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途上国化するアメリカ――「選挙をめぐる暴力」を生む3つの原因

六辻彰二国際政治学者
オークランドの遊説先のトランプ大統領(2020.10.30)(写真:ロイター/アフロ)
  • 「大統領選挙の結果次第で大規模な暴動や内乱が発生するかもしれない」と懸念されること自体、アメリカが途上国化していることを示す
  • 途上国では「選挙をめぐる暴力」が珍しくなく、とりわけアフリカの選挙では約10分の1で大規模な衝突が発生し、約4分の1で死者が出ている
  • 途上国で選挙をめぐる暴力が多い背景には、「一つの国民」としての意識の薄さ、「勝てば官軍」の思考の強さ、そして国家や選挙といった制度そのものへの不信感があげられ、これらは今のアメリカにも通じる

 民主主義の最先端を自負してきたアメリカは、今や途上国に近づいている。大統領選挙をめぐって高まる「選挙をめぐる暴力」への懸念は、貧困国ではむしろ珍しくないからだ。

内乱への危機感

 「結果次第では暴動や内乱になるかもしれない」という観測は、アメリカ大統領選挙をかつてない緊張感に包んでいる。そのきっかけは、「郵便投票は不正」と主張するトランプ大統領が選挙に負けたら結果を受け入れないと明言した一方、人種差別反対のデモ(BLM)への暴力が目立ち、そのうえ厳しいコロナ対策で知られるミシガン州のウィットマー知事の誘拐を企てた右派民兵プラウド・ボーイズを明確に非難せず、「下がって待機せよ(Stand back and stand by)」と述べたことだった。「その時が来るまで待て」と解釈できるこの発言は、選挙そのものを人質にして有権者を脅迫したに近い。

 アメリカでは春からBLMの一部が暴徒化し、公的機関の破壊とともに、右派団体との衝突も増えている。これまでにすでに高まっていた右派・左派の全面衝突への警戒から、全米の投票所では警備が強化されている。

 さまざまな問題があるにせよ、選挙は本来、「誰が権力者か」を平和的に決める手段として発達した。

 議会制民主主義の母国イギリスでは17世紀まで「誰を君主に据えるか」をめぐって内乱が絶えなかった。そのなかで投票(当時の有権者は一握りの貴族だったが)が行われるようになったことで、「たたき割った頭の数の多い方が物事を決めていたのが、生きている頭の数の多い方が物事を決められるようになった」といわれる。

 そのイギリスから独立したアメリカの現状をみると、先祖返りしたようにも映る。

珍しくない「選挙をめぐる暴力」

 ただし、今の世界を見渡せば、選挙をめぐる暴力(Electoral violence)は珍しくない。EUからの離脱の賛否を問う2016年のイギリスの国民投票では、投票日直前に残留派ジョー・コックス議員が右派男性に殺害された。この国民投票で「勝者」となった右派の暴力はさらにエスカレートし、投票日からの1カ月間にイギリス全土で少なくとも134件の暴力事件が発生している。

 とはいえ、選挙をめぐる暴力が特に目立つのは開発途上国なかでも貧困国だ。とりわけ、筆者が専門とするアフリカでは、かねてから選挙をめぐる暴力が問題視されてきた。

 例えば、米国防省系のアフリカ戦略研究センターによると、1990年から2014年までのアフリカ各国の選挙のうち、

  • 脅迫などの暴力的嫌がらせが確認された選挙 38%
  • 政府、警察などによる暴力 11%
  • 各陣営の支持者同士の大規模な衝突 9%

 また、同じく米連邦議会系の平和研究所によると、1990年以降のアフリカの選挙の約4分の1で1人以上の死者が出ている。

 なかでも選挙をめぐる暴力の目立つ国の一つが東アフリカのケニアだ。特に2007年選挙では、野党支持者への組織的暴力により1300人以上が殺害され、65万人以上が土地を追われた。極右組織を動員してこれを実行させたとして国際刑事裁判所から「人道に対する罪」で告発されたのが、現在のウフル・ケニヤッタ大統領だ(起訴はされなかった)。

 さすがにこれほど大規模な暴力はケニアでも稀だが、直近の2017年大統領選挙でも100人以上が死亡したといわれる(当局の発表では24人)。

なぜ選挙が暴力を生むか

 選挙が暴力を生む原因については、この問題の「先進地」であるアフリカを中心に、各国で地道な研究が進められている(こうした研究も学問に生産性やら効率性やらを求める立場からすればムダなのだろうが)。その逐一を紹介することは不可能なので、以下ではそれらの研究を踏まえて、アメリカとの関連から3点に絞ってみていこう。

