攻撃された場合に大統領が軍事力を行使するのは当然であるが、問題は「差し迫っている」状況の解釈である。ティム・ケイン議員は「我々は、“差し迫っている”というのは主観的な判断であることは理解している。しかし、その意味を、将来、我々を攻撃する能力を獲得するのを阻止するという意味に拡大解釈をすべきではない」と、核兵器開発を阻止するために先制攻撃を行うことを否定した。ティラーソン長官は「差し迫った危機は事実に基づいた分析でなければならない」と曖昧な答え方をしている。また核兵器使用に関して、マティス国防長官は「(政府内で)核兵器による先制攻撃に関する議論は行っていないが、それは“想像することはできる”」と、核による先制攻撃の可能性を示唆したのが注目された。

8. もうひとつの公聴会―大統領の核兵器使用権限

 さらに別の核先制攻撃に関する公聴会も開かれた。11月14日の上院外交関係委員会に「大統領の核兵器使用権限に関する公聴会」である。議会が大統領の核使用権限について議論するのは41年ぶりのことである。過去において核兵器使用を考えた大統領はいたが、実際に核兵器が使われることはなかった。したがって核兵器使用は大きな政治的な課題になることはなかった。どんな法的な根拠で大統領は核兵器が使えるのか、核兵器使用にどんな道徳的な意味があるのかといった問題が真剣に議論されることはなかった。冷戦時代の“核抑止理論”によって核兵器は使うことができない“張子の虎”となっていた。だが、トランプ大統領は選挙運動中に「なぜ使わない核兵器を持っているのか」と、核抑止論を真正面から否定する発言を行っている。トランプ大統領誕生によって、新たに核兵器使用に対する本質的な議論が必要となっているのである。

 繰り返し指摘したように、核兵器使用を命じる権限は大統領だけにある。大統領が核ミサイルの発射を命じる場合、大統領のスタッフが常に携帯する“フットボール”と呼ばれるスーツケースを開き、事前に決められたコードを打ち込むことになる。同時に大統領は国防総省の作戦本部の副本部長と戦略軍司令官と電話会談を開く。この電話会議には大統領顧問なども参加できるが、30秒程度で終わり(ということは核攻撃の是非に関する実質的な議論は行われないことを意味する)、これを受けて国防総省の高官が大統領が常に携帯している“ビスケット”と呼ばれる薄いカードを使って大統領の指令が本物であることを確認する。大統領の発射命令が確認されると、発射命令とミサイルのロック解除コードが戦略軍に伝達され、核兵器を搭載したミサイルが発射される。

 大統領が“フットボール”に暗号を打ち込み、ミサイルが発射されるまでにかかる時間は15分以下である。ここで想定されているのは、アメリカが攻撃された場合の対応である。たとえばロシアからミサイルが発射され、アメリカ軍がそれを感知し、大統領に伝え、ロシアのミサイルがアメリカ本土に到達する前にアメリカはロシアに向かって短時間でミサイルを発射できるという仕組みになっている。問題は、二つある。ひとつは「先制攻撃」の場合はどうするのかということと、どのようにして大統領の発射命令を阻止するシステムを作るかということである。

9. 問われる大統領の核兵器使用命令の「妥当性」と「必要性」

 公聴会で問題となったのは、こうした大統領権限のあり方である。上院外交関係委員会のボブ・コーカー委員長は、トランプ大統領の攻撃的な発言は世界を第3次世界大戦に導く可能性があると公然とトランプ大統領を批判したことで知られている。同委員長は、トランプ大統領は大統領の職責にふさわしくなく、場合によっては核兵器を使用するかもしれないと強い懸念を抱いている。公聴会には3名の証人が招かれた。元戦略軍司令官のロバート・ケーラー退役将軍、元国家安全保障会議の議長で、現在、デューク大学のピーター・フィーヴァー教授、ブライアン・マッケオン元防衛政策担当国防次官代理である。証言の中でケーラー証人は繰り返し「軍は盲目的に大統領の核攻撃命令には従わない」と発言している。さらに「軍は合法的な命令には従わなければならないが、違法な命令には従う必要はない」とも証言している。元軍の幹部から「違法な命令には従わない」という発言が出たことは異例である。シビリアン・コントロールの世界では考えられない。

 では、命令に従わないという法的な規準は何か。それは命令の「妥当性」と「必要性」が判断基準になる。具体的に言えば、核攻撃が差し迫った脅威に対する対応策として“妥当”かどうか(妥当性)。また、通常兵器で脅威に十分に対応できず、核兵器の使用が不可避かどうか(必要性)である。理屈は分かるが、差し迫った状況で現場の軍の司令官が「妥当性」と「必要性」から大統領の命令が違法であると即座に判断できるのだろうか。もし大統領の命令に従わなければ、大統領はその軍の司令官を即座に解任することもできる。

