丸刈りにされた女性と結ばれた同性愛者の男性を演じて。不寛容さが目につく現代に作品が提示すること
去る3月、<横浜フランス映画祭2024>が横浜ブルク13を会場に開催された。今年もフランス映画界の第一線で活躍する映画人が横浜に集結。連日、ゲストによるQ&Aやサイン会が行われ、盛況のうちに映画祭は幕を閉じた。
その映画祭のスタートを告げるオープニング上映作品に選ばれたのが、カテル・キレヴェレ監督があまり描かれていないフランスの史実に目を向けた「愛する時」(※日本劇場公開未定)。戦争の爪痕がまだ色濃く残る1947年のフランスから始まる本作は、ドイツ人の子どもを身ごもり戦後「裏切り者」とされた女性マドレーヌと、同性愛がまだ犯罪だった時代のゲイ、フランソワという、いわば社会から疎外された二人の育む愛を描く。
マドレーヌ役のアナイス・ドゥムースティエと共にフランソワ役で主演を務めたのは、「アマンダと僕」などで知られるヴァンサン・ラコスト。
10代で映画デビューを果たすと順調にキャリアを重ね、フランスのアカデミー賞に当たるセザール賞にもたびたびノミネートされフランスの若手実力派俳優として注目を集める彼に訊く。全四回/第二回
歴史の闇に焦点を当てた意義のある作品ではないか
前回(第一回はこちら)は主に演じたフランソワについて語ってくれたヴァンサン・ラコスト。
フランソワを演じていく中では、こんなことを考えたという。
「もちろん物語の全体に関しては、すばらしいメロドラマである、という印象は変わりませんでした。
ただ、ひとつひとつ演じていく中で、この物語に内包された深さを実感したといいますか。
この物語は、1947年から始まります。
当時は戦争の爪痕がまだ色濃く残っていた。
そこで、裕福なインテリの学生、フランソワと、ウエートレスとして働きながら小さな息子のダニエルを育てているマドレーヌは出会い、共に生きていくことになる。
でも、二人にはそれぞれ他人には絶対に明かせない秘密がある。
その秘密を共有しながら、二人は自分たちなりの愛を育み、家族の形を築いていく。
フランソワが抱える秘密は自身が同性愛者ということです。
当時、同性愛は罪で見つかれば処罰の対象だった。
一方、マドレーヌの秘密は戦中、ドイツ占領期にドイツ兵と関係して身ごもった。それで生まれたのがダニエルです。
でも戦争が終わるとドイツ兵は去り、彼女の立場は一変。ドイツ兵と恋人関係にあったふしだらな女性で、ドイツに加担した裏切り者とされ、女性の象徴でもある長い髪を丸刈りにされた。
そして、家族はもとより親族からも見捨てられた。
戦中、戦後について描かれた映画はフランスのみならず、世界でもたくさんあります。
フランスではナチス・ドイツに抗った人々のことが語られることが多い。一方で、マドレーヌのような立場の人間はほとんど描かれていない。ドイツ兵と関係した女性が、一般市民によって村八分にされて丸刈りにされるという事実は伝えられてはいる。でも、その仕打ちを受けた女性たちがその後、どのように生きて、どのような痛みを抱えながら日々を生きていたといったことはほとんど語られていない。
そう考えると、いわば知られざる事実にアプローチした作品で、歴史の闇に焦点を当てた意義のある作品ではないかと。
フランソワを演じていくことで、そのことを実感したところがありました」
彼らのような家族の形を、分断や不寛容さが目につく
いまの時代に提示することは大切ではないか
作品内で、フランソワとマドレーヌは、時に激しくぶつかり合いながら、自分たちなりの愛を育み、家族の形を築いていく。
このことをどう受け止めただろうか?
「社会のどこにも自分の身を置く場所がなかった二人が共に生きることを誓い、手を取り合い、一つの家族になる。
そのことが実は、本作のポイントで、すばらしいことを提示している点ではないかと僕は思いました。
たとえば、フランソワは同性愛者ですから、女性であるマドレーヌに性的なところでは興味をもてなかった。
でも、だからといって彼が彼女を愛していなかったわけではない。性的なところではつながることはできなかったけれども、同じ境遇ということで精神的なところでは深くつながっていて、お互いに深い絆を感じていた。
激しくぶつかってしまう場面もあるけれども、お互いがお互いの良き理解者で、それぞれに愛情を抱いている。
息子のダニエルとの関係も同じ。
フランソワとダニエルに血のつながりはない。でも、フランソワは父親としての愛情をきちんとダニエルに持ち合わせていた。
マドレーヌがダニエルに愛情を注げない分をフォローするように愛情を注いでいる。
フランソワは自身ができる限りのことをダニエルに分け与えようとする。ちゃんと親と子としてのつながりがあった。
傍から見ると、彼らの家族の形は歪に映るのかもしれない。『本当の親子ではない』という人もいることでしょう。
でも、フランソワとマドレーヌとダニエルの間には確実に強い結びつきがあったし、互いへの愛情があった。
こういう愛情の形があって、こういう家族の形があった。
彼らのような家族の形を、分断や不寛容さが目につくいまの時代に提示することは大切ではないかと思いました」
フランソワを演じ切ったいまをこう振り返る。
「本当に細かいところまで神経を行き届かせないといけない役で、いい経験になりました。
ほんとうに指先まで演じないといけないといいますか。
たとえば、何かモノを掴むときも、力強くみえないよう、どこか脆弱で落としそうになるような雰囲気を出す演技が求められました。
いままでにない神経を使っての演技だった気がします。
あと、容姿も変身できたようで楽しかったといいますか。
インテリで富裕層ということでエレガントな服装で、ふだんの僕はこんな感じで(※自分の髪を指で差す)クセッ毛だけど、それを抑えてピタッとなでつけた髪型になっている。
こういうコスチュームを着たり、メイクをしたりするのも初めてだったので、新鮮でした」
(※第三回に続く)
<横浜フランス映画祭2024>
期間:3月20日(水・祝)~3月24日(日)(※すでに終了)
会場:横浜みなとみらい21地区を中心に開催
主催:ユニフランス
写真はすべて(c)unifrance/Photo by Hiroki Sugiura(foto)