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「ロシアの侵攻がなければOK」か――ウクライナがテロ輸出国になる脅威

六辻彰二国際政治学者
ロシア軍の侵攻を警戒するウクライナ軍兵士(2022.2.10)(写真:ロイター/アフロ)
  • 「CIAやユダヤ人の陰謀と戦うために」ウクライナを目指す白人過激派は後を絶たない。
  • なかには欧米の現体制を打倒する「内戦」を目指し、実戦経験を積むためにウクライナに向かう者もいる。
  • ロシアが侵攻するかしないかにかかわらず、「ウクライナ帰り」が欧米でテロに向かうリスクは高まっている。

 「ロシア軍の侵攻があるかないか」だけがウクライナ危機の脅威ではない。たとえロシア軍の侵攻がなくても、ウクライナが世界中にテロを輸出する「第二のシリア」になるリスクは、すでに現実のものになりつつあるからだ。

軍事侵攻だけがリスクではない

 「事態が急速にとんでもないことになりかねない」。2月10日、バイデン大統領はこう警告して、アメリカ国民にすぐさまウクライナから退避するよう呼びかけた。

 昨年10月から段階的にエスカレートしてきたウクライナ危機は、いまや暴発寸前のようにも映る。仮に軍事衝突が発生すれば、戦場となるウクライナの人的被害だけでなく、当時国の経済的損失を含めて、数百万人の生活が壊滅的ダメージを受けるとみられている。

 ただし、ウクライナを震源地とする危機は、大国間の軍事衝突だけではない。ロシア軍が侵攻するかしないかにかかわらず、緊張のエスカレートでウクライナが白人過激派の巣窟になり、やがて各国にテロを逆輸出することになる公算が高いからだ。

白人テロリストのるつぼ

 欧米における白人過激派のテロ事件数は近年、イスラーム過激派によるものを上回っており、治安機関のなかにもその支持者がいると報告されている。だからこそ、トランプ支持者が連邦議会議事堂を占拠した昨年、アメリカ政府は「国内テロ」を国家安全保障にとっての脅威と認定したのである。

連邦議会議事堂に侵入するデモ隊に発射された催涙弾(2021.1.6)
連邦議会議事堂に侵入するデモ隊に発射された催涙弾(2021.1.6)写真:ロイター/アフロ

 そうした白人過激派のなかにはウクライナに渡る者が少なくない。アメリカのスーファン研究所によると、ウクライナには2019年までに世界50カ国以上から少なくとも1万7000人の白人過激派が集まっていた

 2019年にNZクライストチャーチでモスクを銃撃し、51人を殺害したブレントン・タラントもウクライナ行きを熱望していたといわれる。

 危機のエスカレートはこれまで以上に白人過激派をウクライナに引き寄せているとみられる。それはちょうど、2014年からのシリアに「イスラーム国(IS)」やアル・カイダに参加するため世界中から数万人が集まったのと同じだ。

「CIAやユダヤ人の陰謀と戦うため」

 なぜ白人過激派はわざわざウクライナを目指すのか。その最大の理由はウクライナが白人過激派のイデオロギーや陰謀論を満足させやすい土地だからだ。

 念のために確認しておくと、世界各国からウクライナに集まった白人過激派は、敵味方に分かれている。

 ウクライナには東部ドンバス地方の分離を目指す勢力と、これを阻止してウクライナの統一を維持しようとする勢力がある。このうち東部の分離派はロシアの支援を、統一派は欧米の支援をそれぞれ受けて戦闘を繰り広げてきたが、そのどちらにも白人過激派が外国人戦闘員として加わっているのだ。

 しかし、立場は違っていても、外国人戦闘員の多くは「CIA、メディア、ユダヤ人などを中心とする一部エリートが真実から市民の目をあざむき、世界を支配している」というQ-Anon的な陰謀論に感化されている点で共通する。

 例えば、分離派の取材をした英ガーディアンのインタビューに、テキサス出身の元アメリカ軍人で、麻薬密輸で投獄された経験もある外国人戦闘員は、そもそもクリミア危機がCIAやユダヤ人の陰謀だと断定している。

