Yahoo!ニュース

「自分の死が抹殺されるのではないか」と口にする者も。警察に包囲された大学内で何が起きていたのか?

水上賢治映画ライター
「理大囲城」より

 2019年の香港民主化デモの中で起きた「香港理工大学包囲事件」。

 警察によって完全に包囲されながら、大学構内に立てこもり学生や中高生のデモ参加者らが徹底抗戦したこの事件では、逃亡犯条例改正反対デモでは最多となる1377名の逮捕者を出した。しかし、いまだにその全容は明らかにされていない。

 その中で、まさに最前線といっていい学生たちが籠城した大学構内での13日間の一部始終を記録したのがドキュメンタリー映画「理大囲城」だ。

 世界の映画祭で大反響を呼ぶ本作について、香港ドキュメンタリー映画工作者たち(※複数名で構成されたドキュメンタリー映画制作者、身の安全を考慮して全員匿名としている)に訊く。(全六回)

大学内は常に緊張が強いられる空気が漂っていた

 前回(第三回はこちら)は香港理工大学の中にとどまり、危険を感じながら撮影し続けた経緯について明かされた。

 本作では、まさにその映像となる大学構内での学生をはじめとしたデモ参加者たちの姿が記録されている。

 香港の民主化に対する熱い思いを語る者もいれば、自分たちのデモの正当性を訴える者もいる。

 その一方で、警察に包囲され『自分が死んだら、その死が抹殺されるのではないか』といった不安を口にする者もいる。

 大学内の空気をどのように受けとめていただろうか?

「やはり平穏とはいえないですよね。常に緊張が強いられる空気が漂っていたと思います。

 警察に包囲されていて、いつ強行突入してくるかもわからない。

 恐れがないといったら嘘になると思います。

 『自分の死が抹殺されるのではないか?』と語っている若者がいますけど、それも多くのデモ参加者が共有していた心情だったと思います。

 というのも、この前に、謎の死というのが相次いでいたんです。

 ビルから落下死したりといった謎の死が続いていて、亡くなった人に共通していたのが全員、デモに参加した人だった。

 で、ろくな調査もされないままその死は事故死とされた。

 だから、『自分もそうなってもおかしくない』といった恐怖を抱いている参加者は多かったと思います」

「理大囲城」より
「理大囲城」より

正直なことを言うと、最初の2日ぐらいで、

わたしたちは精神的にギリギリのところまで追い込まれました

 そうした張り詰めた空気の中で、撮影を続けていたという。

「わたしたちの映画の中で、みなさんがご覧になっているのは、大学が封鎖されて最初の1日、2日の映像が主体になっています。ロックダウンの終わる最後の方で撮った映像もあるのですが、多くが1、2日目の映像になります。

 ロックダウン自体は13日続きました。その間、わたしたちはとどまり続けました

 ただ、正直なことを言うと、最初の2日ぐらいで、わたしたちは精神的にギリギリのところまで追い込まれました。『もうこれ以上は撮れない』というぐらい気力が限界のところにきていました。

 おそらく、あの場にいた人間はほとんどが同じように追い込まれていたと思います。実際、最初の2日間ぐらいで、多くの人が大学構内から脱出を試みました。それぐらい切迫した状況になっていたのです。

 ただ、脱出して、なんとか逃げ切った人もいれば、警察に捕まってしまった人もいます。

 とにかく映像をみていただければわかるように、大変な状況が13日間にわたって続きました」

彼らの身の安全を考えるとモザイク処理せざるを得なかった

 香港ドキュメンタリー映画工作者たちは、身の安全を考慮して全員を匿名としている。

 同様にこの大学構内のデモ参加者たちの姿も安全上の理由でカメラの前の段階から防護マスクをつけていたり、編集でモザイク処理されたりといった配慮がされている。

「ドキュメンタリーにおいて、その人物の目の表情というのはひじょうに重要で。

 目がこちらに訴えかけ、物語ることがある。

 だから、その人の気持ちが表れることなので、できればモザイク処理などはしたくなかった。

 でも、彼らの身の安全を考えると隠さざるをえなかった。

 ですので、ショットは非常に慎重に選びました。目や顔が見えなくても動きや言葉でその状況やその人物の訴えがよく伝わってくるものを選ぶよう心掛けました。

 いろいろな映画祭で多くの人に、モザイク処理されているが彼らの気持ちがこちらに伝わってくるとおっしゃってもらって、作り手としては少し安心しています」

いま香港で大規模なデモがあったことが、

なかったようにすべての痕跡が消されています

 警察に包囲された大学は現在どうなっているのだろうか?

「大学は再開しています。

 ただ、通常に戻ったようで戻っていないといいますか……。

 というのもこれは大学でこのような事件が起きたこともあった一方で、コロナによるパンデミックも起きてしまったこともあって、理大のすべての入り口にはエレクトロニックゲートといいますか、電子で開くゲートが取り付けられました。そして壁伝いに有刺鉄線がひかれました。

 香港の中の大学で有刺鉄線がつけられた初めての大学は理大でした。

 そして、その後、香港の全部の大学に有刺鉄線が張られました。

 これまで香港において大学というのは非常にフリーでオープンな場所でした。市民であれば誰でも自由に出入りすることができた。

 でも、現在は学生やスタッフなど、そのゲートを通過できるアクセスカードを持っている人しか出入りできないようになってしまいました。残念なことですが。

 それから、理大に遺されたデモの記録といったものはすべて取り除かれてしまいました。

 デモをしたときのサインや落書きといったものはすべて消されて、修復されてしまいました。

 なので、いま理大にいっても、おそらくデモがあって警察に包囲されて大混乱になった爪痕を見つけることはできません。

 まるでデモが、立てこもりがなかったようなキャンパスになっています。

 ただ、これは理大だけではなく、香港中もそうなっています。

 大規模なデモがあって、警察と市民が衝突したことなどまるでなかったような街並みになっています」

(※第五回に続く)

【「理大囲城」香港ドキュメンタリー映画工作者第一回インタビューはこちら】

【「理大囲城」香港ドキュメンタリー映画工作者第二回インタビューはこちら】

【「理大囲城」香港ドキュメンタリー映画工作者第三回インタビューはこちら】

「理大囲城」メインビジュアル
「理大囲城」メインビジュアル

「理大囲城」(りだいいじょう)

監督:香港ドキュメンタリー映画工作者

全国順次公開中

公式HP:www.ridai-shonen.com

写真はすべて(C) Hong Kong Documentary Filmmakers

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事