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独裁政権の側に立った家族のもとに生まれて。その体験から考えた世界中にはびこる権力にとりこまれる構図

水上賢治映画ライター
「沈黙の自叙伝」より

 1990年生まれ、インドネシア・スラウェシテンガ州出身のマクバル・ムバラク監督の長編デビュー作「沈黙の自叙伝」は、自国の近現代史を寓話的に描き出した一作だ。

 そう書くと、インドネシアの歴史という受け止めで、興味が遠のいてしまうかもしれない。

 でも、本作が映し出す世界は、ここ日本にも着実につながっている。むしろ既視感を覚えるかもしれない。

 とある農村に絶対的権力者として君臨する将軍の男と、親の代から彼に仕える青年の奇妙な関係からは、「権力」「支配」「忖度」といったことがいかにして生まれ、人の心にどのような影響を及ぼすのかが、静かに浮かび上がる。

 世界でも大きな反響を呼んだ本作を通して、なにを伝えようとしたのか?ムバラク監督に訊く。全五回。

「沈黙の自叙伝」のマクバル・ムバラク監督
「沈黙の自叙伝」のマクバル・ムバラク監督

インドネシア社会は大きく変わったようにみえて……

 前回(第一回はこちら)、自国のインドネシアが独裁政権下に会った時代、国家に仕える公務員であった家族のもとで暮らしたことが今回の作品の出発点になっていることを明かしてくれたムバラク監督。

 そこからどのようにして今回の物語はできていったのだろうか?

「ティーンエイジャーを過ぎても『権力』や『モラル』といったことへ疑問を抱くことは解消されるどころからさらに増していきました。

 たとえば『公務員は国家に忠誠を誓う。でも、国家自体が不誠実で腐敗していたら、それに誓っていいものなのか?』とか、『もし不誠実な国家への忠誠を誓わなかったら、それは国家を裏切ったことになるのか?』とか、考えるようになりました。

 社会悪はどういうことなのか、反対に正義という行為についても考えるようになりました。

 そういったことを考えながら俯瞰で、インドネシアという国を見てみると、前回少しお話ししたようにインドネシアの独裁政権は終わったけれども、実は独裁者の下で働いていた人々がいまも国をコントロールしている。社会は大きく変わったようにみえて、内実としては『わたしたちは同じ人々によって統治されていて、わたしたち自身もほとんど同じ価値観の中にいるのではないか』という考えに至りました。

 つまり時代も社会も表向きはかわっているようにみえる。でも、支配する側と支配される側のメンタリティは変わっていない。

 実際、いまもインドネシアのあちこちで、彼は軍人だから、町の有力者だから盾をつかないでおこう、みたいなことが起きている。もう沁みついてしまっている。

 でも、同時に世界に目を向けたときに思ったんです。『こういう権力の構造はインドネシアだけの話ではないな』と。

 そこで、ひとりの人間としてどうあるべきで、どうこの社会で生きていくのか、人としてのモラルを問うとともに、権力を手にしたものがどのように人々をコントロールしていくのか、その権力者の脅威にわたしたちはどう向き合うべきなのかを描こうと考えました」

「沈黙の自叙伝」のマクバル・ムバラク監督
「沈黙の自叙伝」のマクバル・ムバラク監督

軍人をメインの登場人物のひとりに据えた理由

 こうした考えのもと生まれた物語は、ラキブという青年が主人公。父は現在刑務所で服役中で、兄は海外に出稼ぎに出ている彼は、田舎町にある空き屋敷を管理している。

 その屋敷は、町の有力者である退役した将軍プルナが所有。ラキブの一族は昔から彼に仕えてきた。

 そんなある日、フルナが首長選挙に立候補することになり、ラキブもアシスタントとして身の回りの世話から選挙戦まで手伝うようになる。

 作品は、古くから町の有力者として君臨してきたプルナと、彼に仕えてきた一族のラキブの関係の行方を描いていく。

 この二人の関係を主軸にしたことについて監督はこう語る。

「さきほどお話ししたように人としてどうあるべきかモラルを問うとともに、権力というもののもつ脅威を描きたいと思いました。

 で、権力ということを考えたとき、とりわけアジア地域では軍隊がすごくわかりやすいアイコンだと思うんです。

 アジアを見渡せばわかることですが、軍が実質政権を握っている国もありますし、国のトップが軍をうまく使って権力を掌握している国もある。

 ですから、権力について考えるには、軍人をメインの登場人物のひとりに据えるのがいいのではないかと思いました。

 そこで退役軍人で、町のほとんどの人間が逆らえないぐらいの力をもっているプルナという人物を置きました。

 そして、その絶対権力者と向き合う、あるところからは対峙する人物としてラキブという人物を考えました。

 彼はまだ若い青年で、はじめはプルナのことをよくわかっていない。

 ただ、選挙を手伝ううちに、プルナが町のそうとうな権力者であることを知る。

 しかも、プルナは敵とみなした人間には容赦ない態度をとることも知る。

 つまり裏の顔を知ってしまう。しかも、その悪がこの町では簡単にもみ消されることも知ってしまう。

 いわば権力者にいつの間にか取り込まれ、身動きができなくなった人間としてラキブを置くことにしました」

(※第三回に続く)

【「沈黙の自叙伝」マクバル・ムバラク監督インタビュー第一回はこちら】

「沈黙の自叙伝」

監督:マクバル・ムバラク

出演:ケビン・アルディロワ、アースウェンディ・ベニング・サワラほか

公式サイト https://jijoden-film.com/

シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中

写真はすべて(C)2022. Kawan Kawan Media, In Vivo Films, Pōtocol, Staron Film,Cinematografica, NiKo Film

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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