 委員会の委員から質問がだされた。ベン・カーディン委員は「大統領が核戦争を始める権限を制限するチェック・アンド・バランスが存在するのか」と質問し、「一人の人物だけが核兵器を使う権限を持つ制度を見直すべきである」と主張した。さらに「核兵器使用制度は衝動的で非合理な核攻撃を阻止するものでなければならないが、現行の制度ではそれを保障することはできない」と悲観的なコメントをしている。またエド・マーキー委員も「一人の人物が核戦争を始める権限を持つ制度」の問題点を指摘している。同委員はテッド・ルイ下院議員と共同で「核兵器による先制攻撃を禁止する法案」を下院に提出している。同法案には、憲法の規定に基づく議会の「戦争宣言(宣戦布告)」なしで大統領が核兵器を使った先制攻撃を禁止する条文が盛り込まれている。

10. 将軍は大統領の核攻撃命令には従わない

 公聴会の委員から、大統領は北朝鮮に先制攻撃を加える場合、議会の承認を求めるべきかという質問が証人に投げかけられた。それに対してマッケオン証人は「いかなる大統領も国民の直接の代表である議会の承認を得るべきである。北朝鮮との戦争では莫大な人的被害が予想されることから、憲法上、北朝鮮との対立を“戦争”ではないと主張するのは合理的な議論とはいえない」と答えている。公聴会の証人は核使用に関する大統領権限を制約する必要性を説いたが、委員の中には、大統領権限を制限することは同盟国に“核の傘”に対する不安を引き起こすのではないかとの指摘もあった。

 職業軍人からのトランプ大統領の核攻撃命令に対する否定的な意見が公聴会以外でも聞かれた。11月18日にカナダのファリファックスで開かれた国際安全保障フォーラムに出席した米国戦略軍のジョン・ハイテン司令官の発言が「トランプ大統領であろうが、彼の後継者の大統領であろうと、核使用命令が違法なら、その命令には従わない」と発言した。さらに「もし違法なら、何が起こるか推測し、大統領に対して『大統領閣下、それは違法です』と言うだろう。どんな状況にも対応できる組み合わせの選択肢を持つべきである」と語っている。APの記事は、この発言に関して「トランプ大統領が核攻撃を決めた場合、ハイテン司令官は(核攻撃以外の)合法的な攻撃の選択肢を提供することになる」と解説している。ちなみに戦略軍は核兵器を管理する部門である。

 ただ歴史を見ると、空軍のハロルド・へリング少佐の解任事件がある。1973年に空軍基地で訓練中にヘリング少佐が「ミサイルを発射せよという命令が正気でない大統領から出されたのではないとどうしたら分かるのか」と質問したことを理由に除隊させられた事件である。また大統領は軍の最高司令官であり、自分の命令に反する兵を解任することができる。ホワイトハウス内で大統領の決定を批判した閣僚や顧問は即座に解任されるだろう。ハイテン司令官は「大統領の命令が違法だったら従わない」と述べたが、果たして軍の司令官が本当に大統領の決定に背くことができるのだろうか。1974年にウォーターゲート事件でニクソン大統領は弾劾されそうになり、自制心を失いかけ、ウィスキーを飲んで泥酔していた。そんな時、ジェームズ・シュレジンジャー国防長官は統合参謀本部に対して、「ニクソン大統領が核兵器を使用すると命令しても従うな」と指示している。だが、現在、マティス国防長官にそれだけの気迫を持って状況に対峙できるかどうか疑わしい。

 大統領は「1973年戦争権限法」によって議会の承認なしに48時間、軍を自由に動かすことができる。その時間を過ぎると、大統領は議会に通告し、60日以内に軍事行動の承認を得なければならない。現状の法律を適用するとすれば、大統領が核兵器で北朝鮮を攻撃し、短時間で核能力を破壊する決断をしても議会は阻止できない。こうした攻撃は「外科的攻撃(surgical attack)」と呼ばれている。地上戦になれば戦争の泥沼化は避けられない。ならば、一気に北朝鮮の戦闘能力を奪う核攻撃が有効だとの判断も出てくるかもしれない。だが、外科的攻撃は韓国と日本に重大な被害をもたらすことは明白である。核攻撃の被害は想像を絶するだろう。かりに核攻撃を加えたとしても北朝鮮の核能力を一気に破壊するのは難しいだろう。

