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なぜトランプ大統領は北朝鮮を挑発するか:3つのシナリオとその共通項

六辻彰二国際政治学者
北朝鮮への軍事報復を示唆するトランプ大統領とペンス副大統領(2017.8.10)(写真:ロイター/アフロ)

 北朝鮮と米国の緊張が高まるなか、トランプ大統領は「絶好調」のようです

 8月8日、トランプ大統領は北朝鮮が核開発を続け、米国を威嚇し続けるなら「世界史に類をみない炎と怒り」で報いを受けると発言。これを受けて翌9日、北朝鮮は米軍施設のあるグアム周辺に中距離弾道ミサイルを発射すると発表。

 さらにその翌10日に北朝鮮軍は、中距離弾道ミサイル「火星12」4発を同時に、日本上空を通過して、グアムに向けて発射する計画を8月半ばに金正恩委員長に提出すると発表。この声明のなかで「あの」北朝鮮がトランプ氏を「理性を失っている」と批判しているのが印象的です。

 しかし、それでもトランプ大統領は「炎と怒り」では「言葉に厳しさが足りなかった」と述べ、さらに11日には「軍事的な解決策の態勢は整った」とも発言。米朝間の「言葉の戦争」はエスカレートの一途をたどっています。

炎上の背景にあるもの

 トランプ氏の言動は、これまでにも物議をかもしてきましたが、「炎と怒り」に関しては60名以上の議員が連名でティラーソン国務長官にあてて「慎重な対応」を求める書簡を出すなど、米国内でも懸念の声があります。また、米朝対立の巻き添えを恐れて、中国においてさえ中立を求める声が出ていることも、その影響の大きさを物語ります。

 とはいえ、「これ以上やるなら本気で潰すぞ」という威嚇は非常に分かりやすいですが、それは北朝鮮のやり方とほとんど同じであるばかりか、仮にトランプ氏が外交オンチであったとしても、それを言うだけで北朝鮮政府が止まるはずがないことが分からないとは思えません

 実際、いくら米軍の方が圧倒的に大きな戦力をもつとはいえ、核報復力を備えるに至った北朝鮮と本気でやり合うつもりなら、ツイッターで「準備ができた」とつぶやきながらもグアムの住民を含む米国民に警戒を促さないことは、トランプ氏といえども無責任の誹りを免れません。それは「歴史上最低の大統領」の汚名を自ら被るものです。

 以上に鑑みると、トランプ氏はむしろ北朝鮮を挑発し、そのミサイル発射を煽っているようにもみえます

 だとすると、それはなぜでしょうか。

内政の延長としての外交・安全保障

 トランプ大統領があえて北朝鮮を挑発しているとすれば、そこには3つのシナリオが考えられます。第一に、国内政治の影響です

 CNNの調査では、「ロシアゲート」などもあり、トランプ大統領の支持率は8月段階で38パーセントにまで急速に低下。同時期に行われたロイターの調査によると、トランプ氏に投票した人の8人に1人が「今なら投票しない」と答えています。さらに、大統領選挙の公約であった「オバマケア」の見直しをめぐっては、共和党が多数を占める上院とも対立。そのうえ、「身内」であるはずのホワイトハウスや政府関係者との不和も絶えず、高官が相次いで辞任・罷免される状況が続いています

 この状況下、トランプ氏にとって北朝鮮は、国内政治の文脈において、これ以上ない好材料ともいえます

 北朝鮮が米本土に届く弾道ミサイルをもつに至ったことで、米市民の間では警戒感が高まっています。8月9日に発表されたCNNの世論調査によると、米国人の62パーセントが北朝鮮を「脅威」と認識しており、軍事行動を支持するひとは55パーセントにのぼり、これはかつてない高い水準にあります。特に共和党支持者の間では、74パーセントが北朝鮮への軍事行動を支持しています

 歴史上、戦争や外敵を理由に国内の対立を克服し、安定的な政権基盤を築いた指導者は多く、就任直後に低支持率にあえいでいたブッシュ大統領が9.11と対テロ戦争をきっかけに支持率をV字回復させたことは、その象徴です。この観点からみれば、実際に北朝鮮が米国にとっての脅威であるとしても、あるいはそうであるからこそ尚更、公約に掲げていた国内の経済、社会改革がほとんど進まないことの苛立ちを募らせるトランプ氏が北朝鮮問題を支持回復のカードとみたとしても、不思議ではありません

 クラウゼヴィッツが著した『戦争論』のなかに、「戦争は政治におけるとは異なる手段をもってする政治の継続に他ならない」という有名な一節があります。この文脈において、クラウゼヴィッツは「政治」を主に外交や国際政治という意味で捉えています。しかし、「政治」から「内政」を排除しなければならない理由はありません。それは米国だけでなく、核・ミサイル開発で米国を恫喝することで国内の不満を慰撫し、体制の存続を図る北朝鮮に関しても同様といえます。

米軍にとってのテスト

 第二のシナリオは、北朝鮮のミサイル発射を米軍がミサイル防衛システム(MD)にとって絶好の試験台と捉えている場合です

 米シンクタンク、アメリカ進歩センターのミサイル専門家、アダム・マウント氏はCNNのインタビューに答えて、北朝鮮がミサイル4発を同時に発射すると言っていることから、米軍のMDの能力を試す意図があると指摘しています。それによると、「もし4発のうち1発でも米国のMDを突破すれば、北朝鮮にとって大勝利になる」

