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欧米のアジア系ヘイトを外交に利用する中国――「人権」をめぐる宣伝戦

六辻彰二国際政治学者
ニューヨークで行われたアジア系ヘイトに抗議するデモ(2021.4.3)(写真:ロイター/アフロ)
  • アメリカとの対立を背景に、中国の英字メディアはアメリカの人権問題を盛んに報じている。
  • 中国メディアが強調するアメリカの「二枚舌」は、途上国で響きやすい内容を含んでいる。
  • バイデン政権にとってアジア系ヘイトの取り締まりは、国内問題であると同時に外交問題でもある。

 欧米で広がるアジア系へのヘイトクライムは、人権問題をめぐって欧米と対立する中国にとって格好の外交手段になっており、その宣伝戦の主戦場は欧米の二枚舌に直面してきた途上国である。

人権を語る中国メディア

 中国の英字メディアはこのところ、欧米でのアジア系ヘイトのニュースにいそがしい。

 代表的な英字メディア、グローバル・タイムズは3月17日、その論説で「アジア系に対するヘイトにアメリカ社会はなぜ冷淡か」と問いかけ、アメリカに根深い白人至上主義の歴史を告発した。

 中国中央電視台(CCTV)も3月20日、「アジア系ヘイトの蔓延はアメリカ政府が黒人の権利運動(BLM)に真剣に対応しなかった結果」と論じたうえで、「コロナウィルスのワクチンはできたが、ヘイトというウイルスのワクチンはいつできるのか」と皮肉っている。

 さらに、新華社通信は3月25日、サンフランシスコの路上で白人男性に暴行された76歳のアジア系女性の話題を取り上げ、「アジア系ヘイトが膨れ上がるのは、アメリカが抱える人権の罪」と述べている。

「アメリカこそ人権を侵害している」

 欧米で広がるアジア系ヘイトを中国系メディアが盛んに取り上げる背景には、欧米と中国の間でエスカレートする対立がある。

 バイデンは昨年の大統領選挙で、香港デモの長期化や新疆ウイグル自治区におけるムスリム弾圧などを念頭に習近平国家主席を「悪党」と呼び、大統領に就任した後は制裁を強化してきた。「中国は人権を踏みにじる国」という世論形成は、ヨーロッパ諸国、オーストラリア、カナダなども加わった中国包囲網の一つの核心ともいえる。

 これに対して、中国は「欧米、なかでもアメリカこそ人権侵害の本家」といわんばかりの主張を展開している。最近の中国メディアはヘイト以外にも、以下の2点をよく取り上げている。

・アフガニスタンからリビアに至るまで、アメリカはこれまで多くの市民の財産を焼き払い、その生命を奪ってきた

・「人権」の名の下に厳しいコロナ対策ができず、結局多くの人命が失われ、「生きる」という最優先の権利が損なわれている

激化する宣伝戦

 こうした主張を「盗人猛々しい」と息巻く向きもあるだろう。しかし、中国に肩入れするわけでないと断ったうえで敢えていえば、こうした主張の内容に大きな事実誤認はない。

 トランプだけでなくアメリカの歴代大統領のほとんどが白人至上主義者を見て見ぬふりしたことは周知の事柄だし、多くの国が反対しているなか一方的に始めたイラク侵攻(2003)で国防省の雇った傭兵がイラク人を無差別に殺傷した事案、パキスタンなどでの米軍ドローンによる民間人誤爆などは、アメリカ自身が認めている。また、よくも悪くも個人の権利が重視されるからこそ、中国のように厳しいコロナ規制ができないというのも確かだろう。

 そのため、むしろ「盗人にも三分の理」といった方がいいかもしれない。

 ただし、駐車違反の切符を切られて「もっと悪いことやってる奴いるんだから、そっち捕まえろよ」と警官に逆ギレするドライバーと同じで、他人の罪を指摘することが自分の潔白を証明することにはならない。外国人がウイグルに立ち入ることさえ規制しながら、「弾圧などない」と強弁されても説得力はない。

 それでも中国メディアが盛んに「人権」を論じようとするのは、国際世論の形成そのものが戦場になっているからだ。

アメリカもウイグル弾圧を黙認した

 人権を語る中国メディアの常套句は「欧米のダブルスタンダード」だ。ダブルスタンダードとは要するに「エコひいき」「二枚舌」だ

 例えば、ウイグルについて取り上げると、中国は3月初旬、ジュネーブでスリランカ、カメルーン、セルビアなどの代表団との会合でウイグルにおけるテロ攻撃の現場を紹介し、その取り締まりの様子などを記録した5分間のドキュメンタリー映像(あるいは宣伝映画)が流された。グローバル・タイムズはこの会合に出席した各国の学者の発言を引用して、「中国政府には市民を守るために必要な措置を講じる権利がある」、「アメリカとその同盟国だけが人権を語る資格があるのか」と論じている。

