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トランプの戦争(2):どのような法的権限でトランプ大統領は北朝鮮を“先制攻撃”することができるのか

中岡望ジャーナリスト
日米首脳会談で何が話し合われたのか(銀座で会食するトランプ大統領と安倍首相)(写真:ロイター/アフロ)

目次

1. 国防総省の北朝鮮戦略に対する立場―戦争は望まず

2. トランプ大統領と日米同盟

3. 「戦争宣言」は議会の権限

4. 朝鮮戦争の法的な根拠

5. ベトナム戦争の法的な根拠

6. 大統領の権限を拘束する「戦争権限法」

7. 湾岸戦争の法的な根拠

8 大統領は“先制攻撃”を行う権限はあるのか

9. トランプ大統領のシリア攻撃は合法的だったのか

10. 議会に提出された「先制攻撃」を禁止する法案

1. 国防総省の北朝鮮戦略に対する立場―戦争は望まず

 「トランプの戦争(1)」を書いた後、幾つかの追加的な事実が明らかになった。本稿のテーマである「先制攻撃の法的な根拠」を議論する前に、海外の2つの新聞記事を紹介する。まず『ワシントン・ポスト』(11月4日)は「Securing North Korea Nuclear Sites Would Require a Ground Invasion, Pentagon says」と題する記事である。この記事は、国防総省が北朝鮮との戦争が始まった場合に予想される損害の推定を行っていることを伝えている。記事のタイトルは「北朝鮮の核施設を制圧するには地上侵攻が必要だ」という意味である。民主党のテッド・ルイ下院議員とルーベン・ガレゴ下院議員が国防総省に対して、北朝鮮との戦争によってどれだけの損害が発生するかを問う書簡を送った。

 その書簡の中で両議員は「私たちは(北朝鮮と戦争が始まった場合に)想定されるアメリカ軍、同盟軍、民間人の被害、また(戦後の)韓国政府の存続も含め、攻撃後にどのような計画が存在しているか何も聞いていない」と書いている。さらに両議員は「他の国を攻撃したり、他の国に侵攻する決定は、アメリカ軍とアメリカの納税者、戦争が行われる地域に何十年にわたって深刻な影響を及ぼすことになる」と、国防総省に想定被害を明らかにする要求の理由を説明している。

 これに対して国防総省統幕事務局のマイケル・ドモント副局長が返信の書簡を書いている。同副局長は「アメリカが北朝鮮の脅威にどう対応するかの詳細な議論は公にはできない」としながらも、「最善の場合の損害、あるいは最悪の場合の損害を計算することは困難であり、損害は北朝鮮攻撃の狙い、攻撃の集中度、攻撃の継続期間によって変わる。また、どれだけの民間人が韓国内にある数千あるシェルターに避難できるのか、アメリカ軍と韓国軍が北朝鮮による砲撃やロケット攻撃、弾道ミサイル攻撃を使った反撃に対応する能力をどれだけを持っているかによって変わる」と書いている。さらに「国防総省の幹部は北朝鮮が生物化学兵器を使用する可能性(North Korea may consider the use of biochemical weapons)の評価も行っている」ことを明らかにしている。

 国防総省の書簡に書かれているもう一つ興味深い事柄は、国防総省の対北朝鮮政策に関する言及である。「軍は北朝鮮の指導者金正恩に核兵器開発を放棄させるために、経済的、外交的圧力を段階的に強めていくティラーソン国務長官を中心に進めている現在のアメリカの対北朝鮮戦略を支持する」と書かれていることだ。マティス国防長官も訪韓中の10月26日に「アメリカは北朝鮮との戦争を望んでいない。望んでいるのは朝鮮半島の完全な非核化である」と語っている。国防総省の書簡、マティス国防長官の発言は、外交努力は時間の無駄だと軍事行動の必要性を説くトランプ大統領とは異なった立場である。ただ、アジア歴訪の直前に行われた記者会見でトランプ大統領は「交渉の窓口は開いている」と、ややトーンダウンした発言を行っている。

