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トランプの戦争(1):米朝軍事対立の深層を分析する―混迷するトランプ政権の北朝鮮政策

中岡望ジャーナリスト
トランプ大統領は北朝鮮に対する先制攻撃を考えているのだろうか(写真:ロイター/アフロ)

目次

1. 米朝軍事対立の本質は何か

2. アメリカ国民は外交による解決を望んでいる

3. 戦争が起これば想像を絶する被害が発生

4. トランプ大統領は戦争をしたがっている!?

5. 食い違うトランプ大統領の発言とスタッフの発言

6. 進む先制攻撃の準備?

7. トランプ大統領に問われる“道徳性”

1. 米朝軍事対決の本質は何か

 アメリカの有力誌『ザ・アトランティック』(10月25日)は、「考えられないこと(The Unthinkable)」と題する記事を掲載し、「北朝鮮危機はエスカレートしており、“核戦争の可能性”は単なる言葉のやり取りではなく、現実的な議論になっている」と、ワシントンの雰囲気を解説している。核戦争の危機が迫っているのなら、今こそ「なぜアメリカと北朝鮮は戦争という事態に直面しているのか」を、冷静に分析してみる必要があるだろう。

 問題の出発点は、北朝鮮の核兵器開発にある。またトランプ大統領と北朝鮮の間で飛び交う挑発的な発言も対立の背景にある。トランプ大統領は、北朝鮮の核兵器やICBMの開発はアメリカにとって“脅威”であると主張する。アメリカは、その脅威を取り除かなければならない。では、どうすれば北朝鮮の核の脅威を取り除くことができるのか。一つは、現在、国連による北朝鮮に対する経済制裁である。経済制裁で北朝鮮の経済や社会が疲弊すれば北朝鮮は核兵器の開発を断念するだろう、いうのが一般的な議論である。だが、予想できる将来、北朝鮮に対する経済制裁が効果を発揮し、北朝鮮が核兵器開発を断念することは期待できない。では、残された選択肢は軍事行動ということになる。だが、そう簡単な議論なのだろうか。もう少し問題の本質を掘り下げて分析する必要がある。

 アメリカの北朝鮮脅威論に対して、北朝鮮の主張は明確である。北朝鮮の戦略は極めて単純で、核兵器開発によって国際社会とりわけアメリカに北朝鮮を“核保有国”として認知させ、現在の政治体制の維持を国際的に保障させることにある。さらに、ぎりぎりまでアメリカを挑発し、脅しをかけることで、二国間での交渉に持ち込むことである。極めて危険な瀬戸際戦略である。ひとつ計算を間違えれば、火薬庫に火をつけることになりかねない。

 アメリカは、決して北朝鮮を“核保有国”として認めることはないだろう。トランプ大統領は、外交的解決は時間の無駄だとしており、二国間交渉が実現する見通しはない。トランプ大統領は北朝鮮の脅威を煽り、国内世論の誘導を図ろうとしている。両国とも引くに引けない状況に陥っており、そうした膠着状況が続けば、最悪の場合、軍事行動に結びつく懸念がある、ということだ。

 筆者は、一般に議論されているような「北朝鮮がアメリカに先制攻撃を仕掛ける」という議論には与しない。北朝鮮が先制攻撃をする“可能性”を否定することはできないが、その“蓋然性”はないと判断している。また北朝鮮に先制攻撃をする能力があるとも思わない。むしろ筆者は、アメリカの北朝鮮に対する先制攻撃あるいは核攻撃を行う“蓋然性”のほうが高いと判断している。

 本稿で分析するように、アメリカで議論されているのは、アメリカが北朝鮮に攻撃されるかどうかではなく、トランプ大統領が北朝鮮に対して先制攻撃をするかどうか、核攻撃をするかどうかである。ただ、アメリカは北朝鮮の“脅威”を主張するが、それが北朝鮮に対する先制攻撃を正当化するものとは思われない。現在、米議会では民主党が、トランプ大統領が北朝鮮に先制攻撃や核攻撃を加えるのを制限する法律を提出している。こうしたアメリカの動向を見る限り、「北朝鮮が攻めてくる」という議論は情緒的な議論で、トランプ大統領が本気で北朝鮮を攻撃する気があるのかどうか。また、先制攻撃あるいは核攻撃を正当化する根拠は何かを問うべきであろう。

