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日本のレフェリーが変わる。欧州からの新しい風と、訪れる変化。

森田泰史スポーツライター
審判団と選手が話し合うJリーグの一幕(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

新しい風が吹く。そう言えば、聞こえはいい。だがそこには反発があり、抵抗があり、適応への苦しみがある。

ここで話題にあげるのは、日本におけるレフェリングの現状とその基準だ。思えば、日本という島国では、時に独特の雰囲気やルールが成立してしまう。

そういった環境で、裁く者の立場というのは簡単ではない。スポーツにおいて、それは審判団を指し示す。

サッカー界を見渡すと、時々、「○○主審はこれまでに何枚イエローカードを出して、何枚レッドカードを出した」というような報道を目にする。これは海外、例えばスペインでもあるような情報だが、肝心なのは数字ではなくて各試合毎の背景である。

非常に荒れた試合でゲームをコントロールするために主審がやむを得ずに出したイエローと、誰が見ても不可解な場面で出されたイエローを、同じ土俵で論じることはできない。情報そのものに意味を見出すのではなく、それぞれの審判団が試合に対してどういったアプローチを採ったのかに目を向けなければ、本質を見失ってしまう。

また、それは「試合に価値を置く」というところに繋がる。審判団の例で言えば、当然ながら、「1位対3位」と「7位対14位」の価値は異なる。アセスメントレポートにおける基準が、まだ曖昧なのかも知れない。そのあたりは、今後しっかりと議論していく必要があるだろう。

■経験値

ヨーロッパの審判であれば、常日頃から高いレベルでの試合を経験できる。スペインなら、リーガエスパニョーラ、チャンピオンズリーグ、コパ・デル・レイといった大会がある。

なにより、収容人数およそ8万人を誇るレアル・マドリーの本拠地サンティアゴ・ベルナベウや、同規模であるバルセロナの本拠地カンプ・ノウで笛を吹く機会があるのと、ないのとでは、明らかなが違いが生まれる。

現状、アジア人の審判団が辿り着ける最高峰の舞台はアジア・チャンピオンズリーグである。だが欧州のそれとは比較にならない。考えてみれば、数万人が入った満員のスタジアムで、大ブーイングを浴びせられるような経験をせずに、ワールドカップで主審を務めるというのは、すごい話だ。

しかし、時代は少しずつ変化している。Concacaf(コンカカフ)と称される北中米サッカー連盟とアジアサッカー協会(AFC)は、パートナシップを締結しており、アジア・チャンピオンズリーグにアメリカ人のマーク・ガイガー氏が招かれるなど、その関係性は発展の一途を辿っている。

そういった経験が、のちにどれほどの恩恵をもたらすかは計り知れない。

■アジアの基準

ロシア・ワールドカップ直前に行われた国際親善。イングランド対コスタリカの一戦で、派遣されたのは日本の審判団だった。主審は木村博之氏、副審に八木あかね氏、三原純氏という組み合わせだった。ただ、この試合を前に、イングランド代表はアジア人の審判を指名していたといわれている。本番を控え、そういった基準ーつまりアジアの基準だーに慣れておくためだ。

これは看過できない事実だ。このような出来事が起こり続けると、強豪国が日本を下に見る、という図式を壊すのは難しくなる。ジャッジからして、基準が欧州にあるというのを暗に認めているからだ。

その状況で、手を拱(こまね)いていてはいけない。

その日本のレフェリー界に、大きな変化が訪れつつある。日本サッカー協会(JFA)は、2016年頃からイングランド人を招いてインストラクター研修会を開くなど本格的な交流をスタートさせた。現在もなお、レフェリー戦略経営グループ・シニアマネージャーにレイモンド・オリヴィエ氏を迎えており、交流は続いている。

そして、その効果は現れ始めている。2016年以降、1試合平均カード枚数は2016年(1,34枚)/2017年(1,06枚)/2018年(1,17枚)というもので、2017年と2018年のそれは過去最も低い数字だ。

■ゲーム・エンパシー

「ゲーム・エンパシー」

つまり、試合に共感する力が、現在日本のレフェリーに求められている。それが世界基準への近道となるわけだ。

競技規則に則るのは当然だ。その前提に立ったうえで、なおかつ試合の空気感を感じて判定を下す。感情移入するように、レフェリーが「試合そのものに移入」する必要があるのだ。

無論、基本的には競技規則に則った対応がされるべきだ。ただ、現実問題として、試合の流れで各審判団の裁量に判断が委ねられるケースは多々ある。その時に、試合に共感する力がなければ、ゲームそのものが壊れてしまう。

欧州では、総合的に見て、その辺りのバランスがうまく取れている。最終的に、試合がまとまればいい。そういう考えに基づいて、レフェリングがされている。良い意味でグレーゾーンを弄(いじ)ることに慣れており、それが彼らの判断力を養ってきたと言える。

これは必ず、日本のレフェリーたちのレベルを向上させる。もしかすると、飛躍的にレベルを向上させる劇薬になる可能性すら、あるのだ。

先に述べたように、日本人ひいてはアジア人の審判団には、絶対的に経験値が欠けている。現時点で置かれている境遇は選手や監督より、遥かに厳しいものだ。

だが外からの「風」でその状況が変わり始めている。ワールドカップの決勝で日本人主審が笛を吹く、ということもあるかも知れない。その時、それをきちんと評価できるように、我々はしっかりと目を養わなければいけないと思うのである。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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