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プーチンより毒をこめて:国連総会「エルサレムの地位変更無効決議」にみるトランプ政権の「負け勝負」

六辻彰二国際政治学者
ロシアを公式訪問したネタニヤフ首相と握手するプーチン大統領(2016.6.7)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 12月21日に国連の緊急総会で行われた決議で、エルサレムをイスラエルの首都と認める米国トランプ政権の決定が無効であることを193ヵ国中128ヵ国が支持しました

 約3分の2の加盟国の反対は、トランプ外交の大きな失点。国連で米国が孤立する様相は、2003年に国連安保理でイラク侵攻への反対が相次いだことを想起させます。

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 「超大国」とは単純な大国と異なり、大きな軍事力、経済力をもつだけでなく、世界全体の秩序を生み出す国にのみ冠される言葉です。その意味で、トランプ大統領のもとで米国はもはや「世界最大の問題児」としての様相を強めています。そして、そこにはロシアの影を見出せます

世界最大の問題児

 エルサレムをイスラエルの首都と認定することに世界各国から批判が高まるなか、以前からトランプ大統領は「無効」決議に賛成する国への援助を減らすことを示唆してきました。さらに決議での「敗北」を受けて、米国のヘイリー国連大使は国連への拠出金の削減にまで言及しています

 とはいえ、実際に開発途上国への援助を削減することにはリスクもあります。

 世界銀行の統計によると、2015年度の米国の政府開発援助(ODA)は約266億ドルで、世界一。その規模は、西側先進国の援助額全体(約1077億ドル)の約25パーセントを占めます。その最大の援助国である米国が援助を削減すれば、開発途上国とりわけ貧困国にとって大きな圧力になることは確かです。それはトランプ政権にとって、自分に従おうとしない者への一種の「制裁」といえます。

 しかし、その影響が大きいが故に、仮にトランプ政権が実際に援助を削減すれば、それ以外の国、特に中国がこれまで以上にこの分野で存在感を高めることになり得ます

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 中国はアフリカなど貧困地帯向けの援助で急速に台頭しており、その資金協力は純粋な「援助」というより「投資」や「融資」が中心です。それでも2013年段階で、例えばアフリカ向けだけで中国の融資は約100億ドルにのぼり、これは日米をはじめとする西側先進国や世界銀行などの国際機関を上回る規模です

 つまり、米国だけが援助国でない以上、いかにもワンマン社長らしく実際に援助を停止すれば、貧困国の間で「札束で顔をひっぱたこうとする傍若無人な金持ち」としてのイメージが定着するだけでなく、これまで以上に開発途上国が中国になびく可能性が大きいのです。国連加盟国193ヵ国のうち「西側先進国」が開発援助委員会(DAC)加盟の29ヵ国に過ぎないことに鑑みれば、その支持を失うことは米国にとって大きなダメージと言わざるを得ません。

有利な時は弱気に、不利な時は強気に

 かといって、いかに「敵に塩を送る」ものであっても、援助を多少なりとも停止しなければ、ただの「ビッグマウス」で終わります。それはそれで、米国の体面に関わる問題です。

 そのため、例えば(ロシアの縄張り)中央アジア諸国や(フランスの縄張り)仏語圏アフリカ諸国など、もともと米国があまり重視していない「切り捨てやすいところ」の援助を部分的に削り、それを過剰に宣伝することで、「ぶれてない」と強調することが見込まれます。本質的な部分での行き詰まりに煙幕をはるため、周辺的な部分で緊張を高める行動パターンは、北朝鮮問題でもみられたものです。

 ただし、これが余計に米国への支持や信頼を失わせることは、いうまでもありません。つまり、援助を削減してもしなくても、米国は大きなダメージを受けるといえます。

 ポーカーの基本は、手の内と逆のふりをすることです。つまり、「強い手札の者ほどそれを隠すために弱気にふるまい、弱い手札の者ほどそれを隠すために強気にふるまう」のが常道です。だとすれば、大声で「援助削減」や「国連分担金の削減」を叫ばずにいられないほど、米国は「負け勝負」に臨んでいるといえます。

ロシアの「負けない一手」

 米国を無残な「負け勝負」に向かわせた契機は、ロシアの「負けない一手」にあったといえます。

 今年4月、ロシアは西エルサレムをイスラエルの首都と承認。これはあくまでエルサレムの西半分に限定したもので、パレスチナ人のものとされる東半分は含まれていませんが、それでも各国に先駆けてのものであったため、イスラエルから大いに歓迎されました。一方、パレスチナ自治政府は「将来的には統一エルサレムをイスラエルと共用すること」を念頭に置いていますが、少なくとも現状において西エルサレムの領有権を主張できないため、これに対して目立った抗議を行いませんでした。

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 ロシアはイスラエルと対立するイランやシリアを支援してきました。しかし、その一方で、イスラエルと常に敵対してきたわけでもありません。帝国時代から、ロシアには多くのユダヤ人が暮らしていました。その多くはソ連崩壊後イスラエルに移住しましたが、このなかには高度な教育を受けた人々も含まれていたため、その後のイスラエルの科学技術の進歩に少なからず貢献しました。

 一方、オバマ政権は米国歴代政権のなかでもとりわけパレスチナを支援することで中東和平を進めようとした他、イランとの関係改善を目指しましたが、これらがかえってイスラエル側の反発を招いていました。このような背景のもと、2010年にイスラエルとロシアは軍事協力協定に調印。そして、先述のように、今年4月に米国を出し抜く形で西エルサレムをイスラエルの首都と認定したことで、ロシアは一躍イスラエルにとって重要な存在と映るようになったのです。

