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女手一つで子を育てるヒロインが受ける女性蔑視と差別。現代につながるテーマを含む名著との出合い

水上賢治映画ライター
リア・パーセル(左)とベイン・スチュワート 筆者撮影

 去る2月3日、渋谷・ユーロスペースにて一日限りで開催された<オーストラリア先住民映画祭 2024>。オーストラリアの先住民(アボリジナルの人々とトレス海峡島嶼民)の作り手に焦点を当てた本映画祭では、短編と長編を合わせて5作品が上映された。

 映画祭の解説から抜粋すると、「オーストラリアの先住民(アボリジナルの人々とトレス海峡島嶼民)は 6 万年以上前からオーストラリアに住み、世界でも最古に属する文化の伝統を守ってきました。18世紀に始まったヨーロッパ人の入植は彼らの生活に大きな衝撃を与えました。それでも彼らの文化は生きながらえ、今も彼らはその精神性、土地との繋がりを様々な芸術を通じて表現しています。1960~1970年代にかけてテレビが家庭に普及する中、先住民の権利回復運動の高まりと相まって、この口承に基づく文化から、新たな表現手段としての映画が先住民自身により作られるようになりました。1990年代には、オーストラリアの映画機関の振興策により、新しい先住民の映画製作者たちが相次いで登場し、彼らはこの新たな表現手段を自らのものとして、作家性を追求するようになりました」とのこと。現在は世界で活躍する映画作家が現れ始めているという。

 今回の本映画祭に合わせて来日したリア・パーセルはそのひとり。ゴア族、グンガリ族、ワカムリ族の血を引く彼女は、俳優、脚本家、監督、プロデューサーとして活躍してきた。日本でも話題を呼んだにオーストラリアの大ヒットテレビドラマシリーズ「ウェントワース女子刑務所」にも出演していたので、ご存じの方もいるかもしれない。

 本映画祭で上映された映画「家畜追いの妻 モリー・ジョンソンの伝説」は、彼女が初監督・主演・プロデュースを務めた一作。夫の帰りを待ちながら女手一つで農場を切り盛りするモリーを主人公にした作品は、先住民の権利、人種差別、女性蔑視という現代にも通じるテーマが含まれた人間ドラマになっている。

 本作についてリア・パーセルと、彼女のパートナーで本作の共同プロデューサーでもあるベイン・スチュワートに話を訊く。全四回/第一回

リア・パーセル(左)とベイン・スチュワート 筆者撮影
リア・パーセル(左)とベイン・スチュワート 筆者撮影

「この原作には深いつながりを感じていました」(リア)

 はじめに、本作は、オーストラリアの作家ヘンリー・ローソンが1892年に発表した同名短編小説の映画化。実は、リア・パーセルはこの小説に幼いころから馴れ親しんできたそうだ。

リア「母が『家畜追いの妻』をはじめ、ヘンリー・ローソンの短編小説をよくわたしに読み聞かせてくれたんです。中でも『家畜追いの妻』はお気に入り。物心ついた5歳ぐらいのときには、母が物語を読んでくれて印象的なセリフが出てくるところになると、わたしがそのセリフを先に言ってしまうぐらい(笑)馴れ親しんだものになっていました。

 『家畜追いの妻』がお気に入りだったのには理由がありました。幼いながら物語に深いつながりを感じていたんです。この物語は、オーストラリアの奥地で、夫の帰りを待ちながら、女手一つで農場を守っている妻と子どもたちが主人公。そこに先住民脱走犯のヤダカが現れたことで、妻の抱えるある秘密が明かされていく。つまり父が不在の物語なんです。実は、わたしの家庭も父親がいませんでした。だから、『家畜追いの妻』の家族と自分の家族が重なってみえたところがありました。

 それから、映画でも描いていますけど、家には薪ストーブがあって、外には薪が積み上げられた薪の山がある。実は、わたしの家も当時はそうだったんです。ヘンリー・ローソンの描いた世界と同じような生活をわたしの家族はしていた。そういうこともあって『家畜追いの妻』は思い出深い小説で、わたしは生まれ故郷を離れるとき、この本を手にして町を出ました」

「家畜追いの妻 モリー・ジョンソンの伝説」より  提供:オーストラリア大使館
「家畜追いの妻 モリー・ジョンソンの伝説」より  提供:オーストラリア大使館

「いつか作品にしたいと考え、チャンスを待っていた」(リア)

 なので、このエンターテイメント業界で活動を始めてから、ずっとこの小説をいつか作品にしたいと考えていたという。

リア「ずっといつか作品にしたいと考えて、チャンスがくることを願っていました。

 あるタイミングで初監督作品にチャレンジすることを考え始めたとき、わたしには映画作りのメンターのような存在がいるのですが、彼の助言を思い出しました。彼にこう言われたんです。『初めて作る映画は、自分のよく知っている物語で、心の中にしっかりと刻まれている話で作りなさい』と。

 その言葉を思い出して自分の本棚を見ました。実は、いつか将来、映像作品にしたいと考えている本を並べた棚があったんです。その棚で、一冊、ちょっとだけカバーが飛び出ている本がありました。それが『家畜追いの妻』でした。その瞬間、『これしかない!』と考えて、本を脇に置いて脚本を書き始めました」

 そのとき、同時に、こういった考えも働いたという。

リア「プロデューサーの観点から言うと、『家畜追いの妻』はいわば古典でオーストラリアでは広く知られている。ですから予備知識がなくても見ることができる、多くの人が興味をもってくれるのではないかと思いました。それから、ヘンリー・ローソンは白人の男性です。当然、『家畜追いの妻』は白人の男性の目線で描かれた物語になる。その小説を先住民族の血を引く女性であるわたしが描くことで、たとえば当時のオーストラリアの現実や実態をリアルに伝えることができるだろうと思いました」

「プロットの段階で、『これは映画になる』と思いました」(ベイン)

 おそらくその時点で、相談があったと思うが、ベイン・スチュワートは妻のこの申し出をどう受け止めたのだろう?

ベイン「すばらしい企画だと思って、前向きに受け止めましたよ(笑)。

 実は、ご存じの方もいらっしゃるかもしれないのでお話するのですが、この作品は映画化の前に舞台化されています。シドニーで一番有名な劇場で公演されて、大きな話題を呼び、大きな成功を収めました。

 ただ、わたし自身は、リアが脚本のアウトラインといいますか、全体的な流れがわかるプロットをみせてくれた段階で、『これは映画になる』と思いました。

 それぐらい人々の心をとらえるものになると確信できる内容だったことをよく覚えています」

(※第二回に続く)

<オーストラリア先住民映画祭 2024>ポスタービジュアル  提供:オーストラリア大使館
<オーストラリア先住民映画祭 2024>ポスタービジュアル  提供:オーストラリア大使館

<オーストラリア先住民映画祭 2024>

2024年2月3日(土)ユーロスペースにて開催(※すでに開催終了)

公式サイト: https://japan.embassy.gov.au/tkyojapanese/filmfes2024.html

主催:オーストラリア大使館

共催:ユーロスペース

「家畜追いの妻 モリー・ジョンソンの伝説」

監督・脚本: リア・パーセル

プロデューサー:ベイン・スチュワート、デイヴィッド・ジャウジー、

アンジェラ・リトルジョン、グリアー・シンプキン、リア・パーセル

出演:リア・パーセル、ロブ・コリンズ、サム・リード、ジェシカ・デガウ、

ベネディクト・ハーディー

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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