エリートだった「早稲田の腕立て王子」が遠回りして韓国でつかんだプロ野球選手の座
今年、トゥサンベアーズに日本出身の新人選手が入団した。昨年は社会人野球のカナフレックスでプレーした右投げ左打ちの外野手、安田権守(やすだ・こんす、26)。韓国KBOリーグでの登録名はアン・グォンスだ。
(追記:開幕5試合目でプロ初安打 「元・早実の「腕立て王子」がプロ初安打 2安打記録し足でも活躍」2020年5月10日)
埼玉出身の在日コリアン3世で外国人選手登録ではない安田。在日僑胞選手のKBOリーグ入りは2011年にSKワイバーンズに所属した投手、金村大裕(元阪神)以来9年ぶり。NPB経験がない選手となると、2005年までLGツインズに在籍した投手・山田真裕(元NKK)以来になるのではないか。
ちなみに筆者は「日本で韓国プロ野球が好きな人って、やっぱり在日の人が多いんですか?」と聞かれることが少なくないが、祖父母の出身地がその人の興味、関心に与えるケースはそう多くないようで、その割合を多いと感じたことはない。
(詳細説明:「あなたは在×○○人ですか?」。ひとくくりにするのって無理がある)
安田は小学生の時にヤクルトスワローズジュニアに選ばれ、NPB12球団ジュニアトーナメント2005で優勝。高校は早稲田実業に進学し、2年生の夏に甲子園に出場した。ネクストバッターズサークルで腕立て伏せをすることから、「腕立て王子」として注目を集めた。
高校卒業後は早稲田大学に進み、同級生に茂木栄五郎(楽天)、重信慎之介(巨人)らがいる。「野球エリート」と言える経歴だ。その安田は昨年、KBOリーグのドラフト前トライアウトを受けた。
「ずっとNPBを目指していましたが年齢的に厳しくなりました。しかしおととし(2018年)、社会人で年間通して打率が良かったので、さらにレベルの高いところでやりたいと思って、ちょくちょく見ていた韓国のプロ野球に挑戦することにしました」
安田は早大野球部を途中退部し、クラブチームの東京メッツ、ルートインBCリーグの群馬と武蔵でプレーしてきた。大卒後にNPB入りした同級生と比べると、エリート街道から外れて回り道をした感はある。
「中学3年生の時に人一倍練習をしていた自信があって、その時にもの凄く(実力が)伸びました。だから高校に入ってすぐにレギュラーを獲れたんですが、そこでおごってしまった部分があって練習をしなくなりました」と安田は振り返る。安田にとってそれが人生の分岐点となった。
「高校3年間にあまり成長できず、大学ではピッチャーが投げる球にまったく対応できませんでした。同学年の茂木はしっかり打てていて凄いなと思っていました。(おごってしまったことを)今は後悔しています」
下がった目尻が印象的な安田。練習中の顔つきは穏やかで、同僚と顔を合わせると笑顔を絶やさない。その表情には苦労を重ねたからこそ滲み出る柔和さを感じる。
「大学やBCリーグの時までは打てなかった時に態度に出るタイプでした。しかし社会人野球でやるようになってからはメンタルが鍛えられて、打てなくても感情を一定に維持できるようになったのは成長だと思います」
安田が所属するトゥサンは5年連続韓国シリーズに出場。昨年は4タテでシリーズを制し、3年ぶりの韓国チャンピオンになった強豪だ。明るくて女性人気が高いスター選手が揃い、外国人選手の成功例が多い。チームのアットホームな雰囲気は90年代のヤクルト黄金時代を思わせる。
球界屈指の選手層を誇り、特に外野手はパク・コンウ(29)、キム・ジェファン(31)の代表選手をはじめとしたリーグトップの布陣を組むトゥサン。その中で安田は首脳陣から高い評価を受けている。
就任6年目のキム・テヒョン監督(52)は安田について「野球の基本的な動きの能力が高い」と太鼓判を押す。
安田は自身について「打撃では塁に出てしっかり走って、守備では捕れるボールを確実に捕る。正確なホームへの送球で走者の進塁を防ぐといった『そつなくやること』が長所です」と話し、チームが求める点と一致している。
2月1日から約1か月、オーストラリア、宮崎での1軍キャンプを過ごした安田。その中で彼は外野手のポジショニングの取り方、打撃での重心移動の考え方、全体練習の中にウエイトトレーニングが含まれるなど、日本との違いに多少の戸惑いを感じた。しかしそれを受け入れながら自分のものにしようと取り組んでいる。
また安田は韓国語が不慣れだが通訳はいない。しかしコーチ、同僚とにこやかにコミュニケーションをとっている。
「過去の後悔を今に生かしたい」とひたむきにバットを振り続ける安田には、異国同然の環境でも生き残っていく術を持っていると感じた。