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G7サミット議長国・日本が「グローバル・サウスと橋渡し」するなら民主主義よりプラグマティズムで

六辻彰二国際政治学者
G7サミットが開かれる広島のシンボルの一つ、厳島神社(2023.5.15)(写真:つのだよしお/アフロ)
  • 日本政府は途上国・新興国とG7の橋渡しをする方針である。
  • しかし、民主主義や人権といった価値観を強調するだけでは橋渡しは難しく、むしろ価値中立的なゴール設定が途上国・新興国へのアピールになる。
  • その場合の一つの方策は、貧困対策など一般の人々の生活支援に力を入れることで、中ロと差別化を図ることである。

G7とグローバル・サウスの橋渡しをする」と岸田文雄首相は強調するが、その目的を達成するなら民主主義よりプラグマティズム(実用主義や実際主義と訳される)を優先させるべきだろう。

民主主義の限界

 ウクライナ戦争や台湾危機を念頭に、朝比奈一郎氏はG7広島サミットで日本政府が「緩い民主主義」をアピールすべきと論じる。欧米のように「上から目線で」民主主義を説くのではなく、多くの人が合意できる日本式のやり方で途上国・新興国の納得感を得るべき、というのだ。

ケニアのルト大統領を訪問した岸田首相(2023.5.3)
ケニアのルト大統領を訪問した岸田首相(2023.5.3)写真:ロイター/アフロ

 歴史を振り返ると、欧米で民主主義が発達したことは間違いないが、欧米が民主主義を政治的に利用してきたこともまた確かだ。

 冷戦終結後、人権や民主化を理由に途上国向け援助を停止することは増えたが、欧米と外交関係のよい国の問題はスルーしがちといったダブルスタンダードは珍しくない。

 だからこそ、欧米とりわけアメリカが中ロを念頭に「民主主義vs権威主義」のイメージをいくら強調しても、途上国・新興国からシラけた反応が珍しくないのは不思議でない。

米政府が主催した第2回「民主主義サミット」(2023.3.29)。リモートで120カ国・地域以上が参加し、バイデン大統領はご満悦だったが、そのなかには民主的といえない参加国も多かった。
米政府が主催した第2回「民主主義サミット」(2023.3.29)。リモートで120カ国・地域以上が参加し、バイデン大統領はご満悦だったが、そのなかには民主的といえない参加国も多かった。写真:ロイター/アフロ

 これに対して、その良し悪しはともかく、日本政府はこれまで外国の内政に立ち入ることが稀で、人権や民主主義を強調することもほとんどなかった

 だとすると、朝比奈氏の論考は実態に即した、冷静で建設的な議論として傾聴すべきだろう。

沈黙は金

 ただし、あえていうなら、筆者はむしろ日本政府が何も価値観をアピールしないことを推奨する。何らかのイデオロギーを打ち出すより、実利に徹したプラグマティズムを優先させる方が、よほど途上国・新興国を惹きつける力になると考えられるからだ。

 そのヒントは、なぜ中ロが途上国・新興国で勢力を伸ばしてきたかにある。

G20大阪サミットで習近平国家主席とプーチン大統領に挨拶する南アフリカのラマポーザ大統領(2019.6.28)。中ロが台頭した一因は、途上国・新興国における先進国への反感にあった。
G20大阪サミットで習近平国家主席とプーチン大統領に挨拶する南アフリカのラマポーザ大統領(2019.6.28)。中ロが台頭した一因は、途上国・新興国における先進国への反感にあった。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 中ロの勢力拡大に関してよく言われるのは「中国の資金力、ロシアの軍事力」だが、それは事実の一端に過ぎない。

 無視できないのは、中ロが基本的にイデオロギーを打ち出さず、これがかえって価値観‘過剰’な欧米に辟易していた途上国・新興国で受け入れられやすかったことだ。

 例えば中国の場合、アフリカや中南米など地域ごとに途上国・新興国の首脳を定期的に北京に招き、中国式の国家主導の開発やメディア統制などをレクチャーしているといわれる(いわゆる北京コンセンサス)。しかし、そこで発信されているのは統治や経済運営の「手法」で、体系的なイデオロギーとまでは呼べない。

 おまけに、中国は政府首脳だけの閉じられた空間でこれを行っている。これに対して、欧米のやり方はオープンで、メッセージの内容は高尚でもあるが、「ダメ出し」される途上国の政府にすれば、自国民の前でさらしものにされるような場合さえある。

アフリカ各国首脳を招いた中国アフリカ協力フォーラムに出席する習近平国家主席(2018.9.3)
アフリカ各国首脳を招いた中国アフリカ協力フォーラムに出席する習近平国家主席(2018.9.3)写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 おまけに、先述のように、欧米には人権や民主主義を都合よく使い分けるダブルスタンダードが目立つ。

 だから、決して民主的でない政府だけでなく、ほとんどの途上国・新興国の政府にとって、欧米の頭ごなしの「説教」が反感を招きやすかったのは、当然といえば当然だ。南アフリカやインドネシアのように民主的な選挙が行われている国も、その例外ではない。

 アメリカ政府は国内向けに「民主主義vs権威主義」を強調したがるが、政治体制と外交方針が一致するとは限らないのだ

クーデタ後、暫定大統領に就任するゴイタ大佐(2021.6.7)。
クーデタ後、暫定大統領に就任するゴイタ大佐(2021.6.7)。写真:ロイター/アフロ

 これに拍車をかけているのは、途上国・新興国からみて欧米の人権アピールが往々にして「自己満足」に過ぎないことだ。

 欧米では途上国の人権を語るとき、表現の自由や投票の権利(自由権や参政権と呼ばれる)が優先的に捉えられやすく、「安心して生活する権利」という人権(社会権)が後回しにされやすい。