 第一に、国内の分裂だ。途上国では外部によって境界を設けられた植民地時代の後遺症で、国内に数多くの民族や宗教が入り混じっていることが珍しくない。先述のケニアに関していえば、32以上の民族がいる。

 これに対して、アメリカをはじめ先進国では、移民の増加やライフスタイルの多様化を背景に、趣味嗜好が同じ者だけでSNS上で集まりやすい傾向が強まっている。社会学で「部族化」と呼ばれるこの現象は、国内の分裂を生む土壌でもある。とりわけアメリカでは人種や宗教による分断が深刻化している。トランプ大統領はこれを意識的に煽ってきたが、分裂そのものは彼の登場以前から生まれていた。

 だとすると、歴史的な背景は違うものの、そもそも「一つの国民」という意識が薄くなりやすい点で、選挙をめぐる暴力が蔓延する途上国に先進国は近づいている。

「勝てば官軍」の危うさ

 第二に、分裂した社会で、選挙に勝った多数派が全てを握れば、ただ少数派を政治、経済、文化のあらゆる面で無視する構造になりやすい。

 分裂した社会では国民全体から幅広い支持を集めることは難しく、政治家にとって一番簡単かつ安易なのは、特定のグループの代弁者になり、その支持を固めることだ。特に多数派の出身者にとっては、少数者を排除することが最も効率的ともいえる。

 ケニアの場合、ケニヤッタ大統領の支持基盤であるキクユ人やカレンジン人が政府要職を占め、それぞれの地域に開発プロジェクトなどが集まりやすい反面、それ以外の民族や地域は半ば放置されている。

 こうした「勝てば官軍」の状況は、手段を選ばずに選挙に勝とうとする心理を生みやすいだけでなく、「勝った自分たちこそ正義」となりやすい。逆に選挙での敗北は、ただの敗北ではなく、自分たちの存在そのものが否定されかねないため、「負けたら選挙結果を認めない」という、幼児退行したような、ゲームのルールを無視した言説さえ生みやすい。

 アメリカではグローバル化にともない、専門知識や技能をもつなら、性別、宗教、人種にかかわらず社会的サクセスを期待できるようになったが、それは「白人(男性)であること」にあぐらをかきたい人(いわばグローバル化の敗者)からすれば、自らの既得権を脅かすものに他ならない。

 分裂した社会で特定の勢力の支持を固めるために手段を選ばなくなる点では、ケニア最大の人口を抱えるキクユ人の支持を固めるために他のグループを排除するケニヤッタ大統領と、白人右派によるムスリムや有色人種への暴力を無視するトランプ大統領は大差ない。

制度への不信感

 他にもまだまだあるが、最後に一つ付け加えるなら、制度への不信感の強さが選挙をめぐる暴力を助長しやすいといえる。

 途上国では「一つの国民」としての意識が薄いことから、あたかも一つの国民がいるという前提で存在する「ことになっている」国家そのものへの信頼性が低い。そのため、公権力の象徴である議会、裁判所、警察などへの不信感も強い。

 それは裏を返せば、「自分たちの正義や利益は自分たちで守るべき」という思考を強めやすい。これは少数派だけでなく、程度の差はあっても多数派にも共通する。ケニアでは選挙で有利なはずの多数派キクユ人に、とりわけ選挙をめぐる暴力が目立つ。

 分裂した社会では多数派も「一つの国民」意識は薄く、彼らにとって選挙とは自分たちの利益のために公権力を利用する手段に過ぎないからだ。そのため、勝つためには手段を選ばなくなりやすい。

 アメリカを取り巻く状況は、これに近づいている。

 トランプ支持者には「アメリカが‘影の国家(ユダヤ人、FBI、リベラルなどのエリート・ネットワーク)’に乗っ取られている」という陰謀論を標榜するQ-Anonをはじめ、現在のアメリカ合衆国をそもそも信頼していない者が目立つ。それだけ現実が彼らの望むものとかけ離れているのだろうが、そのなかで「不当な公権力」への被害者意識や義憤が強いほど、「自分で自分を守らなければならない」となる。

 トランプ大統領に「待機」を命じられた右派民兵にとって、トランプ氏に不利と考えられる郵便投票は、まさに不当な公権力による謀略以外の何物でもなく、郵便投票を支持する者を「同じアメリカ人」とはみれなくなっていても不思議ではない。

 こうしてみると、アメリカ人が誇ってきた民主主義は、今や一周回って途上国のものに近づいているように映る。この状況は、今回の選挙でトランプ大統領が勝っても負けても大きく変わらないとみられる。トランプ大統領は国内分裂を促してきたが、彼だけがその原因ではなく、トランプ大統領の登場そのものが、アメリカがすでに分裂していた結果なのだから。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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