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LGBTQ当事者100人と対話で知った「上げられない声」を映画に。「結婚」を大きなテーマにした理由

水上賢治映画ライター
「手のひらのパズル」の黒川鮎美監督  筆者撮影

 映画「手のひらのパズル」は、俳優である黒川鮎美が、監督から脚本、編集、主演、そしてプロデュースまで務めて完成させた作品だ。

 音声アプリ「Clubhouse」でたまたま耳にしたLGBTQ当事者たちの声に衝撃を受けた黒川は、なにかに突き動かされるようにして1本の脚本を執筆、その声を映画にして届けようと思い立つ。

 このような思いから始まり完成した作品は、アメリカのシリコンバレークィアフィルムフェスティバルを皮切りに香港レズビアン&ゲイ映画祭、関西クィア映画祭、ロンドンムービーアワードなど世界の映画祭をめぐり14の映画祭で入賞を果たした。

 周囲から結婚や出産を望まれる30歳を迎えたひとりの女性が、自分らしい生き方と自身の望む幸せの形を模索する姿が描かれる「手のひらのパズル」に込めた思いとは?

 黒川監督に訊く。(全二回)

「手のひらのパズル」の黒川鮎美監督  筆者撮影
「手のひらのパズル」の黒川鮎美監督  筆者撮影

『結婚』をキーワードにしたのは、わたし自身の実体験も影響してのこと

 前回(第一回はこちら)は「手のひらのパズル」を作ろうと思い立つまでの経緯について訊いた。

 続くここからは、作品世界について訊く。

 はじめに、物語は、金沢で生まれ育った梨沙が主人公。

 同じく金沢出身の匠と彼女は付き合い始めて1年半、お互い30歳になり、結婚を視野に同棲をはじめる。

 ただ、その同棲は双方同意の上でというよりも、周囲の求めに応じてのこと。

 急に結婚を意識するようになった梨沙と匠は、ともに暮らす中で互いの気持ちにズレがあることに気づく。

 そんな折、梨沙は友人の真子に悩みを打ち明けたことをきっかけに、誰と一緒にいるときが幸せで自分らしくいられるのかに気づくことになる。

 このように、日本社会にある「結婚」への価値観をひとつのキーワードに、ひとりの女性が自身の幸せの形を模索する姿が描かれる。

 このような物語になった経緯を黒川監督はこう明かす。

「Clubhouseでお話ししたLGBTQのみなさんの話で心に残った言葉をまずひとつひとつ書き出していきました。

 簡単に言うと、そのひとつひとつのワードをいろいろと組み合わせて、ひとつの物語にした形です。

 その中で、『結婚』をひとつのキーにしたのは、わたし自身の実体験も影響していて。

 やはりある年齢に達したときに、親から『いつ結婚するの』とか『子どもは作らないの』とか言われるようになりました。

 結婚して子どもをもって家庭を築くというのが最良の幸せの形と、親が考えて、それを子どもに求めることは気持ちとしてはよくわかります。

 ただ、わたしは俳優としてきちんと仕事をしていて、充実した日々を送っている。結婚をしたくないわけではないけど、まだそういう時期ではないなと思っているところに、親から『結婚しろ』『子どもは作らないのか』とか言われると、げんなりする。

 それで、LGBTQのみなさんと話したとき、やはり大きな問題として出てきたのが『結婚』で。

 『結婚しないのか』とか『子どもをもたないのか』とか親から言われると『ものすごくつらい』といった意見を多く聞いたんです。

 この結婚の話を聞いたときに、『わたしも同じだな』と思ったんです。

 いわば『結婚=幸せ』という価値観のプレッシャーは、同じように受けているところがあるなと思いました。

 ただ、わたしは異性と結婚するとなったら法的に認められる。でも、同性同士では認められない。この違いはなに?と思って。

 『結婚』を切り口に考えれば、LGBTQの当事者のみなさんのこともそれ以外のマジョリティのこともつなげて描けて、社会にあるLGBTQへの不平等や偏見も描けるのではないかと思いました。