 もう一つの作戦は、金正恩をはじめとする北朝鮮の指導部を排除する作戦である。これは「断頭攻撃(decapitation attack)」と呼ばれている。要するに北朝鮮の指導者の暗殺計画である。これは韓国が実際に計画したが、最終的には失敗に終わった計画である。だが、この作戦はまた最近検討されているという報告もある。

11. 国内問題から北朝鮮を攻撃する可能性も

 興味深い世論調査がある。2017年9月17日に発表されたNPR/Ipsosの調査である。調査結果では「核攻撃を命令できる権限を持っているのは大統領だけ」ということを知っているアメリカ人はわずか24%に過ぎないことが明らかになった。さらに「核攻撃に関して議会の承認が必要だ」と答えた人は44%に達している。さらに54%が「北朝鮮に対して核兵器を使うべきではない」と答えている。逆に「どんな犠牲を払っても北朝鮮に先制攻撃を加えるべきだ」と答えた人は41%にも達している。もうひとつ付け加えれば、北朝鮮が東アジアに位置しているということを知っている回答者は57%であった。回答者の43%は、北朝鮮がどこにあるかも知らないのである。

 トランプ大統領はロシア疑惑や様々なスキャンダルで四面楚歌の状況に追い詰められつつある。来年の中間選挙の結果次第では、共和党から見捨てられる可能性もある。2012年の大統領選挙で共和党のロムニー候補の上級顧問であったガブリエル・ショーンフェルド氏は『ニューヨーク・デイリー・ニュース』(12月2日)に「フリンが自分にとって脅威となればトランプ大統領の最大のカードは北朝鮮かもしれない」と題する記事を寄稿している。フリンは元安全保障担当補佐官で、ロシア疑惑の鍵を握る人物である。彼はミューラー特別検察官と司法取引をし、ロシア疑惑に関して追訴されている。ロシア疑惑の実態が明らかになればトランプ大統領の弾劾の可能性も否定できなくなる。同記事の中で、ショーンフェフド氏は「トランプがいかなる犠牲を払っても地位に留まりたいと思い、トランプが恐れる人生で最も屈辱的な事態を避けたいと思うのであれば、おそらくトランプの最大の同盟者はアメリカの最大の敵である金正恩だろう」と書いている。要するにトランプ大統領は弾劾という事態あるいはワシントンで四面楚歌に直面するという事態を回避するために北朝鮮を利用する、すなわち北朝鮮との戦争を始めるかもしれないと、同氏は指摘している。歴史の教えるところでは、権力者が国内の危機から国民の目をそらさせるために使う常套手段は外敵を作ることである。

 トランプ大統領が北朝鮮に対して核兵器による先制攻撃を仕掛ければ、最大の犠牲を強いられるのは北朝鮮だが、同じように韓国も日本も大きな被害は免れないだろう。韓国政府はトランプ大統領に対して先制攻撃をする場合、韓国政府の了解を得るように求めている。安倍政権は朝鮮半島の危機の本質を理解することなく、ひたすら危機を煽り、トランプ大統領に寄り添うことで日本の安全を図ろうとしているが、実は日本にとって“最大のリスク”はトランプ大統領であるかもしれない。

12. トランプ大統領の核先制攻撃を阻止する唯一の方法

 トランプ大統領の核先制攻撃命令を阻止する唯一の方法がある。それはトランプ大統領が肉体的、精神的に正常な判断ができないと判断された場合、大統領権限を停止することが法律的に可能なのである。それは「憲法修正第25条第4項(ケネディ大統領暗殺後、政権移行を円滑に行うために1967年に成立)」を適用することだ。同項には「副大統領、行政各部の長、または連邦議会が法律で定める他の機関の長の過半数が上院の臨時議長および下院議長に対して、大統領が職務上の権限および義務を遂行できない旨を書面で通告したとき、副大統領は直ちに臨時大統領として大統領職の権限および義務を遂行するものとする」と規定されている。言い換えれば、各長官で構成される内閣の過半数がトランプ大統領は何らかの理由で職務を全うできないと判断した場合、トランプ大統領は大統領としての権限を失うことになる。

 いずれにせよ、核戦争は絶対に阻止すべきである。ましてや先制攻撃で問題が解決できると考えるのは、あまりにナイーブな考え方であろう。上院公聴会に出席したフィーヴァー証人は「一発でも核兵器が使われれば次第にエスカレートして、文明に脅威をもたらす結果となるだとう」と警告している。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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