不可解だった2枚目の交代策に、足りなかった「深み」。勝ち点1獲得の意味は残り2試合の結果次第。
勝ち点3を得ていても、おかしくはなかった。日本のロシア・ワールドカップ出場権獲得は、残り2試合の結果に懸かることとなった。
ブラジルやイランが早々とW杯出場を決める中、アウェーのイラク戦は日本にとって重要な意味を持った。国内情勢を踏まえ、中立地イランでの開催となった一戦では、度重なるアクシデントに襲われた。
すでに長谷部誠、香川真司ら主力選手の離脱が決まっていた日本は、加えて山口蛍も直前の試合で受けた打撲によってイラク戦に間に合わなかった。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は苦心の末、急造のメンバーで試合に臨む決断を下す。特に中盤の構成は目を引いた。山口の代わりに井手口陽介を起用しただけでなく、今野泰幸をスタメンから外して遠藤航を抜擢。右サイドに本田圭佑、左に久保裕也、トップ下に原口元気を据えてイラクに立ち向かったのである。
守備時には、原口が1トップの大迫勇也と同列に上がり、変則的に4-4-2を形成する。前半8分、本田の蹴ったコーナーキックに大迫がバックヘッドで合わせ、日本は先制。早い時間帯の先制点で「イラクにボールを持たせる」というゲームプランは一定の効果を担保していた。
■急造4-4-2の盲点
ハリルホジッチは最終予選の序盤戦で4-2-3-1を施行してきた。これが最も安定感のあるシステムだからだ。しかしながら3月に長谷部が負傷離脱を余儀なくされると、UAE戦、タイ戦では4-3-3を選択。長谷部不在を乗り越える目的でシステム変更を断行し、2連勝でグループBの首位に立つという結果を残した。
だがイラク戦を前にして香川、山口が相次いで離脱。負傷明けの今野もトップコンディションになく、指揮官はまたしてもシステムをいじった。攻撃時には4-2-3-1、守備時には中盤に4選手をフラットに並べる型の4-4-2で全体のバランスを保とうと試みたのである。ただ、イラク戦では攻守においてシステムの2つの盲点が浮き彫りとなった。
まずは守備の場面で、易々と楔のパスを通させてしまうことだ。4人が横一線に並ぶ形では、どうしても誰かがプレスに出た時にGAPが生まれやすく、前半はイラクにそのスペースを巧みに使われた。井手口と遠藤はプレスバックに奔走。中盤でのアプローチに、サイドのカバーリング、CBへのヘルプと、この2選手の負担は想像以上に大きかった。
そして、攻撃面で「深み」を欠いてしまったこと。右に本田、左に久保という選手配置の影響もあったが、日本は試合を通じてほとんど相手CK付近に攻め込めなかった。攻め込まなかったのではなく、攻め込めなかったのである。長友佑都、酒井宏樹が深い位置までオーバーラップしたのは、片手で数えられるほどだった。本田、久保もマイナスのクロスを上げるシーンは1本もなかった。
■不可解だった2枚目の交代策
ハリルホジッチにも誤算はあったろう。そのひとつが、井手口の負傷交代だ。これが代表2戦目、公式戦デビューとは思えない出来で遠藤航と共に中盤を走り回っていた井手口は、後半17分に頭を打ったため交代せざるを得なかった。
井手口に代わり、投入されたのは今野だった。これは賢明な交代策だったように思う。ただ、負傷から明けたばかりの今野のコンディションは、やはり万全とは言えない。首を傾げたのは、2枚目の交代カードだ。原口に代わり、倉田秋が投入される。倉田は前線で大迫と並び、プレスをかけている。「なぜ?」という考えが頭を過った。あの場面、下げるべきは原口だっただろうか。この交代カードは温存できたのではないか、という疑念に囚われる。
コンディションで言えば、久保の調子は良くなかった。これは9日の親善試合のシリア戦で明らかになっていたことだ。彼の決定力を捨て去るのは、あまりにも惜しい。指揮官はそんなジレンマを抱えていたのかもしれない。だが、だとしても後半の久保の交代はプランに入れられるべきだったのではないか。厳しい言い方をすれば、それほどまでにイラク戦の久保は存在感を失っていた。
■シリア戦で好調だった乾の投入は見送られる
対照的に、シリア戦で好調さを示していたのが乾貴士である。本田をインサイドハーフに置き、乾を左サイドに据え、長友の攻撃参加を促す形はシリア戦で十二分に機能していた。
シリア戦で攻撃力ばかりが目立った乾だが、スペインで主力の座を射止めたのは守備力が飛躍的に向上したからだ。前線から激しいプレッシングを仕掛け、ボール奪取からショートカウンターを喰らわすスタイルでエイバルは成果を挙げてきた。ホセ・ルイス・メンディリバル監督が掲げるプレースタイルで、乾はハードワーカーとして重宝されてきた。
乾のスペインでの活躍に触れると、エイバルは今季セルジ・エンリッチとキケ・ガルシアという2人のストライカーが好調を維持していたため、メンディリバル監督はシーズン途中から4-4-2に布陣を変更していた。だがシーズン序盤の4-2-3-1でも、変更後の4-4-2でも、変わらずスタメンに名を連ねていた一人が乾だった。
乾はエイバルで4-4-2の左サイドハーフを主戦場としていたのである。労を厭わぬアップダウンでサイドバックのルナを助け、前線ではチェイシングの先鋒として重要な役割を担っていた。現在の彼の守備力は、決して軽んじられる類のものではない。
急造の4-4-2でも、乾が途中出場して守備のバランスが崩れることはなかっただろう。後半27分、日本はマフディ・カミルの得点でイラクに追いつかれる。その1分後、酒井宏樹が足を痛めて続行不可能となり、酒井高徳がピッチに送り込まれる。同点になり、ゲームプランの変更が必要になった直後、負傷によって最後の交代カードを切る羽目になった。残り15分、攻撃のカードとしても乾投入は理に適っていた。イラクが疲れていたあの時間帯、スピードのある選手を入れるのは定石だったはずだ。
「負傷で戦略が崩れた」「スピードのあるFWを入れる予定だった」ハリルホジッチは試合後、そう明かした。おそらく、それは指揮官の本音だろう。だが果たして、過酷な環境での交代策は、最善だったのか。37度を超える酷暑。普通の状況ではない。それでも日本は先制し、試合をコントロールし、思惑通りの展開に持ち込んでいたのである。
勝ち点1をもぎ取ったのか、勝ち点2を失ったのか――。審判の時が下るのは、今ではない。残り2試合、勝ち点17でグループBの首位を維持した日本は3位オーストラリア(勝ち点16)、2位サウジアラビア(同16)との直接対決を控えている。次戦のオーストラリアとの試合は、ホーム開催だ。日本は勝てば、文句なしでロシア行きを決めることができる。