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コンゴの性暴力被害が日本と無関係ではない衝撃の事実。アクションを起こせば、変化する可能性がある

水上賢治映画ライター
『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』の立山芽以子監督 筆者撮影

 はじめに、デニ・ムクウェゲ氏をご存知だろうか?

 その名を耳にしたことがある人もいるかもしれないが、彼はアフリカの中部に位置するコンゴ民主共和国出身の婦人科医だ。

 彼が病院を開業する母国コンゴの東部地域は、こう呼ばれているという。「女性にとって世界最悪の場所」と。

 鉱物資源が豊富なこの地域は、武装勢力の格好の標的となり、住民たちを恐怖で支配することを目的とした女性たちへのレイプが横行。

 犠牲になった女性は40万人を超えている。

 ムクウェゲ医師は、その犠牲者で修復不能なほど性器を傷つけられた女性たちの治療と救済に奔走。この信じがたい現実を変えようと国際社会に訴えかけ、2018年にはその活動が認められ、ノーベル平和賞を受賞している。

 ドキュメンタリー映画『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』は、ムクウェゲ医師の活動に迫るとともに、実はこのコンゴの問題が日本にもつながっていることをつたえる1作だ。

 本作については昨年、今年も開催された「TBS ドキュメンタリー映画祭」での上映の際、立山芽以子監督のインタビュー(第一回第二回)を届けた。

 それから1年を経て、劇場公開が決定!3月の東京を皮切りに全国順次での上映が続いている。

 コンゴの性暴力が日本と深く結びつく本作については、改めて立山監督に話を訊いたインタビューを三回(第一回第二回第三回)にわたって届けたが、最後に本編インタビューで収めきれなかった話を番外編としてお届けする。

ムクウェゲ先生はおそらくコロナ禍で傷ついた人々に思いを馳せて、

心を痛められているのではないかと思います

 まず、撮影後、ムクウェゲ医師と連絡をとっているのだろうか?

「残念ながら、ムクウェゲ先生も大変多忙を極めているようで、なかなかお話する機会がないのが実情です。

 ほんとうにお忙しいと思うので、わたしのほうも『ちょっとご連絡を』となれなくて、連絡するのを躊躇しちゃうんですよね。

 ただ、作品に収めていますけど、2020年12月のリモート取材において、先生は世界的なパンデミックにより家庭内暴力および家庭内での性暴力の増加を危惧されていた。

 性暴力が世界的な大問題になるのではないかといったことをおっしゃってましたけど、残念ながらその予感は当たり、コロナ禍で家庭内での暴力や子どもの虐待、レイプが増加したと伝えられている。

 ムクウェゲ先生は、自国の傷ついた女性たちに寄り添ってケアする一方で、その問題を国際社会に訴えかけるグローバルな視点をもった方。

 なので、おそらくコロナ禍で傷ついた人々に思いを馳せて、心を痛められているのではないかと思います。

 あと、コンゴでは武装勢力による暴力の件数がまた増えているようです。残念ながら……」

わたしたちの生活は不平等に支えられているところがある

知らないとなにもはじまらない

 現在目の当たりにしている、ロシアのウクライナへの軍事侵攻をはじめ、こういう悲惨な現実を前にすると、自分になにもできない無力感に苛まれるかもしれない。

 それに対して、立山監督はこう言葉を寄せる。

「以前もお話したかもしれませんが、こういう大きな問題の解決策は容易にはみつからない。そう簡単に解決できない。

 だから、このようなことになってしまっている。

 武装勢力の資金源になっている鉱物のレアメタルが、スマホの部品に使われている。でも、いまとなってはスマホを手放すことはそうそうできない。

 スマホを使わなくなれば、このコンゴの問題が解決するかというと、そう事は簡単ではない。

 ですから、『知ったところで……』となってしまうかもしれない。

 でも、知らないとなにもはじまらないんです。

 スマホもそうですけど、いまわたしたちが享受している便利で快適な暮らしというのは、いろいろなものの犠牲のもとに成り立っている。

 たとえばオフィスのビルで夏は冷房、冬は暖房で快適に過ごすことができる。

 でも、その快適な空間を保つには大量の電気が必要で。

 その電力を生み出すために、化石燃料が燃やされて大量の二酸化炭素が排出され、いま温暖化という問題にわたしたちは直面している。

 それをどうにか食い止めようと、車をガソリン車から電気自動車にといういま世界の流れになりつつある。

 でも、その電気自動車の電池に必要なコバルトはコンゴ産が7割だったりするんです。

 ファストファッションと呼ばれるブランドの安くて丈夫で着心地の良い服が世の中にはあふれている。

 でも、その安さにはからくりがある。

 取材で現地を訪れましたけど、これらの多くはインドやバングラデシュの労働者によって縫製されている。

 彼らの月給は3,000円ぐらいです。

 そういう現実がある。わたしたちの生活はこうした不平等に支えられているところがある。

 じゃあ、自分はいまの快適な暮らしをやめられるかというとできない。

 ひとり山にこもって自家発電して、自分で洋服を作って、通信手段も伝書鳩でなんていまさらできないんです。

 ファストファッションの洋服を買うし、スマホも手放せない。そういうきれいごとではないところが世界にはある。自分もそれに少なからず加担している。

 ある人の犠牲によってわたしたちの生活は成り立っているところがある。こういう仕組みの中にわたしたちは組み込まれてる。

『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』より
『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』より

 そうなると、人間て『しょうがないじゃん、世の中ってそういうもんだから』と開き直ってしまいがちなんです。

 自分の力なんて微々たるものだから、変わらないとあきらめてしまう。

 でも、あきらめではいけないと思うんです。

 作品の後半に桐朋女子高校の高校生たちのこのコンゴの問題の取り組みを紹介していますけど、彼女たちの姿をみてほしい

 おそらく彼女たちに対して、『世の中そんなに甘くないよ』とか『そんなことしても無駄だよ』とか言う人がいるんじゃないかと思います。

 でも、彼女たちのようにアクションを起こせば、なにか変化する可能性がある。

 アクションを起こさなくても、彼女たちのようにコンゴに思いを馳せて、こういう問題を知って自分なりに考えるだけでも重要じゃないかと思うんです。

 きちんと知ることで自分自身の中の意識が確実に変わる。知っているのと知らないのでは世の中の見え方が変わってくる。

 実際、消費者や国際世論の高まりによって、武装勢力によって採掘された鉱物は使わないようにする、国際的な規制が始まっている。

 こういう流れを生んだのは小さなアクションの積み重ねにほかならない。

 そういう問題提起をして、人々に情報を伝えるのはメディアの役割で、わたし自身の仕事だとも思っています。

 ですから、わたしもあきらめないで伝えていきたい

 この作品で、コンゴの現実をひとりでも多くの方に知っていただけることを願っています」

【「TBS ドキュメンタリー映画祭」立山芽以子監督のインタビュー第一回】

【「TBS ドキュメンタリー映画祭」立山芽以子監督のインタビュー第二回】

【立山芽以子監督インタビュー第一回】

【立山芽以子監督インタビュー第二回】

【立山芽以子監督インタビュー第三回】

映画『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』ポスタービジュアルより
映画『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』ポスタービジュアルより

『ムクウェゲ 「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』

監督:立山芽以子

語り:常盤貴子

公式サイト → http://mukwege-movie.arc-films.co.jp/#

横浜 シネマ・ジャック&ベティにて公開中、以後全国順次公開

場面写真及びポスタービジュアルは(C) TBSテレビ

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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