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コンゴの性暴力被害が日本と無関係ではない衝撃の事実。反響を受け、1度限りの上映から全国公開へ

水上賢治映画ライター
『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』の立山芽以子監督 筆者撮影

 はじめに、デニ・ムクウェゲ氏をご存知だろうか?

 その名を耳にしたことがある人もいるかもしれないが、彼はアフリカの中部に位置するコンゴ民主共和国出身の婦人科医だ。

 彼が病院を開業する母国コンゴの東部地域は、こう呼ばれているという。「女性にとって世界最悪の場所」と。

 鉱物資源が豊富なこの地域は、武装勢力の格好の標的となり、住民たちを恐怖で支配することを目的とした女性たちへのレイプが横行。

 犠牲者になった女性は40万人を超えている。

 ムクウェゲ医師は、その犠牲者で修復不能なほど性器を傷つけられた女性たちの治療と救済に奔走。この信じがたい現実を変えようと国際社会に訴えかけ、2018年にはその活動が認められ、ノーベル平和賞を受賞している。

 ドキュメンタリー映画『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』は、ムクウェゲ医師の活動に迫るとともに、実はこのコンゴの問題が日本にもつながっていることをつたえる1作だ。

 本作については昨年、今年も開催される「TBS ドキュメンタリー映画祭」での上映の際、立山芽以子監督のインタビュー(第一回第二回)を届けた。

 それから1年を経て、このたび、劇場公開が決定!

 コンゴの性暴力がここ日本と深く結びつく本作について改めて立山監督に話を訊く。(全三回)

劇場公開はうれしいですけど、『大丈夫だろうか?』と心配が先に立ちます

 作品の内容については前回のインタビュー(第一回第二回)をご覧いただきたいが、まず先で触れたように本作は昨年初開催された「TBS ドキュメンタリー映画祭」で上映され、大きな反響を得た。

 いまはオンデマンド配信などもされてはいるが、現在もテレビで放送された作品の大半はそのとき限りがほとんど。

 いまは珍しくなくなってきたものの、劇場で公開するというのもまた多くはない。

 立山監督にとってもまた自身の手掛けた作品を映画館で上映することは「TBS ドキュメンタリー映画祭」が初めてのことだった。

 この体験はどのように感じただろうか?

「いまはいろいろと有料放送もありますけど、いまも多くの人にとってテレビは基本的に無料で、家で好きな時間にみるものだと思うんです。

 一方で、映画はわざわざお金を払って、上映時間にあわせて、わざわざ足を運んでみるもの。

 テレビに長くたずさわってきた人間からすると、それはやはりすごいことで。

 『TBS ドキュメンタリー映画祭』での上映で、わたしの作品を目的に映画館にわざわざきてくださる方がいらっしゃったのはとても光栄でありがたかったし、作り手としてひとつ自信をいただきました。

 ただ、昨年の上映時も今回の劇場公開に関しても、映画として上映することの怖さは消えてません。

 さきほど言ったように、映画はみていただく方に料金をお支払いいただき、お時間もいただくことになる。

 『自分の作品はそれに足るものになっているのか?見合った満足していただけるものになっているのだろうか?』という不安な気持ちはいまも拭えないです。

 テレビならば、つまらなければ消してしまえばいいとか、録画しておいて早送りしてみればいいやとか、変な話、その人が損と感じることを回避する方法がある(笑)。

 でも、映画館にわざわざ来て、途中で帰るということはなかなかできないですよね。

 だからこそ、来場してくれた方の心に届くものに自分の作品はなっているのかと、不安で不安で。

 今回の劇場公開もうれしいんですけど、やはり『大丈夫だろうか?』と心配が先に立ちます」

『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』より
『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』より

目を逸らしたくなる悲惨な現実を伝える内容の作品

敬遠されても仕方がないかなとはじめは思っていた

 ただ、先に少しだけ話に出たように、劇場での公開は喜びであり、大きな経験になったという。

「テレビは視聴率から何百万人がみたと割り出すことができる。

 でも、実際に、どういう人たちに届いてるのかよく分からないんです。

 もちろん、視聴者からの声は届くわけですけど、実際にその方に会うことはないので顔はわからない。

 ですから、以前のインタビューでもお話ししたと思うんですけど、砂漠に水をまいているような感覚になるといいますか。

 『この番組は、ほんとうに人々に届いているのだろうか?』とちょっと途方に暮れることがあるんです。

 でも、映画館は行けば、会場で実際に来場してくださった方の顔を見ることができる。劇場で観客のみなさんのリアルな反応を感じられる。

 このことは、いままでしたことのない体験で、(『TBS ドキュメンタリー映画祭』では)たった1回の上映でしたけど、わたしにとってはほんとうに生の反応を直接感じられる機会になりました。

 そして、目を逸らしたくなる悲惨な現実を伝える内容の作品ですから、そういうものをわざわざお金を払ってまでみたいとは思わない、敬遠されても仕方がないかなとはじめは思っていたんです。

 でも、実際は多くの方が足を運んでくださって、日本から遠く離れたコンゴに関心をもってくださる方が確実にいることを実感する機会になってうれしかったです」

今回の全国劇場公開は実際に観てくださった方のアクションで実現へ

 その後、すぐに全国公開へ動いたのだろうか?

「いや、実は1度限りの上映で終わる予定でした。

 ただ、これはわたし自身に直接というわけではなく、局のほうに、ありがたいことに『1回で終わりですか?ほかで見られる機会はないんですか?』という問い合わせが、けっこう届いたそうです。

 実際に観てくださった方でアクションを起こす方がけっこういらっしゃって。

 たとえば、(TBSドキュメンタリー映画祭での上映後に)『RITA-Congo』というムクウェゲ先生が後援してる支援団体に寄付が集まったり、この団体はオンラインの勉強会を開いていたりするのですがその問い合わせが増えたりとかいうことがありました。

 あと、上映後に楽屋に来て『自分も何かやりたいです』と言う高校生の男の子がいたので、この『RITA-Congo』を紹介したんです

 彼はその後、東京都空手道連盟にいって、空手の道着を130着入手してムクウェゲ先生のパンジ病院に送ったそうです

 映画で触れていますが、病院で空手を学ぶ女の子たちに使ってもらおうと

 こういう見てくださった方のひとつひとつのアクションや反応を受けて、『1回で終わるのではなく、長く届けていくべきではないか』と局のほうも考えてくれたみたいで、ありがたいことに今回の劇場公開へとつながっていきました」

(※第二回に続く)

『ムクウェゲ 「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』ポスタービジュアル
『ムクウェゲ 「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』ポスタービジュアル

『ムクウェゲ 「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』

監督:立山芽以子

語り:常盤貴子 

新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、

アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中

場面写真及びポスタービジュアルは(C) TBSテレビ

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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