 現在の世界秩序は「核不拡散条約」をベースに、核兵器保有国が核兵器を独占し、それ以外の国に核兵器の開発、保有を認めない形で出来上がっている。アメリカがイランの核開発に神経質になったのは、現実の脅威よりも、そうした秩序が崩れるからであった。同様に、北朝鮮の核兵器開発と保有を容認することは、核独占に基づく世界秩序が崩れることを意味する。

 特定の国の核兵器の独占を許すのは、当然、その見返りに核兵器保有国は道徳的な義務として核兵器不使用と核軍縮を行うというのが前提にあるはずである。オバマ大統領は少なくとも核軍縮の必要性を説き、成功はしなかったが、一歩先に進もうとした。だが、これも本稿で詳述するが、トランプ大統領は核兵器の近代化と増強を主張している。その一方で、北朝鮮の核兵器保有を阻止しようとしている。

 では、なぜ北朝鮮はここまで頑なに、また挑発的な姿勢で、多くの犠牲を払いながら核兵器開発に固執しているのかも、冷静に分析してみる必要がある。これに関しては、本連載の次回以降で詳細に分析する。

 本連載の議論の対象ではないが、北朝鮮危機で明らかになった事柄が幾つかある。まず日本政府が何ら“創造的”な北朝鮮政策も持っていないことである。さらに日本の多くのメディアがまるで官製メディアのごとく、日本政府の情報と主張のみを報道していることである。これに関しては、いつか書く機会があるだろう。

2. アメリカ国民は外交による解決を望んでいる

 軍事専門家のハリー・カジアニス氏は保守派の雑誌『ナショナル・インタレスト』(10月18日)に「アメリカは北朝鮮との紛争に向かって進んでいるのか」と題する記事を寄稿し、「ワシントンでは妖怪が出没している」と、アメリカに北朝鮮への先制攻撃を支持する声があることを紹介している。「妖怪」は北朝鮮に対する“先制攻撃論”を指す。先制攻撃を支持する理由として、北朝鮮がアメリカを攻撃する能力を獲得する可能性があり、それが完成する前に攻撃しないと手遅れになるというものである。さらに恐るべき理由として、同氏は「(太平洋の)向こう側で戦争が起こるのは、こちら側で無辜の人々が死ぬよりましである」という意見も紹介している。先制攻撃によって朝鮮半島で戦争が起こっても、アメリカに直接害が及ぶことはないというのが、先制攻撃支持の理由のひとつであるという。ただ、カジアニス氏は、そうした先制攻撃論を否定し、「最善の政策は冷戦中のような外交政策(封じ込め政策)を実施することだ」と主張している。

 ただ先制攻撃論は、必ずしもアメリカ国民の声を代弁するものではない。多くのアメリカ国民は北朝鮮の軍事脅威を感じてはいるものの、先制攻撃を望んでいるわけではない。ワシントン・ポスト紙とABCが共同で行った世論調査(9月21日)によれば、「北朝鮮が攻撃する前にアメリカは北朝鮮に先制攻撃を掛けるべきか」との問いに対して、「先制攻撃すべきである」という回答は23%に留まり、「先制攻撃すべきではない」という回答は67%に達している。またNBCニュースの調査(10月17日)では、「北朝鮮が差し迫った脅威である」という回答は54%で、7月の調査の41%より増えている。だが外交的手段で解決すべきだという回答は逆に7月の59%から64%に増えている。

 だが、残念なことに、外交努力をするために必要な両国の間の外交チャネルは切れたままであり、お互いの間で挑発的で不毛な発言が飛び交っている。そうした激しい非難のやり取りに惑わされることなく、現状を冷静に分析する必要がある。

