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日本政府はなぜトランプに足元をみられるかー関税引き上げを招いた「リスク分散なき安定志向」

六辻彰二国際政治学者
鉄鋼・アルミ関税の引き上げを発表するトランプ大統領(2018.3.8)(写真:ロイター/アフロ)

 トランプ政権の強引なアプローチが日本にも本格的に向かい始めました。3月8日に導入された鉄鋼・アルミ関税の引き上げが23日に発効。EUや韓国などが「安全保障上の理由」から最終的に除外された一方、日本は中国、ロシアとともに適用対象に残りました。

 この期に及んで、いくら「日本は米国にとって(中ロと異なり)安全保障上の脅威ではない」と陳情しても、米国政府が納得するとは思えません。トランプ氏がいう「安全保障」は方便に近いからです。トランプ政権はリスク分散をせずに米国に頼る日本の足元をみているのであり、そのような陳情はむしろこの関係を浮き彫りにするといえます。

関税「戦術」の炸裂

 トランプ政権はこの他、3月22日に中国の電化製品などに対する関税引き上げも発表しており、一連の保護主義的な措置は「貿易戦争」の懸念も呼んでいます。しかし、中国への関税導入に関してエコノミストの池田雄之輔氏は「貿易戦争もいとわない強硬策」というより、中間選挙向けの宣伝や相手国に対する交渉材料といった戦術的側面が強いと分析。その根拠として、決定内容が事前の予測より以下の3点で大幅に穏当な内容だったことを指摘しています。

  • 関税規模が大幅に縮小された(関税規模そのものが600億ドルという予測もあるなか、600億ドルの輸入品に25パーセントの課税で150億ドルになった)
  • 課税までの猶予がある(即日実施ではなく、対象品目の特定に15日間、ヒアリング機関に30日が設けられ、柔軟化の余地がある)
  • 国際ルールを全く無視したわけでない(米国製品に対する中国の参入障壁に関しては、世界貿易機関の紛争解決メカニズムを利用する)

 いずれも頷けるものです。つまり、トランプ政権は「貿易赤字を削減する」という目的のもと、あえて傍若無人にふるまって、相手に譲歩を迫っているとみられます。

 ただ、池田氏の論考でその部分は触れられていませんが、鉄鋼・アルミ関税の引き上げも「戦術」だったとすると、「この措置を受けて日本との交渉がしやすくなる」と米国はみていることになります。

トランプ政権の各個撃破戦略

 トランプ政権が日本との交渉を有利にしようとする最大のテーマとしては、日米の自由貿易協定(FTA)があります。「アジア諸国の不公正な取引」が米国の貿易赤字の原因の一つと捉えるトランプ政権は、環太平洋パートナーシップ(TPP)から離脱し、米国により有利な条件で各国と個別にFTAを結ぶことを要求してきました。

 多国間交渉と比べて、二国間交渉は力関係がそのまま交渉結果に反映されがちです。農産物などで一層の市場開放を求められる警戒感から日本政府はFTA交渉を避け続け、2017年11月にトランプ氏が訪日した際にも、北朝鮮情勢などとともにこの問題が取り上げられたものの、交渉開始時期は定められませんでした。

 米政府内にはこの当時「(やはり米国の貿易赤字を生んでいる)韓国とのFTAの修正協議や中国との貿易・投資交渉が先」という考え方がありました。これは日本が「うやむや」で済ませられた一因でした。

 ところが、米国はその後、韓国との交渉を加速。トランプ政権は「現状のFTA破棄」すら匂わせ、この圧力によって韓国政府をFTA再交渉に向かわせただけでなく、武器輸入も増加させました。その結果、韓国は鉄鋼・アルミ関税引き上げの対象から除外されたうえ、日本や中国への関税引き上げが発効した23日にトランプ氏は韓国との貿易交渉が「素晴らしい成果」を収めつつあると発言しています。

 つまり、韓国との交渉が終結に近づいたことで、後回しになっていた日本や中国への圧力が本格化したといえます。

日本の立場のもろさ

 トランプ政権の露骨な圧力に対して、日本の立場はもろいといわざるを得ません。そこには3つのポイントがあります。

 第一に、北朝鮮問題です。もともと日米同盟が片務的で対等でない以上、日米当局者がいくら「友人関係」を演出しようと、米国の発言力が強くなることは避けられません。そのうえ、北朝鮮情勢はこれに拍車をかけてきたといえます。

 北朝鮮による核・ミサイル開発は今に始まったものではありませんが、トランプ政権による威圧的な行動により、昨年4月以降その緊張は急速に高まってきました。ホワイトハウスの計画通りなのか、結果的にそうなっただけかは定かでないものの、少なくとも切迫する北朝鮮情勢が日本における米国の存在感をこれまで以上に高めていることは確かです。とりわけ安倍首相が「日米の方針は完全に一致」と強調するなかでは、なおさらです。

