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たまたま耳にしたLGBTQ当事者の苦しい胸の内に衝撃を受けて。およそ100人と対話を重ね映画に

水上賢治映画ライター
「手のひらのパズル」の黒川鮎美監督  筆者撮影

 映画「手のひらのパズル」は、俳優である黒川鮎美が、監督から脚本、編集、主演、そしてプロデュースまで務めて完成させた作品だ。

 音声アプリ「Clubhouse」でたまたま耳にしたLGBTQ当事者たちの声に衝撃を受けた黒川は、なにかに突き動かされるようにして1本の脚本を執筆、その声を映画にして届けようと思い立つ。

 このような思いから始まり完成した作品は、アメリカのシリコンバレークィアフィルムフェスティバルを皮切りに香港レズビアン&ゲイ映画祭、関西クィア映画祭、ロンドンムービーアワードなど世界の映画祭をめぐり14の映画祭で入賞を果たした。

 周囲から結婚や出産を望まれる30歳を迎えたひとりの女性が、自分らしい生き方と自身の望む幸せの形を模索する姿が描かれる「手のひらのパズル」に込めた思いとは?

 黒川監督に訊く。(全二回)

「手のひらのパズル」の黒川鮎美監督  筆者撮影
「手のひらのパズル」の黒川鮎美監督  筆者撮影

Clubhouseでたまたま耳にしたLGBTQ当事者たちの声

『こんな苦しい思いをしている人がこれほどいるのか』とショックを受け

 先で触れたように本作を作るきっかけになったのは音声アプリ「Clubhouse」でたまたま耳にしたLGBTQ当事者たちの声だった。

このときのことを黒川はこう振り返る。

「みなさん、ご存知だと思いますが『Clubhouse』はいろいろなテーマの部屋があって、そこに興味のある人が集まって語り合っている。

 で、LGBTQ当事者の部屋をたまたま見かけたときに、ちょっと気になって入ってみたんです。

 そこで次々と話されることが、身に詰まらせるものばかり。とくに『生きることが辛い』といった主旨の話をする方が多くて、『こんな苦しい思いをしている人がこれほどいるのか』とショックを受けたんです。

 それから、LGBTQの方々の存在は知っていましたけど、話をきけばきくほどその実情は、知らないことだらけで……。

 少し反省したというか、後悔したといいますか。

 周りにLGBTQの知人や友人がいるんですけど、わたしはそれまで彼らともLGBTQの当事者と思って接したことがなかったんです。そういうことをほとんど意識したことがなかった。

 それで、この『Clubhouse』での会話をきいたときに、『もしかしたら自分としては無意識だったけど、彼女や彼らが傷つくようなことを言っていたのではないか?』と急に不安になって怖くなった。

 『自分が間違って認識していることもあるのではないか?』とも思いました」

わたし自身がもっとなにか支えられたことがあるんじゃないか

 その中で、ひとつ思い出したこともあったという。

「男女どちらでもないと、性別を自分でそう認識している知人がいるんです。

 その子から相談をいくつか受けたことがあったんですけど、ほんとうに理解した上で話をきいてあげられていたのかなと。

 親友なのに、言えなかったことがあったんじゃないかなと思ったんです。

 そのとき、わたし自身がもっとなにか支えられたことがあるんじゃないかなとも思いました。

 また、その子から苦しい胸の内はきいていましたけど、そのほかの人からはそんな話をきいたことがありませんでした。

 なので『Clubhouse』での話をきいたときというのは、悩みを打ち明けられるLGBTQの当事者の方は氷山の一角に過ぎない。

 実は抱えたままの人の方が多いということを実感した瞬間でもありました」

 こうしてまず映画を作る作らない以前に、LGBTQ当事者の人から「話を聞いてみたい」と思ったという。

「なにか自分にできることがあるのではないかと、考えたんです。

 わたしは昔から勝手な正義感みたいなものがあって、自分の中で『これは間違っている』と思ったことがあったら、正す方向に進むよう自分で動くみたいな、そういう性格なんです(笑)。『おせっかい』と言われてしまったら、もう『その通り』と言うしかない。

 Clubhouseの中で当事者の人たちのお話をきいたとき、その勝手な正義感みたいなものがむくむくと出てきてしまった。

 もっと当事者の声や本心がオープンになって、社会で共有できたらいいと思ったんです。

 社会に広く知ってもらうためには、まずなにより自分自身が知ることが大事だなと思って。

 当事者のみなさんに話をきいてみようと思いました」

「手のひらのパズル」より
「手のひらのパズル」より

2カ月ぐらいかけて、100人ぐらいのLGBTQ当事者と対話を重ねて

 そこからLGBTQ当事者との対話を重ねていったという。

「2カ月ぐらいかけて、100人ぐらいの方とClubhouseで1対1でお話しました。

 音声のみということもあってか、みなさん逆に話せるみたいな感じで、いろいろと悩みや困っていること、今の社会への本音を打ち明けてくださいました。

 いろいろとお話したのですが、まず、自分たちが当たり前にできていることが、できない人たちがいることにすごく胸が苦しくなりました。

 たとえば結婚。

 同性同士で結婚したいと思っても、いまの日本では認められない。

 法的に認められないから、そのほかにも社会生活においていろいろな面で認められないことがある。

 単純に不平等だなと思いました。

 日本ってそういう社会なんだということにも気づいて、それもショックでした。

 結婚って『する・しない』の選択肢がわたしにはある。してもいいし、しなくてもいい。

 だけど同性同士だと『できない』の1点で選択肢がそもそもない。

 この状態ってめちゃくちゃ苦しいだろうな、と思いました」

 この対話を経て、映画を作ろうと思い立ったという。

「当事者のみなさんから話をきいて、改めて、もっとLGBTQのみなさんの声を知ってもらう必要があるなと思ったんです。

 Clubhouseで数十人ぐらいで語り合うのも大切なこと。

 でも、ここで打ち明けられているLGBTQのみなさんの悩みであったり、困り事であったり、苦しさや悲しみといったことは、もっと広く知ってほしい。

 少なくともいまの社会にはその気持ちが認識されていない。だから、少しでも認識されて、その小さな輪が少しずつでもいいので広がっていけば、社会の見方がかわるかもしれない。

 こんな苦しい思いをしている人がいることをもっと知ってもらえたら違った世界になるんじゃないかと。

 それで広く興味をもってもらうには何がいいかと考えたとき、『映画ならば国内はもとより世界にも届く可能性がある』と思って。

 なんの知識も手段ももっていなかったんですけど、『映画を作ろう』と思いました」

(※第二回に続く)

「手のひらのパズル」ポスタービジュアル
「手のひらのパズル」ポスタービジュアル

「手のひらのパズル」

監督・脚本・プロデューサー:黒川鮎美

出演:黒川鮎美、長内映里香、竹石悟朗、なだぎ武ほか

公式サイト:https://tenohiranopazzule.studio.site/

2月11日(土・祝)より池袋シネマ・ロサにて公開

ポスタービジュアル及び場面写真はすべて(C)2022 BAMIRI。

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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