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SMの女王様、毒母、親孝行の娘まで。新たな難役、夢破れた風俗嬢で表現したかったこと

水上賢治映画ライター
『ワタシの中の彼女』で主演を務めた菜 葉 菜  筆者撮影(2021年撮影)

 いったい彼女は、どれだけの顔をもっているのだろうか?

 こちらにそう思わせるほど、ここのところさまざまな顔を見せてくれているのが女優の菜 葉 菜だ。

 2022年の幕が開けて少しした2月公開の「夕方のおともだち」ではSMの女王様を演じ、続く出演作「ホテル・アイリス」では毒母がちょっと含まれたホテルの女主人、北京冬季オリンピックの期間中に流れたクボタのCMでの父想いの娘役は大きな反響を呼んだ。つい先日まで放送されていたNHK連続ドラマ「つまらない住宅地のすべての家」では物語の鍵を握る脱獄囚を演じていた。

 そして、新たな主演映画「ワタシの中の彼女」では、新たな4つのまったく違う顔を見せてくれる。

 新たにどんな顔を見せてくれているのか?菜 葉 菜に訊く。(全六回)

『ワタシの中の彼女』で主演を務めた菜 葉 菜  筆者撮影(2021年撮影)
『ワタシの中の彼女』で主演を務めた菜 葉 菜  筆者撮影(2021年撮影)

渋谷のバス停で起きたホームレ女性殺害事件で考えたこと

 前回(第三回はこちら)は、第二章「ワタシを見ている誰か」について訊いた。

 今回は、第三章「ゴーストさん」の話を。

 本作で、菜 葉 菜が演じるのは、20代後半の風俗嬢、サチ。

 帰宅の際、彼女は毎晩バス停のベンチにひとり佇む60代とおぼしきホームレスの女性をみかける。

 なぜかサチは彼女の存在が気になり、「ゴーストさん」と密かに名付け、気に留めるように。

 そんなある晩、ふとしたきっかけで、その女性・カヨコと会話を交わす。

 そして、かつて同じような夢を追っていたことを知り、お互いにシンパシーを抱くようになる。

 作品は、そんな二人のちょっとした心の交流と、突然訪れた別れが描かれる。

 まず本作は、コロナ禍の2020年11月、渋谷のバス停で起きたホームレ女性殺害事件を背景にしている。

「わたしもこの事件を知ったときは、やはり胸が苦しくなったといいますか。

 亡くなった女性の歩んできた人生だったり、事件が起きるまでの過程だったり、そういった詳細を知れば知るほどやりきれない気持ちになりました。

 どんな事件もきちんと調べるとそうなのかもしれないですけど、この事件はほんとうにいろいろな側面と事情が重なっている。

 コロナ禍に起きた事件ということで、コロナ禍がもたらしたことが大きく影響を与えたところは確かにあったと思います。

 ただ、もう一方で、排他的であったり、不寛容であったりといわれることの多いいまの日本の社会も露呈したようにわたしは感じていて……。さまざまなことを考えさせられる事件ではありました。

 それから、彼女にものすごく共感を寄せる女性たちが多かった。SNS上に被害者の女性に同情を寄せる女性の声が多く集まった。自分ももしかしたら、そうなってしまっていたかもしれない、といったような声が。

 その気持ちはわたしもわかるところがありました。また、演劇に打ち込まれていた時期もあったというも併せて、他人事にちょっと思えないところもありました。

 それゆえに、この『ゴーストさん』は難しい題材を扱うものになると思いましたし、お亡くなりになった方のことを考えると『しっかりと演じないといけない』と身が引き締まる思いでした」

