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iPhone不買運動、「日の出」を連想させるポスターへの罵倒…中国政府非公認‘愛国’が暴走する理由

六辻彰二国際政治学者
上海の店舗でiPhone15を検討するユーザー(2023.9.22)(写真:ロイター/アフロ)
  • 中国ではHuaweiのシェアがiPhoneを上回ったが、そこには「中国製を購入するべき」という草の根のナショナリズムと同調圧力の影響がうかがわれる。
  • こうした草の根のナショナリズムは他にも広がりをみせているが、「何が‘愛国’かを決めるのは共産党」という方針のもと、中国政府は過剰な動きを取り締まってきた。
  • しかし、若年失業率の高まりなど経済・社会的な不満が高まりやすいなか、‘愛国’の暴走は生まれやすくなっており、これは習近平体制にとってのジレンマにもなっている。

iPhoneとHuaweiのシェア逆転

 中国では今年最初の6週間に米Apple製iPhoneの売上が昨年度を24%下回り、市場シェアを昨年比で大きく下落させた(19%→15.7%)。それと入れ違いにHuaweiの売上が昨年同時期と比べて64%上昇し、シェアでiPhoneを上回った(9.4%→16.4%)。

 中国では一般家計の消費が低迷しており、このシェア変動は消費者が価格の安いスマホに流れた結果と見ることもできるが、それとは別に政治的な背景もうかがえる。

 ナショナリズムと同調圧力の蔓延だ。

 中国でiPhoneの売上が減少し始めたのは昨年9月からだ。そのきっかけは「公務員のiPhone使用が禁止された」という報道だった。

 同じ頃、アルジャズィーラは同僚から「なぜHuawei製を使わないのか」と詰問されたiPhoneユーザーの声を紹介した。その女性は「中国を愛するならHuaweiを買うべき、もしiPhoneを買うなら裏切り者」といった空気が蔓延していると漏らしている。

 5Gや半導体など先端技術の開発は先進国と中国の間の争点になっているが、それと同時に中国の大国意識や愛国心のシンボルにもなっている。iPhoneのシェア下落は中国における草の根のナショナリズムと同調圧力を示唆する。

【資料】China Mobile本社に掲げられた5Gの電飾(2022.9.1)
【資料】China Mobile本社に掲げられた5Gの電飾(2022.9.1)写真:ロイター/アフロ

 中国はAppleにとって最大の市場の一つである。

日の丸を連想させるロゴの排除

 草の根のナショナリズムの矛先は日本にも向かっている。

2022年8月、日本アニメ「サマータイムレンダ」のファンのコスプレイヤーが蘇州の路上で日本の着物を着ていたところ、警察官に「中国人らしくしろ」と怒鳴りつけられた挙句、拘束された。

 また、南京にあるショッピングモールで今年1月、初日の出をイメージして赤い丸の描かれた、新年を祝うポスターに中国人ブイロガー(Vlogger、videoとbloggerの合成語)が「ここは東京じゃない!南京だ!なぜこんなものを掲げるんだ!」と支配人を難詰し、その様子がSNSで拡散された。

 赤い丸が日の丸を連想させる、ということらしい。結局、警察官がやってきて問題のポスターは撤去された。

 これについて、近所の飲食店の店主はメディア取材に「今まで生きてきたなかで一番バカバカしい」と切り捨てている。

【資料】中国の土産物屋に飾られた、毛沢東と習近平の肖像入りの皿(2017.10.21)。中国では権力者の肖像が赤い丸のなかに描かれることが珍しくない。
【資料】中国の土産物屋に飾られた、毛沢東と習近平の肖像入りの皿(2017.10.21)。中国では権力者の肖像が赤い丸のなかに描かれることが珍しくない。写真:ロイター/アフロ

 赤い丸や日の出のイメージがダメなら、Huaweiのロゴをはじめ、毛沢東や習近平の肖像画などでよく使われる赤い背景に至るまで全部排除しなければならない、というのだ。

「‘愛国’はビジネスではない」

 中国政府はこうした草の根ナショナリズムの全てを認めているわけではない

 iPhone売上が減少するきっかけになった「公務員の使用禁止」について、中国外交部はこれを否定した。

 そればかりか、暴走した‘愛国者’に制裁が下されることもある。

【資料】Huaweiのロゴ(2022.6.15)
【資料】Huaweiのロゴ(2022.6.15)写真:ロイター/アフロ

 南京のショッピングモールから赤い丸のロゴを外させたブイロガーは、国営放送CCTVのニュースで「有害な活動」と批判されただけでなく、過激な言動は収益化を目的としたビュー稼ぎと断定されて「‘愛国’はビジネスではない」とも酷評された。