 ただし、相手の能力と自分の能力をテストしたい点では、米国も同じです

 米軍は地上配備型のPAC3やイージス艦搭載型の迎撃システムなど、飛来するミサイルを迎撃するMDの実験を、これまでにも数多く実施してきました。しかし、現状のMDでは、自軍がテストで発射するミサイルを迎撃することも、100パーセント確実というわけではありません。その意味で、北朝鮮がグアム近辺の海に着弾させると予告している今回のケースは、限りなく実戦に近い状況で、米軍のMDを試す機会になります

 米シンクタンク、ランド研究所のブルース・ベネット氏は、やはりCNNのインタビューのなかで、「もし迎撃に成功すれば素晴らしいが、仮に迎撃が成功しなかったとしても、大きな問題ではない」と述べています。なぜなら、「北朝鮮のミサイル迎撃のためにMDが使用されるのは初めてで、もし失敗したなら、システムに何か問題があることになる。それは戦時より平時に見つける方がよい」からだといいます。

 米軍にとってMDの有効性を試すテストを行うことは、北朝鮮に対してだけでなく、ロシアや中国、イランなどをも念頭に置いた国防計画において意味があります

 特にホワイトハウス関係者が相次いで辞職・罷免されるなか、政権の新たな柱になりつつあるマティス国防長官は、アラブ諸国との友好関係を重視する一方、就任以前からロシアへの警戒感を隠していませんでした。北朝鮮をはるかに上回る核兵力をもつロシアと対抗するうえでMDの重要性は大きいことに鑑みれば、米軍が北朝鮮を「ダシにする」インセンティブは小さくないといえるでしょう。

二人組の刑事

 第三のシナリオは、トランプ氏がティラーソン国務長官と「二人組の刑事」を演じている場合です

 昔の刑事ドラマでは、「強面で気の短い刑事」が容疑者に威圧的に自白を迫り、それを「話の分かる相棒」が「まあまあ」となだめ、容疑者に穏やかに話しかけ、(カツ丼をとったりして)自白を促すというパターンがよくありました。これは追い詰められた状況で、一方に強硬な相手がある場合、もう一方の(強硬な相手と繋がっていると分かっていても)温厚な相手に頼ろうとする人間の心理をつく手法といえます。

 北朝鮮問題に関していえば、ティラーソン国務長官は8月1日に「我々は敵ではない」と述べ、北朝鮮政府の最優先事項といえる「体制の維持」を前提に、北朝鮮に対話を求めてきました。これに加えて、ティラーソン氏は中国へも仲介の働きかけを続けている他、トランプ氏の「炎と怒り」発言に関しても「大統領は強いメッセージを送る必要を感じた」と火消しに努めています。

 この様子を「二人組の刑事」というアングルでみると、トランプ氏が「強面で気の短い刑事」、ティラーソン国務長官が「話の分かる刑事」という役どころになります。それは容疑者の役どころにある北朝鮮に、「ティラーソン氏を経由して米国と話し合う方が得策」と思わせる舞台装置といえるでしょう

 その一方で、マティス国防長官を含め、軍出身者がホワイトハウスで発言力を増すなか、トランプ氏とティラーソン氏の間には方針の違いが目立つようになっていることから、「ティラーソン国務長官は年内いっぱいで辞職する」という情報も取りざたされています。その真偽は定かでありませんが、少なくともこの情報が出回ること自体、北朝鮮に「ティラーソン氏の在任が短いなら、今を逃すと交渉に向かうチャンスは多くない」と思わせるものことは確かです

 つまり、この場合、「政権の不一致」とみせかけてトランプ氏とティラーソン氏が二人三脚で北朝鮮にアプローチしていることになりますが、このシナリオが正しいかはティラーソン氏の在任によって測られることになるでしょう。もし仮に、年末を待たず早期にティラーソン氏が辞任するなら、それは「政権の不安定」という別の問題として浮上することになります。

3つのシナリオの共通項

 ここであげた3つのシナリオのいずれが妥当かは定かでありません。恐らく真実は、3つの中間地点にあるのかもしれません。

 しかし、いずれにせよ、これら3つのシナリオはいずれも「北朝鮮がすぐに米本土に直接ミサイルを発射することはない」という目算に基づいている点で共通します

 第1、第2のシナリオはそれが鮮明ですが、北朝鮮にとって最優先事項である体制の維持をティラーソン氏が確約する第3のシナリオにしても、「北朝鮮との交渉」を念頭に置いています。北朝鮮がすぐにでも攻撃してくると米国政府がみているなら、その選択はあり得ません。

 言い換えるなら、どのシナリオであるにせよ、北朝鮮と同レベルで挑発的とさえいえるトランプ氏の発言は、実際に北朝鮮を攻撃するという意図と異なる次元で発せられたものとみられます。だとすれば、トランプ政権が最終的に「体制の転換」を目指すかはさておき、少なくとも現状において米軍が北朝鮮と正面から衝突する、あるいは北朝鮮に先制攻撃するという選択肢はないとみてよいでしょう。

 ただし、それが北朝鮮以外の国にまで緊張を高めていることは、冒頭に述べた通りです。その意味で、現状において必要以上に「言葉の戦争」を繰り広げることには、米朝対立をさらに本格化させるリスクがあるといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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