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コンゴの性暴力が日本と結びつく衝撃作。女性にとって世界で最悪の場所で闘う医師と出会って

水上賢治映画ライター
立山芽以子監督 筆者撮影

 渋谷のユーロライブで開催中の「TBS ドキュメンタリー映画祭」。在京キー局であるTBSテレビが新たに始めた本映画祭については、先日、TBSテレビ報道局報道コンテンツ戦略室長の大久保竜(りょう)氏にご登場いただき、その試みの真意や狙い、ラインナップについてのインタビューをお届けした。

 今回は、大久保氏も本映画祭で目玉の1本にあげている『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』をクローズアップ。手掛けた立山芽以子監督に制作の経緯や取材の舞台裏などから作品世界に迫るインタビューを2回にわたってお届けする。

犠牲者は40万人以上!性暴力が絶えないコンゴで闘うムクウェゲ医師とは?

 はじめに、ご存知の方もいるかもしれないが、本作に登場するデニ・ムクウェゲ氏について説明しなくてはならない。

 アフリカの中部に位置するコンゴ民主共和国出身の彼は婦人科医。母国で病院を開業している。ただ、その母国であるコンゴの東部地域は、こう呼ばれている。「女性にとって世界最悪の場所」と。

 鉱山資源が豊富なこのエリアは、武装勢力のターゲットとなり、住民たちを恐怖で支配しようと女性たちへのレイプが横行している。武装勢力の犠牲になった女性の数は、信じられないが40万人以上。それが現在まで続き、ムクウェゲ医師の病院には、レイプによって修復不能なほど性器を傷つけられた女性たちが毎日のように運ばれてくる。

 この現実を前に、彼はこれまで5万人以上の女性を治療し、救済するとともに、自らの言葉でメッセージを発し、国際社会に協力を訴えてきた。こうした活動が認められ、2018年にはノーベル平和賞を受賞している。

2016年、ムクウェゲ医師の活動を伝える映像を『news23』で放送

 ムクウェゲ医師との出会いを立山監督はこう振り返る。

 ちなみに立山監督は、政治部、社会部、「news23」のディレクターなどを経て、現在は「news23」番組プロデューサーを務めている。

「ムクウェゲ先生にお会いしたのは2016年のこと。私はアフリカ取材を何度かしていまして、そのときに、アフリカの研究者やアフリカのNGOの関連の方と親しくなって、お付き合いが続いていたんです。

 そのアフリカ関連の知人から、『実はこういう人がいるんだけど、今度、日本に来るから取材しない?』と打診されたのがムクウェゲ先生でした。

 恥ずかしながら、私は先生のことを知りませんでした。ただ、先生が母国で医師としてなさってきたことを知って、『こんなにすごい人がいるのか』と素直に驚きました。

 とはいえ、まだノーベル平和賞を受賞する前の話ですから、わたしと同じように周囲も『誰、それ、ニュースで取り上げる価値があるの?』というぐらい無名の存在で…。日本のニュース番組でとりあげるネームバリューには正直届いていない。しかも、日本から離れているアフリカのことで、残念ながらニュースとしての需要が高いともいえない。当然、放送するには理由が必要になる。

 そこで、ノーベル賞候補にあがっている人物であることや、スマートフォンなどの機器に使われる金属のレアメタルがコンゴで産出されていてこの問題は日本とも密接につながっているということを強調して、なんとかニュースで放送する許可がおりました。

 それで、ムクウェゲ先生が来日した際、取材させていただき、後日まとめて、先生の活動とコンゴの性暴力被害や日本とのつながりを伝える10分ぐらいの映像を『news23』で放送しました」

ムクウェゲ医師(左)にインタビューする立山監督 (C)TBSテレビ
ムクウェゲ医師(左)にインタビューする立山監督 (C)TBSテレビ

初対面の印象は、大人(たいじん)。情熱的な語りに圧倒される

 初対面の時の印象をこう明かす。

「ひじょうに温厚でおおらか。大人(たいじん)だと感じました。

 あと、とにかくお話に圧倒されましたコンゴの現状を伝える使命感が先生にはあるのでしょう、ほんとうに情熱的な語りでこちらに訴えかけてくる。自らがみて体感してきたことですから、言葉に血が通っていているようで。耳を傾けていると、こちらにその情熱がダイレクトに伝わってきて、先生のおっしゃることを絶対に伝えなくてはいけない気持ちになってくる。その熱を帯びた語り口に魅了されたことをよく覚えています」

 この出会いをきっかけに、しばらく追ってアフリカに取材に行ってみたい気持ちはあった。ただ、現実はそうはいかない。

「しばらく先生を取材してみたい気持ちはやまやまだったんですけど、いまのテレビ局の現状で考えますと、おいそれと海外、しかもアフリカに取材にいくことは予算も時間もかかりますから、許可が下りない。いや、許可が下りるわけがない(苦笑)。

 海外支局勤務だったら可能性はあったかもしれないですけど、わたしは日本勤務だったのでほぼ不可能。でも、ずっと気になっていて、いつかムクウェゲ先生が日々、診療しているパンジ病院に行ってみたいと思っていました

ノーベル平和賞受賞。コンゴでの現地取材が実現!

