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スウェーデンNATO加盟OKに転じたトルコは「先進国寄り」になったか

六辻彰二国際政治学者
NATO首脳会合に先立って会見した両首脳(2023.7.10)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • トルコは聖典コーランの焼却を合法化したスウェーデンがNATOに加盟することに反対してきたが、一転して賛成に転じた。
  • この方針転換は、対立をエスカレートさせ、要求を引き上げておいて、譲歩することを取引材料にする外交手法といえる。
  • それによってトルコは欧米各国から軍事、経済の両面での支援を期待しているとみられる。

 トルコがスウェーデンの加盟を支持したことで、NATO(北大西洋条約機構)は32カ国体制になる道が拓けた。

「サプライズ」の方針転換

 今月初旬に筆者が示した「スウェーデンのNATO加盟はほぼ絶望的」という予測は、完全に外れた。

 それまでスウェーデンのNATO加盟に強硬に反対し、外交的に断絶寸前まで至っていたトルコが7月10日、スウェーデンの加盟承認に向けた手続きを約束したからだ。

 NATOのストルテンベルグ事務局長は「歴史的な日だ」と述べ、アメリカのバイデン大統領もこれを称賛した。

 とはいえ、アルジャズィーラが「サプライズ」と呼んだように、筆者のみならず多くのウォッチャーにとってエルドアンの決定は予想外だった。

 トルコはもともとスウェーデンがトルコ国内で分離独立を要求するクルド人などを難民として受け入れていることを「テロリストを擁護している」と批判し、NATO加盟に反対してきた。さらに今年4月、スウェーデンで聖典コーランを抗議デモのなかで焼く行為が法的に認められたことで、両国関係は極度に悪化していた

 そのなかでトルコは突然、方針を転換したのだ。

 予測を誤ったのを認めるのは無念だが、スルーすることもできない。

 急転直下の方針転換はなぜ生まれたのか。

 結論的にいえば、トルコのエルドアン大統領はスウェーデンのNATO加盟を認めるのと引き換えに、欧米からさまざまな協力を引き出そうとしたとみられる。

アメリカからF-16提供

 例えば、スウェーデンの加盟が一つの焦点になったNATO首脳会合に先立って、バイデン政権で外交・安全保障を担当するサリバン補佐官は「議会との協議を踏まえてトルコに戦闘機F-16を提供する用意がある」旨を発表した。

【資料】在日米軍岩国基地所属のF-16ファイティング・ファルコン(2012)
【資料】在日米軍岩国基地所属のF-16ファイティング・ファルコン(2012)写真:イメージマート

 ロッキード・マーティン製F-16はアメリカ軍の主力戦闘機の一つである。 

 これまでエルドアン政権は40機のF-16購入を希望していたが、アメリカ議会の反対によって実現してこなかった。トルコがNATO加盟国でありながらロシアから地対空ミサイルS-400を購入したことに加えて、スウェーデンのNATO加盟に反対していることが主な理由だった。

 アメリカとトルコの両政府は、二つの問題の関係を否定している。

 しかし、少なくとも結果的には、エルドアンは「コーラン焼却」問題を理由にスウェーデンのNATO加盟に「絶対反対」の姿勢を打ち出し、問題が膠着したタイミングで反対を引っ込め、それによってF-16売却をアメリカに認めさせたことになる。

 これはいわば問題をできるだけエスカレートさせ、譲歩を取引材料にする手法といえる。

「EU加盟を望む」は本音か

 同じことは、ヨーロッパに関してもいえる。

 エルドアンはスウェーデンのNATO加盟を承認するのとほぼ同時に、トルコのEU(ヨーロッパ連合)加盟をヨーロッパに求めた

 トルコはEUの前身EC(ヨーロッパ共同体)の時代から加盟を求めてきた。エルドアンにいわせれば「我々は50年間待ってきた…我々がスウェーデンやフィンランドにそうしたように、今度は彼らがトルコの道を拓く時だ」。

 これに対して、ヨーロッパから目立った反応はない。トルコは政府に批判的なジャーナリストや政治活動家の拘禁などで各国から批判を受けてきたからだ。さらに近年では反イスラーム的世論も目立つ。

