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IS「シリア帰り」に厳戒態勢の中国・新疆ウイグル自治区―テロ対策のもとの「監獄国家」

六辻彰二国際政治学者
ウルムチで訓練する警察特殊部隊(2014年3月7日)(写真:ロイター/アフロ)
  • 中国の新疆ウイグル自治区ではプライバシーがゼロの監視体制が生まれている
  • 当局は「ISのテロ対策」でこれを正当化している
  • しかし、実際にISの大規模なテロが発生する可能性と比べて、その取り締まりは不釣り合いなほど厳しい
  • 中国当局は「テロ対策」を利用して少数民族支配を強化しているが、それは結果的にテロの芽を大きくしかねない

 習近平体制のもと、中国はもはや「監獄国家」と呼べる水準に近づいています。市民への監視、思想統制、移動の制限は、とりわけムスリムのウイグル人が多い新疆ウイグル自治区で強化されています。

 深刻な人権侵害をともなう少数民族の取り締まりを中国当局は「テロ対策」と説明しています。しかし、新疆でイスラーム過激派のテロが実際に発生する危険性に比べて、中国当局の対策は不釣り合いなほど厳格。そこには「テロ対策」を名目に少数民族支配を強化し、中央アジア方面への進出の足場を固めようとする意図をうかがえます。

中国のなかの中央アジア

 新疆ウイグル自治区の面積は日本の4倍以上の約166万平方キロメートル。アフガニスタンなど中央アジアに隣接します。この地に暮らすウイグル人の人口は約1100万人で、中国最大の少数民族。10世紀以前からトルコ方面からきた騎馬民族の子孫といわれます。

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 この地は1955年に中国に編入されましたが、その後ウイグル人の分離独立運動は絶えず、その度に中国当局がこれを鎮圧。2000年代からは「テロ対策」の名のもとで「厳打」と呼ばれる厳しい取り締まりが行われてきました。

 筆者は2000年代後半から2010年代初頭にかけて、あるプロジェクトの一員としてこの地を何度か訪れました。当時、既に外国人の多いホテルなどで常に持ち物検査が行われ、国内線の搭乗には国際線以上に厳しいチェックがありました。しかし、数少ない報道からは、習近平体制による取り締まりが当時と比較にならないほど厳しいことがうかがえます。

ゼロ・プライバシー社会

 ヨーロッパ文化技術大学のアドリアン・センス博士によると、2017年度の新疆の予算に占める治安対策費は約12億ドルで、医療予算のほぼ倍。2017に新たに採用された警察官は10万人にのぼり、これだけでも全人口のうち220人に1人(日本では全員でも500人以上に1人)にあたる割合です。

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  • 最大都市ウルムチはオアシスの巨大都市(筆者撮影、2008年)

 当局の監視は、私生活のほとんど全てに及びます。2017年12月には当局が全てのウイグル人の顔写真、指紋、目の虹彩、DNAまで採集していることが発覚。さらに街中に配置された赤外線カメラで収集された顔認証データや、LANアナライザで集められた通信記録など、最新システムに基づくビッグデータも、この監視体制を支えています。

 ハイテクだけでなくローテクの監視も強化されており、当局は「テロや暴動に関連する情報」の提供者に最大500万元(約8500万円)の報奨金を提供。その対象には「違法な宗教活動」まで含まれ、いわば密告を奨励するものといえます。文革時代にもみられた密告は、市民同士の不信感を高め、バラバラにすることで、管理を容易にする効果があります。

監獄と化した新疆

 こうして監視が強化される一方、新疆では2017年4月頃から「正しくないイデオロギーの影響を受けた者」を収容し、教化する再教育キャンプの存在が指摘されるようになりました。ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、2018年3月現在で収容者数は約80万人。収容者のほとんどが40歳未満の若者とみられます。

 海外に逃れようとするウイグル人も少なくありませんが、最近では移動の制限も強化されています。2017年7月にはウイグル人留学生数十人がエジプトで拘束され、中国に送還されました。

 さらに、運よく海外で国籍を変更できたとしても、監視は続きますフランスでは2018年3月、フランス国籍をもつウイグル人が中国警察から居住地、職場、身分証のコピー、さらに配偶者の身分証のコピーまで提出を求められていることが発覚。多くの場合、新疆の親戚が半ば人質となっている以上、外国籍を取得したウイグル人もこれに応じざるを得ないといいます。

中国vs. IS

 深刻な人権侵害をともなう監視体制を、中国政府は「テロ対策」と正当化しています。

 実際、2014年3月に昆明で発生した、29人が死亡した襲撃事件など、これまでにも中国国内でウイグル人のテロは発生しています。また、イスラーム過激派に加わる者も少なくなく、各国からIS外国人戦闘員が集まったシリアには、5000人以上のウイグル人過激派がいるとみられます。