クリミア半島に侵攻する直前のロシア軍兵士(2014.3.1)
クリミア半島に侵攻する直前のロシア軍兵士(2014.3.1)写真:ロイター/アフロ

 そのうえで、「初めてドンバスにきたとき、分離派民兵からアメリカのスパイと疑われたんだ。でも、“9.11にアメリカ政府が関わっていたと思うか?”と尋ねられて、“もちろん。あれが仕組まれたものでないというのはバカか嘘つきだけだ”と答えたら、初めて信用されたのさ」。

 このように「CIAやユダヤ人の陰謀」と戦うため、分離派に協力する者は少なくない。

 2019年に就任した現在のウクライナ大統領ヴォロディミル・ゼレンスキーは、世界でも数少ないユダヤ人の国家元首である。

 もっとも、分離派と戦う統一派にいわせると、話は逆らしい。統一派民兵アゾフ連隊メンバーは英ガーディアンに「我々はロシアの愛国者にもロシアにも遺恨はない。だが、プーチンはユダヤ人なんだ」と力説している。

欧米で「内戦」を目指す者

 一方、同じく陰謀論に感化されていても、やや異なる経路で外国人戦闘員になる者もある。自分の出身国での軍事活動を見すえて、実戦経験を積むためにウクライナにやってくる者たちだ。

 2019年にドンバスに入り、統一派の外国人戦闘員になったバージニア出身の20歳の若者は、米ヴァイスの取材に「ザ・ベース(The Base)の一員としてここにきた」と認めている。

 ザ・ベースはアメリカの極右団体だが、黒人などを排除し、「CIAやユダヤ人に握られる現体制」を打倒するための軍事訓練を呼びかけている点に特徴があり、ワシントン州などに広大な射撃訓練場を保有している。

 その危険性からイギリスやカナダですでに「テロ組織」に指定されているが、アメリカでは規制されておらず、近年ではオーストラリアなどでも訓練を行なっている。

 ウクライナで統一派に協力したり、訓練を受けさせたりしている極右団体はザ・ベースだけでなく、彼らにとってウクライナは「白人世界」で数少ない実戦を経験する場になっているのだ

「ウクライナ帰り」の脅威

 こうした外国人戦闘員が、ウクライナにとってだけでなく、その他の国にとっても脅威となることは、すでに多くの専門家が指摘している。

オサマ・ビン・ラディンに関するアメリカ政府の指名手配写真(1999.6.7)。ビン・ラディンら世界各地のイスラーム過激派は1980年代にアフガニスタン内戦に参集して出会い、後にアルカイダを発足させた。
オサマ・ビン・ラディンに関するアメリカ政府の指名手配写真(1999.6.7)。ビン・ラディンら世界各地のイスラーム過激派は1980年代にアフガニスタン内戦に参集して出会い、後にアルカイダを発足させた。写真:ロイター/アフロ

 欧米の多くの白人過激派は、ただ差別的であるだけでなく、現在の社会や体制を拒絶し、それをひっくり返すための「内戦」を叫んでいる。ウクライナで実戦経験を積んだ者が本国に帰れば、欧米での白人テロの危険性はこれまでより数段上がるとみられる。

 それはイスラーム過激派の脅威が拡散したパターンに近い。

 ソ連軍が侵攻した1980年代のアフガニスタンには、「イスラーム世界への侵略」に抵抗するため数多くの義勇兵がイスラーム世界各地から集まり、彼らが後に国際テロ組織アル・カイダを発足させた。アル・カイダとはアラビア語で「基地」を意味し、英語で言えばザ・ベースだ。

 この符合が暗示するように、戦闘経験を積んだテロリストが世界に拡散する危険性は、イスラーム過激派だけでなく白人至上主義者にまで広がっている。

 「アフガン帰り」や「シリア帰り」ならぬ「ウクライナ帰り」が欧米でデモやイベントに紛れた場合、どんな脅威になるかは言うまでもない。それは米ロが核ミサイルを撃ち合うより、よほど高い確率で発生するリスクとして警戒されるべき問題なのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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