3. 戦争が起これば想像を絶する被害が発生する

本当にトランプ大統領は北朝鮮に対する先制攻撃を考えているのだろうか。その過激な発言は単にレトリックだけなのか。その真意はどこにあるのだろうか。危機的な時こそ、煽情的な議論に惑わされるのではなく、明確な根拠と分析に基づいて正確に現状分析する必要がある。

 まず私たちは“歴史”から学ぶ必要がある。実は過去にアメリカと北朝鮮の間で緊張がピークに達した時があった。1994年である。同年春、米軍は「Op Plan 5027」と呼ばれる北朝鮮に対する先制攻撃プランを立案し、朝鮮の寧辺核施設を攻撃するためにクルーズミサイルとF-117ステルス戦闘機を配備する準備を進めていた。クリントン政権のウィリアム・ペリー国防長官は後年、「アメリカは北朝鮮との戦争の瀬戸際に立っていた」と証言している。当時、国防総省は幾つかの対北朝鮮作戦を検討していた。一つは韓国駐留の米軍を3万7000人増員すること。もう一つは兵員1万人増員し、F-117戦闘機と長期距離爆撃機、空母戦闘群を朝鮮半島周辺に配置する派遣すること。さらに韓国に在住する民間アメリカ人の国外への避難計画も検討されていた。

 当時、アメリカ政府の北朝鮮との窓口役を務めていた国務省のロバート・ガルッチ氏も当時を振り返り「私はアメリカの寧辺核施設への攻撃は北朝鮮と全面戦争に至ると確信していた。ペンタゴンは戦争が起これば朝鮮半島で最大100万人が死亡すると予測していた」と語っている。ペリー国防長官は寧辺の核施設を攻撃しても核物質の拡散は限定的だと確信していたが、その場合でも北朝鮮と“全面戦争”は避けられないと考えていた。

 最終的にペリー長官は北朝鮮攻撃を思い留まり、危機は回避された。民間人の資格で北朝鮮を訪問中のカーター元大統領が重要な役割を果たしたからだ。1994年6月15日、カーター元大統領はクリントン大統領に電話し、北朝鮮の金日成主席は核開発を凍結する意向があることを伝えた。これを受けてホワイトハウスでの北朝鮮に対する作戦会議は中止された。それから数日後、北朝鮮はアメリカなどが主に発電用に使われる軽水炉の開発支援と石油供給を約束する見返りに核開発を凍結すると発表した。アメリカは北朝鮮と国交正常化に向けた枠組みで合意する。だが、この合意は最終的に失敗に終わり、北朝鮮は再び核開発を進めていく。2003年に北朝鮮は核非拡散条約から脱退し、2005年に核兵器保有を宣言する。その後、長距離弾道ミサイルの開発も進めていき、現在に至っている。

 ペリー長官が北朝鮮攻撃を思い留まった理由は、北朝鮮と全面戦争になった場合の被害の大きさである。現状は過去とは大きく違う。1994年当時と比べると北朝鮮の攻撃力は増している。また指導者も金正恩に変わっている。変わっていないことは、アメリカと北朝鮮の間で全面戦争が始まれば、甚大な被害が発生するということだ。1994年に想定された被害をはるかに上回る犠牲と被害が発生するのは間違いない。その範囲も拡大している。たとえば韓国には24基の原子力発電所がある。それが破壊されれば、核物質が拡散し、その被害は朝鮮半島に留まらず日本や中国にまで及ぶだろう。国防総省が行った戦争ゲームによる被害推定では、北朝鮮の反撃によってソウルで毎日1万人が死亡し、1カ月間戦争が続けば、1兆ドル以上の損害が発生するという。

 “先制攻撃の要諦”は、一瞬にして相手の戦闘能力を奪うことだ。だが、安全保障問題の研究機関ノーチラス研究所は、北朝鮮の戦闘能力は破壊するには最低でも4日から5日かかるという。北朝鮮はミサイルを発射するランチャー(発射台)を100基(この数字は韓国国防省の数字で、一部の報道では数千基あるとの報道もある)持っており、しかも移動式である。地下基地もある。戦力は全国に分散されており、一瞬にして北朝鮮の戦闘能力を破壊しない限り、北朝鮮は反撃する十分な戦力(三軍合わせた兵士の総数は128万人である=韓国国防省の推定)と時間があり、反撃に転じれば、まずソウルが火の海に包まれるだろう。

