ケニアにおける「選挙をめぐる暴力」:「勝てば官軍」の選挙がもつ危険性

選挙キャンペーンでのウフル・ケニヤッタ氏(2017.8.7)(写真:ロイター/アフロ)

 ケニアは東アフリカ一の大国。日本企業の進出も52社とアフリカ屈指の規模で、対日貿易額は約8億ドルにのぼります。また、サファリなど観光で訪れる日本人も少なくありません。

 8月12日、そのケニアで大統領選挙が行われ、現職のケニヤッタ氏が54.27パーセントの得票で再選されました。しかし、対立候補だったオディンガ氏の支持者らが、その選挙プロセスに不正があったと抗議。特に西部キスムや首都ナイロビなどで、警官隊との衝突などにより少なくとも24名が死亡したと伝えられます。

 ケニアでは1990年代以来、選挙のたびに暴力的な衝突が絶えません。「選挙をめぐる暴力(Electoral Violence)」には支持者同士の衝突から、現職に批判的な陣営に対する警察・治安機関の抑圧まで含まれます。それは経済・企業活動にも影響を及ぼしており、私自身もケニアでの調査旅行の日程が前回の大統領選挙(2013年)と重なったため、訪問先を変更したことがあります。

 ケニアに代表されるように、アフリカでは「選挙をめぐる暴力」が珍しくありません。それはアフリカ各国の歴史・文化に根差したもので、一朝一夕に解決することが困難な問題であると同時に、「選挙をめぐる暴力」が皆無に近い日本を含む先進国にとっても、共通する課題を示しているといえます。

「選挙をめぐる暴力」

 冷戦時代、アフリカでは一党制や軍事政権の国がほとんどでした。しかし、冷戦終結後、西側先進国は援助の条件として「民主化すること」を要求。これを受けて多くのアフリカ諸国では、援助を受け続けるために、それまでの「独裁者」の主導で民主化が進むという現象がみられました。

 そのため、当初からアフリカの選挙には、必ずしも自由でも公正でもないものが少なくありませんでした。つまり、選挙さえ行われていれば、それで民主的とは限らないのです。その延長線上にある「選挙をめぐる暴力」は、この数年、しばしば欧米諸国の研究者の間で取り上げられるようになった話題です。

 米国防省の下部機関であるアフリカ戦略研究センターのD.ベコエ准教授によると、1990~2014年までの間に行われたアフリカ各国の選挙のうち、嫌がらせ、脅迫、暴力をともなわなかったものは42パーセントにとどまります。一方、(支持者同士のそれを含む)暴力的な嫌がらせがあったものは38パーセント、(国家機関による)暴力的な抑圧があったものは11パーセント、(今回のケニアのような)大規模な暴力をともなうものは9パーセントにのぼりました

 ただし、やはり米国の防衛分析研究所の研究員S.M.ブッチャードによると、「選挙をめぐる暴力」は長期的に減少する傾向を示しています。それによると、2005年に80パーセントを超えていた「暴力をともなう選挙」の割合は、2013年までに約50パーセントにまで低下。つまり、アフリカでも徐々に選挙が平和裏に行われることが増えているのですが、それでも他の地域、とりわけ先進国からみれば、その水準が高いことも確かです。

ケニアでの「選挙をめぐる暴力」

 アフリカのなかでもケニアは、「選挙をめぐる暴力」が目立つ国の一つです。

 例えば2007-08年の大統領選挙では、現職キバキ大統領(当時)の勝利が伝えられるや、野党陣営による抗議活動が活発化。1300名以上が死亡し、65万人以上が土地を追われました。この際、キバキ氏を支援していたケニヤッタ氏が、いわば極右組織であるムンギキ(Mungiki)を用いて対立勢力を襲撃・殺害させたとして、2012年に国際刑事裁判所から「人道に対する罪」で告発されています(起訴はされなかった)

 そのケニヤッタ氏が初めて勝利した2013年大統領選挙では、死亡者、土地を追われた人の数字がそれぞれ400人以上、10万人以上にまで減ったものの、依然として高い水準でした。

 今回も、選挙後の衝突に関して、当局は死亡者数を「24名」を発表していますが、反対派は「100人以上」と主張。正確な数字は不明で、野党支持者による暴力も頻発したとみられる一方、オディンガ氏の地元であるキスムでは、警官による民家への侵入、暴行、家屋への放火、実弾の発砲などが行われたとも伝えられています

 これに対して、ケニア政府(ケニヤッタ陣営)は「警官による暴力行為はない」と強調し、「ケニア人の生命や安全を脅かすフェイクニュース」を取り締まるためにソーシャルメディアを規制することもあり得ると警告しています

「選挙をめぐる暴力」:なぜか?