 こうした背景のもと、2017年2月にウイグル人IS戦闘員が中国政府に「血の河に沈める」とネット上で警告。シリアで追い詰められたISが各地に飛散するなか、この宣戦布告は新疆ウイグル自治区での取り締まりを強化するきっかけになったとみられます。

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  • ウルムチにある最大のモスク(筆者撮影、2008年)

 これと並行して、2017年12月にイスラエルメディアは人民解放軍がウイグル人戦闘員の掃討のためシリアに特殊部隊を派遣したと報道。さらに同月から、IS戦闘員の流入が目立つアフガニスタンとの国境付近に中国の基地を建設する協議を両国政府が開始。これらはいずれも、IS流入への中国の警戒を示すものです。

大規模テロは発生するか

 ただし、「ISの脅威」にどの程度の現実味があるかは疑問です。

 先述のようにISの「落ち武者」は各地に飛散していますが、多くは内戦で混乱する国(アフガンやリビア)か、その制圧が彼らの論理からして意味の大きい土地(ISの領土拡大計画のなかで東南アジア方面の拠点と位置づけられたフィリピンなど)に集中しています。

 中国は、人や武器の出入りも規制できないアフガンや、海外からの支援がなければ過激派掃討も難しいフィリピンと異なります。また、ISの領土拡大計画に含まれていたものの、新疆はイスラーム圏の「辺境」に過ぎません。

 さらに、新疆はもともと情報の機密性が高く、仮に大規模なテロが発生しても、その現場に海外メディアは近づくことすら困難です。これは、宣伝のために人目につく場所を狙う傾向があるISやアルカイダにとって、標的としての魅力の低さを意味します。

 つまり、テロの可能性はあるものの、IS戦闘員が大挙して新疆に押し寄せる事態は考えにくいのです。だとすれば、「監獄国家」とも呼べる新疆の取り締まりは、実際の脅威に不釣り合いなほど厳しいといわざるを得ません(その場合、イスラエルメディアが報じたシリアへの特殊部隊の派遣には、イスラーム圏での中国の「悪評」への懸念の方が大きいとみられる)。

中国経済にとっての新疆

 新疆ウイグル自治区での異常に厳しい取り締まりの背景には、中国の国内政治の影響が無視できません。国内の締め付けを強化する習近平体制にとって、たとえ小規模なテロや暴動であっても権威の失墜につながります。

 これに加えて重要なことは、この地が中国経済にとって高い重要性をもつことです。中国の天然ガス輸入は年間600億立方メートルにのぼりますが、そのうち346億立方メートルはパイプラインを通じたもの。そのほとんどが中央アジアから新疆に輸入されており、しかもタンカーによるものより早いペースで増加しています。

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 さらに、習近平体制が推し進める「一帯一路」構想からみても、新疆は中央アジアに通じるルート上。ユーラシア一帯に中国の物資を輸出するための交通路を整備するうえで、足場ともいえます。アフガニスタンとの国境付近に建設予定の基地は、テロリストの流入を防ぐだけでなく、中国の交易路を守るものとみられます。

 こうしてみたとき、新疆の安定は習近平体制にとって死活的な意味をもち、「監獄国家」はそのための手段といえます。

監獄国家は火を噴くか

 テロ対策と人権尊重の両立が難しいことは、他の国でも同様です。しかし、中国のそれは極端です。個人の全てが把握され、「エラー」とみなされた者が容赦なく排除され、逃れることもできない監獄のような社会は、ジョージ・オーウェルの『1984年』や映画『ブレードランナー』を想い起こさせます。

 中国当局は「分離独立派はテロリスト」で、経済成長する中国で暮らすそれ以外のムスリムを「世界で最も幸福なムスリム」と強調します。この立場からすれば、「ここまで取り締まっているから新疆の秩序は保たれている」となるかもしれません。

 しかし、過剰な取り締まりは、かえって不安定化の一因にもなり得ます

 もともとウイグル人の間には、対立はあっても、経済成長する中国の一員としての利益を優先させようとする人々も多くいました。ところが、経済成長の恩恵が漢人に偏って配分されただけでなく、全てのウイグル人を監視対象とする監獄国家が成立したことで、分離独立運動やテロと無関係のウイグル人にも不満や反感が増幅しやすい環境が生まれています。

 その意味で、監獄国家と化した新疆ウイグル自治区では、「テロ対策」を名目とする管理の強化が、かえってテロの芽を大きくしているといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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