 つまり、アメリカやその同盟国は人権侵害と紙一重のテロ対策を国外でも行なっているのに、中国がそれをすればただの人権侵害というのはおかしい、という主張だ。

 実際、ウイグル人のほとんどはテロと無関係だが、イスラーム過激派の影響を受けた者がいることも確かで、2014年に過激派組織「イスラーム国」(IS)が「建国」を宣言した際には、少なくとも100人のウイグル人がシリアに渡った。

「テロを封じる」がウイグル弾圧の根拠になっているわけだが、中国のこの論理はかつてアメリカが黙認したものでもある

 2001年の同時多発テロ事件の後、ブッシュJr大統領(当時)が「テロとの戦い」を宣言すると、中国はロシアとともに国内のイスラーム勢力を弾圧する方便としてこれを支持した。それと知りつつブッシュ政権は一部のウイグル人組織を「テロ組織」に指定しただけでなく、ウイグル弾圧について語らなくなった経緯がある(ロシアのチェチェンについてもほぼ同じ)。

途上国で響きやすい「二枚舌」

 このように欧米がその時々の情勢によっていうことを変えるのは、中国に限らず多くの途上国が直面してきたことだ。また、欧米の政府が世界に向けて人権を説き、それに従わない国には援助停止などの圧力を加えながらも、サウジアラビアインドなど、アメリカの安全保障上のパートナーによる深刻な人権侵害をほとんど問題にしてこなかった。

 こうしたダブルスタンダードは国際政治の冷たい現実からすれば当然でもあり、少なくとも「言う側」の先進国では忘れられたり、なかったことにされたりしやすい。しかし、上から目線で一方的に「言われる側」の途上国では、そうはいかない。

 つまり、中国の「三分の理」がとりわけ響きやすいのは途上国である。中国は冷戦時代から途上国を国際的な足場にしてきたが、「欧米の二枚舌」を強調することは主に国連加盟国の大半を占める途上国に向けたメッセージといえる。

 これを補強するのが、途上国に広いネットワークを築く中国メディアだ。新華社通信だけでも国外に180以上の支社を構え、ロイターなど欧米の通信社より割安の価格でニュースを配信することで途上国の現地メディアに食い込んでおり、CCTVは国際放送におけるCNNやBBCの牙城に挑戦し、アフリカ大陸などでも番組を放送している。

外交の延長線上にあるヘイト対策

 もっとも、中国メディアの論調を途上国のユーザーが鵜呑みにしているとは限らない。ケニアと南アフリカの大学生を対象に2018年に行われた調査では、欧米メディアやカタールのアル・ジャズィーラに比べて中国メディアに接する頻度は低く、メディア専攻の学生でもCCTVのロゴを知らない者が多かった。

 そうしたグループに欧米メディアと中国メディアを比較させると、「欧米メディアに比べて中国メディアはアフリカのニュースが多い」、「欧米メディアには『アフリカは自分たちのことを何もできない』というステレオタイプが強いが、中国メディアはそれがない」と好意的な意見があった一方、「中国メディアは『政府が積極的に●●をやっています』みたいな感じで国営放送みたい」という意見もあった。さらに、「…とても主張が強いように感じた。アメリカのやアル・ジャズィーラにもそれがないわけじゃないけど、ただ中国のはあまりに強すぎて賛成できなかった…ちょうどロシアのテレビと同じで嫌な感じがした…」という意見もあった。

 この調査結果からは、途上国でもデジタル・ネイティブ世代、とりわけリテラシーの発達した者に、個人差はあるものの、欧米メディアだけでなく中国メディアも無条件に信用しない傾向が強いことがうかがえる。

 とはいえ、中国の宣伝戦のターゲットは主に途上国のエスタブリッシュメント、言い換えると中高年以上の高額所得者だ。アジアでも香港タイの情勢をみれば、中国との取引によって一定の生活水準を得た者ほど中国の論理に理解を示しやすく、それが「国の方針」になりやすい。

 だとすると、バイデン政権にとっては中国包囲網の形成を目指すうえで途上国の若者へのアプローチが大きな課題になるとみられる。バイデンは選挙期間中から途上国の取り込みに意欲を見せてきたが、「人権」に関する説得力を増すためには従来以上にアメリカの影の改善に着手せざるを得ず、とりわけ国内のヘイトが焦点になるだろう。

 その意味で、バイデン政権がアジア系ヘイトの取り締まりを強化できるかは、白人極右だけでなく中国を押さえることにもつながるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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