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ガザでの「敗者」が先進国になりかねない理由――小国をあなどるツケ

六辻彰二国際政治学者
スペインでのパレスチナ支持のデモ(2023.10.29)(写真:ロイター/アフロ)
  • 先進国は常日頃、人権や自由の重要性を強調するが、ガザをめぐる対応はこれと異なる。
  • ウクライナ問題と比べて露骨な先進国のダブルスタンダードは、グローバル・サウスからの冷たい視線にさらされやすい。
  • ガザでの戦闘の行方がどうなったとしても、中ロが失うものはほとんどないが、先進国の求心力に傷がつくことは避けにくい。

 ガザ危機の行方は予断を許さない。しかし、どんな結末を迎えたとしても、先進国とりわけアメリカのリーダーシップには致命的な傷がついた。それは結果的に中ロを利するものといえる。

「人権と自由」はどこへ

 ガザ危機をめぐる先進国の対応には、ダブルスタンダード(二重基準)が目立つ。常日頃、先進国が掲げている自由、民主主義、人権といった大義に反する決定が少なくないからだ。

 ここでは以下の4点に絞ろう。

1.イスラエルの疑惑や問題をスルー

 イスラエル軍はガザで病院を標的にしている。たとえ直接的に攻撃していなくても、病院の周囲を戦車部隊で包囲するといったことも珍しくない。

 これについてインターナショナル・クライシス・グループのタハニ・ムスタファ上級研究員「逃れる場所はないと心理的に追い詰めるため」と分析する。

 民間人を意図的に標的にすることは、国際人道法に違反する。

 ところが、アメリカはじめ先進国は「懸念」以上のコメントを控えている。一方、先進国は10月7日のハマスによる攻撃で1300人以上の民間人が犠牲になったことは非難する。

TV演説でウクライナとイスラエルへの支援継続への理解を求めるバイデン大統領(2023.10.19)。各種世論調査によるとアメリカではイスラエル支持の割合が高いが、ガザ危機によって徐々に低下している。
TV演説でウクライナとイスラエルへの支援継続への理解を求めるバイデン大統領(2023.10.19)。各種世論調査によるとアメリカではイスラエル支持の割合が高いが、ガザ危機によって徐々に低下している。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 民間人が標的になる点で同じのはずだが、先進国の態度は大きく違う。

 そのうえ、先進国はイスラエルの軍事作戦をむしろ後押しした。国連総会で10月27日、「イスラエルとハマスの即時停戦」を求める決議が行われ、193カ国120カ国の賛成多数で可決された。この決議にほとんどの途上国は賛成したが、アメリカはイスラエルとともに反対し、日本を含む多くの先進国は棄権した。

 さらに、戦争犯罪などを裁く国際刑事裁判所(ICC)には昨年、日本を含む多くの国がウクライナにおけるロシアの戦争犯罪の疑惑を申し立て、今年3月にはプーチン大統領に逮捕状が発行された。しかし、これまでのところイスラエルに関してこうした動きはない。

イスラエル軍の空爆によって破壊されたガザの病院でスマートフォンの明かりを頼りに怪我人の処置をする医師(2023.11.16)。イスラエルによるガザ侵攻では既に1万人以上の死者が出たとみられる。
イスラエル軍の空爆によって破壊されたガザの病院でスマートフォンの明かりを頼りに怪我人の処置をする医師(2023.11.16)。イスラエルによるガザ侵攻では既に1万人以上の死者が出たとみられる。写真:ロイター/アフロ

2.外交に合わせた報道

 報道でもイスラエル寄りのバイアスは目立つ。

 英公共放送BBCの複数のジャーナリストは外部メディアに「ガザをめぐるバランスを欠いた報道」の実態を告発した。それによると、例えば「殺戮(massacre)」や「残虐行為(atrocity)」といった用語はハマスに関してのみ用いられ、イスラエル軍の活動はその対象外だ

 このうち「殺戮」は意味としては「殺害」とほぼ同じだが、受け止める側の印象は異なる。殺害が特に主観的意図を含まず、客観的事実を伝える言葉であるのに対して、殺戮には「悪意に基づく無慈悲な殺害」といったニュアンスがつきまとうからだ。

 内部告発者の指摘するバイアスあるいは印象操作がBBCの組織的なものかどうかは不明だ。ただ、筆者自身もほぼ毎日ウェブ上でBBC(英語版)に目を通しているが、イスラエルの軍事活動が主観的評価を含む用語で報道されることはほとんどないように映る。

【資料】BBC前で抗議するデモ(2009.1.24)。この年、イスラエル軍の大規模攻撃で数千人のパレスチナ人が殺害され、多くのTV局が番組で義援金を募ったが、BBCはこれを拒否し、批判を招いた。
【資料】BBC前で抗議するデモ(2009.1.24)。この年、イスラエル軍の大規模攻撃で数千人のパレスチナ人が殺害され、多くのTV局が番組で義援金を募ったが、BBCはこれを拒否し、批判を招いた。写真:Shutterstock/アフロ