 そんなことを考え、思いを募らせていた2018年、ムクウェゲ医師のノーベル平和賞受賞のニュースが飛び込んでくる。

「ノーベル平和賞受賞のニュースが飛び込んできたときは、『いまだ!』と思いました。

 日本においてノーベル賞の関心度はそうとう高いですから、これは『チャンス』だと思って、すぐに会社に相談しました。『取材どうでしょう?』と。

 一方で、ムクウェゲ先生も『ぜひパンジ病院にきてください。待っています』とおっしゃってくれた。

 そのことも併せて企画を提案したら、ほんとうに運よく通って、ムクウェゲ先生がいらっしゃるパンジ病院に行けることになりました」

 とはいえ、ノーベル賞受賞後のこと。世界各国から取材が殺到していたことが想像される。となると、通り一辺倒の取材に終わっても致し方ない。

取材したいことすべてを可能にしてくれたムクウェゲ先生と病院のスタッフに感謝

 ただ、これは作品をみてもらえればわかることだが、ムクウェゲ先生のロング・インタビューはもとより日常生活、実際の診察や手術、性暴力にあった女性への取材など、くまなく撮影できていることに驚かされる。

「これはもうムクウェゲ先生のおかげで、完璧にわたしたちの取材班を受け入れる体制を作っていてくれたんです。

 先生がわたしたちのことをちゃんと覚えてくださっていた。2016年に放送したものは、先生にネットで送っていたんですけど、それもみてくださって感謝してくださっていた。間に入ってくれた病院のスタッフもみんなその放送を覚えてくれていて、その経緯があったからか、こちらも信じられないぐらいわたしたちの取材には時間を割いてくださったんです」

『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』より (C)TBSテレビ
『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』より (C)TBSテレビ

 事実、取材は殺到していて、BBCをはじめ欧米の大手メディアもこぞってやってきていたという。

「そのメディアの取材対応だけでも大変なぐらいみなさん忙しかったはずです。でも、パンジ病院に着いたら、ムクウェゲ先生が迎えてくれて、取材スケジュールまで用意して提案してくださいました。

 たとえば、ほかの大手メディアは先生のインタビュー10分で『取材は以上で終了!』といった具合だったんですけど、わたしたちのインタビューには2時間ぐらい応じてくださいました。それから、病院をいろいろと案内してくださって、手術のシーンも撮影が許されました。

 そのようにまず病院側が受け入れ姿勢を作ってくれていたので、わたしたちも積極的に病院のみなさんと関わって、信頼関係を築くことができました。その信頼関係によって、レイプの被害者である女性たちへのインタビューも実現しました。

 そのほかも含め、わたしたちが取材したいということはほとんど実現したんです。

 その後、ムクウェゲ先生は、2019年に来日されていて、その際も追加取材をさせていただいて、今回の作品へとなりました。

 ですから、ムクウェゲ先生にも、あと病院のスタッフのみなさんにも、そして、また先生の存在を教えてくれたアフリカの研究者の友人たちにも、ほんとに感謝で。今回の『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』は、みんなの力でできた作品だと思っています」

ムクウェゲ先生は偉人。でも、必要以上に立派にみせたくなかった理由

 作品は、ムクウェゲ医師のここまでの活動を振り返り、彼が国際社会に発するメッセージを伝えていく。ただ、いい意味で、ムクウェゲ医師をスーパーマンとして扱わず、いわゆる水先案内人として、なぜ、コンゴ東部に武装勢力が流れ込んできたのか?なぜ武装勢力はその土地を支配するためにレイプという手段を使うのか?武装勢力が狙う鉱物資源がどのように日本を含む先進諸国とつながっているのか?といった問題の核心に迫っていく。

 そうした大きな国際問題であり、コンゴにおいては社会問題、人権問題でもある事実の本質に迫る一方で、本作は、そこに巻き込まれたレイプ被害にあった女性たちや、逆にかつて加害側にいた男性を取材。社会情勢に翻弄された市井の人々の声も丹念に拾っている。

「ムクウェゲ先生は確かに立派な方で偉人だと思います。弁もたつので、非の打ち所がないように映る。

 でも、必要以上に立派に見せたくないというか。みてくださった方に『自分とはかけはなれた人物』と思ってほしくない気持ちがありました。

 確かにムクウェゲ先生がされていることは、誰もができることではない。ただ、実際にやられていることはものすごく泥臭いというか。現場の最前線にたって、傷ついた女性たちを懸命に助けている。弱い立場にいる人たちと同じ視点にたっての限りなく地道な活動なんです

 なので、必要以上に神格化しないで人間味のある人物として受け止めてほしくて、ご指摘の通り、作品の中で先生にナビゲーターを務めてもらうような構成にしたところがあります

 先生の活動を通して、コンゴの性暴力被害の実態の裏側に隠されているいろいろな問題が浮き彫りになればいいと思いました。その上で、先生の人柄やパーソナリティも感じてもらえたらなと。

 先生の姿を通して、たとえば女性の人権について感じてくれる人もいれば、鉱物資源の問題に関心を持つ人もいる。国際政治について考える人もいるかもしれない。

 先生を通して、いろいろな見方ができて問題提起ができればと考えました」

(※後編に続く)

<TBSドキュメンタリー映画祭>ポスタービジュアル (C)TBSテレビ
<TBSドキュメンタリー映画祭>ポスタービジュアル (C)TBSテレビ

『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』

TBSドキュメンタリー映画祭にて

20日(土・祝)18:00~上映

<TBSドキュメンタリー映画祭>

期間・会場:2021年3月18日(木)~21日(日)ユーロライブにて開催

主催:TBSテレビ

共催:ユーロスペース

公演詳細、映画祭チケット情報は、映画祭公式HPまで

公式サイト: www.tbs.co.jp/documentaryeigasai2021/

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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