 アメリカは多くの人的犠牲が予想される地上戦を回避しようとするだろう。しかし、マティス国防長官は、ドローン攻撃やサイバー戦争の時代でも最終的に戦争で勝利を収めるには地上戦は避けられず、「アメリカの若者を戦場のぬかるみの中に送り出さなければならない」と、大きな人的犠牲を強いられることになると語っている。ベトナム戦争の米軍による北爆を思いだせばいい。空爆で勝利を得ることはできない。同長官は朝鮮半島で戦争が起これば、「史上最悪の戦争になる」と厳しい見方をしている。とすれば、アメリカにとっても、北朝鮮にとっても、何のために戦うのだろうか。ティラーソン国務長官やマティス国防長官、マックマスター安全保障担当補佐官などの軍人出身のスタッフが北朝鮮との軍事対決を躊躇し、トランプ大統領と違った発言をするのは当然といえよう。

 『ザ・アトランティック』誌(11月1日)は、民主党のタミー・ダックワース上院議員がトランプ大統領に送った書簡をスクープし、その内容を紹介している。同上院議員はイラク戦争で片足を失った退役中佐である。同議員は書簡のなかで「同僚たちが戦争の太鼓を打ち鳴らし始めるなら、私は義足を付けて偉大なる議事堂のホールに立ち、彼らに戦争の本当の犠牲がどのようなものか思い起こさせる」と書いている。さらに「戦争の結果がどんな結果をもたらすのか、国民に隠すことは認めない」と、トランプ大統領と顧問たちが語る“軍事選択肢”についての説明責任を求めている。

 こうしたことを考えれば、アメリカにとっても、北朝鮮にとっても軍事衝突は基本的に現実的な選択肢ではないと言っても過言ではない。ましてや日本の一部の論者や政治家が主張するような北朝鮮が日本を攻撃するという主張は選挙向けの発言であって、現実的な分析に基づいたものとはいえない。

 ただアメリカと北朝鮮の“最大のリスク”は両国の指導者にある。トランプ大統領も金正恩も予想しがたい人物であり、しかも状況に対する情報を十分に持っているとは言い難い。さらに両指導者ともスタッフの意見に耳を傾けないという共通点がある。キューバ危機の際、ケネディ大統領は核兵器の使用を検討しているが、危機的な状況の中でもアメリカとソビエトの間で外交チャネルは維持された。だが、現在、アメリカと北朝鮮の間に外交チャネルが存在しない。ティラーソン国務長官が外交チャネルを構築する努力を行っていると発言すると、トランプ大統領は即座に否定した。また、トランプ大統領は国務省の予算を大幅に削減し、国務省の能力が大幅に低下している。そうした中で、お互いの意図や本年を読み違い、偶発的な対立を引き起こす可能性は否定できない。

4. トランプ大統領は戦争をしたがっている!?

 北朝鮮の核兵器開発を巡る現在の状況を中国外務部の伝宝副部長は極めて簡潔に表現している。「経済制裁は大きな圧力になるかもしれないが、北朝鮮は経済制裁に耐え、経済制裁を理由に核開発を断念することはないだろう。実際のところ、北朝鮮は経済制裁が始まった後に核実験を始め、経済制裁が強化される中で5回も核実験を行っている。北朝鮮が核とミサイルの技術が転換点に達するまで、経済制裁強化と核実験の継続という繰り返しが続くだろう。この時点に達した時、北朝鮮の核兵器所有に反対する者は、結果が予想できない極端な行動を取るか、我慢するか、厳しい選択を迫られるだろう」(ブルッキングス研究所、「The Korean Nuclear Issue: Present, and Future」2017年5月)。アメリカが北朝鮮の核保有を認めないとすれば、残された選択肢は「結果が予想できない極端行動」ということになる。

