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在外邦人の支援は重要な経済戦略~新型コロナ感染の急拡大するアジア諸国

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

・同胞である在外邦人の安全の確保と支援を

 ASEAN諸国は、日本の貿易相手としては、アメリカ、中国に次ぐ貿易額を持つ重要なパートナーである。我が国の今後の経済、政治の戦略的にも、重要な地域、国であることは間違いない。

 こうしたASEAN諸国との貿易や経済、文化の繋がりを支えているのは、我々の同胞である在外邦人の人たちである。「海外に住むのは自己責任だ」と支援が不要だと批判する意見もあるが、それは非常に一面的な捉え方であり、今後の我が国の国際的な地位を安定的に維持するためにも、まず同胞である在外邦人の安全の確保と支援が重要である。

・タイ8万人、マレーシア3万人、インドネシア1万8千人・・・

 外務省の資料によれば、2017年10月の段階で、在外邦人はタイに約8万人、マレーシア約3万人、ベトナム約2万3千人、インドネシア約1万8千人、フィリピン約1万7千人が在留している。

 企業拠点数は、タイ約5千9百、マレーシア約1千2百、ベトナム2千百、インドネシア約2千、フィリピン約1千4百となっている。

 インドネシアでの新型コロナの感染拡大と医療崩壊は、国内でも報道され、関心を集めている。しかし、タイ、ミャンマー、マレーシアなど他のASEAN諸国でも感染拡大が止まらず、感染者数が急増し、現地の医療体制がひっ迫した状況となりつつある。すでに日本人の死亡も報告されている。

 その大きな影響を受けているのが、これらの国に駐在、滞在している日本人とその家族だ。

東南アジア諸国には多くの邦人が在留している。
東南アジア諸国には多くの邦人が在留している。

・緊急帰国用の臨時便も必要に

 インドネシアでは、在外邦人の緊急避難用に7月21日と25日に日本への臨時便が運航されたが、予約が殺到し、さらに航空券代の15万円から20万円程度に加えて待機施設や検査の費用が自己負担であったために、帰国費用が40万円から50万円と高額になった。そのため、多くの批判が寄せられたため、日本政府は26日と28日にも臨時便を運航し、その際には手続きの簡略化と待機施設や検査の費用を政府負担とすると発表した。しかし、1便当たりの乗客定員は200名ほどで、4便合わせても1千名分に過ぎない。

 タイからの帰国便に関しては、日本航空、全日空、タイ国際航空などが運航しているが、いずれもすでに8月半ばまで予約がいっぱいの状況だ。

 大手企業や政府系機関の中には、駐在員やその家族の一時帰国を決めているところも出てきている。一方、タイに生産拠点を持つ中小企業経営者のように、「大企業と異なり、情報も少なく、生産現場も日本人スタッフがいないと動かない。帰国させたのはやまやまだが、難しい」というのが現状だ。また、大企業の従業員でも「家族の帰国指示が本社から出たが、駐在員はそのままだ」と言う。

 臨時便の運航について、タイの航空会社関係者は、「今後、帰国を希望する日本人が増加することが予想されるが、その場合、タイから日本への乗客はいるが、日本からタイはほぼカラの状態。増便といっても、航空会社にとっての負担は大きい。民間企業としては限界がある」と言う。

 新型コロナの感染拡大は、インドネシアだけではなく、隣国のタイ、マレーシア、ミャンマーなどでも深刻化しており、在外邦人の緊急帰国やワクチン接種の要望は大きくなっている。

 今後、インドネシアだけではなく、周辺国の状況が悪化すれば、邦人救出のために、政府が支援しての臨時便の運航が必要となる。しかし、それだけの航空機の運航や、国内空港での受け入れ態勢を整えることは現実的ではない。

・現地でのワクチン接種の可能性

 在外邦人の間からは、日本大使館や日本人学校などでのワクチン接種の実施を求める声も出ている。ツイッター上では、「#在外邦人の現地日本大使館でのワクチン接種を希望します」というタグで、多くの投稿が寄せられている。

 日本政府は、在外邦人の帰国ワクチン接種のインターネット予約を7月19日に開始した。日本に一時帰国してワクチン接種を行うことを希望する人たちに対して、成田空港と羽田空港に特設会場を設けるというものだ。この帰国ワクチン接種の対象者は、在外邦人で住民票を持たない接種時に満12歳以上の者となっており、在外邦人でも日本に住民票がある者や、帰国時に転入届を出した場合は対象外となる。

 しかし、帰国の費用は大きく、個人、企業への負担も大きい。さらにインドネシアやタイには、日本企業の製造拠点などが数多く存在し、駐在員が帰国できないケースも多い。

 現実的な解決方法として、在外大使館や日本人学校などを会場として、在外邦人へのワクチン接種ができないかという提案が、、「#在外邦人の現地日本大使館でのワクチン接種を希望します」である。実際、ベトナムではフランス大使館が18歳以上のフランス国民と配偶者などを対象にワクチン接種を始めているほか、タイではオーストラリア大使館やフィリピン大使館でもそれぞれの自国民に対するワクチン接種を開始している。

・在外邦人の子供たちの教育機会の保障も

 タイ・バンコクの日本人学校には小学校、中学校を合わせて約1千人の児童、生徒が2019年には在籍していた。インドネシア・ジャカルタの日本人学校にも、約1千人が在籍していた。そのほかにも、ASEAN諸国では、多くの小中学生が現地で学んでいるが、各国の新型コロナウイルス感染拡大によって、その多くがオンライン授業だけになり、さらに状況の悪化によって、帰国を余儀なくされている。

 今後、各国からの家族の帰国を勧告する企業などが増加し、こうした子供たちが日本に帰国する事態が起こるものと思われる。こうした子供たちの教育機会の保障も重要なこととなる。国内の小中学校へのスムーズな受け入れなども、政府、自治体などの支援が必要だ。

 さらに、海外の日本人学校への支援も重要となる。事態が鎮静化し、再び家族帯同での海外駐在が可能になった時のためにも、日本人学校の継続は、邦人の教育や日本企業の海外進出のために重要である。

タイは重要な貿易相手国の一つ
タイは重要な貿易相手国の一つ

・在外邦人の支援は、我が国の経済戦略の一つ

 日本の貿易額でみると、アメリカ、中国、ASEAN諸国がほぼ20%ずつという割合になっている。その経済活動は、大企業の駐在員だけではなく、中小企業の駐在員、個人事業主など多くの人たちによって支えられている。

 東京オリンピック・パラリンピックが開催され、選手たちの活躍に注目が集まり、訪日外国人選手団や関係者への対応などが話題になる。もちろん、それも重要である。しかし、危機的状況に直面している我が国同胞である在外邦人に対する支援も迅速な対応が必要な重要課題である。

 近年、海外転勤を好まない若い世代が増加している。大企業においても、海外事業を担う人材の確保に苦慮している。仮に、今回、在外邦人への支援が手薄であれば、今後、さらに海外転勤を望まない人が増加する可能性もある。経済界のとっても、大きな問題である。

 さらに今後も経済発展が期待できるASEAN諸国での我が国の経済活動を維持するためにも、政府による積極的な在外邦人への支援が必要になっている。これは、我が国の経済戦略の一つと言える。

 緊急帰国への支援と在外大使館などでのワクチン接種の実施など、新型コロナウイルス感染拡大が危機的な状況にある諸国の在外邦人への早急なる支援が求められる。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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