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求められるは情報公開。日本大学前ヘッドコーチ問題【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
2016年の試合中(写真:アフロスポーツ)

 日大ラグビー部の中野克己監督が8月5日朝、電話に出た。

 普段は大らかで口は重くない。3月下旬には、「平山(聡司)部長からそういう(引責辞任の)話を理事長等にさせていただきましたが、辞めるのではなく立て直しをしなさいと言われたこともあり、今日に至った」。1月に元部員が大麻所持の疑いで捕まったのを受けての話だ。

 そして今回も、数回のベルが鳴ったのちに応答してくれた。ただ、間もなく出てきたのは、いち組織人としての言葉だった。

「昨日からの件は、ホームページに平山部長名でコメントを出していますので。それ以外で何か質問等々があれば大学広報へお願いします、となっています。特別、私のほうからここでコメントを出すことはないです」

ヘッドコーチの談話

 事実であれば立件されかねないニュースが伝わったのは、前日4日のこと。中野監督とともに2016年より指導にあたっていたヘッドコーチ(HC)が未成年に飲酒を強要したり、暴行を働いたりしていたという。

 東京都稲城市の学生寮で複数の部員らと同じ部屋に住んでいた男性はHCだった19年4~5月、未成年の部員に寮内で頻繁に飲酒を強要。アルコール度数の高い酒をストレートで一気飲みさせ、酔いつぶした。

 同年8月に長野県・菅平高原で行われた合宿では、酒に酔った状態で恋愛について部員に指摘した際、耳や肩にかみ付いたり、顔を蹴ったりした。別の部員にはバーベキューの時に熱くなったヘラを左上腕に押しつけてやけどを負わせたという。

 複数の部員と焼き肉店に行った同年11月には、1人の部員の頭につまようじを7本刺した。店を出ても抜くことを許さず、部員はコンビニに立ち寄って寮に帰るまでそのままの状態だった。同様の行為は過去に複数回あり、部員は「HCの普段の行動から、やらなければ終わらないと感じ、痛かったが耐えた」という。

 飲酒強要が5月に部外に明るみに出ると、飲ませた部員に「チクったやつ殺してー」「友達のヤクザに犯人探させようかな」「家族全員にシャブ打って人生狂わせたいわ」などというLINEを送った。このLINEは部内で幅広く共有され、部員らは「底知れぬ恐怖」や「背筋が凍る思い」を感じてさらに前HCにおびえるようになったという。

 朝日新聞電子版でこう書かれた内容を、クラブ側は文書で下記のように認めている。

 今回の件は、本年1月に発生した元部員の不祥事をきっかけに、風通しの良いチームとして再建していくという強い意思の下、インテグリティチームマネージャーを配置しました。同マネージャーによるチーム再建の過程において、学生より報道されたような飲酒の強要や頭に爪楊枝を刺す等の暴行があったとの申し出があったことが判明したものです。当部としては、直ちに当該元コーチからのヒアリング等の調査を行った結果、当該元コーチは退任に値すると部長,監督で判断しました

 一部報道で出ている部員による報告書(筆者注・上記記事内容が記載されていると見られる)は、インテグリティチームマネージャーに提出された後、当該部員より取下げの申し出がございましたが、当部としては看過し得ないものと考え、先の対応に至った次第です。なお、報道の中には「隠蔽」という表現も使用されているものもありますが、部員による報告書内容は、部長の責任のもと、各学年単位でのミーティングにおいて共有され、監督より、保護者代表にも報告しております。

 日大ラグビー部は現体制をスタートさせてから、加盟する関東大学リーグ戦の順位を徐々に引き上げてきた。初年度こそ8位と低迷も昨季は2位。6年ぶりの大学選手権出場を果たした。

 躍進の背景には、当該のHCとは別の専門指導者が早朝練習で磨いたスクラムの練度、何より生活の規則性があった。寮の管理人となった大相撲の元大日ノ出、西田崇晃のもと、昨季の主将と寮長が朝清掃、食事を抜く部員のチェックを徹底。以前は朝練習の際にテーピングのポイ捨てを他クラブに注意されていたが、昨秋までにグラウンドに専用のごみ箱を作って環境美化にも注力した。