 トランプ大統領は「結果が予想できない極端な行動」を取る可能性はあるのだろうか。アメリカの北朝鮮に対する先制攻撃を決定できるのは三軍の最高司令官であるトランプ大統領である。アメリカ憲法第2章第2条第1項に「大統領は合衆国の陸軍および海軍ならびに現に合衆国の軍務に就くために招集された各州の民兵団の最高司令官である」と規定されている。大統領は三軍の最高司令官として軍事行動を命令できる立場にある。

 トランプ大統領はどのような安全保障政策を考えているのだろうか。タフト大学のジェニファー・ウィルソン教授は「トランプ大統領は選挙公約であるアメリカ・ファーストの『孤立主義』から離れ、現代史で最もタカ派的な大統領になっている」と雑誌『ニュー・リパブリック』(10月17日)に寄稿した記事「トランプの戦争」に書いている。

 大統領に就任後、トランプ大統領は国際的な軍事関与を拡大してきている。選挙運動中は否定していたアフガニスタン増派を早々と認め、就任後7か月間にアフガニスタンの領土に2487発の大量の爆弾を投下している。さらに史上初めてイスラム国の地下基地を破壊するために“爆弾の母(mother of all bombs)”と呼ばれる超強大な破壊力を持つ爆弾の投下を承認している。さらにシリアをミサイル攻撃し、北朝鮮と軍事的に対峙する政策を取っている。ウィルソン教授は、こうしたトランプ大統領を「外交政策を世界の安全保障を高めるためでなく、勝者として自分のイメージを高める必要に駆られて行っている」と分析し、トランプ政権の外交軍事政策の危うさを指摘している。

 トランプ大統領の著作『Art of Deal』のゴーストライターであるトニー・シュワルツ氏は自分のツイッターに「トランプは自分の(国内政策の)失敗から注意をそらすために核戦争を開始し、何千万の人々を殺したがっている」(10月8日)と、トランプ大統領の挑発的な発言の裏にある意図を説明している。同氏は大統領選挙中の2016年7月にも「トランプが選挙で勝利し、核爆弾のコードを手に入れれば、文明の終焉に導く可能性が大きいと本当に信じている」と語っている。

 『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニストのチャールズ・ブロー氏は同紙(10月12日)に「トランプの戦争ゲーム」と題するエッセイを寄稿し、核兵器のコードを持ったトランプ大統領の危険性を指摘し、「金正恩は非合理で混乱しているかもしれないが、トランプ大統領も同様である」と書いている。また『ニューヨーク・タイムズ』の社説(10月11日)も「トランプ大統領は地球上で最も破壊的な核兵器について本当に理解しているのだろうか。責任をもって管理できるのだろうか」と、トランプ大統領の核兵器管理能力に疑問を呈している。

 10月16日から5日間、米中合同軍事演習が行われた。北朝鮮は、軍事演習は北朝鮮に対する挑発であり、侵攻のための訓練であると批判する声明を発表した。他方、米韓両国は、合同演習は北朝鮮の挑発行為を抑制することが目的であると、その正当性を主張している。

 だが北朝鮮に対する抑止を狙うにしては、米韓共同軍事演習はかつてない規模なものであった。空母ロナルド・レーガンが派遣され、ステルス戦闘機F-22とF-35が4機、グアム基地から可変翼戦略爆撃機2機が演習に加わっている。北朝鮮と米韓の間で緊張が高まっている最中での大規模な軍事演習が北朝鮮を取り巻く海域と空域で行われた。軍事力において北朝鮮は米韓合同軍に敵うわけはない。北朝鮮が共同演習に“脅威”を感じたとしても不思議ではない。北朝鮮の国連副代表は「北朝鮮半島の状況は危機的状況(touch-and-go point)に達している。核戦争がいつ起こってもおかしくない」と語っている。こうした共同軍事訓練が事態の改善に役に立つとは思われない。