2. トランプ大統領と日米同盟

 もう一つ注目されたのは、イギリスの『ザ・ガーディアン』紙(11月5日)の「Gordon Brown says Pentagon Misled UK Over Case for Iraq Invasion(国防総省はイラク侵攻の根拠に関してイギリスを欺いたと語った)」という記事である。ブラウン氏は、イギリスがアメリカを中心とする有志連合に加わり、イラクにイギリス軍隊を送る決定をしたブレア政権の財務大臣で、その後、首相に就任している。記事はブラウン元首相の本『My Life, Our Times』を紹介する形で、ブラウン元首相の発言を伝えている。同記事はブラウン元首相が「アメリカの国防総省はサダム・フセインが大量破壊兵器を持っていないことを知っていながら、その事実をイギリスに秘密にしていた。アメリカの諜報機関のイラクの軍事力に関する秘密報告がイギリスに伝えられることはなかった。イラク戦争は正当化できないし、侵攻は現在となっては適切な対応とはみることはできない」と書いていると指摘している。さらに「驚くべきことに、イギリス政府の誰一人としてアメリカの報告書を見たものはいない」と、当時の状況を語っている。ちなみに日本の小泉首相もアメリカの説明を鵜呑みしてイラク侵攻を支持した。イギリスでは、イラク戦争参戦の検証が行われているが、日本では検証さえ行われていない。

 横田基地に降り立ったトランプ大統領は演説の中で「日本は貴重なパートナーであり、同盟国である」と述べた。イギリスとアメリカは歴史的に特別な結びつきがあり、最も信頼しあっている同盟国である。だが、そのアメリカは最も信頼すべき同盟国を完全に欺いたのである。アメリカは、国益に沿わなければ、同盟国を平気で欺くことができる国なのかもしれない。それが国際政治の現実かもしれない。これは“日米同盟”を考える際の貴重な材料になるだろう。

 さらにトランプ大統領の訪日中の発言で注目しなければならいなのは、「日本はアメリカの兵器を大量に購入し、北朝鮮の核装備から自らを守るべきだ」という発言である。さらに『ニューヨーク・タイムズ』紙(11月6日)は「トランプ大統領は言葉では明確に発言はしなかったが、安倍首相が日本の上空を飛んだ北朝鮮のミサイルを打ち落とさなかったことに失望している」と報告している。いずれも、随分乱暴な議論である。安倍政権のもとで防衛費の肥大化が続いている。アメリカはさらに軍事予算の増額を求めているわけだ。『毎日新聞』(11月7日)は、外務省幹部が「トランプ氏の機嫌を損なわない程度に対応する必要がある」語ったと伝えている。日本政府は誰を見て政治を行っているのだろうか。

 アメリカと北朝鮮の軍事衝突が起これば、空母は日本の港から出撃し、空軍の戦闘機や爆撃機は日本にある米軍基地から飛び立つことになる。さらに日本は「安全保障関連法」で米軍を支援することになり、日本は否応なく戦争の当事国になる。そうした事態を回避するためには何が必要なのだろうか。

3. 「戦争宣言」は議会の権限

 第2次世界大戦後、アメリカは世界各国に軍事基地を置き、様々な国に軍事介入を行っている。アメリカ軍を指揮するのは、軍の最高司令官であるアメリカ大統領である。軍にとって大統領の命令は絶対で、拒否することはできない。では、大統領の自らの判断で戦争を始めることができるのだろうか。本稿では、大統領の戦争権限について分析することにする。まず、「宣戦布告(to declare the war)」に関して整理しておく。

 憲法の規定では「戦争宣言」を行う権限は、大統領ではなく議会にある。憲法第1章第8条第11項に「戦争を宣言する権限は議会にある」と明確に規定されている。この憲法の規定は、大統領が“国民の合意”を得ずに戦争を始めることを禁止することを目的としている。国民を代表するのが議会であり、したがって議会の「戦争宣言」なしに大統領は戦争を行えないというのが基本な考え方である。大統領は戦争を始めるにあたって、議会に対して「戦争宣言」の決議を求める手続きを踏まなければならない。