 練習の強度は年を追うごとに高まり、雰囲気を正すなかで退部者が増えたのも確か。この時期、実質的に練習をリードしていたのが前HCだった。別の大学を指導していた時は、昨秋のワールドカップ日本大会で活躍した選手をひたすら走り込ませていたことでも知られる。背景を問われ、HCはにこやかに応じた。

「西田さんが(規律の乱れを)を怒ってくれたり、僕が。ほかの管理人さんもラグビー部に『元気か』とか『(勝利したら)おめでとう』と声をかけてくれ、学生たちが明るくなっています。僕も、今年は週の半分は泊まっています。西田さん1人に任せると悪いなと思い、昼飯に行ったりしてコミュニケーションを取っています」

 3月下旬。稲城市内のグラウンドに、そのHCはいなかった。筆者が中野監督に不在を問うと「親の介護」との旨で説明された。

 中野監督がそう話した時期は、部員が部内の「インティグリティチームマネージャー」へ部員らが「報告書」を出したのよりも後のタイミング。報道では、選手にもHCは「一身上の理由」での退任を報告したようだ。

 談話と事実との整合性を確認しようとしたところ、冒頭の通り「大学広報へ」と返答があった。

反省と提言

 今回の件に当事者意識を持てば、やはり、取材の過程で選手の抱える心的ストレスに気づけなかったのを恥じるほかない。

 思えば2018年にアメリカンフットボール部の反則タックル問題があった際、首脳陣の1人は「うちにも体育会系の部分が残っていて、(現代的なクラブ運営で)難しい部分がある」と口にしていた。強権ぶりを誇示する指導者が勝利しづらくなっていた現代のラグビー界に浸りすぎたため、この「体育会系」の真意を汲み取る感度に欠けていた。

 そのような自己反省を経ても、なお、この組織の情報公開への態度については指摘せねばなるまい。

 中野監督が説明した「ホームページ」には「当該元コーチは、当部が外部より招聘し、コーチングの要請をしていたものであり、大学との間に雇用関係はありません」などの文言が並ぶ。さらに一報があってからはしばらくは、真っ白な画面に「Coming Soon」とあるだけだった。

 思えば、大麻事件の直後も「Coming Soon」と似た処理がなされていた。この判断が中野監督の一存で決まったものなのかどうかは、本稿で掲げた中野監督の人柄、過去の同大学に関わる事案をもとに推察するほかない。

 筆者は、物議をかもした頃の同大アメリカンフットボール部といまのラグビー部を安易に同一視する考えには疑問を持つ。それでも、世間と大学側との間で「風通しの良い」の定義がずれている可能性は否定できない。

 1月の大麻所持の件の公判があった時期、当該のHCのもとでも汗を流していた主力選手の1人は「お互いにため込まず、何でも言い合える雰囲気を作りたい。後輩が先輩に『これを言うのはまずいのでは』と遠慮する空気もなくしたい」と再出発を誓っていた。

 一方、同部へ選手を輩出する高校ラグビー部側は、5日になって大学側から報道に関して説明されたようだ。

 高校側からは「(報道されたのが)なぜ、いまなのかなぁ」と情報の出どころや出方について疑問視する声が挙がったり、「私が話した感触では、中野監督はそれほど癖のある方ではない」と責任の所在を区分けすべきとの見解が示されたり。総じて「もう、そのコーチはいらっしゃらないので」とし、来季以降の進学へ大きな影響は及ぼさないとの見通しを示す。

 今季限りで卒業の4年生、これから日大の門をたたく新入生、もちろん現1~3年生が本当に安心してグラウンドへ出られるようにするには、何が必要か。

 ひとつは、国を挙げての感染症対策。もうひとつは、事の次第をオープンに報告する時間と環境だろう。暴力事件が過去の指導者の問題だったと処理されても、報告の仕方が不十分だった点はいまだに横たわっているのだ。

 もちろんその場には、現場責任者とは違った然るべき立場の人物が出るしかなかろう。現場の責任は現場が問われるとして、報告の仕方が不十分だった責任は報告に関する意思決定者が問われるべき類のものだからだ。逆に、いま流布される情報に疑義があるとしたらその場で伝えたらよい。いずれにせよ、ひとつの文書でことが収まる時期はとうに過ぎている。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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