 しかし、これが日常的に生活に苦労する人々にとって、縁遠い議論になることも珍しくない。

 西アフリカのマリで2020年にクーデタが発生し、ケイタ大統領(当時)が亡命した際、欧米各国はこぞってこれを批判した。ところが、多くのマリ人がこのクーデタをむしろ支持したことは欧米で黙殺された。

 ケイタ政権のもとでは表現の自由をはじめ「欧米好み」の改革が行われた一方、イスラーム過激派のテロ、貧困、難民などの蔓延に歯止めがかかっていなかった。だからこそ多くのマリ人はケイタ政権の打倒を喜び、これを頭ごなしに否定する欧米に反感を募らせたのだ。

仏紙シャルリ・エブド襲撃事件の後、預言者ムハンマドの風刺画掲載に抗議するマリのデモ(2015.1.15)。中央のプラカードは「私はシャルリではない」のメッセージ。
仏紙シャルリ・エブド襲撃事件の後、預言者ムハンマドの風刺画掲載に抗議するマリのデモ(2015.1.15)。中央のプラカードは「私はシャルリではない」のメッセージ。写真:ロイター/アフロ

 つまり、途上国・新興国の政府だけでなく貧困層にとっても、人権や民主主義の説教は逆効果になりかねない。

 そのため、経済成長、所得向上、治安回復といった価値中立的なゴール設定とそのための協力の方がよほど受け入れられやすい。マリで欧米の軍事協力が縮小され、入れ違いにロシアのワグネルが契約したことは、これを象徴する。

プラグマティズムとしての貧困対策

 「価値観の強調が欧米の求心力をかえって低下させかねない」という危機感は、中国に傾く途上国を念頭に、実は10年以上前から欧米の外交筋で語られてきた。それを修正できないまま、その後も中ロが勢力を広げることを許してきたわけだ。

 とはいえ、「余計なことをいわずに実利的な協力を優先する」という方針に先進国が向かった場合、中ロとの差別化は難しくなる。最近、先進国は中国を念頭に途上国・新興国でのインフラ建設を重視しているが、それもただ競合する結果になりかねない

中国企業の出資で延伸されたケニアのモンバサ・ナイロビ標準軌鉄道(2019.10.16)。中国の支援はトリックル・ダウンの考え方が鮮明で、貧困層の生活改善に結びつかないと指摘されている。
中国企業の出資で延伸されたケニアのモンバサ・ナイロビ標準軌鉄道(2019.10.16)。中国の支援はトリックル・ダウンの考え方が鮮明で、貧困層の生活改善に結びつかないと指摘されている。写真:ロイター/アフロ

 これに加えて、中ロと同じように、相手国の政府のみをパートナーと捉えれば、途上国・新興国の「独裁者」をただ容認することにもなりかねない。それは欧米の政府にとって「独裁者を支援している」という世論の突き上げを招きかねない。

 こうした観点から、その重要性を改めて指摘したいのが、一般の人々を対象にした協力、とりわけ教育、医療、難民支援といった貧困対策だ。

 コロナ禍やウクライナ戦争により、多くの途上国・貧困国でもインフレは進行していて、生活苦が広がっている。

 中国の経済支援は巨額だが、その多くは巨大なインフラ建設や産業振興で、そこには「経済が成長すれば人々の生活が自動的によくなる」という、いわゆるトリックル・ダウンの考え方が鮮明である

 しかし、いくら経済が成長しても恩恵が一部の人間に握られていれば、格差が拡大するだけだ。

スーダンの内乱を逃れてチャドに避難した難民(2023.5.13)。4月15日からの戦闘によってスーダンでは20万人以上が難民になった他、100万人の国内避難民が生まれたといわれる。
スーダンの内乱を逃れてチャドに避難した難民(2023.5.13)。4月15日からの戦闘によってスーダンでは20万人以上が難民になった他、100万人の国内避難民が生まれたといわれる。写真:ロイター/アフロ

 トリックル・ダウンの弊害は先進国も経験してきたことだが、途上国・新興国では成長率が高くても、それと同じくらい格差が大きい国も珍しくない。

 だとすると、中国の協力は一定以上の所得のある人々、既得権益層にとって恩恵をもたらしやすいといえる。そのため、相手国の政府が主なパートナーに位置づけられやすいが、この点に関してはロシアの場合もほぼ同じだ。

 こうしてみた時、市民生活にむしろ重点を置いた支援は、中ロとの差別化を図りやすいといえる。

欧米に花をもたせても

 「必要以上に価値観を強調せず、貧困対策を通じて途上国の一般の人々に魅力を拡大する」という方針は、日本と欧米の中間をいくものだ。

 先述のように、日本は欧米ほど人権や民主主義を強調してこなかった。その一方で、日本の国際協力の多くは巨大インフラ向けなどで、貧困対策は相対的に少ない。この点、貧困対策重視の欧米とは異なる。

 つまり、もし中ロとの差別化を図るなら、G7のなかの方針も調整する必要がある。

 もっとも、冷戦終結後の30年以上、人権や民主主義をアピールし続けてきた欧米が、すぐに寡黙になれるとは思えない。

 だから、G7広島サミットの共同宣言で「普遍的価値観を共有する各国が結束して…」といった欧米好みの文言が盛り込まれても、いわば仕方ない。

 むしろ、表向きの花を欧米にもたせても構わないが、実態としてプラグマティズム重視の方針に静かにシフトできるかの方が、はるかに重要だろう。

 大事なのはG7サミットという「祭り」より「祭りの後」だからだ。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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