 過去において大統領の要請に基づいて議会が「戦争宣言」を行った例は5回(第一次世界大戦と第二次世界大戦を一つの戦争と数える)で、対象国は11カ国である。

 最初に「戦争宣言」が行われたのは1812年の“第二次米英戦争”である。ヨーロッパでのナポレオン戦争の間隙を突き、アメリカは領土拡大を目指してイギリスに宣戦布告し、カナダに侵攻している。これはアメリカが一方的に宣戦布告をしたものである。ただイギリス軍の反撃を受け、アメリカの領土拡大の野望は潰えた。その時、イギリス軍はワシントンに侵攻し、ホワイトハウスに火を放っている。その後、メキシコ(1846年)、スペイン(1898年)に対して宣戦布告が行われている。そうした戦争を通してアメリカは帝国主義的な領土拡大を進めていく。第二次世界大戦の時、最初の「戦争宣言」は日本に対して行われ(1941年)、続いてドイツ、イタリア、ブルガリアなど5カ国に対して行われた。

 対日宣戦布告は、日本軍が真珠湾を攻撃した12月7日(現地時間)の翌日にルーズベルト大統領は「私は12月7日に議会に対して日本の挑発的かつ卑劣な攻撃によってアメリカ合衆国と日本帝国の間に戦争状態が存在することを宣言するように求めた」と語っている。この大統領の要請を受け、議会は上下院合同の戦争決議案を採択した(下院は388対1、上院は82対0で可決)。同日にルーズベルト大統領は決議案に署名し、日本と戦闘状態にはいる。議会が承認した最後の「戦争宣言」は、第二次世界大戦中の1942年にルーマニアに対するものである。

4. 朝鮮戦争の法的な根拠

 だが、戦後、憲法の規定は無視されるようになる。朝鮮戦争もベトナム戦争も、また湾岸戦争やイラク戦争でも議会が「戦争宣言」することなく、大統領は軍事行動を命令している。なぜ、そうした対応が可能だったのか。それは、議会は憲法に基づく「戦争宣言」という形を取らず、国内法に基づき大統領に「軍事力行使権限(authorization for the use of military force)」を承認することで大統領に戦争権限を与えるようになったからである。極論すれば、憲法の規定が“空洞化”されるようになったともいえる。

 朝鮮戦争は「戦争宣言」なしで戦われた。北朝鮮の軍事侵攻が始まった時、トルーマン大統領は国連安全保障理事会による決議を根拠に軍事行動を取った。当時、国連安全保障理事会の常任理事国で拒否権を持つソビエトが欠席し、中国代表として台湾が常任理事国だったことで、拒否権が発動されることなく、1950年7月に「国連安全保障理事会第84号決議」が採択された。同決議案では、北朝鮮が韓国に軍事侵攻し、平和を破壊したと判断され、朝鮮半島での平和を回復するために加盟国に対して韓国に“軍事支援”を行うことが求められた。この決議に基づいて国連軍が結成され、国連は指揮権をアメリカに委ね、国連旗の使用を認めた。

 その時、トルーマン大統領は、国連による北朝鮮制裁はアメリカ憲法に基づく「戦争宣言」より優先すると考えた。朝鮮戦争は厳格な意味で戦争ではなく、国連憲章に基づく“警察活動”であると主張したのである。さらにアメリカが中心になって作成された「国連憲章」は加盟国に拘束力があり、国連が派兵を命じたら、アメリカは参戦しなければならないと主張した。アメリカ議会がアメリカの国連加盟を承認したことで、アメリカは国連の判断に従う義務があり、議会の「戦争宣言」なしに軍事行動をとっても憲法の規定に違反しないと主張した。要するに朝鮮戦争はアメリカの戦争ではなく、国連の要請による軍事行動であり、指揮権がアメリカに委ねられただけという解釈である。

5. ベトナム戦争の法的な根拠

次にベトナム戦争の例を検証してみる。アメリカは南ベトナム政府に対して軍事顧問を送り込み、南ベトナム軍の訓練を行うなど“軍事援助”を行っていた。その意味でアメリカはベトナム戦争に直接関わっていなかった。したがって、アメリカと北ベトナムの間には“戦争状況”は存在しなかった。だが1964年8月2日にトンキン湾沖の公海でアメリカの駆逐艦が北ベトナム軍によって攻撃される事態が起こった。これに対して米国務省は「アメリカ軍に対する攻撃が続けば重大な事態を招くだろう」と北ベトナム政府に警告したが、ベトナムの攻撃は続いた。

