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デモ隊拠点が落城しても香港問題は終わらない――焦点は「若者の扱い」

六辻彰二国際政治学者
「我々の時代の革命」と書かれた香港理工大学の建物(2019.11.20)(写真:ロイター/アフロ)
  • デモ隊が立て籠もっていた香港理工大学が落城したが、これからは逮捕された若者をどう扱うかが中国政府にとって難題となる
  • 逮捕されていない若者が大多数のため、彼らを「飼いならす」方策も考えられるが、天安門事件後と比べてもこれは難しい
  • また、仮に多くの若者がこれ以上の抗議を諦めたとしても、逆に残された少数派がより過激化する可能性も大きい

 香港理工大学に立て籠もっていたデモ隊が降伏しても、中国政府にとっては今後、逮捕された若者の処遇が頭痛のタネになり続ける。

デモ隊拠点の落城は「中国の勝利」か

 11月20日、香港当局は香港理工大学に立て籠もっていたデモ隊の制圧を発表した。デモ隊の拠点になっていた香港理工大学が落城したことで、香港デモは大きな節目を迎えた。

 アメリカによるアフガニスタン侵攻(2001)で首都カブールを追われた後も活動を続けるイスラーム過激派タリバンのように、ヒット・アンド・アウェイの攻撃で敵の衰弱を狙うテロリストなら、拠点を失っても活動を続けられる。また、外部からの支援はこれを可能にする。

 しかし、香港の若者たちは神出鬼没の職業的テロリストではないし、西側先進国は声援を送っても彼らを実質的に支援しない。そのため、理工大学の落城は、デモ隊の勢いを大きく削ぐだろう。

 それは少なくとも人民解放軍や人民武装警察の直接介入を避けられたという意味では、最悪の事態を免れたことになる。それは一見、「中国の勝利」とも映る。

逮捕された若者をどう扱うのか

 ただし、この後が中国にとって難題になってくる。とりわけ、逮捕された若者をどのように扱うのかは、同様の事態の再発を防ぐうえで重要な課題になる

 一般的に、紛争や大規模な政治変動の後の社会では、「不法行為」に関わった者の罪を問わないことが珍しくない。懲罰より和解を優先させるためだ。

 もっとも、厳罰主義で知られる中国政府が和解を優先させるかは疑わしい。そのため、逮捕された数百人が全て暴動教唆などの罪に問われて禁固刑に処される可能性はある。

 とはいえ、数多くの若者を半永久的に拘留し続けることは、中国政府といえども実際には難しい

 中国西部の新疆ウイグル自治区では当局が市民のDNAや虹彩まで収集し、あたかも巨大な監獄のように少数民族ウイグル人が監視されている。そればかりか、「反体制的」とみなされた者は「再教育キャンプ」に送り込まれる。

 しかし、中国の辺境ともいえる新疆と異なり、世界の目が集まりやすく、外国人も数多く出入りし、そのうえ土地も限られている香港に、巨大な強制収容所のようなものを設けることは、中国政府も避けたいところだろう。

「飼いならす」のも難しい

 もっとも、香港で逮捕された若者たちが、より人目につきにくい中国本土に送られることもあり得る。

 しかし、その場合でも、デモに参加していた若者のほとんどは逮捕されていないため、中国政府は彼らを政治活動に向かわなくさせる必要に迫られる。

 そのための手段としては、厳罰主義による取り締まりだけでなく、多くの若者のノンポリ化を図ることがある。いわば政治への関心を失わせることで「飼いならす」作戦だ

 実際、天安門事件(1989)の後、爆発的な成長の恩恵を受けるなか、当時の若者のほとんどは政治にかかわらなくなった。これは結果的に、共産党体制を存続させる一因となってきた。

 香港の場合、デモの一因には貧困に対する若者の不満があった。そのため、雇用の拡大や所得の増加など物質的な満足感が高まれば、政府批判が沈静化することもあり得る。

 とはいえ、香港の若者を「飼いならす」のは容易でない。

 あくまで中国の一員だった天安門事件後の若者と異なり、香港の若者のうち自分を「中国人」とみなすのはわずか3%にとどまり、「香港人」としての自覚をもつ若者が増えている。

 それだけでなく、1990年代の中国本土と現代の香港では、経済の伸びしろが違う。すでに経済が成熟した香港で、雇用や所得を爆発的に増やすことは難しい。

 若者の不満を和らげられなければ、中国政府への不満は水面下に留まり続けることになる。

窮鼠猫を噛むか

 さらに、たとえ多くの若者がこれ以上の抗議を諦めたとしても、そのこと自体、これまで以上に暴力的なテロなどが起こるキッカケになり得る

 一般的に、運動が求心力を失った際、残った者がかえって先鋭化することは珍しくない。

 1969年の東大安田講堂事件の後、多くの若者が学生運動から「足を洗った」なか、取り残された少数派が「力には力で」の考え方を強め、日本赤軍をはじめとする過激派組織を発足させ、爆弾テロなどを引き起こしたことは、その象徴だ。

 また、フランスで昨年から散発的に続いてきたイエローベスト運動でも、デモ参加者が少なくなってからの方が、焼き討ちなど暴力行為が目立つ。

 香港の場合、すでに内乱に近い対立を経験しているだけでなく、世界に開かれた貿易都市であることから、中国本土ほど武器密輸などの取り締まりを徹底しにくい。そのため、より過激な活動に向かう際のハードルは低いとみてよい。

 だとすると、デモ隊の拠点が制圧されても、中国政府にとって頭の痛い状況が続くとみてよい。

 少なくとも、厳罰主義だけでは、表面的にはともかく、実質的に事態を収束させることは難しいだろう。その場合、アジアのビジネスセンターとしての香港の立場も危うくなりかねない。

 香港問題は、デモ隊が拠点を失ったこれからが本番とさえいえるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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