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「テロリストの巣窟」と呼ばれた村へ。過去ではなくいまの谷の人々の実情を知ってほしい思い

水上賢治映画ライター
「アダミアニ 祈りの谷」より

 「ジョージアの山岳地帯にあるパンキシ渓谷」。

 そう訊いて、なじみのある場所と言える人はどれだけいるか。

 ジョージアという国の名は、力士の出身地などで知っていても、この渓谷がどんな場所なのか、説明できる方は限られるといっていいだろう。

 でも、この場所が「テロリストの巣窟」と呼ばれていたと知ったら、どうだろうか?

 その言葉を受けて一気にいろいろなことを思い描いて「危険なエリア」「ふつうは近づけないところ」といったレッテルを貼って、知った気になってしまわないだろうか?

 ドキュメンタリー映画「アダミアニ 祈りの谷」は、この地で暮らす人々にカメラを向ける。

 映し出されるのは、人々の何の変哲もない日常の営みに過ぎない。

 でも、その映像を見て、おそらく痛感すると思う。

 いかに自分がイメージに流されやすく、勝手に物事を色眼鏡でみてしまうことかと。

 そのことを本作は声高になることなく静かに、そして誠実に物語る。

 そして、レッテルを貼られるということは、どういうことなのか、それを消すことはできるのか、わたしたちは深く考えさせることになる。

 本作を作り上げたのは日本人の竹岡寛俊監督。

 彼はこの地になじみや所縁があったわけではない。

 観光が目的でたまたま足を運んだわけでもない。そもそもこの地は多くの旅行者が押し寄せるような観光地ではない。

 では、なぜ、旅行客もなかなか足を踏み入れることのないこの地を訪れ、なぜ、地域の人々と交流を持ち、なぜ映画を作るに至ったのか?

 制作の道のりを竹岡監督に訊く。全八回。

なにか自分にできることがあるのではないか

 前回(第二回はこちら)、パンキシ渓谷を始めて訪れたときのことを振り返ってくれた竹岡監督。

 いきなり訪れた土地で、見ず知らずの人の家に10日間もお世話になったこと、迎い入れてくれたおばあちゃん、マクワラ・マルゴシビリさんが「わたしたちはテロリストと呼ばれているけれど、平和を愛する民族です」「テロリストと呼ばれることは辛い。そうじゃないということを世界に伝えてほしい」といったことを、繰り返しおっしゃていたことが心に深く残ったと明かしてくれた。

 そのことがいわば原点で、「テレビドキュメンタリー、そして、今回のドキュメンタリー映画へとつながっていきました」ということだが、どのような思いを抱いたのだろうか?

「すぐにテレビドキュメンタリーやドキュメンタリー映画を撮ろうとは思っていなかったんです。

 でも、ずいぶんとお世話になったので、恩返しといったら恩着せがましいんですけど、なにか自分にできることがあるのではないかと。

 実際、現地をめぐってみると実情は全然違う。

 大コーカサス山脈の豊かな自然に囲まれ、のどかな田舎で、人々も温かい。

 ここが『テロリストの巣窟』といわれてもまったくピンとこない。身の危険を感じることもなれば、よそ者の僕を排除するような目にあうこともない。

 それどころか見ず知らずの僕を10日間も泊めてくれて、谷のあちこちを案内もしてくれた。

 テロリストとこの谷の人たちがまったく結びつかない。

 そして、なにより、マクワラさんの『テロリストと呼ばれることは辛い』という言葉が頭から離れなかった。

 それを払拭するとはいわないまでも、いまの谷の人々の実情をきちんと知ってほしい。

 そういうふうに心が動いて、ドキュメンタリー制作へと向かっていきました」

「アダミアニ 祈りの谷」より
「アダミアニ 祈りの谷」より

そもそもテレビの制作会社に入ったのも偶然

 少し話を戻すが、竹岡監督は、9.11、アメリカ同時多発テロ事件をきっかけに声高に叫ばれた、「テロとの戦い」に疑問を抱き、コソボやパレスチナ、ウクライナに足を運ぶようになった。

 その中で、テレビ番組の制作会社で働き始めている。

 どこかでいつか戦争や紛争をテーマにしたテレビ番組やドキュメンタリー映画を作りたい気持ちがあったのだろうか?

「いや、それがまったくなかったんです。

 そもそもテレビの制作会社に入ったのも偶然といいますか(苦笑)。

 もともと僕は文学部出身で、小説や映画が好きだったんです。

 ただ、大学の終わりのころに、映像作家の佐々木昭一郎さんが手掛けられたテレビ作品に出会いました。

 フィクションでもノンフィクションでもない、現実と物語の境界が曖昧で、それでいてとても豊かな世界。こんな作品を作っている人がテレビ業界にいることがもう衝撃で。

 そこからもう単純にテレビの世界にいきたいと思ったんです。映画ではなくテレビだと(笑)。

 映像制作会社に入ったのも、ドキュメンタリー番組を作りたいというわけではなくて、とにかくテレビ業界にまず自分の身を置いてみたかった。

 だから、入社して一年後ぐらいに、休暇を利用して初めてジョージア、パンキシ渓谷にいきましたけど、おそらく自分の映像作品を作ることを視野に入れていたら、四六時中、カメラを回していると思うんです。

 のちのち映像が使えるかもしれないし、もしかしたらテーマに巡り合うかもしれないじゃないですか。

 でも、僕は自分の作品を作ることを考えていなかったから、カメラは手にしていましたけど、ほとんど回しませんでした。

 そのときは、谷のことをもっと知りたくなった。

 パンキシ渓谷の歴史も人も、知れば知るほど一方向で語られるほど単純なものではなかった。だから、谷に身を置いて、時間を共にし、そこの人たちの暮らしや歴史を少しずつ理解していきたいと思うようになりました。

 なぜ、ジョージア正教徒が多数を占める国に、ムスリムのキストのコミュニティがあるのか、なぜ独自の伝統を守り、それが時に周囲との軋轢を生むのか。なぜ女性は働き者で、男は働いていないのか(笑)。小さなことでも、一つずつ自分の中で理由を発見していくと、どんどん人との境界が解けていく感覚が生まれ、とても心地よかった。

 ですから、そのときは、まだ映画を自分が作ることになるとは、想像もしていませんでした」

(※第4回に続く)

【「アダミアニ 祈りの谷」竹岡寛俊監督インタビュー第一回はこちら】

【「アダミアニ 祈りの谷」竹岡寛俊監督インタビュー第二回はこちら】

「アダミアニ 祈りの谷」ポスタービジュアル
「アダミアニ 祈りの谷」ポスタービジュアル

「アダミアニ 祈りの谷」

監督・撮影:竹岡寛俊  

撮影:山内泰 

編集:Herbert Hunger 

音楽:Julien Marchal 

共同プロデューサー:Jia Zhao

公式サイト https://inorinotani.com/

シネ・ヌーヴォXにて公開中、以後、全国順次公開予定

筆者撮影以外の写真はすべて(C)2021 ADAMIANI Film Partners

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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