 そのため8月4日にジョンソン大統領は議会に対して憲法に基づく「戦争宣言」を求めるのではなく、必要な軍事行動を取ることを認める「軍事力行使決議案」を議会に求めた。この要請を受けた議会は「東南アジアにおける国際的平和と安全を維持促進するための共同決議案」を8月10日に可決。この決議は「トンキン湾決議」と呼ばれている。この決議案は、「大統領にアメリカ軍に対する攻撃を無効にするために必要なすべての行動を取る」ことを認めた。さらに議会は、その法的な根拠として「アメリカ憲法」、「国連憲章」、「東南アジア集団防衛条約(Southeast Asia Collective Defense Treaty)」を挙げている。アメリカのロジックからいえば、北ベトナム攻撃はアメリカの駆逐艦が攻撃されたことに対する報復ということになる。

 ここでも憲法の手続きが無視され、両院決議によって大統領に軍事力行使を容認する方法が取られた。後年、ジョンソン大統領は、ベトナム戦争で議会に「戦争宣言」を求めなかったのは誤りであると批判されることになる。

6. 大統領の戦争権限を拘束する「戦争権限法」

 アメリカ議会が1971年に「トンキン湾議案」を廃棄したことで、大統領のベトナム戦争に関する軍事力行使権限は失効した。すなわち議会はニクソン大統領にベトナム戦争を終結させることを求めたのである。だがニクソン大統領は拒否権を発動して、同決議に署名せず、ベトナム戦争を継続した。アメリカでは議会で成立した法案が効力を持つには、大統領が署名する必要がある。大統領が議会決議を無視したことで、議会は1973年に大統領の軍事力行使を制限する「戦争権限法(The War Powers Act of 1973)」を可決した。同法によって大統領は軍事力を行使する前に議会と協議することが“義務”付けられた。同法は、議会による「戦争宣言」がない状況での軍事力行使に関して、「軍事力を行使してから48時間内に議会に報告する」ことを義務付けている。議会への報告に際して、議会の承認を得ないままに軍事力を行使しなければならない“差し迫った状況”があったことを議会に説明することを義務付けている。要するに軍事的な状況が議会との事前協議を許さないほど逼迫した事態で大統領が軍事力の行使せざるをえない状況はありえるが、その場合でも、最終的に必ず議会の承認が必要だということを意味している。

 また「戦争権限法」によれば、軍事力行使に関する報告を受けた議会が、「戦争宣言」を行わないか、「軍事力行使権限」を大統領に付与しないか、あるいは戦闘継続を認める法案を可決しなかった場合、大統領は“即座”に軍事行動を中止し、軍を撤退させることが義務付けられている。要するに、大統領の“暴走”を阻止する法的な規制は存在するのである。

7. アメリカのイラク侵攻の法的根拠

 1991年に連合軍がクェートに侵攻したイラクと戦った「湾岸戦争」では、アメリカ軍の参戦は議会の「1991年イラクに対する軍事力行使権限決議」に基づいて行われた。この議会決議は、イラクに対する「国連決議678号」に基づいて可決されたものである。同決議案は、下院で250対183、上院は全会一致で可決された。この決議に基づきアメリカは多国籍軍を結成し、クェートに軍隊を送った。

 2003年のイラク侵攻も、2002年10月16日に議会で成立した「イラクに対する軍事力行使に関する権限に関する両院合同決議」に基づく軍事行動であった。議会決議には、軍事力行使の法的権限を承認する根拠として一連の国連決議(1990年の660号と678号、91年の687号と688号、94年の949号)を挙げている。これらの国連決議は、いずれもイラクに対する“武力行使”を認めている。また、議会の武力行使権限決議可決の前の2002年9月12日に、ブッシュ大統領は国連安全保障委員会に対して国連決議すなわち武力行使を速やかに実施するように要請している

 議会の軍事力行使権限決議では、イラクが湾岸戦争の休戦合意に違反していること、化学兵器の開発を行い湾岸地域の平和に脅威を与えていること、市民に対して非人道的な扱いをしていること、核兵器など大量破壊兵器の開発を行っていること、国際的なテロ組織を支援していることなどを根拠にイラクに対する大統領の軍事力行使権限を承認している。

