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「神の子」マラドーナにメッシが最も近づいた日。永遠に刻まれる「5人抜き」の記憶。

森田泰史スポーツライター
アルゼンチン代表でマラドーナの指導を受けたメッシ(写真:Action Images/アフロ)

一人の英雄が、この世を去った。

フットボールファンであれば、ディエゴ・マラドーナの名前を知らない者はいない。1986年のメキシコ・ワールドカップでの「5人抜き」と「神の手」によるゴールは余りにも有名だ。その大会で7試合5得点5アシスト。マラドーナは伝説を残してアルゼンチン代表を優勝に導いた。

■メッシが「神の子」に近づいた日

今季、リーガエスパニョーラではレアル・マドリーやバルセロナが苦しんでいる。この夏、退団騒動で話題となり、ロナルド・クーマン監督のチームにフィットしきれていない印象があるリオネル・メッシだが、彼が最も「神の子」マラドーナに近づいた日がある。

時は2007年4月18日に遡る。コパ・デル・レイ準決勝ファーストレグで、バルセロナは本拠地カンプ・ノウにヘタフェを迎えていた。ロナウジーニョが不在の中、フランク・ライカールト監督はリオネル・メッシ、エイドゥル・グジョンセン、サミュエル・エトーの3トップでヘタフェ戦に臨んだ。

2006-07シーズン、メッシは時に左WGに置かれていた。メッシのポジションをめぐっては、議論が巻き起こっていた。生粋の左利きであるメッシを左サイドに配置しては、その個性が死んでしまう。彼を右サイドに置くべきだ。ライカールトのロナウジーニョ不在時の問題解決法はメディアとファンに好ましく思われていなかった。

試合は前半17分にシャビ・エルナンデスのゴールでバルセロナが先制する。アシストしたのはメッシだ。そして、後世に語り継がれるプレーは、その十数分後に起きた。

ハーフウェイライン付近の右サイドでメッシがボールを受ける。対応したパレーデスをかわして、前に出た。進路を塞いだナチョを股抜きで抜き去ると、左足でボールをつつきながら推進力を発揮する。アレクシスとベレンゲールがメッシの眼前に現れた。だがメッシは止まらない。遅攻の選択肢はその時の彼の頭の中にはなかった。守備網の間隙を突き、スペースにボールを転がす。GKコルテスが飛び出してくる。観客に歓喜と興奮が宿る。その瞬間ーー。ネットが揺れた。

■カンプ・ノウの記憶

その時、筆者はカンプ・ノウにいた。試合の観客動員数は5万4000人だったと記憶している。

あの日、何を食べたかは覚えていない。何を身に着けていたかも、どうやって家まで帰ったかも覚えていない。覚えているのは、鼓膜が破れるかのような大歓声と、伝説を目撃した高揚感だ。

正直に言えば、メッシのゴールの瞬間は見えなかった。メッシがアレクシスとベレンゲールをかわそうとスペースにボールを出したところで、その先を予感した周囲の人間が総立ちになったからだ。「Messi...Messsii....Messssiiii!!!!」の叫び声と、エトー、デコ、シャビらに祝福される19歳の青年の笑った顔だけが強く印象に残っている。

メッシのあのプレーを見て、マラドーナの5人抜きを思い起こさないというのは無理だった。どちらが凄かったのかという点に関しては、様々な意見がある。コパ・デル・レイ準決勝ファーストレグ/ワールドカップ準々決勝という大会の規模を考えれば、マラドーナのゴールが価値があった。技術という観点からは股抜きが加わっていたメッシのゴールの方が上だった。等々、きりがない。

メッシのキャリアにおいて、マラドーナという存在は特別だった。ナポリとバルセロナでの活躍。アルゼンチン人で、小柄で、左利きで、優れた技術を持ち、ドリブルを得意とする。創造性と決定力を兼ね備える。だがメッシは体内にいたマラドーナという存在を、あの5人抜きで消し去った。

今後、さらに時が経ち、人々の感知は変化していくだろう。新たな解釈が出てくるかも知れない。2つの5人抜き。その記憶は、永遠に大衆の心に刻まれている。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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