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パリを覆う反差別デモと大暴動――フランス版BLMはなぜ生まれたか

六辻彰二国際政治学者
パリで発生したデモ隊と警官隊の衝突(2023.6.28)(写真:ロイター/アフロ)
  • フランスでは17歳のアラブ系の少年が警官に銃殺されたことをきっかけに、全土で抗議デモと暴動が拡大している。
  • その背景には、警察の発砲による死者の多くがアラブ系や黒人であることへの不信感だけでなく、経済的不満もある。
  • 暴動と略奪のエスカレートは、反移民を掲げる極右をこれまで以上に活性化させるきっかけにもなりかねない。

反差別デモが暴徒化

 フランスでは大規模なデモが暴徒化し、30日までの3日間で600人以上が逮捕される事態に至った。

 デモと暴動はパリをはじめ各地に広がり、自動車が放火されたり、商店のショーウィンドウが破壊されたりすることも増えている。そのためフランス警察は4万人を動員し、一部で催涙弾なども用いて鎮圧に当たっている。

 エリザベス・ボルヌ首相は「あらゆる手段を用いる」と述べており、緊急事態宣言の発動も示唆した

 この騒乱の発端は6月27日、パリで17歳の少年ナヘル.M(未成年のため姓は発表されていない)が警察官に射殺されたことだった。ナヘルはいくつかの交通違反によって警官に止められた後、自動車の運転席で銃殺された。

 当初、警察は「警官に止められた少年が自動車を動かし、警官をひこうとした」と発表して発砲を正当化した。しかし、SNSで拡散した動画などでは、確かに止められていた少年が自動車を動かそうとしていたものの、警官は自動車の横から運転席わきの窓越しに(つまりひかれるはずがない位置から)至近距離で胸部を(つまり致命傷になる部分を)いきなり発砲したことが判明した。

 この虚偽の発表に加えて、銃殺されたナヘルがアルジェリア系とモロッコ系の両親をもつアラブ系だったことで、警察の対応が差別的という反発を爆発させたのだ。

フランスの「構造的差別」

 もともとフランスでは、警官による有色人種の容疑者への発砲が議論の的になっていた。その背景には、不審とみなされたドライバーに対する発砲の急増がある。

 マクロン大統領が就任した2017年の法改正により、それまでより警官による発砲の基準が緩和された。その結果、2016年に137件だった自動車に対する警官の発砲件数が2017年には202件に急増し、その後も年間150件前後で推移してきた。

 それによって昨年は13人が死亡しており、ナヘルの件は今年に入ってから3例目だった。

ロイター通信によると、死者のほとんどは黒人かアラブ系だ

 アメリカではしばしば白人警官が黒人やヒスパニックの容疑者を過剰に危険視し、目立った抵抗もしていないのに殺害してしまうケースが目立つ。2020年からのブラック・ライブズ・マター(BLM)のきっかけになったジョージ・フロイド事件はその典型だ。

 こうした問題は個人レベルの差別意識や偏見というより、警察など公的機関がマイノリティに対して抱く組織的なもの、「構造的差別」と呼ばれる。

 ナヘル殺害は同様の問題がフランス警察にも見受けられるなかで発生したものだ(アメリカのものと異なりアラブ系の死者が目立つが)。だからこそ、デモ参加者には白人もいるが、有色人種の方が目立つのである。

背後にある経済的不満

 ただし、この騒乱は差別反対だけが原動力とはいえない。

 「あらゆる大規模な抗議デモや革命は経済的不満を背景にしている」というのは政治学で広く指摘されていることだ。「自由、平等、博愛」を掲げた1789年のフランス革命は、資本主義経済の発達の影で進んだ生活コスト上昇を背景にしていた。

 現代でも、アラブの春香港デモBLMといった変動の影には、常に経済的不満が見受けられる。

 現在のフランスもやはり深刻な生活苦に直面している。コロナ感染拡大とウクライナ戦争をきっかけに上昇したインフレ率は、日本のものを上回る。さらに、フランスは慢性的に失業率が高く、世界銀行によると7.4%(2022年)と先進国で屈指の高水準だ。

 その一方で、マクロン政権は発足以来、財政赤字削減のための改革を進めてきたが、これが生活コスト上昇に対する広範な危機感を招いてきた。

 今年3月には年金支給年齢引き上げへの反対活動が128万人も参加する抗議デモに発展し、やはり一部が暴徒化したため、予定されていたイギリスのチャールズ新国王の初外遊が延期されるほどだった。

 こうして高まっていた不満が、警官の発砲による少年殺害のセンセーションで爆発したとみてよい。背景に経済的不満があったとするならば、暴動のなかで略奪が横行することも不思議ではない。6月29日、パリ中心地リヴォリ通りにあるナイキの店舗が襲撃され、14人以上が逮捕された。

 マクロン大統領は警官の発砲を「不可解で許されないこと」と述べる一方、暴力行為を批判し、全国民に平静を呼びかけている。

「移民反対」の極右に塩を贈るか

 今回の騒乱はフランスで極右がさらに台頭する一因にもなりかねない。

 警官による発砲の規制緩和に関しては、もともと治安維持と移民制限を重視する保守派から一定の評価を得ていた。今回の発砲とナヘル死亡に関しても、SNSでは「犯罪者への発砲」「(ナヘルの両親は)息子の教育ができてなかった」といった書き込みも少なくない。

 抗議デモが暴動に変質すればするほど、こうした論調も強くなりやすい。アメリカではBLM参加者による略奪や暴力行為が目立つにつれ、支持の世論は衰え、むしろ「社会の防衛」を叫ぶ極右の台頭を加速させた

 つまり、分断の結果である抗議が、さらに分断を促したといえる。

 フランスでは昨年4月、大統領選挙が行われ、現職マクロンが再選を果たしたものの、決選投票で最後まで争ったマリーヌ・ルペン候補は過去最高の41.45%を得票した。ルペンは極右政党、国民連合の党首で、移民・難民の受け入れ、性的少数者の権利拡大などに反対してきた。

 人種差別を引き金にした抗議デモや暴動が拡大し、これに否定的な世論が高まれば、フランスでこれまで以上に極右が政治的影響力を増すことも想定されるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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