 さらにトランプ大統領はアメリカの軍事力強化を主張している。7月20日にホワイトハウスで軍の指導部から兵器の貯蔵が減少している説明を受けた時、トランプ大統領は激怒している。その際、トランプ大統領は核兵器を現在の“10倍”にするように発言している。その発言が報道されると、トランプ大統領は発言を否定したが、発言したのは間違いないだろう。この発言はトランプ大統領の核兵器に対する考え方をはからずも示したものと言える。

 アメリカは核軍縮をするどころか、核兵器を増やす政策を取っているのである。中立的な機関である議会予算局は10月20日にトランプ政権の政策を踏まえた場合、核兵器開発資金が今後30年間で1兆2000億ドル必要になるという報告書を発表している。このうち8000億ドルは既存の兵力を維持するための費用であり、残りの4000億ドルは核兵器開発の費用である。

 現在、トランプ政権は「核兵器政策再検討(Nuclear Posture Review)」を進めており、最終報告は年末に発表される予定である。その中でトランプ大統領の主張する核兵器の“近代化”や“小型化”の開発計画が盛り込まれるとみられる。またペンス副大統領も10月27日、訪問さきのノース・ダコタ州の空軍基地で「トランプ政権はアメリカの核抑止力の強化と近代化を進める」と語っている。専門紙『ディフェンス・ワン』(10月31日)は、「核兵器政策再検討」が発表されれば、議会予算局の推定よりも予算規模はさらに拡大する可能性があると指摘している。トランプ大統領は自らが核兵器の増強を目指す一方で、北朝鮮の核開発を攻撃しているのである。

5. 食い違うトランプ大統領の発言とスタッフの発言

 トランプ大統領は外交手段による解決を否定している。トランプ大統領は10月7日に「歴代大統領、歴代政府は過去25年間にわたって北朝鮮と交渉を行い、協定を結び、巨額の資金を与えてきた。しかし、協定はインクが乾かないうちに違反され、アメリカの交渉者は馬鹿にされてきた。残念だが、効果ある方法は一つしかない」とツイートしている。「唯一の効果ある方法」とは何かと記者から質問を受けたトランプ大統領は、「すぐに(その真意は)分かるだろう」と答えた。トランプ大統領は外交交渉を時間の無駄だと否定しており、そうであるなら「唯一の効果ある手段」は“軍事攻撃”しか考えられない。

 さらにトランプ大統領は、米朝関係は「嵐の前の静けさだ」と暗に将来軍事攻撃の可能性があることを匂わせている。ただ、こうしたツイートに対してホワイトハウスのサンダース報道官は「すべての選択肢がテーブルの上にあるという意味だ」と、大統領の発言は必ずしも軍事攻撃を意味しないと釈明している。

 一連のトランプ大統領の発言に対して北朝鮮は「実質的に北朝鮮に対して“宣戦布告”である」と激しく反発。こうした北朝鮮の発言に対して、ホワイトハウスは事態の鎮静化に追われている。ハッカビー報道官は「アメリカは北朝鮮に対して宣戦布告はしていない」と記者会見で異例の弁明を行っている。外部にはトランプ政権の外交軍事政策の基本線が見えてこない。

 10月19日にワシントンで開催された安全保障に関連する会議に出席したポンペオCIA長官とマックマスター安全保障担当補佐官は、北朝鮮の核兵器開発問題に触れている。『ディフェンス・ワン』紙(10月20日)は、「両者は金正恩が核兵器廃止に同意するまで、平和的な経済的、外交的な圧力をかけ続ける」と極めて穏健な発言をしていると報告している。マックマスター補佐官は「まだ時間切れではない。しかし時間はなくなりつつある」と微妙な言い回しをしている。ホワイトハウスのアドバイザーたちは、軍事的な選択肢はあるとしながらも、一様に「アメリカの政策には北朝鮮の体制転換は含まれない」と、北朝鮮が最も気にしている問題に関してソフトな主張を展開している。