ホームレスの女性役の浅田美代子との共演は待ち望んでいた

 作品では、いつもバス停のベンチで夜をやり過ごしている、ホームレスの女性を浅田美代子が演じている。

 浅田との共演はずっと楽しみにしていたという。

「浅田さんが『いつかがっつりお芝居したいね』と言ってくださっていたんです。

 わたしも『いつか』と思っていました。

 ドラマで何回かご一緒したことがあるんですけど、共演と言い切れるぐらい絡む共演はまだなかったんです。

 なのに、浅田さんはなぜかわからないですけど、わたしのことをいつも気にとめていてくださっていて。

 わたしの出演した作品を見て、言葉をかけてくださったりする。わたしのことをすごく応援してくれるんですよ。

 そういうこともあって、『いつか二人でがっつり共演したい!』と思っていました。

 ですから、今回は『ついにそのときがきたか』という思いはありましたね。

 さきほど話したように、題材もひとりの女性として向き合いたいと思いましたし、浅田さんもやはり事件のことはご存知で。『ぜひ演じたい』といったことをおっしゃっていた。

 こういう重厚な題材の作品で、浅田さんと向き合ってお芝居ができるということで気は抜けないけれどもとても楽しみでした」

オムニバス映画『ワタシの中の彼女』の一編『ゴーストさん』より
オムニバス映画『ワタシの中の彼女』の一編『ゴーストさん』より

心のやりとりが見えれば

 菜 葉 菜が演じたサチは、役者として成功することを夢見ていた。ただ、女優としての夢はほぼ破れ、風俗の世界に飛び込み、そこで働きながら食いつないでいる。

 そういった中で、浅田美代子が演じるホームレスの女性、カヨコと出会い、彼女もかつて同じような舞台に立つことを夢みていたことから心を通わせていくことになる。

「なんとなく話し始めることになった二人は、話の流れで身の上話になって、女優を目指していたこと、舞台にたつすばらしさを知っていることでつながる。

 お互い言葉には出していませんけど、いま苦境にいるカヨコはもしかしたらカヨの存在によって、演劇に情熱を注いでいたころのかつての自分を思い出して、前を向いたかもしれない。

 一方のサチも『ゴーストさん』と呼んでいたカヨコの実像を知り、しかも、同じような夢をみていた女性ということで、孤独な心が少しだけ和らぐ。

 二人は年齢も違えば、いまの境遇も違う。でも、どこかでつながっている。

 そういった心のやりとりが見えればなと思いました」

いまのわたしが演じて違和感がないかなと(笑)

 演じるのはひじょうに難しかったと明かす。

「まず、サチの年齢の設定というのが、かなり若い設定で。いまのわたしが演じて違和感がないかなと(笑)。

 それから、サチは納得はしているけど、でも、仕方なく風俗の世界に入ったところがある。

 お金のためにしょうがなくやっているわけでもなければ、バイト感覚で軽くやっているわけでもない。

 そういう立場にいる彼女を感じてもらうには、どう表現すればいいのかすごく悩みました。

 あと、風俗で働き始める理由は、それこそいろいろとあると思います。でも、いかなる理由でもよくは思われないというか。

 たとえば、サチの現状からすると、おそらく多くの人が、『風俗じゃなくてもほかには仕事があるじゃん。でも、最終的に風俗に行ったんでしょう?』と思う気がするんです。社会から突き放されてしまうところがある。

 そういう目だけで見られてしまうのは、どうかなと思うんです。

 ですから、なにか少しでもいいので、彼女を通して、こういう見方をする社会でいいのかとか考えてもらえればとの思いもあって。そういうことが、どうすれば感じてもらえるものになるのか、とても悩みました。

 そして、もうひとつ、浅田さんの演じられたカヨコの経験したことや、いま置かれている現状というのが、サチと重なるところがある。サチはカヨコに触発されて、自らの現状と向き合うところがある。

 そのサチの心の変化をきちんと見せられたらいいなと思いました。

 こういった多くのことを、短い尺の中でどれだけ伝えられるのか、すごく苦心して演じました。うまく表現できていたらうれしいです」

(※第五回に続く)

オムニバス映画『ワタシの中の彼女』の一編『ゴーストさん』より
オムニバス映画『ワタシの中の彼女』の一編『ゴーストさん』より

【菜 葉 菜インタビュー第一回はこちら】

【菜 葉 菜インタビュー第二回はこちら】

【菜 葉 菜インタビュー第三回はこちら】

『ワタシの中の彼女』ポスタービジュアル
『ワタシの中の彼女』ポスタービジュアル

オムニバス映画『ワタシの中の彼女』

監督・脚本 中村真夕

『4人のあいだで』 

出演:菜葉菜 占部房子 草野康太

『ワタシを見ている誰か』

出演:菜葉菜 好井まさお

『ゴーストさん』

出演:菜葉菜 浅田美代子

『だましてください、やさしいことばで』

出演:菜葉菜 上村侑

全国順次公開中

公式サイト http://watakano4.com/

最新の劇場公開情報はこちら → https://watakano4.com/#theater

場面写真はすべて(C)T-Artist

菜葉菜出演作品『TOCKA[タスカー]』

ユーロスペースで公開中

詳細はこちら → https://tocka-movie.com/

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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