 以上をまとめると、アメリカ大統領の軍事力行使の法的権限は、(1)アメリカ議会が大統領の要請に基づき戦争宣言を行う場合、(2)国内法に基づき議会が大統領に軍事力行使権限を付与する場合、(3)国連の決議に基づき議会が大統領に軍事力行使の権限を付与した場合である。さらに上では触れなかったが、議会の大統領の軍事力行使権限承認の中にNATO(北大西洋条約機構)の相互安全保障の規定に基づいて軍事行動も含まれる。いずれの場合も議会の承認が必要である。以上から判断すると、「戦争宣言」であれ、「武力行使権限」であれ、議会の承認がない限り、大統領は軍事行動を取ることはできないと思われる。

8. 大統領は“先制攻撃”を行う権限はあるのか  

 少なくとも、これまでの議論ではアメリカが軍事力を行使する場合、アメリカが「攻撃される」あるいは「アメリカ市民が攻撃される」ことが前提となっている。問題となるのは、「ブッシュ・ドクトリン」に基づく“先制攻撃(preemptive attack)”である。ブッシュ大統領は、アメリカに“脅威”が及ぶと判断したとき、アメリカは敵に対して軍事的な先制攻撃を行うことができると主張した。ただ、ブッシュ大統領の主張する“先制攻撃”の対象は非国家であるテロリスト集団を対象にするものであると考えられる。相手が国家でないので、憲法に基づく議会の「戦争宣言」は必要とされないと主張したと解釈すべきであろう。ブッシュ大統領はテロリストとの戦いを口実になし崩し的に戦線をアフガニスタン、イラクへと拡大していく。だが、後日、ブッシュ大統領は戦争の正当性を問われることになり、現在でも“法的”、“道徳的”に批判される理由となっている。アメリカでは、ブッシュ元大統領は“戦争裁判”に掛けられるべきであると主張する人々もいる。

9. トランプ大統領のシリア攻撃は合法的だったのか

 トランプ大統領が最初に行った軍事攻撃は、4月6日のシリアの空軍基地に対するトマフォーク・ミサイル59発の攻撃である。この攻撃は正当化されるのであろうか。

 トランプ大統領は、攻撃後に発表した声明の中で次のように正当性を主張している。「バシャール・アル=アサドは無垢の市民に対して恐るべき化学兵器を使用した。死を招く神経ガスの使用によってアサドは無力な男性、女性、子供の生命を奪った」とシリアの化学兵器使用の非人道性を訴え、続けて「化学兵器の使用と拡散を阻止することはアメリカの国家安全保障上の重大な国益に叶うものである」、「シリアが禁止されている化学兵器を使用したことは疑う余地はない。これは『化学兵器禁止条例(the Chemical Weapon Convention)』と国連安全保障理事会の決議に反する行為である」と述べている。国防総省も「アメリカが取った異例な手段は民間人の被害を回避するものであり、『戦時国際法(the Law of Armed Conflictあるいはthe Law of War)』に適合するものである」とミサイル攻撃の正当性を主張する声明を出している。

 要するにシリアに対するミサイル攻撃は人道上も、アメリカの国益のためにも、また国際法上も“合法的”であると主張しているわけである。「化学兵器禁止条約」は1997年4月29日に発効している条約である。同条約は化学兵器の開発と運搬、使用を禁止している。また、同条約の加盟国は自国内で個人に対して化学兵器の使用を禁止する措置を講ずることが求められている。また「戦時国際法」では軍事組織が守らなければならない義務が規定されている。

 では、シリア攻撃はトランプ大統領が主張するように“合法的”なものだったのか。アメリカで有力なNGO「ACLU国家安全プロジェクト(American Civil Liberties Union, National Security Project)」のヒナ・サムシ理事長は「アサドのシリア市民を対象とする化学兵器の使用は違法で、非道徳的で許容しがたい。しかし、アサドの違法性によって、(ミサイル攻撃という)アメリカの違法な行動が正当化されるものではない」と、シリア攻撃の違法性を指摘している(『Speak Freely』4月7日)。違法性の根拠として、アメリカ議会の事前承認を得ていないこと、国際法では防衛の場合を除き一国が単独で攻撃することは禁止されていることをあげている。また「国連憲章51条」にも違反していると指摘している。同憲章では、国連安全保障理事会の承認がない場合、あるいは奇襲攻撃に対応する自衛活動以外に他国で軍事行動を取ることは禁止されている。脅威があるからと言って一方的に相手を攻撃する「予防的攻撃(preventive war)」は国連憲章に違反するのである。