 それで出来上がったのが今回の物語になります。

 あと、もうひとつ『結婚』をひとつの切り口にしたのには理由があって。

 『結婚』ってLGBTQ当事者であろうとなかろうと一度は考えることで、(映画の)入り口として興味をもってもらえるのでないかと思いました。

 もちろんセクシュアルマイノリティについてきちんと描こうという思いはあったのですが、いわゆる『女性同士の恋愛』みたいな形をあまり押し出してしまうと、『ちょっと……』と腰が引けてしまう人もいるかもしれない。

 むしろあまりLGBTQのことなどにあまり関心のない人に見てもらいたい気持ちがあったので、入り口として結婚があって、恋愛映画としてまずとらえてもらえたらとの思いもありました」

「手のひらのパズル」より
「手のひらのパズル」より

国内外の映画祭で14の入賞!

 作品は国内はもとより海外の映画祭もめぐり、これまで14の映画祭で入賞を果たしている。

 この反響はどう受けとめただろうか?

「なにもかも初めてだったので、出せるところは出すみたいな感じだったんですけど(苦笑)、国内だけではなく海外の映画祭でもけっこう入賞したのにはびっくりしました。

 監督をするのも初めてで、周囲の仲間にほんとうに助けられてできた、手作りの映画といっていいので、これだけ多くの映画祭で受賞できたことはうれしかったです。

 個人的に一番うれしかったのは、一番最初にクラウドファンディングで支援してくださった当事者の方にオンラインで作品をみていただいたんです。

 そのときみなさんから『作ってくれて、ありがとう』という言葉をいただいて、もうそのひと言で『作って良かったな』と思いました。

 それから、映画祭にClubhouseで話をきいた方が何人か来てくれたんです。

 そのみなさんが『あの時のことをこのような形にしてくださって、ありがとうございます』と泣きながらいってくださったときは、もう感無量でひとつ形にできてよかったなと思いました。同時に、当事者の方の声がきちんと伝わるものに出来たのかなと安堵もしました。

 あと、作品の舞台にもなった金沢で先行上映会を2日間にわけて実施したんですけど、いずれもほぼ満席で。

 うれしいことに観客のほとんどがセクシュアルマイノリティではない方たちだったんです。

 先で話しましたけど、LGBTQ当事者のみなさんはもちろんですけど、できればこういったことにあまり関心のない人に作品を通して興味をもってもらいたい気持ちがあったので、この金沢の上映はうれしかったです。

 もちろんいい反応だけではなくて、否定的な意見もいただきました。

 たとえば『当事者じゃないのに分かったふりするな』とか、『LGBTQを金儲けに使うな』とか。

 確かにわたしはまだまだ勉強不足だと思います。このテーマを描く上で必要なことがまだまだある。

 ただ、当事者じゃないと語れないとなると、何も言えなくなってしまう。

 それは違うと思う。

 なので、まずひとつ形にして、LGBTQのみなさんの声を伝える作品を作ることができてよかったと思っています。

 今後はわからないですけど、これからもこのテーマに向き合っていきたいと考えています」

「手のひらのパズル」より
「手のひらのパズル」より

LGBTQについて少しでも社会で理解が進めば

 最後にこう言葉を寄せる。

「Clubhouseでの対話で一番感じたのは、LGBTQのことをもっと知ってほしいけど、なかなか自分から声を上げることができない、という当事者の方がすごく多かったこと。

 それはまだまだ社会での理解が進んでいないということの裏返しだと思うんです。

 ですから、作品を通して、当事者のみなさんの声というのを知ってもらって、少しでも社会で理解が進めばと願っています」

【黒川鮎美監督「手のひらのパズル」インタビュー第一回はこちら】

「手のひらのパズル」メインビジュアル
「手のひらのパズル」メインビジュアル

「手のひらのパズル」

監督・脚本・プロデューサー:黒川鮎美

出演:黒川鮎美、長内映里香、竹石悟朗、なだぎ武ほか

公式サイト:https://tenohiranopazzule.studio.site/

池袋シネマ・ロサにて公開中

ポスタービジュアル及び場面写真はすべて(C)2022 BAMIRI。

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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