 BBCは概ね公正な報道機関としての認知を世界的に得ている。そのBBCをでさえ外交に合わせる傾向があるなら、他は大同小異というべきだろう。

 先進国メディア、とりわけ米英メディアは発信力が高いだけに、「好きなようにあれこれ言われる側」にとっては、先進国のいう「報道の自由」がただの「外交宣伝の自由」に過ぎないという不満を招きやすい。それはガザやパレスチナにとどまらず、グローバル・サウス全体にほぼ共通する。

3.パレスチナ支持デモを禁止する国

 先進国のほとんどは「ハマスのテロ攻撃」のみを批判しているだけでなく、パレスチナ支持の意思表示さえ禁じる国もある

 例えばフランス政府は10月、パレスチナ支持のデモを禁じた。フランスではムスリム系移民によるデモが増加し、トラブルも増えている。「公共の秩序を乱す」ことを理由とするデモ禁止について、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは「表現の自由に対する深刻かつ不釣り合いな攻撃」と批判した(同月の裁判所命令で治安を理由とした規制そのものは合法と認められたが、デモの許認可は地方政府の判断に委ねられることになった)。

 イスラームの預言者ムハンマドの風刺画が問題となり、2015年にアルカイダ系組織が新聞社シャルリ・エブドを襲撃した事件の後、フランス政府はしばしば「表現の自由」を強調し、イスラーム世界からの拒絶反応を招いた。「テロは擁護できないが尊厳の否定も許されるべきでない」というのだ。

 それを押し切って「表現の自由」を強調してきたフランス政府が、パレスチナ支持のデモだけ禁じることは、あまりにご都合主義といわれても無理はない。フランス政府がハマスを「パレスチナの代表ではない」と認めているのだから、なおさらだ。

 同様の措置はハンガリーの極右政権などが採用している他、イギリスでも検討されている。

4.難民受け入れの制限

 最後に、難民に関して。

 アメリカでは共和党議員を中心にパレスチナ難民の受け入れを禁じるべきという意見が強まっている。

 ただし、アメリカはこれまでもパレスチナ難民をほとんど受け入れてこなかった。今年10月までの1年間でアメリカは6万人の難民を受け入れたが、このうちパレスチナ人は56人に過ぎず、過去10年間でも600人程度だ。

 これはウクライナ難民に対する破格の寛容さとは対照的といえる。

 ウクライナ難民の場合、ヨーロッパや日本も例外的に率先して受け入れたが、パレスチナに関しては話が別のようだ。

グローバルサウスからみれば

 「それが政治や戦争というものだ」という意見もあるだろう。また、実際その通りだろう。

 しかし、そのように開き直るなら、ロシアによるウクライナ侵攻も認めなければならない。「国際法的に他人のものである土地に、自分たちの論理で軍事侵攻し、実効支配している」という意味で両国は同じだ。

 もし「ロシアのは“悪”でイスラエルのは“仕方ない”」というなら、部下が風邪をひけば「自己管理もできないのか」と叱責する上司が、自分の時は「俺のは忙しかったから(あるいは年齢が年齢だから、なんでも構わない)仕方ないんだ」と居直るのとあまり変わらない。

 つまり、「言う側」にはダブルスタンダードが不当という意識がなくても、「言われる側」にしてみれば力関係を背景にした理不尽以外の何物でもない。

避難所になっているガザの学校で食糧の配給を行う援助関係者(2023.10.23)。
避難所になっているガザの学校で食糧の配給を行う援助関係者(2023.10.23)。写真:ロイター/アフロ

 重要なことは、部下がいつまでも部下と限らないことだ。同じことは世界レベルでもいえる。

 世界の大半を占める途上国がいつまでも弱小国のままとは限らず、むしろBRICSを筆頭に急速に先進国を追い上げている国が多い。そのなかで「人権、自由、民主主義」といった大義を声高に叫ぶほどダブルスタンダードも浮き彫りになりやすく、その後始末もつけにくくなる。

 ガザ危機に関連して中東メディアが「中東だけでなくアフリカの貧困国も先進国の“偽善”を冷ややかにみている」と指摘するのは、その限りでは的外れでない。

 グローバル・サウスの間ではウクライナ侵攻で既に、難民受け入れやメディア報道のあり方に関して、先進国のダブルスタンダードへの不信感が高まっていた。これに続くガザ危機への対応は、グローバル・サウスに対する先進国の求心力をますます低下させかねない。

 これに対して、中ロはガザ危機で得るものがあまりないとしても、失うものもほとんどない。

 「人権、自由、民主主義」といった大義は国民向けにはいいのかもしれないが、国際的にはその限りではない。グローバル・サウスをあなどるのは、先進国が自分の首を絞めるのに等しいといえるだろう。

【追記】記事の一部に誤解を招く表現があったので正確を期して加筆・修正しました。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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