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東南アジア諸国のコロナ拡大が、日本経済に大きな一撃を与える~邦人と進出企業への支援を早急に進めよ

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
東南アジア諸国では、新型コロナの感染拡大が深刻化している(写真:ロイター/アフロ)

・トヨタがタイ、日本の工場を操業停止

 東南アジア諸国での新型コロナウイルス感染拡大の状況が、急激に悪化し、日本経済にも影響を及ぼし始めている。

 

 トヨタは22日に、タイにある3つの工場すべての生産を28日まで停止することと、部品調達に支障が生じているとして、国内工場の生産の一部を停止すると発表した。

・現地での大使館でのワクチン接種を進めるべき状況

 インドネシア、タイ、マレーシアなどでは今月に入り、感染拡大が急激に悪化しており、各国政府や地方政府によってロックダウンや工場の閉鎖などが行われており、その影響が拡大しつつある。

 7月26日日付の記事「在外邦人の支援は重要な経済戦略~新型コロナ感染の急拡大するアジア諸国」で書いたように、現地に駐在あるいは居住する日本人の間にも危機感が高まっており、企業や組織によっては駐在員や家族の一時帰国を決めたところも多い。しかし、現地業務の継続の必要性や航空便に限りがあるために、一次帰国してのワクチン接種は現実的ではない。在外邦人の間で日本大使館や日本人学校などでのワクチン接種の実施を求める声が高まっている。

 すでにオーストラリアやフランスなどが東南アジア諸国の感染が深刻になっている国や都市での大使館で自国民へのワクチン接種を始めている。これらは自国民の声明を守ると同時に、自国経済、産業への支援でもある。

・我が国の基幹産業である自動車産業への影響拡大

 日本国内では、オリンピックの報道で埋め尽くされている感があり、なかなか東南アジア諸国での危機的な状況について理解が得られていないのが実情だ。しかし、現在の日本経済、産業は、東南アジア諸国との結びつきが非常に強く、特に自動車産業の集積するタイでの感染拡大と混乱は、ダイレクトに日本の経済に影響する。トヨタの生産停止は、その一つにしか過ぎない。半導体の世界的な不足から生産が制限されるなどしていた自動車産業にとって、「アジアのデトロイト」と称されるタイでの生産停止は、大きな痛手となる。

 

 自動車産業は依然として、日本の基幹産業の一つであり、その重要な生産拠点があるのがタイなのである。

 

 現地のタイ人のビジネスマンは、「国内では非常に混乱しており、食品工場や木材工場などでの集団感染が起き、多方面への影響が懸念されている。輸出産業も直撃を受けており、経済的にも難しい局面だ」と言う。タイでは、7月1日から有名観光地であるプーケットにおいて、66ヶ国から新型コロナウイルス接種済みの旅行者を隔離なしで受け入れる「サンドボックス」が始まった。これと同じくしてプーケットでの感染者が急増していることから、時期尚早だったのではという意見も出てきている。「タイは貧富の差が激しく、さらにミャンマーやラオスなどからの出稼ぎ労働者も多い。富裕層はワクチン接種を済ませているが、広く行き渡っているとは言い難い。私の友人もコロナで昨日亡くなった。非常に身近な恐怖としてとらえている」と先のビジネスマンは言う。

 

・東南アジア諸国とのサプライチェーンの乱れ

 こうした状況は、タイだけではなく、インドネシア、マレーシア、フィリピンなどでも混乱が拡大している。これら東南アジア諸国は人の往来も激しく、サプライチェーンが密接に関係しているだけに、混乱は地域内全体、さらには日本にまで拡大しつつある。

 

 一方、日本の中小企業経営者は、「ASEAN諸国と日本のサプライチェーンに問題が生じてきており、一部は中国への代替を検討している企業も出てきている。様々なものの生産工程が、諸外国と密接に繋がっており、国内生産に切り替えたらよいという一般の人が考えているようには簡単ではない」と言う。また、中国に進出している中小企業経営者は、「中国国内は景気が上向いており、生産活動も活発になってきている」と言う。昨年は、中国において新型コロナウイルスの影響から、製品や部品の調達が滞り、さらにそこに日中間の政治的な冷え込みも影響して、中国から東南アジア諸国へのサプライチェーンの切り替えが進む気配があったが、今回はそれに冷や水をかけるような事態となっている。

 

・東南アジア諸国は日本の収益の源泉でもある

 タイ、インドネシア、マレーシアを含む東南アジア諸国における新型コロナウイルスによる経済や生産の混乱は、日本にとって大きな問題となる。一つは、日本の製造業のサプライチェーンへの影響である。もう一つ、日本と東南アジア諸国との輸出入はこの10年間で縮小している。しかし、これだけを見て、重要性が下がったと判断するのは間違いである。実は日本が東南アジア諸国から得ている直接投資収益受取額は、2020年には約2兆5千億円と2.7倍になっているのだ。この額は、中国からの約2兆1千億円よりも多く、ASEAN諸国の貿易の拡大が、日本からの投資に大きな収益を与えているのだ。

・東南アジア諸国は切迫した状況

 テレビも新聞もオリンピックで埋め尽くされており、それはそれで良いが、東南アジア諸国は切迫した状況となっている。まず、第一に在外邦人の安全の確保、在外大使館等でのワクチン接種を早急に実施すること。第二には、進出している日系企業の操業継続への各種支援などを相手国政府とも強調して実施すること。これらが円滑に行われなかった場合には、オリンピック後、コロナ禍後に、日本の経済的な損失が拡大し、長期的にはASEAN諸国での日本の存在感が一層薄くなる可能性がある。

 日中間の政治的対立から、「東南アジア諸国への生産拠点、投資のシフト」を訴える政治家の方や経済人も多い。そのためには、早急に政府として経済界として、対応を行う必要性があるのではないか。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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