 アメリカ議会からも批判の声がでている。民主党のマーク・ポカン下院議員はシリア攻撃の合法性に疑問を呈し、「昨夜のシリア攻撃に法的な根拠はない」と、トランプ大統領の決定を批判。さらに「戦争権限法」に依拠しながら、「議会による『戦争宣言』が行われ、具体的な法的承認を得るか、アメリカに対する攻撃によって緊急事態が発生した場合のみ、アメリカ軍を敵地に派遣することができる」と、トランプ大統領の決定の非合法性を指摘している。与党の共和党のマイク・ギャラハー下院議員は4月7日に声明を出し、シリア攻撃はアメリカの安全保障上の利益だとしながらも、「重要な仕事はより広範な戦略的ビジョンを作成するために議会と地域の同盟国と協力することだ。大統領はシリアにおける継続的な軍事作戦に関して議会の承認を得るべきである」と、トランプ大統領に注文を付けている。

 法曹界からも同様な批判の声が聞かれる。ハーバード大学のジャック・ゴールドスミス教授は「議会の承認なしで大統領が軍事力を行使する権限は海外におけるアメリカ人とアメリカの財産を守る場合にのみ適用される」と、大統領権限は無制限ではないと指摘する。またマクギル大学のマーク・ブロウリー教授は「大統領は危機に際して軍事力を行使する権限を持っているが、その場合でも48時間以内に議会に通告しなければならない(これは『戦争権限法』の規定である)。もし紛争が長引くようであれば、大統領は議会に『武力行使権限決議』か『戦争宣言』を求めなければならない」と語っている。ジョージ・タウン大学のアンソニー・アレンド教授も「アメリカ人の生命が危機にさらされる可能性がある場合、議会の承認を得ることなく大統領は短期間で軍事力を行使することができる」と、軍事攻撃はあくまでアメリカ市民保護に限定されると指摘している。

 こうした批判に対して、トランプ大統領は「シリア攻撃には議会の承認は必要ない。地域の安定、化学兵器使用の阻止、市民に対する虐殺行為を含む幾つかの要因」が存在するからだと反論。トランプ大統領がシリアを攻撃したのは、シリアにはアメリカに反撃する能力がないこと、ロシアとイランがシリアに同調して軍事攻撃を取らないという計算があったと思われる。事実、トランプ大統領はシリア攻撃に先立ってロシアに事前通告を行っている。一回限りの攻撃では問題は起こらないとの考えもあったのだろう。あるいは、あくまでも推測であるが、ホワイトハウス内の国際的な軍事介入を主張する国際派と海外での軍事的介入を否定するオルトライト派の対立の結果ともいえる。反撃力という点に関しては、シリアと北ベトナムは基本的に違う。

10. 議会に提出された「先制攻撃」と「核兵器使用」を規制する法案

 アメリカは「行政府」、「立法府」、「司法」の三権分立を国是とすると言われている。権力分散が民主主義の基本と考えられている。だが、現実のアメリカ政治では、行政府=大統領の権限が増大している。肥大化する大統領権限をいかに制約するかが、大きな政治問題となっている。北朝鮮を巡って緊張が高まる中、議会でトランプ大統領の軍事行動を制約する動きが出ている。問題は2つある。一つは「軍事行動」、特に「先制攻撃」に関する規制であり、もう一つは「核兵器使用」に関する規制である。

『ガーディアン』紙(10月26日)は、アメリカ大統領は核兵器の使用を命令する無制限の権限を持っており、核兵器は大統領の命令によって数分で核弾頭を搭載したミサイルを発射することができ、誰もそれを阻止することはできないと指摘している。戦闘状況にある場合、核兵器の使用は基本的に通常兵器の使用と変わらない。軍の最高司令官である大統領に決定権が委ねられている(これに関しては次の稿で詳細に検討する)。

 さらに同紙は、大統領の核兵器使用権限がいかに危険なものかを指摘し、ダイアン・アインスタイン上院議員が語ったエピソードを紹介している。同議員が戦略司令部の元責任者に「大統領の命令が間違っており、核兵器の使用が悲劇的な結果を招くということを知っていても、大統領の核兵器使用命令を実行するのか」と質問したところ、その人物は躊躇することなく『実行する』と答えたという。司令官の命令がどんなに間違っていようが、その命令に従うのが軍人なのである。

