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中国は「コロナ対策の教師」になるか――イメージ戦略の先にあるもの

六辻彰二国際政治学者
香港国際空港(2020.3.17)(写真:ロイター/アフロ)
  • 中国政府はコロナ対策の成果を強調し、むしろ先進国の対策が不十分であると示唆している
  • これは情報共有などが遅れたことへの批判をかわすとともに、「コロナ対策の勝者」としてのイメージ化を図るものといえる
  • それは多くの開発途上国に「先進国より中国の方が国家モデルとしてふさわしい」と宣伝するものでもある

 「新型コロナを抑え込みつつある」という中国の宣伝は、「強い政府に指導される体制の方が自由な社会より優れている」というイデオロギー戦略の一環といえる。

「先進国は中国を見習うべき」

 中国政府は12 日、「新型コロナのピークは過ぎた」と発表。新たに発生した患者数が減っていると述べ、むしろ中国外から持ち込まれるウイルスが問題と続けた。

 同日、国営の新華社通信は中国政府高官の発言として、「コロナ蔓延を最も包括的に、厳格に、徹底的に押さえ込んだ」中国が、「感染が広がる他の国に支援する用意がある」と報じている。

 こうした論調が出るのに合わせて、中国国内の観光地などに人が集まる様子も伝えられるようになっている。

 もっとも、中国がどこまでコロナを押さえ込めているかは疑問だ。

 習近平国家主席は10日、初めて武漢に入り、それに先立って中国政府や国営メディアは「習近平国家主席に感謝する」キャンペーンを展開した。ところが、「感謝」の強要にネット上では「まだウイルスと戦っている最中だ」、「毎日人が死んでいる」、「食品の値段が上がり続けている」など、武漢市民によるとみられる批判が噴出した

 しかし、オーストラリアの中国研究センター所長、Yun Jiang博士によると、「たとえ中国政府が危機に対応できているかに反論が多数あっても、湖北省以外の中国人は総じて中国でのコロナ蔓延がコントロールされつつあり、海外の方がカオスになりつつあると感じている」。

 中国政府は「コロナを押さえ込みつつある」と強調することで、いわば「トラブルメーカー」というイメージを払拭し、「勝者」としてのイメージ化を図っているといえるだろう。

論点のシフト

 このイメージ戦略は、国内に対してだけでなく、海外も念頭に置いたものとみてよい。

 実際、「ピークは過ぎた」という発表に前後して、中国政府高官からは「先進国は対策が不十分」、「中国から学ぶべき」という、優越感さえ匂わせる発言が漏れている。

 中国政府は当初、感染が広がる状況を過小評価し、「コントロールできている」と強調し続けるなど情報の共有を渋った。また、最初の感染者は中国政府の説明より3週間早い昨年11月17日だったという報道もある。

 とすれば、トランプ政権がアメリカ国内のコロナ蔓延に機敏に対応したとはいえないものの、「中国の隠蔽によって対策が遅れた」という批判そのものは正鵠を射たものだろう。

 これに対して、中国政府は「アメリカ軍がばらまいたものかもしれない」という奇想天外な陰謀論を展開し、「中国が発生源だという証拠はない」と示唆し続けているが、説得力は乏しい。

 このなかで中国政府は論点を「原因や責任」から「対策の効果」にずらし、「最も感染者を出した国」を「最も経験豊富な国」というプラスイメージに転換することで、立場を回復しようとしているといえる。

その先にあるイデオロギー戦略

 ただし、こうした中国の論調には、情報の不透明さなどに対する内外の批判をかわすための方便という側面だけでなく、これを機にイデオロギー戦略のアクセルを加速させる側面もある。

 ヨーロッパで感染が広がり、アメリカも緊急事態を宣言するタイミングで「中国ではコロナが押さえ込まれつつある」という中国の主張は、「強い政府に指導される体制の方が自由な社会より優れている」という言い分になるからだ。この宣伝の対象は、西側先進国ではなく、主に中国の支持基盤になっている開発途上国とみてよい。

 東西冷戦が1989年に終結し、「勝者」である西側先進国のイデオロギーだった自由と民主主義がグローバルスタンダードに位置付けられたことで、中国はいわば世界の傍流に置かれることになった。つまり、いくら経済的に発展しようとも、「異端」として扱われることへの不満が中国にはある。

 それだけでなく、香港デモでもみられたように、自由と民主主義が自らの支配を揺るがしかねない中国政府は、先進国の「布教」に警戒感を隠さない。

 そのため、中国は「強い政府のもとで治安を維持し、経済を成長させる」という自らの経験を海外に普及しようと努めてきた。アメリカ式の規制緩和と対照的な、国家主導の開発を重視する立場は開発主義と呼ばれる。

 この開発主義「布教」の主な対象になってきたのは、中国が援助を増やすアフリカ、アジア、中南米だ。

 中国政府は各地の開発途上国を定期的に北京に招き、経済フォーラムを開いている。ここは中国の経験を共有するプラットフォームになっているとみられ、開発途上国に中国式の開発主義が広がる状況は「北京コンセンサス」と呼ばれる。

 中国の影響力が強いアフリカでさえ、コロナ蔓延をきっかけに中国への警戒感は広がっている。この状況で中国が「コロナに対する勝者」としてのイメージを広げることは、「経済成長や治安維持だけでなく、感染症などの危機管理でも、先進国より中国の方がモデルケースになる」というメッセージを発信することになる。さらに、日本だけでなくアメリカやヨーロッパなど情報の自由が保障された社会でコロナ蔓延が止まらないことは、情報統制を含む中国のやり方を正当化するものにもなる。

 だとすると、欧米だけでなく日本を含めた西側先進国でコロナ蔓延が続き、対策が成果をあげられなかった場合、中国のイメージ戦略を資することになる。コロナはイデオロギー対立の一環に組み込まれつつあるといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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