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年金改革にNon!――大ストライキがフランスにもたらすさらなる混迷

六辻彰二国際政治学者
パリのデモ参加者(2019.12.5)(写真:ロイター/アフロ)
  • フランスではマクロン政権の年金改革への批判から大規模なストライキに発展した
  • ストライキを主導した労働組合は、政府批判を繰り広げてきたイエローベスト運動にも参加を呼びかけている
  • しかし、活動が過激化しやすいイエローベスト運動との提携は、労働組合にとってリスクも抱えた諸刃の剣である

 年金改革に端を発する大ストライキは、イエローベスト運動の合流で、さらなる混迷の淵にフランスを向かわせるきっかけになり得る。

史上屈指の大ストライキ

 12月5日、フランス最大の労働組合の一つフランス労働総同盟(CGT)は政府の年金改革を批判し、48時間のストライキに突入した。

 CGTが他の労働組合にも呼びかけた結果、ストやデモがパリ以外の各地にも拡大。参加人数をフランス内務省が80万人、CGTが150万人と発表したが、正確な人数は定かでない。

 いずれにしても、大規模なストの影響は各方面に及んだ。

・フランスが誇る高速鉄道TGVの9割が運休

・エールフランス航空が運航取りやめ

・公共交通機関のほとんどが運休・減便した結果、自転車やバイク利用者が急増して大渋滞

・学校が閉鎖 など

 これと合わせて、全国でデモが発生し、一部が暴徒化して警官隊と衝突。5日のパリだけで71人が逮捕された。

 日本では考えにくいが、労働者の権利意識の強いフランスではストやデモが日常的だ。フランスの調査機関DARESによると、労働者は平均的に年間69日、(交通渋滞による遅刻・欠勤などを含めて)ストの影響を受けている。

 とはいえ、そんな「デモと革命の国」フランスでも、この規模のデモやストは珍しく、約3週間続いた1995年の大ストライキ以来ともいわれる。

マクロン政権の年金改革

 今回の大ストライキのきっかけは、マクロン政権が進める年金改革だった。

 年金がGDPに占める割合で、フランスは約14%。これは先進国中屈指の水準で、財政圧迫の主な要因にもなっている(ちなみに日本は9.5%、先進国平均で7.4%)。

 マクロン大統領は12月4日、年金改革の大方針を発表。その最大の眼目は、業種ごとに42に分断されている年金制度を一本化することにある。

 制度の統一で効率を高め、財政負担を減らすのが目的だが、もちろん最も待遇のよい年金制度に合わせて統一するわけでないため、受け取れる金額が減る人も少なくない。

 「より少ない年金のためにより長く働かなければならない」という不満が、ストライキのきっかけになったのだ。

 ただし、高齢化が進むなかで持続性を意識した年金改革は、外国からみれば必要なものと映る。

 フランスでは年金の受給開始年齢が62歳で、日本の65歳をはじめ、ほとんどの先進国より若い。そのため、フランスでも年金制度の見直しそのものへの支持は目立つ。実際、世論調査では、69%がストを支持しながらも、75%が年金改革の必要を認めている。

 しかし、どんな制度も一旦成立すればそれによる利益への期待が生まれやすく、存続し続けようとする。それが充実していただけに、そして権利意識が強いだけに、フランスで年金の大改革が大きな抵抗に直面することは、不信感ではない。

イエローベスト運動の合流

 とはいえ、史上屈指の大ストライキはフランスをさらなる混迷に突き落としかねない。大ストライキがイエローベスト運動と共鳴し始めているからだ。

 イエローベスト運動は燃料税の引き上げをきっかけに、2018年11月に発生した数万人規模のデモに起源をもつ。「普通の働くフランス人」の声を標榜するデモ隊が、道路工事などで用いられる黄色い安全ベストを着たことから、イエローベスト運動と呼ばれる。

 イエローベスト運動は主にSNSなどでの呼びかけに応じて集まった人々で、右派と左派の垣根を超えた点に特徴がある。

 その一部は商店や自動車の破壊、道路の封鎖など、徐々に過激化。警官隊との衝突も増えた。これらが観光業などに悪影響をおよぼしたことで、マクロン政権は2018年12月に燃料税引き上げを撤回せざるを得なくなったのだ。

 燃料税引き上げの撤回を受け、イエローベスト運動は一時の勢いを失った。

 しかし、その後も一部は定期的にデモを実施。大規模な抗議活動の発生から一年後の今年11月には、イエローベスト運動の「誕生日」を祝って数万人のデモが行われ、警官隊との衝突で100人以上が逮捕されるなど、その勢力を示した。

 そのイエローベスト運動に対して、CGTは今回ストライキへの参加を呼びかけた。これに呼応してデモに参加したイエローベスト運動の有名な活動家イングリッド・ルババスール氏は米紙ニューヨーク・タイムズの取材に「政府はまだ私たちの声を聞こうとしていない」と語り、大ストライキへの参加がイエローベスト運動の勢いを盛り返す転機になることに期待を示した。

労働組合にとっての諸刃の剣

 しかし、イエローベスト運動の合流は、労働組合にとって「援軍の到来」であると同時にリスクでもある。

 これまでCGTなどの労働組合は、極右の参加者も目立つイエローベスト運動とは一線を画してきた。

 フランスの労働組合は大都市の労働者、特に公務員や交通機関の職員を中心とする正規労働者の権利を守る「番人」。その影響力の大きさから、政府とも公式、非公式の交渉ルートをもつ。

 つまり、労働組合はいわば「反権力でありながらもエスタブリッシュメント」と呼べる。そのため、抗議活動はあくまで政府に譲歩を迫る手段で、それによって政府との交渉に持ち込むことが、労働組合の基本パターンだ。

 これに対して、不特定多数の人々の集合体であるイエローベスト運動は、統一的な指揮命令系統をもたない。そのため、「代表」とおぼしき者が政府と意見交換をしても、その結果が末端で尊重されるとは限らず、抗議の終わりがみえにくい

 活動が拡散しやすいイエローベスト運動がストライキに合流することで、より人目は集まるだろうが、労働組合は政府との交渉で足を引っ張られる事態も想定される。その場合、ストライキやデモがずるずる長期化する恐れは大きい。

 イエローベスト運動という劇薬と結んだことは、労働組合にとって大きな賭といえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)、『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)など。

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