 ケニアをはじめとするアフリカで選挙が平和裏に行われないことが珍しくないことには、いくつかの要因があげられますが、根本的なものとしてはそれらが「国民に国民意識が乏しい国家」であることが無視できません

 現在のアフリカの国境線のほとんどは、19世紀にヨーロッパ列強による植民地の奪い合いの果てに引かれた境界線に基づきます。そのため、独立後も、一つの民族が複数の国家に分断されたり、一つの国家のなかに複数の民族が混在したりすることが多く、例えばアフリカで最も人口が多いナイジェリア(1億6000万人以上)の場合、公式に確認されるだけで250以上の民族がいるといわれます。このような状況のもとで、「一つの国民」としての意識をもつことは困難です

 その一方で、アフリカでは、国を問わず、民族ごとの結びつきが強固です。ほとんどの政治的有力者は、自分と出身地や民族が同じ者に恩恵を与えることで支持を得、その周りには支持と引き換えに恩恵を求める人々が集まることになります。大統領といえどもこの「縁故主義」と無縁ではいられません。

 このようななかで選挙を行えば、多くの有権者が民族や地域単位で投票することは、不思議ではありません。つまり、ほとんどの有権者は「国家」という自分と縁遠いものの利益より、自分と同じ民族の出身者を政治的ポストにつけ、中央から自分たちに利益をもってくることを優先させやすくなります。その場合、選挙は「民族ごとに利益を奪い合う舞台」としての色彩が強くなるのです(だからこそ、冷戦時代は「民族的分裂を克服する」ことが一党制導入の名目となることが多かった)。

ケニアにおける民族、選挙、暴力

 ケニアの場合も、この例外ではありません。独立以来、その時々の大統領の出身母体である民族は、政治・経済的な恩恵を優先的に受けてきました。

 先述のキバキ政権(2002-13)の場合、キバキ氏の出身母体で、ケニア最大の人口を誇るキクユが政府要職をほぼ独占。人的な結びつきを重視し、汚職が蔓延する社会において、政治権力をもつキバキ=キクユは公務員人事、公共事業を担う企業の選任、民間事業の許認可などを通じて利益を握ったのです。そのため、キバキ再選をかけた2007-08年選挙では、キバキを支持するのがキクユだけで、それ以外のケニアの41の民族が皆反対派にまわったという意味で、「41対1」というスローガンも飛んだほどでした

 今回の大統領選挙の場合、やはりキクユ出身のケニヤッタ氏は、人口第3位の民族であるカレンジンと結びつきました。これに対して、人口第4位のルオ出身のオディンガ氏は、第2位のルヒヤ、第5位のカンバと協力。これら五つの民族の合計は、ケニア全体の人口の70パーセントにのぼります。こうして、民族ごとの利害をかけて争うなか、選挙において暴力的な衝突が頻発するようになったのです。

生活苦のなかの選挙

 政治的・経済的利害をかけた民族ごとの対立は、経済状況が悪化するなか、より加熱する傾向があります。

 2014年半ばからの資源価格下落にともない、アフリカ経済は全体的に成長のペースを減速させていますが、ケニアでは2010年に8.4パーセントだったGDP成長率が2016年には5.8パーセントにまで下落。その一方で、海外からの過剰な投資もあって物価高騰はとまらず、2010年に2.8パーセントだったインフレ率は2016年には8.0パーセントを記録しました

 この状況下、投票前のケニアでは、特に失業などに直面しやすく、(人口増加率が高いために)人数が多く、さらに「年長者優先」のアフリカ社会で民族の結びつきによる「恩恵」からこぼれ落ちやすい若年層を中心に、これまでの民族本位の政治からの脱却を求める声もあがっていました。ツイッターに「民族のない若者」というハッシュタグをつけた若い女性はドイツメディアへのインタビューに答えて、「ケニアにいる民族は金持ちと貧乏人だけ」。

