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地下鉄などで見かけながら知らなかった女性たちの存在。清掃作業員や家政婦として働く彼女たちに思いを寄せ

水上賢治映画ライター
「ゴースト・トロピック」より

 毎日のように目にして、同じように映る風景の中に、実は見過ごしている、美や心を動かす感動があるのではないか。

 意外と自分の身近なところに、人の温もりや優しさ、愛おしさを感じる瞬間があるのではないか。

 目を凝らしてみると気づいていないだけですぐそばに、心に癒しを与えてくれる存在がいるのではないか。

 そんな気持ちにさせられるのが、ベルギーの新鋭、バス・ドゥヴォス監督の作品といっていいかもしれない。

 多言語・多文化共生都市として知られるベルギーのブリュッセルを舞台に、ムスリムの女性清掃作業員のある一夜の出来事を描いた「ゴースト・トロピック」、偶然の出会いから植物学者の女性と移民労働者の男性が心を通わす「Here」、いずれもなにか特別なことが起きるわけではない。

 だが、どこかにいる市井の人々のありふれた営みを慈しみの目をもって優しく肯定する作品は、不思議とこちらの心を落ち着かせ、安らぎを与えるとともに幸せな気持ちで満たしてくれる。

 世界から注目を集めつつある彼に訊く。全四回。

バス・ドゥヴォス監督  提供:サニーフィルム
バス・ドゥヴォス監督  提供:サニーフィルム

移民一世、二世のムスリムの母親たちと話したこと

 前回(第一回はこちら)に続き、第三作「ゴースト・トロピック」の話を続ける。

 第二作の「Hellhole」の脚本作りの際、イスラム教徒の女性たちにいろいろと話をきいたことがきっかけとなったとのこと。

 どういうことを話したのだろうか?

「いろいろなことを話しました。

 話して一番感じたのは、彼女たちの謙虚さにほかなりません。

 前に触れたように彼女たちの多くは移民一世か二世で、その多くが清掃作業員や家政婦として働いている。その暮らしは決して楽ではない。

 その中においても謙虚さを失うことなく懸命に働いて、自分たちに与えられることはなかったであろうチャンスの機会を、自分の子どもたちに与えようとしている。

 ただ、これはなにもムスリムに限ったことではないけれども、親の心、子知らずで。子どもたちに彼女たちは疎まれている。

 でも、彼女たちはそれさえも受け入れているところがあって。子ども世代の生活態度や考えに対して『まあ、仕方ないわね』といった感じで苦笑いで済ます。

 そのことが話していてすごく印象に深く残りました。

 彼女たちの子どもはブリュッセルで生まれているけれども、彼女たち自身は生まれていない。

 その違いで、ブリュッセルという町に子どもたちにはできても、彼女たちには順応できていないことが必ずある。

 それでも、故郷から離れたこの街で慎ましくしなやかに生きている。

 そのことに触れて語りたいと思いました」

「ゴースト・トロピック」より
「ゴースト・トロピック」より

テロ事件にとらわれることなく、ムスリムの彼女たちの現実や生き方、

その存在をポジティブな視点でとらえて描きたいと思いました

 前回触れたが、「Hellhole」の脚本作りの際、イスラム過激派による連続テロ事件が起きた。この事件に大変なショックを受けたとのことだが、そのことも「ゴースト・トロピック」の物語に何か影響を与えただろうか?

「いや、あまり意識しませんでした。

 連続テロ事件直後、ブリュッセルでムスリムの方々への風当たりが一時期強くなったことは確かです。

 しばらくは警察官や軍隊の兵士が町のあちこちに配備されました。

 ムスリムの女性たちは世間からの冷たい視線を感じていたかもしれません。

 でも、その世間の目を変えたいと思って、彼女たちのことを語ろうとは思いませんでした。

 きっかけはあくまでリサーチで、彼女たちに出会ったからにほかなりません。

 多言語・多文化共生都市として知られるブリュッセルという街を構成するひとつの重要なパーツでありながら、あまり知られていない、地下鉄やバスでしょっちゅう一緒になるのにあまり直接触れ合ったことのない彼女たちのことを物語にしたかったのです。

 ですから、テロ事件に関してはこの作品に直接的な影響を受けることはありませんでした。

 ただ、さきほどお話ししたようにテロ事件後、ブリュッセルでも人種間の分断が起きました。

 『ゴースト・トロピック』が発表されたのはその後のことで、ちょうどその時期というのは『このまま分断が進んでしまっていいのか』といったことをブリュッセルの市民が考えていたところがあった。

 ですから、この作品を見て、改めてテロ事件後に起きた分断について考え、『このままじゃいけない』『もう一度共生の道にいこう』と意識を変えた人もいる気がします。

 そういう意味では、いみじくも作品には、テロ事件の意味が含まれることになったといっていいかもしれません。

 ただ、わたしとしてはあくまでテロ事件にとらわれることなく、ムスリムの彼女たちの現実や生き方、その存在をネガティブにではなくポジティブな視点でとらえて描きたいと思いました」

(※第三回に続く)

【バス・ドゥヴォス監督インタビュー第一回はこちら】

「ゴースト・トロピック」ポスタービジュアル
「ゴースト・トロピック」ポスタービジュアル

「Here」

監督・脚本:バス・ドゥヴォス

撮影監督:グリム・ヴァンデケルクホフ

音楽:ブレヒト・アミール

出演:シュテファン・ゴタ、リヨ・ゴン、セドリック・ルヴエゾ、テオドール・コルバン、サーディア・ベンタイブほか

「ゴースト・トロピック」

監督・脚本:バス・ドゥヴォス

撮影監督:グリム・ヴァンデケルクホフ

音楽:ブレヒト・アミール

出演:サーディア・ベンタイブ、マイケ・ネーヴィレ、シュテファン・ゴタ、セドリック・ルヴエゾ、ウィリー・トマ、ノーラ・ダリほか

公式サイト https://www.sunny-film.com/basdevos

全国順次公開中

「ゴースト・トロピック」の写真は(C)Quetzalcoatl, 10.80 films, Minds Meet production

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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