 こうした背景のもと、2017年の世論調査では、EU市民の約3/4がトルコの加盟に反対した

 EU加盟26カ国の賛成を取り付けるのが難しい以上、トルコのEU加盟が近い将来、実現に向かう現実的な見込みはほとんどないとドイツ公共放送は指摘する。

 もっとも、そうした反応はエルドアン自身が最もよく分かっていたと思われる。第一、トルコでも以前ほどEU加盟に期待する声は強くなく、2022年の調査ではトルコ人の58.6%がEU加盟に反対していた。

 とすると、実現の見込みの乏しいEU加盟を、ヨーロッパが正面から反対しにくいタイミングであえて持ち出したこと自体、エルドアンの作戦とみることができる。つまり、難しいテーマを持ち出し、その後の譲歩を取引材料にするという意味だ。

破綻の淵にあるトルコ経済

 その場合、エルドアンがEUに望むのは恐らく経済協力だろう。トルコ経済は破綻の淵に瀕しているからだ。

 世界中で物価上昇が進んでいるが、IMF(国際通貨基金)の統計によると、トルコのインフレ率は今年に入ってからの平均で45%にのぼる。戦火の広がるウクライナでさえ20%であることを考えれば、まさにケタ違いだ。

 もともとトルコでは2018年から通貨リラが急落し、経済にブレーキがかかってきた。そのきっかけは、アメリカのトランプ大統領(当時)が各国からの輸入品に対する関税を引き上げ、そのなかにトルコも含まれていたことだった。

 その結果、2019年にトルコ政府は国内の銀行に81億ドル分のローンを帳消しにさせるといった強引な手法さえとった。

 しかし、その後のコロナショックとウクライナ戦争、さらにアメリカの金利引き上げや今年2月のトルコ大地震など、さまざまな条件が重なるなか、リラ安は止まらず、それにつれて輸入品を中心にインフレも進んだ。これに拍車をかけたのが、エルドアン政権の経済政策だった。

 一般的な経済学では、インフレの時には金利を引き上げるのが常道だ。ところが、エルドアンは経済成長を優先し、金利を引き下げてきた。これが完全に裏目に出たわけだ。

 こうしたなか、トルコ中央銀行が抱える外貨建ての負債は1500億ドルを超えるとみられ、債務不履行(デフォルト)を避けるため、保有する金の売却すら始めているといわれる。

 野村ホールディングスは昨年11月、世界でもとりわけ経済・金融が不安定化している7カ国をあげた。そこには昨年デフォルトに陥ったスリランカなどとともにトルコも名を連ねている。

「中立」を放棄することはない

 経済破綻を防ぐため、トルコは各方面から借入を増やしている。とりわけ周辺のアラブ産油国からの資金協力は多く、例えばサウジアラビアは6月、50億ドルをトルコ中銀に預け入れることに合意した。

 また、中国からは通貨スワップ協定に基づく調達額を60億ドルにまで増やし、ロシアとも最大40億ドルの天然ガス輸入支払いの延期に合意したといわれる。

 とはいえ、こうした状況はエルドアンにとって望ましいものではない。

 エルドアンのもとでトルコは、どの勢力とも接近しすぎないことで存在感を高めた。その意味ではサウジ、中国、ロシアに頼りすぎることは避けなければならない

 そのため、エルドアン政権がEUからの資金協力に期待しても不思議ではない。

 EIB(ヨーロッパ投資銀行)は今年3月、トルコの地震復興向けという名目で5億4000万ドルを提供することに合意した。2019年にEU加盟国であるキプロスの沖合でトルコが海底ガス田を採掘したことへの制裁として、EIBはトルコ向けの資金協力を中止していた。

 エルドアン政権はこうした借入を増やしたいところだろう。しかし、正面からそれを求めれば、どうしてもトルコ側が不利な立場になる。

 経済的に行き詰まるトルコがEUと形式的にでも対等な立場で交渉する場合、スウェーデンのNATO加盟を認め、さらにそれと引き換えに(引っ込めるという前提で)トルコのEU加盟を持ち出すことは、数少ない取引手段といえる

 EUにとっても、資金協力で済ませられるなら、トルコを加盟国に迎える協議を行うよりずっとハードルは低くて済む。

 そうだとすると、トルコがスウェーデンのNATO加盟を認めたことはあくまで自国のためであり、それをもってエルドアン政権が「親欧米」に軌道修正したとはいえず、ましてウクライナ戦争をめぐってこれまでよりロシアと敵対的になるとは想定できないのである。

【追記】内容の一部を修正しました。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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