 しかし、生活苦が全体を覆うなか、多くの有権者は「確実な利益」を求めて民族単位の投票行動に向かったため、「国民意識の乏しさ」を一朝一夕に解決することはできなかったようです。

ケニア特有の条件

 その一方で、多くの民族が林立し、貧困が蔓延している点で他の多くのアフリカ諸国と共通しながらも、ケニアで「選挙をめぐる暴力」が特に目立つ国ことには、同国特有の条件もあります。

 例えば、英国の植民地時代に白人が入植した土地が(すべてでないにせよ)委譲されたものの、その分配をめぐる明確な制度などが確立しておらず、人口増加が進むなかで民族間での土地の奪い合いが激化。この対立は、土地分配で優位に立つために、それぞれの民族が選挙に熱を入れる状況を加速させており、今回の選挙戦ではケニヤッタ、オディンガ両候補がいずれも、土地問題の解決を最優先課題としてあげていました

 また、選挙制度の問題もあげられます。スウェーデン、ウプサラ大学のH.フジェルジュとK.ホグランドは、「選挙をめぐる暴力」を統計的に調査した結果、アフリカでも小選挙区制が導入されている国ほど、「選挙をめぐる暴力」、とりわけ反対派による暴力行為が起こりやすいことを発見しました。

 英国発祥の小選挙区制は、米国やカナダを含むかつての英国の植民地で広く普及しており、ケニアもそこに含まれます。一つの選挙区から一人の候補だけが当選する小選挙区制は、非常に分かりやすい反面、当選した候補以外への投票が全て無駄になり(死票が多い)、有権者の幅広い利益や意思を汲み上げにくいという欠点があります。また、(連立政権ではなく)単一の政党による政権が生まれやすいのも小選挙区制の特徴ですが、それは言い返れば「選挙に勝ったものが全てを握る(勝てば官軍)」もので、得票数に応じて議席を配分する比例代表制と比べて、社会の亀裂が深くなりやすい制度といえます

 つまり、議会選挙でも少数派の意見が反映されにくいことが、大統領選挙を含めてケニアで「選挙をめぐる暴力」がなおさら起こりやすくしているといえるでしょう。

他山の石としての「選挙をめぐる暴力」

 こうしてみたとき、ケニアにおける選挙や民主主義が苦難に直面していることは確かです。

 選挙や民主主義とは、せんじ詰めれば、「多数派が支配するための制度」です。ただし、「国民」としての一体性が乏しければ、その「多数派」は思想信条に基づくものではなく、民族ごとの人口を競うものになりがちです。まして、そこでの勝敗が、民族ごとの利害に直接かかわるとなれば、民族間の対立は熾烈なものになりやすくなります。言い換えると、政治的・経済的な利害対立があるからこそ民族対立が発生するといえるでしょう。

 そして、これは日本を含む先進国にとっても、無縁ではありません。

 確かに先進国では「選挙をめぐる暴力」は稀であるばかりか、日本は文化的な均質性が世界的にみても高い国です。

 しかし、社会が多様化するなか、一つの国民とはいえ、全ての価値観や利害を共有できるものではありません。つまり、「国民意識が十分にある」ことをもって、一つの意見にまとまるのを当然と捉えることは困難です。言い換えるなら、移民問題を云々する以前に、先進国社会も「擬似民族」によって構成される、モザイク状のまとまりになっているといえます

 社会が緩やかなまとまりになっているなかで「選挙に勝った者が全て持っていく」ことを自明と捉えることは、権力の私物化や縁故主義を蔓延させるばかりか、他の意見や立場を「排除すべき敵」と捉えさせることで、かえって全体を不安定化させやすくします。もちろん、勝った側が主導するのが選挙や民主主義の「決まりごと」ですが、そこに節度や慎みがなければ、「多数者の暴政」と紙一重になります。

 アフリカというと、日本を含む先進国では、「遅れた土地」という理解が一般的です。しかし、「選挙での勝利」を錦旗として反対派を「敵」として描き出し、その一方で「縁故」ある者を優遇しがちな、最近の先進国に目立つ政治家やそれに群がる一部の有権者は、「選挙をめぐる暴力」が広がるアフリカのそれと大差ありません。遠く離れたケニアの「選挙をめぐる暴力」は、不寛容と身びいきがうずまく日本を含むほとんど全ての先進国にとっても、共通する病理を浮き彫りにしているといえるでしょう。