「トロフィー」と石油

 ただでさえロシアは中東一帯での存在感を高めています。特にシリア内戦では、「イスラーム国」(IS)が支配していた要衝アレッポを2016年12月、ロシア軍とシリア政府軍が制圧。さらに2017年6月、ロシア軍はIS指導者のバグダディ容疑者をシリアにおける空爆で殺害したと発表しました

 これに対して、米国のマティス国防長官は「バグダディが死亡したという証拠がない」、「証拠が確認されるまで生存していると想定して追跡する」と強調。しかし、12月12日にロシア軍がシリアから撤退し始めたことで、シリアにおける「IS掃討のトロフィー」の大部分をロシアがもっていることが既成事実となりました

 これに加えて、米国の伝統的な友好国でもあるサウジアラビアにもロシアは接近。2017年5月、ロシア最大の石油企業ロスネフチとサウジ最大の石油企業サウジ・アラムコの、それぞれの最高経営責任者(CEO)がサウジで会談。両者は石油の協調減産について合意したと伝えられています。

 シェールオイル生産を加速させ、世界最大の石油輸出国になりつつある米国は、石油輸出国機構(OPEC)加盟国中最大の産油量をもつサウジと、非OPEC国中最大の輸出国ロシアのいずれにとっても「脅威」です。ロシアとサウジの歴史的な急接近は、サウジなど伝統的な友好国との関係を重視するトランプ政権の焦燥をさらに煽るものだったといえます。

全ての道はエルサレムに通ず

 冷戦終結後の米国一極体制を打破し、グローバルなゲームチェンジを目指すロシアの「西パレスチナ首都承認」がトランプ政権に及ぼした影響は大きなものでした。

 米国の有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルは5月14日、「ロシアはエルサレムをイスラエルの首都と認定。なぜ米国はできないのか?」と題するノースウェスタン大学教授ユージン・コントロビッチのコラムを掲載。名前からしてロシア系の同教授はイスラエル批判に対する反対者としても有名で、イスラエルのシンクタンク、コヘレト政策フォーラムの研究員でもあります(コヘレトは旧約聖書に記されている知恵者の名)。このコラムでコントロビッチは、遅れを取り戻すためには米国が東部を含む統一エルサレムをイスラエルの首都と認定するべきと主張しています。

 「エルサレムでの大使館開設をめぐる米ロのレース」は、その後のイスラエルとの関係を左右すると目されるだけに、ユダヤ人やキリスト教右派の支持を当てにするトランプ氏が、これに敏感になったとしても不思議ではありません。

 ただし、それはトランプ政権にとって「負け勝負」に突っ込む一押しであったと同時に、ロシアにとっては「どのように転んでもマイナスのない勝負」への一手だったといえます。

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 仮にトランプ政権が無反応を決め込んだ場合、ロシアは「西エルサレムに初めて大使館を開設した国」としてイスラエルとの関係を強化でき、中東一帯における米国の戦略に大きなクサビを打ち込めます。逆に、トランプ政権が焦って「東西エルサレムをイスラエルの首都」とみなした場合、国際的に信頼を損なうことは目に見えています(そして、実際そのようになりました)。これはロシアにとって「負けない一手」だったといえます。

 トランプ大統領が「米国大使館のエルサレム移転」を発表した12月5日、プーチン大統領は早々にパレスチナ自治政府のアッバス議長と電話で会談。「米国の一方的な行動」を非難したうえで、イスラエル-パレスチナの対話に協力すると伝えています。これは「米国とロシアは違う」ことを強調するもので、少なくとも「西エルサレム」のみをイスラエルの首都と認めていたロシアの外交的マイナスはほぼゼロです

グローバル・ゲームは続く

 こうしてみたとき、今回のゲームの敗者の筆頭が米国であることと同じくらい、その勝者に長年の悲願の一つが達成されたイスラエルや、これをテコに中東一帯での影響力を伸ばそうとするトルコとともに、ロシアが含まれることは確かといえるでしょう。

 トランプ大統領の就任以来、世界はそれまでにも増して大きく揺れ動いてきました。エルサレム問題は、北朝鮮問題とともに、その象徴といえるかもしれません。トランプ・ワールドでは何が発生するかを予測することさえ困難です。

 しかし、一つ確かなことは、トランプ政権が少なくともあと3年は存続するということです。言い換えるなら、その間グローバル・ゲームは激しさを増すものとみられます。従来の秩序が揺れ動くなか、各国はこれまで以上に、自国の行方を注視せざるを得なくなります。

 今回の国連総会決議で、日本はほとんどのヨーロッパ諸国やイスラーム諸国、多くの開発途上国とともに、「首都認定無効」に賛成票を投じました。12月10日、アラブ首長国連邦を訪問していた河野外相がトランプ大統領による決定を非難することを避け、むしろ「トランプ大統領の中東和平への尽力を賞賛する」と伝えた一方で「中東の安定に貢献する意思」を示すという迷走をみせていたものの、最終的に日本が米国の決定を追認しなかったことは、個人的にはよかったと思います。

 ただし、「一人マッチポンプ」が身上のトランプ大統領のもと、手札が悪くなるにつれ、「場を荒らす」頻度があがることは十分予想されます。言い換えると、同様の事案は来年以降も続くとみられるのです。その意味で、トランプ政権が日本にとっても試練をもたらし続けることは確かといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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