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いったい、大学であの日何が起きたのか?「香港がよりよい方向にいくようにここにとどまりたい」

水上賢治映画ライター
「理大囲城」より

 2019年の香港民主化デモの中で起きた「香港理工大学包囲事件」。

 警察によって完全に包囲されながら、大学構内に立てこもり学生や中高生のデモ参加者らが徹底抗戦したこの事件では、逃亡犯条例改正反対デモでは最多となる1377名の逮捕者を出した。しかし、いまだにその全容は明らかにされていない。

 その中で、まさに最前線といっていい学生たちが籠城した大学構内での13日間の一部始終を記録したのがドキュメンタリー映画「理大囲城」だ。

 世界の映画祭で大反響を呼ぶ本作について、香港ドキュメンタリー映画工作者たち(※複数名で構成されたドキュメンタリー映画制作者、身の安全を考慮して全員匿名としている)に訊く。(全六回)

「理大囲城」より
「理大囲城」より

残念ながらルールに従って映画を作るのか、

自分の思った通りに作って香港での上映を諦めるか

 先でも触れているように本作は世界の映画祭で大反響を呼んでいる。

 そして、地元香港でも香港映画評論学会に最優秀映画賞を受賞した。同会の27年の歴史でドキュメンタリー映画が選出されたのは史上初という快挙になった。

 ただ、その受賞記念上映会では、チケットを求め観客が殺到したにもかかわらず、「暴徒礼賛映画」のレッテルを貼られ、上映会は中止に追い込まれてしまい、その後、香港では上映禁止になってしまっている。

「この『理大囲城』に限らず、いま香港では香港の現実を伝えるドキュメンタリーであったり、デモといった題材を扱った映画やドラマ、政治にかかわる作品が上映できない現状になりつつあります。

 ですので、残念ながらこのルールに従って映画を作るのか、自分の思った通りに作って香港での上映を諦めるか、わたしたちはどちらかを選択する状況になっています。

 でも、香港では上映できないですけど、海外の映画祭での上映の道が閉ざされたわけはない。

 海外での上映という新たな道を切り拓いたとも思っています。

 ただ、香港で上映できないのはちょっと悔しい。

 みていただく機会がないということは、この映画にまつわることの議論ができない、この作品のいいところも、反省点も話を聞くことができない。

 そのことは残念でなりません」

いまは香港に残るべきか去るべきかといった考えにいく人が多い

 では、撮影時の2019年から数年が経ったいまの香港の社会を監督たちはどう感じているだろうか?

「まず、自由、とりわけ表現の自由にすごく制限がかけられたことはすごく実感しています。

 たとえば、数年前まではSNSで自分たちの政治に対する意見や提言を、自由に話せてはいた。

 でも、いまは、それがまったく許されない。この前、ちょっとした政治のニュースをシェアしただけで逮捕される人が出ました。

 そういったところまで、表現の自由というのが脅かされています。

 そういうこともあって、いまの香港の社会は停滞しているといいますか。エネルギーが感じられない社会になっている気がします。

 自分の意見を言いづらい状況になっているので、全体的に無力感が漂っている気がします。

 デモがあったころというのは、どうやって香港の自由を守るか、といった雰囲気がまだありました。

 でも、いまはあきらめムードがあって、香港に残るべきか去るべきかといった考えにいく人が多い気がします」

「理大囲城」より
「理大囲城」より

香港がよりよい方向にいくようにここにとどまって今後も制作を

 こういう厳しい状況にあるが、監督たちはみな、香港にとどまり作品を発表し続けていきたいという。

「いまの香港が作品作りにいい環境というと、残念ながらいい環境とは言い難いです。

 『理大囲城』のような作品を作ったとしても上映されることはない。

 それどころか政治的な作品は、制作させないような動きも出てきている。

 そのことで悲嘆に暮れる人も確かにいると思います。

 でも、そういう環境にはあるんですけど、そこで気づいたこともあるんです。

 たとえば、香港でずっと守られてきた自由や文化が、とても尊いもので大切なことであることがよくわかった。

 こういったことを守りたい、残したい、と思う人も増えていることを最近感じています。

 ですから、制作環境は悪くなっているんですけど、香港がよりよい方向にいくようにここにとどまって今後も制作を続けていきたいと思っています。

 わたしたちのグループは、いろいろなタイプの作り手がいます。

 それぞれがそれぞれの語り口で香港のことを語っていきたいと思っています。

 諦めずに語り続けることは大切なことです。

 今回の『理大囲城』もすでに当時から3年以上たっていますが、いまもまだこの作品を見て、当時何があったのかを知ってくださる方がいる。そして、思いを寄せてくださる方がいる。

 ですから、これからも語り続けたいと思います」

【「理大囲城」香港ドキュメンタリー映画工作者第一回インタビューはこちら】

【「理大囲城」香港ドキュメンタリー映画工作者第二回インタビューはこちら】

【「理大囲城」香港ドキュメンタリー映画工作者第三回インタビューはこちら】

【「理大囲城」香港ドキュメンタリー映画工作者第四回インタビューはこちら】

【「理大囲城」香港ドキュメンタリー映画工作者第五回インタビューはこちら】

「理大囲城」メインビジュアル
「理大囲城」メインビジュアル

「理大囲城」(りだいいじょう)

監督:香港ドキュメンタリー映画工作者

全国順次公開中

公式HP:www.ridai-shonen.com

写真はすべて(C) Hong Kong Documentary Filmmakers

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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