 第二に、中国との関係です。トランプ氏の主な標的が中国である以上、「関税引き上げの免除」そのものが「他の国を米国側につかせる手段」となります。

 他の条件もあるにせよ、鉄鋼・アルミ関税の引き上げの対象から外されたEU、オーストラリア、アルゼンチン、ブラジルなどは、摩擦を抱えながらも、中国と必ずしも対立一辺倒でなく、程度の差はあれ多くが中国の「一帯一路」構想にも協力的です(昨年5月の「一帯一路」会議にアルゼンチンは大統領、オーストラリアは閣僚を送っている)。つまり、中国に近づく国への関税引き上げを免除することは、米国にとっていわば「まき餌をまく」効果があります

 逆に、最近でこそ改善の兆しがみえるものの、日中関係が大きく変化する見通しはほとんどありません。日本が中国に近づかないことは、トランプ氏にとって「日本に遠慮しなければならない」必然性の低下を意味します。

日本はどのくらい静かか

 第三に、二国間の貿易問題に限っても、日本が米国と正面から衝突することはほとんど想定できません。「日本が米国に物を言えない」というのはよく聞くことですが、実際にどの程度日本が米国に対して静かだったかは、世界貿易機関(WTO)のデータからうかがえます。

 1995年に発足したWTOは、加盟国間の貿易問題を処理するための機能を備えています。パネルと上級委員会の二審制に基づく紛争解決メカニズムは、大国が相手に不利な貿易条件を無理強いすることを防ぎ、ルールに基づく取引を保障するためのものです。

 ところで、WTOのデータベースによると、日本はこれまで米国を8回提訴しており、件数では中国(2件)、韓国(2件)への提訴を上回ります(WTOでの提訴、応訴とも米国が世界最多)。そのうち3件が「日本の鉄鋼製品に対する米国のダンピング認定と輸入規制がWTOルールに反する」という訴えでした。

 しかし、2004年を最後に日本は米国を相手に新たな提訴をしていません。それは米国が日本製品を「ダンピング」とみなさなくなったからではありません。オバマ政権末期の2016年、米商務省は日本など7ヵ国の鉄鋼製品が「ダンピング」にあたるかの調査結果を発表。このなかでJFEスチール、新日鉄住金などが「クロ」と認定されています。

 この背景のもと、翌2017年5月に経済産業省は、米国をはじめ中国、韓国、インドなどによる日本製品への「アンチ・ダンピング」がWTOルールに反すると批判。ところが、その後で日本が実際に提訴したのはインドだけでした。

 念のために確認すると、この際に日本が提訴しなかった国には、米国だけでなく中国や韓国も含まれます。とはいえ、これら両国に対して日本は2010年代に入ってからWTOに提訴した事案があります。重要なことは、この時だけでなく10年以上にわたって日本が米国と貿易問題を抱えながらも、正面から対決してでも利益を守るという姿勢をみせてこなかったことです。

 もちろん、「異議を申し立てれば利益を守れる」とは限りません。韓国の場合、WTOでの米国の提訴は12件にのぼり(中国によるそれは10件、最多はEUによる33件)、最近では2017年にも米国の「アンチ・ダンピング」に異議を申し立てた経緯がありますが、先述のようにFTA再交渉に持ち込まれました。のみならず、米国はトランプ政権以前から度々WTOのルールや裁決に違反しており、WTOでの勝訴が実効性をともなうとは限りません。

 ただし、韓国の場合、日本と同じく、北朝鮮情勢をめぐって米国の影響力は強まっており、さらに中国との関係も冷却化しています。日本の場合、これに加えて米国に物言わない姿勢があるため、さらにトランプ政権の強引さにもろく、「何も言わなければ安全」というわけでもありません。少なくとも、長らく衝突を避けてきた日本が「はぐらかす」以上の抵抗をできないと米国がみたとしても、不思議ではないでしょう

「鉄板」のもろさ

 日本外交の「親米化」は冷戦期にも増して、2001年に発足した小泉政権以降、加速度的に進んできました。そこには「米国との関係さえ安泰なら、後は何とでもなる」という楽観主義、言い換えると「鉄板願望」があったといえます。

 しかし、当たり前のことですが、いかに同盟国同士でも日本の利益と米国の利益は異なります。「鉄板」は相手の善意に期待するところが大きく、それが取り除かれたとき、途端にもろさを露呈します。「中国の脅威」、「北朝鮮の脅威」を理由に、米国との関係のみを優先させてきたことは、トランプ政権に足元をみられる一因になっています。

 国内に眼を向けると、構造改革を推し進めた小泉政権のもとで大企業の「ケイレツ」が失われて以来、現在に至るまで、多くの中小企業が新たな顧客の確保や新規事業の開拓に向かってきました。これはいわば、生存のために「鉄板」への期待を減らし、リスクを分散させる取り組みでした。

 翻って日本政府をみたとき、トランプ政権のもとで米国が世界最大の問題児となり、世界情勢が変動しているにもかかわらず、そこには相も変らぬ「鉄板願望」が目立ちます。国内で構造改革を推し進めた日本政府自身が最も構造改革に遅れているというと皮肉にすぎるでしょうか。ともあれ、鉄鋼・アルミ関税の引き上げ問題は、好悪の感情に左右されない大局観や戦略性に基づくリスク分散こそ政府に求められることを、改めて示したといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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