 アメリカが攻撃されて、反撃するという状況では軍事力行使に問題は起こらないが、アメリカが先制攻撃を仕掛ける場合はどうなのであろうか。トランプ大統領が北朝鮮に先制攻撃を加えることを決めた場合、議会に「武器使用権限決議」を求める必要があるのだろうか。トランプ大統領は連続テロ事件後の2001年と2002年の武力行使権限決議が現在も有効で、海外での軍事活動は法的に承認されていると主張している。要するに、トランプ大統領はアメリカに脅威があると判断すれば、議会の承諾を得ることなく北朝鮮に先制攻撃を掛けることは法的に問題ないと主張しているのである。

 だがこうした政府見解に対して、上院外交委員会の委員の間から、議会の憲法の権限を回復すべきであり、政府が軍事行動を行う場合、新たに議会に『武器使用権限決議』が必要であるとの声がでている。民主党のクリス・クーンズ上院議員は「トランプ大統領がアメリカと北朝鮮の間の外交努力を台無しにし、戦後処理の計画がまったくないことに懸念が広がっている」と、議会の雰囲気を伝えている。

 ジャーナリストのダニエル・ラリソン氏は保守派の雑誌『アメリカン・コンサーバティブ』(11月6日)に「政府の承認がない違法な戦争が過去15年間、実質的に日常的に行われてきた。しかし、こうした破壊的かつ無制限な戦争行為に対して議会に抵抗する兆候が見られる」と指摘している。さらに「次のアメリカの先制攻撃は核戦争に結び付く可能性があるとワシントンの多くの人々は思い始めている」と書いている。

 こうした懸念を背景に、現在、議会ではトランプ大統領の核兵器の使用を制限する法案が提出されている。2017年1月20日のトランプ大統領の就任直後の24日に、下院と上院に「核兵器の最初の使用を制限する法案(Restrict First Use of Nuclear Weapons Act of 2017)」が提出されている。同法案を提出した民主党のテッド・リュー下院議員は「本法案は議会の『戦争宣言』なしに大統領が最初に核攻撃をすることを禁止するものである」と法案の趣旨を説明している。エドワード・マーキー上院議員も「トランプ大統領も、またいかなる大統領も(相手国からの)核攻撃に対応する場合を除いて、核兵器を使用することは認められるべきではない」という声明を出している。

 また、2017年10月26日に下院で、31日に上院で北朝鮮に対する“先制攻撃”を規制する法案が提出された。法案の名称は「北朝鮮に対する無制限の攻撃を禁止する法案(No Unconditional Strike Against North Korea Act of 2017)」である。下院法案では61議員が共同提案者として名を連ね、共和党議員も二人含まれている。上院の共同提案者は民主党議員8名と無党派のバニー・サンダース議員である。同法案の趣旨は、事前の議会承認なく北朝鮮を先制攻撃するために政府予算を使うことを禁止するというものである。また同法案は、トランプ大統領とホワイトハウスに朝鮮半島の危機に対して外交的な解決を図ることを求めている。共同提案者の民主党のジョン・コンヤーズ下院議員は同法を支持する声明の中で「トランプ大統領は先制攻撃について語ることを即座に止めるべきだ」と書いている。またクリス・マーフィー上院議員は「議会は大統領に議会の同意なしに北朝鮮に対する先制攻撃的な軍事行動を取る権限がないことを明確にする必要がある」と語っている。

 議会で民主党議員を中心にトランプ大統領の暴走を阻止する動きはみられるものの、議会全体の支持を得ているわけではない。共和党議員の反応は鈍く、こうした法案が成立する可能性は低い。ラリソン氏は「かりに法案が成立しても、大統領は無視することができる。それにもかかわらず、現在そして将来の違法な戦争に抗議することで、議員たちは自らの責任を忘れていないし、大統領を制御する試みをしていることを示すことができる」と書いている。大事なことは、戦争は絶対悪であり、絶対に避けなければならないということである。

 「トランプの戦争(3)」では北朝鮮が何を考えているのか、「トランプの戦争(4)」では、今後考えられるシナリオと解決策の模索について書く予定です。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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