• 習近平国家主席は共産党幹部に、中国について国際的な理解を得られるよう、もっと努力することを指示した。
  • そこには、トラブルを抱えた外国政府を非難罵倒するこれまでのやり方が逆効果という見方が共産党内部にも広がっていることがある。
  • その一方で、「中国が理解されていない」という焦りは歴代政権が抱えてきたもので、習近平を待ち受けるハードルは高い。

 「愛される中国」を目指す方針を中国政府が打ち出したことは、習近平も歴代政権と同じ課題に行きあたったことを意味する。

「中国が理解されていない」

 中国の習近平主席は5月31日、共産党の最高意思決定機関、中央委員会政治局で、中国の国際的イメージの向上を厳命した。

 国営の新華社通信によると、その主な内容は、

  • コミュニケーション手段(マスメディアやSNSなどを指すと思われる)を発達させ、中国に関する国際的な言説に、中国の声を届かせること。
  • 中国共産党が中国人民の幸福のみを追求していることを海外に広く知らしめること。
  • 中国の活動を説明できる、中国自身の言説やナラティブを育成すること。
  • 信頼され、愛され、尊敬される中国のイメージを作るために、中国文化の海外輸出を加速させること。
  • 中国が国際的な問題にこれまで以上に責任と役割を果たすこと。
  • 一極主義と覇権主義(アメリカを指す)に反対すること。
  • 人の往来を盛んにすることで中国を理解する友人の輪を大きくすること。

 一言でまとめると、中国が海外から正確に理解されておらず、その力と立場にふさわしい認知を国際的に得られるよう、もっと努力しろというのだ。

非難罵倒の逆効果

 これまでの中国をみると、こうした方針は異例にも映る。実際、習近平体制のもとでは外国への高圧的な姿勢が目立った。

 特に近年、中国の報道官や外交官が、トラブルを抱えた国をTwitterなどで非難罵倒することも多い。貿易問題などで関係が悪化するオーストラリアに対して、アフガニスタンで子どもや羊にナイフを突きつけるオーストラリア兵のイメージで、日本に対して福島原発の汚染水の海中放流をめぐって葛飾北斎の浮世絵を用いて、それぞれ非難したことは、その典型だ。

 こうした手法は「戦狼外交」と呼ばれる。しかし、その表現は、メッセージの内容を云々する以前に、いたずらに敵愾心を煽るだけのものになりやすい(フランスの新聞社なら「風刺は表現の自由」というかもしれないが)。

 英BBCの中国特派員スティーブン・マクドネルは、こうしたやり方が中国の国際的評価を下げ、むしろ逆効果という意見が以前から共産党内部にもあったと指摘する。だとすると、「愛される中国」を目指す習近平の方針は、これまでの攻撃的な戦狼外交を多少なりとも改めるきっかけになるかもしれない。

古くて新しい課題

 ただし、そうだったとしても、「中国が理解されていない」という焦りや、国際的イメージ改善への取り組みは今に始まったことではない。ああ見えて(というと語弊があるかもしれないが)中国政府は、海外から警戒されることを極度に恐れてきたからだ。

 中国を改革・開放に導いたトウ小平は「中国が台頭すれば必ず国際的な警戒を招く」と考え、摩擦を避けながら静かに成長する「平和的発展」を説いた。

 実際、トウ小平の指導を受けた胡錦濤国家主席(任2002~2012年)はその任期中、領土問題や国内の人権問題などでは一歩も譲らなかったが、外国政府に常に攻撃的メッセージを発したわけではない。

 その一方で、胡錦濤は習近平に先立って2007年やはり中国に関する情報を海外に発信し、認知度を引き上げる方針を打ち出していた。そこには、映画などコンテンツの輸出、マスメディアを含む文化関連企業の育成、インターネットの発達などが含まれ、中国文化の普及などを通じたソフトパワー(魅力)の向上が目指された。

 当時、先進国だけでなく中国の国際的足場である途上国でも台頭する中国への警戒が広がり、さらに北京五輪を控えていたタイミングで、胡錦濤は国際的イメージを向上させる必要があったわけだが、そのソフトパワー戦略は今回の習近平の指示と重なる。

 習近平は改革・開放後の中国で初めて、平和的発展を説いたトウ小平の影響を受けていない国家主席である。そのため、これまでの習近平体制に、戦狼外交をはじめ強気一辺倒の姿勢が目立ったことは不思議でない。

 しかし、バイデン政権による中国包囲網の形成だけでなく、コロナ禍をきっかけに途上国でも中国不信がこれまで以上に広がったことを受け、中国政府はこれまでの姿勢を改めざるを得なくなったといえる。その意味では、習近平の今回の方針は、中国にとって必ずしも新しいものでない。

「ヨガはカンフーより普及している」

 とはいえ、習近平を待ち受けるハードルは高い。中国はインターネットやマスメディアなど情報発信のハードウェアを急速に発達させてきたが、そこで発せられるメッセージの内容、言い換えるとソフトウェアの部分に課題が大きいからだ。

 筆者は数年前、アフリカに焦点を絞って中国のソフトパワーに関する論文を著したが、そこで検討した内容は、今日の習近平体制にもほぼ通じると思われる。その結論部分だけ要約すれば、中国が情報発信を通じて国際的イメージを向上させることには以下の三つの限界がある。

(1)中国メディアは政府の影響が強すぎるため、中国のネガティブな側面にほとんど触れず、その経済成長や国際協力(最近でいえばワクチン外交も含まれるだろう)などを美化した内容になりやすい。どの国であれ、自国を過度に賛美する者は他者から信頼を得にくい。

(2)アメリカが説く「自由」や「民主主義」(それが多少なりともバイアスの強いものだったとしても)と比べて、中国が発する情報には一般市民にまで届くメッセージや理念に乏しい。また、中国文化はアジア以外で馴染みが薄い。そのため、「中国の魅力」として宣伝材料になるのは経済成長の実績などに限定されるが、それを伝えられても、中国との交流で利益を受けるエリート層や知識層以外の一般市民にとって、中国へのイメージを向上させるきっかけにはなりにくい。

(3)中国企業が世界中に拡散するにつれ、中国政府の指令が末端にまで及びにくくなっており、中国政府の意向と無関係に中国企業が進出先の法令を無視するなどして、中国全体のイメージを悪化させるきっかけになりやすい。

 こうした構造的限界は、習近平体制のもとでも基本的に変わらない。筆者がかつて交流した中国政府系シンクタンクの研究者は「国際的にみてカンフーを教わる人よりヨガや禅をやる人の方が多い」とこぼしていたが、中国政府のテコ入れにもかかわらず、こうした状況は今日でもほぼ同じだ。

 また、中国メディアは世界中に展開しているが、そのバイアスの強さゆえに、途上国でもデジタル・ネイティブ世代などから決して評判がよくない。

 だとすると、外国政府へのネガティブキャンペーンに止まらない、「伝えるべき内容」を発達させられない限り、習近平が目指す中国の国際的イメージ向上の取り組みには、自ずと限界がある。中国の宣伝戦はひたすら発信すれば響くと限らないことの典型といえるだろう。