 これは中国では社会的な封殺に近い。

 それ以外にも、香港の住民を「犬」と呼んだブイロガーがWeiboのアカウントを凍結されたり、今年1月の能登半島地震を「日本への天罰」とSNSに書き込んだTVコメンテーターが番組出演を停止させられたりしたこともある。

 中国の場合、これらの対応は個別の組織の独自の判断というより、共産党の意向が働いた結果とみた方がよい。

全人代開会式に出席した習近平国家主席(2024.3.5)。その体制のもとで中国では‘愛国’がそれまで以上に鼓舞されてきたが、‘愛国’も基本的には共産党の許容範囲でのみ認められる。
全人代開会式に出席した習近平国家主席(2024.3.5)。その体制のもとで中国では‘愛国’がそれまで以上に鼓舞されてきたが、‘愛国’も基本的には共産党の許容範囲でのみ認められる。写真:ロイター/アフロ

何が‘愛国’かは党が決める

 中国政府はこれまでナショナリズムを鼓舞し、コロナ禍でも「外国の責任」を強調した。その中国政府自身が草の根の過剰なナショナリズムを警戒するのは、一見すると矛盾したようにも映る。

 しかし、習近平体制が先進国との対決を演出したり、強権的な統治を正当化したりするツールとして愛国やナショナリズムを用いているなら、そこに大きな矛盾はない。

 習近平国家主席は昨年6月、「‘愛国’の真髄は国とともに共産党や社会主義も愛すること」と述べた。ここからは中国政府がナショナリズムを、あくまで「共産党体制への奉仕」を大前提にしていることがうかがえる。

 言い換えると、「何が‘愛国’か」を判断するのは共産党ということだ。だから、いわば官製ナショナリズムをはみ出して勝手に‘愛国’を叫ぶのが許されなくても不思議ではない。

カリフォルニア州ウッドサイドで会談するバイデン大統領と習近平国家主席(2023.11.15)。バイデン政権は人権や先端技術の問題で対立する一方、貿易問題については改善の余地を示唆している。
カリフォルニア州ウッドサイドで会談するバイデン大統領と習近平国家主席(2023.11.15)。バイデン政権は人権や先端技術の問題で対立する一方、貿易問題については改善の余地を示唆している。写真:ロイター/アフロ

 実際、昨年11月に習近平がアメリカのバイデン大統領と会談して貿易問題を協議した後、CCTVをはじめ国営メディアは反米のトーンを急に弱め、右派コメンテーターやブイロガーの多くがそれに歩調を合わせた。

‘愛国’の暴走が増える懸念

 要するに共産党は都合に応じて‘愛国’のアクセルとブレーキを踏み分けてきたわけだが、草の根のナショナリズムの暴走を取り締まるのは徐々に難しくなる公算が高い

 その大きな理由は経済にある。

 2023年のGDP成長率は目標をやや上回る5.2%を記録したものの、名目GDPに占める債務の割合は287.8%(前年比13.5%増)にのぼった。

 ここからは消費が低迷するなか、政府支出がGDPを支えていることがうかがえる。

 これと並行して、若年層の失業率は46.5% にも及ぶと試算される。

 習近平は3月5日、債務削減と構造改革を目指すと宣言したが、その実行性は未知数のままだ。

 これまで共産党体制は、経済成長のパフォーマンスによってその支配が正当化されてきた。裏を返せば、経済パフォーマンスの悪化は、それまで封印されていた社会不満を表面化させやすくする。

 多くの国では社会・経済的な停滞が政府批判を招く。しかし、中国の場合、ゼロ・コロナ政策への抗議デモなど、よほど特異な状況でなければ政府批判は難しい。

 とすると、外国や外国人に対する排外主義は、いわば大手をふって不満をぶつけられる、数少ないものになる。「政府公認」という思い込みがあればなおさらだ。

習近平のジレンマ

 つまり、経済パフォーマンスへの不安・不満が広がれば、これまで以上に‘愛国’を傘にきた言動が広がりやすいとみられる。

 中国政府にとって、それを強権的に取り締まればかえって政府批判を噴出させかねない。かといって、アメリカとの部分的な関係修復が進むなかで‘愛国’の暴走をただ認めれば、先進国との関係を無駄に悪化させるだけでなく、外交的な頼みの綱である新興国・途上国からも懸念を招きかねない。

 コロナ感染が拡大した2020年、「中国の責任」を否定する人々によって「感染源」とみなされたアフリカ人へのヘイトが広がったことは、多くの国で忘れられていない。

 こうしてみた時、ナショナリズムを鼓舞してきた中国政府は今後、これまで以上に難しいハンドリングを迫られることはほぼ間違いなく、その行方は当然、東シナ海や台湾をはじめ周辺地域の緊張にもかかわってくるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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