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生きた企業の生き血を吸うタガメ型M&Aとは ~ そのM&Aは大丈夫か

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
生きた蛙に抱き着き生き血や肉も食べてしまうタガメ。(提供:イメージマート)

・経営者の高齢化と後継者難

 日本では急激な高齢化が進んでいる。その影響は、当然ながら企業経営にも及んでいる。株式会社帝国データバンクの発表によれば、2023年時点の社長の平均年齢は60.5歳で、前年から0.1歳上回り、33年連続の上昇で過去最高を更新した。一方で、社長が交代した割合は3.80%しかなく、14年連続の3%台だった。

 こうした社長の高齢化は、経営リスクとしても問題化している。2023年度の後継者難倒産は586件となり過去最高を大幅に更新した。このうち約4割は「経営者の病気、死亡」が原因となっている。

・M&A件数の増加

 こうした後継者難の本格化によって、脚光を浴びているのがM&A(企業の合併や買収)だ。その数は、増加傾向を見せている。

 後継者難や景気の悪化などから、今後もM&Aの件数は増加すると思われる。

・「連日のように会社を売らないかと」

 「昨年(2023年)の秋口くらいからですかねえ、毎日のように電話やダイレクトメールなどで会社を売る気はないかと。そんなに買いたい会社さんがいるんですかねえ。」

 東京都内の中小企業経営者は苦笑する。同じような話は、地域を関係なく多くの経営者から耳にする。中には、「査定だけでもというので、お願いしてみたら、ちょっと無理ですと言われてしまいました」という経営者もいれば、筆者の知り合いの経営者の中には、別企業に自社を売却譲渡したという事例も多くなっている。

 しかし、「売る気はないと断っても、しつこく電話をかけてくる仲介業者もいる。中には同じ会社から、別の担当者がかけてくることもあった。企業をモノのように考えて、仲介手数料を稼ぐことだけ考えているような雰囲気にうんざりしている」と言う経営者もいる。

・赤字会社が黒字会社を買収し、資金を吸い取るタガメ型M&A

 後継者がいなかったために事業譲渡を考えていたA社の経営者Aさんは、M&A仲介業者を通して、B社への売却を決めた。決め手になったのは、事業だけではなく、従業員も一括して引き受けてくれるという条件を受けてくれたことだった。さらに、全株式譲渡後も、事業の円滑な継続のためにとAさんを代表権のない会長として勤務することもB社は求めてくれた。A社の事業は順調で、利益も上げており、取引銀行もM&Aを評価し、新たな設備投資への融資も行われた。B社は積極的にM&Aで業容拡大しており、A社にとっても経営安定に寄与すると思われた。

 M&Aから2年ほど経ったある日、取引銀行からAさんの下に電話があった。買収したB社から派遣されていた社長とも、B社とも連絡が取れないというのだ。驚いたAさんが出社し、取引銀行の担当者と調べてみると、B社は活発なM&Aを行う一方で、粉飾決算を行っていた。Aさんの知らないうちに、A社とB社の銀行口座は一元化されており、A社の預金や銀行からの貸付金などが全て引き出されていた。さらに、会社所有の不動産なども、売却されており、A社の資産はほぼB社に吸い取られていた。

 生きた企業に抱き着き、資金や資産を奪う姿は、生きた蛙に抱き着いて生き血を吸い、肉も消化液で溶かしながら吸い取るというタガメを彷彿とさせる。ある金融機関の社員は、「タガメ型M&Aだ」と言う。

高齢化が進む日本社会では、後継者不足で悩む中小企業が増加している。(画像・筆者撮影)
高齢化が進む日本社会では、後継者不足で悩む中小企業が増加している。(画像・筆者撮影)

・ホワイトナイトが実は・・・

 ある金融機関の社員は、「ホワイトナイト(白馬の騎士)と思われた買収先企業が、実はブラック企業で、健全な企業の生き血を吸い取るということだ」と話す。

 A社は元々、業績も良く、安定した経営を続けている企業であり、金融機関からの信頼も厚い。一方、買収する側の企業は、豊富な資金を保有しているかのように粉飾しており、その実、買収する企業の資金や銀行からの融資を狙っている。

 「まさか買う側が経営不振に陥り、資金不足だとは疑いません。買収される企業が元々の取引先であり、業績も良ければ、金融機関や公的な支援機関なども、その油断を突かれた形です。金融機関側も信用調査に不備があったとの批判も受けるでしょうから、なかなか表には出にくいでしょうねえ」と先の金融機関の社員は話す。

 一方で、こうした中小企業のM&Aに関しての相談も受ける中小企業支援団体の職員は、「買収して真面目に事業を行ったが、力尽きて倒産という場合もあるが、最初から計画的な詐欺行為と思えるものもある」と言う。

・生きた企業の生き血を吸うタガメ型M&Aをいかに封じ込めるか

 買収側の企業にとってみると、中小企業を買収する際に欲しいのは、看板と顧客リストだけだとよく言われる。従業員や事務所、工場などは不要だということが多い。しかし、売却する側の中小企業経営者は、自社従業員の継続雇用を望む場合が多い。

 事業だけではなく、従業員の雇用も保証してくれた買収先企業を探したにもかかわらず、最終的に負債だらけにされての倒産では、責任はないとはいえ自責の念を持たざるを得ないだろう。

 ある金融機関の社員は、「まずは信頼のおけるM&A仲介業者を選ぶこと。雨後の筍のように出てきている仲介業者の中には、とにかく成約して手数料を得られれば良いところがある。さらに、買収先企業についての信用調査をきちんとすること。買収後の事業計画に信ぴょう性があるのか、できる限り調べる必要がある」と言う。

 M&Aは、今後も増加する傾向にある中で、悪質なタガメ型M&Aが優良な中小企業を狙っているという危機感を経営者は持っておくべきだろう。金融機関や中小企業支援機関なども、せっかくの優良な中小企業がタガメ型悪質企業の犠牲になってしまわぬよう、従来以上の情報収集を行っていくべきだろう。

 生きた企業の生き血を吸うタガメ型M&Aをいかに封じ込めるかは、健全な中小企業を育成し、地方経済を復興していくためにも重要な課題になっている。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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