 その一方で、マックマスター補佐官は「予防的戦争(preventive war)の可能性」を示唆し、マティス国防長官は「必要であれば、大統領が採用できる軍事的オプションを準備している」と語っている。ただ、ティラーソン国務長官は「最初の爆弾が落とされるまで外交努力を続ける」と微妙な言い回しをしている。ホワイトハウスから硬軟取り混ぜた発言が出ているのが実情である。一貫して強硬論を主張するトランプ大統領と含みを持たせた発言をするホワイトハウスのスタッフの間に微妙な政策の違いがある。ちなみに国連憲章第51条は「予防的攻撃」を禁じている。北朝鮮は、こうしたメッセージをどう読んでいるのだろうか。

6. 進む先制攻撃の準備?

 こうした中、新たな軍事行動も見られる。米空軍責任者のデビッド・ゴールドフェン将軍は、B-52爆撃機に核爆弾を搭載し24時間の出撃準備態勢を取るように命令を出したことを明らかにした(『ディフェンス・ワン』10月22日)。戦略司令部のジョン・ハイテン将軍は「この措置は具体的な状況に対する計画というよりは国際情勢の現実に備えたものである」と、北朝鮮を直接刺激する表現を避けている。だが空軍がこうした警戒態勢に入るのは1991年の冷戦終結後初めてのことである。軍担当者がどう説明しようが、対象としているのは北朝鮮以外にはない。いずれにせよ、大統領の出撃命令が出れば、核弾頭を搭載した爆撃機が飛び立つ準備が整っているということである。

 トランプ大統領は北朝鮮に対してツイッターを通して「北朝鮮を全滅させる」と、極めて挑発的な発言を繰り返し行っている。こうした挑発的な発言に対して、上院外交委員会委員長で共和党の有力議員ボブ・クロッカー議員は『ニューヨーク・タイムズ』のインタビュー(”Bob Croker Says Trump’s Recklessness Threatens ‘World War III’、10月8日)で、トランプ大統領の無思慮な発言が第三次世界大戦を引き起こす可能性があると警鐘を鳴らした。大統領がツイッターという手段で重要な外交発言を行うというのは通常では考えられない。そうした行為は外交政策を阻害しかねない。

7. トランプ大統領に問われる“道徳性”

 アメリカの憲法学者グレッグ・ワイナー氏は、アメリカの政治には暗黙の指針があると指摘する(”The President’s Self-Destructive Disruption”、『ニューヨーク・タイムズ』10月11日)。その暗黙の指針とは、「アメリカの大統領は用心深さと威厳をもって発言」し、「正直に語らなければならない」というものである。だが、トランプ大統領は、この指針とは真逆の大統領である。自分にとって都合の悪い情報はすべて「でっち上げ(fake)」と否定し、ホワイトハウス内での十分な議論を経ずに思い付きをツイッターで発信し、様々な問題を引き起こしている。国内問題なら冗談で済ませることもできるが、外交問題では思わぬ深刻な事態を招きかねない。

 オバマ政権の時の国務長官ジョン・ケリー氏は9月20日にテレビ番組に出演して、トランプ大統領の北朝鮮に対する発言は“子供じみている”と批判的な発言を行っている。さらに「相手の悪口を言うことで問題が解決するなら、もう問題はとっくに解決しているはずだ。悪口をいうことで相手が自分の望むように行動させることはできない」と厳しい口調でトランプ大統領のやり方を批判している。

 軍事衝突はお互いに相手のメッセージを読み違えるところから起こる。単なる脅しで言ったつもりが、相手に本心と誤解され、予期せぬ行動を誘発する可能性がある。トランプ大統領が本気で北朝鮮に対する軍事攻撃を考えているのか、あるいは単なる口先だけの脅しなのか判断できないのが実情である。ただ、現状が続けば、“偶発的”な軍事対立が起こる可能性は否定できない。

 次稿では、トランプ大統領が北朝鮮に先制攻撃を仕掛ける場合、どのような「法的根拠に」基づいて行えるのか検討する。さらに北朝鮮はどう考えているのかを分析する

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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